4-01 始まりはレベル測定
4章はじまるよ
お隣の国に行って観光とかするお話です。とても平和で平穏そうなあらすじですね。
今までと同じくらいのボリュームで全26話、毎日1話づつ投稿です。
4章が終わってすぐくらいに書籍4巻も出ます。書き下ろし箇所とかは発売日が近くなったらお知らせします。
◆4-01 始まりはレベル測定
季節は秋。ドルクネス領に来て、初めての収穫祭も近づいてきた。
この場所で数年は過ごした感覚だが、学園を卒業してまだ一年も経っていない。ヒルローズ公爵の壮大な自害を食い止めたり、平行世界の私であるユミエラ2号が出てきたり、色々あったので時間感覚がおかしくなっているのかもしれない。
邪神を倒してから、そろそろ一ヶ月。平行世界の時間を巻き戻して消耗した体も本調子だ。肉体は絶好調でも心は未だにダメージが残っている。何だよ、神聖ドルクネス帝国って……。
2号ちゃんスピード建国については忘れよう。もっと楽しいことを考えよう。
楽しいこと、面白いこと…………私の脳裏に、婚約者であるパトリックの顔が出てきた。……そうか! レベル測定だ!
学園の入学式でも使われた、あの水晶型の魔道具は我が家にもある。一家に一台、レベル測定器。中々に高価な代物だったが、買わない選択肢は存在しない。たまに引っ張りだし、99の数字を見てニヤニヤするのに大活躍だ。
あと、パトリックのレベルも測れる。そろそろレベル99になっているんじゃないかな?
カンストしていたらお祝いだ。レベル99おめでとうパーティーを計画したりもしたが、何故か結婚式の計画にすり替わっていたので、ひっそりとしたものになるだろう。
それに、私のレベルも確認しておきたい。2号ちゃん騒動のショックですっかり忘れていたが、私はレベル上限を超えた存在になったのだ。さてはて、百か千か万か。今までは99が限界だったものが青天井になっているのか、新たな上限が設定されているのか、知りたいことは山ほどある。
「レベルは上がるよ、どこまでも~。囲炉裏と竹藪のアシンメトリが乖離~」
完全オリジナルソング「レベル上げの歌」を歌いつつ例の水晶を取りに向かう。
偶然、前半部分の歌詞が既存曲と被っていたときのために、後半で著作権対策をしている。パクリだと難癖を付けられないためにオリジナリティ溢れる作詞をしてみた。
替え歌疑惑を払拭するためにメロディも奇抜にしている。民謡とメタルを混ぜた感じ。
いよいよサビだ。演歌っぽさとオペラっぽさも混ぜつつ歌う。
「悪辣なデバイスが狩人に隕石を教える~」
「辞めてください! すごい不安になりますわ!」
屋敷の廊下。上機嫌で歌っているところを青ざめたエレノーラに止められる。今は我が家の居候、少し前までは公爵令嬢である彼女とは学園時代からの付き合いだが、ここまで露骨に嫌そうな顔をするのも珍しい。
そういえば前世でカラオケに行ったときも、友達に苦言を呈されたことがあった。怪電波と言われたこともある。自覚が無いだけで私は音痴なのかもしれない。
「ああ、ごめんなさい。私の歌、下手でしたよね」
「下手は下手ですが……その域を超えている気がしますわ」
そこまで下手じゃないと言われることを期待して謝ったが、エレノーラは追い打ちをかけてきた。下手を超えているって……もしかして……?
「それは、逆に上手いということで?」
「違います。頭がおかしくなりそうという意味ですわ」
エレノーラちゃんの目が怖い。半分くらいは本気で怒っている雰囲気だ。
意外にも彼女は芸術関係に博識だ。私の中途半端な歌は許せなかったのだろう。歌詞は問題ないとして、メロディで奇をてらいすぎたのかも。
「特にどこら辺が駄目でした? 私の歌い方ですか? メロディですか?」
「一番酷いのは歌詞ですわ! 何なんですの、あの不安を煽る言葉の羅列は!」
自信のあった歌詞まで否定されてしまった。何も、そこまで言わなくても……。流石の私も傷つく。優しいエレノーラに言われたのが余計に辛い。
常人ならここで心が折れて、人前での歌唱を封印するところだ。でも私は挫けない。頑張って練習して、彼女に認めてもらえるくらいには上達したい。
「分かりました。今度改めて披露しますので、ぜひ聞いてくださいね」
「…………ユミエラさんは、どこに向かう途中でしたの?」
「レベル測定の水晶を取りに行こうと――」
「見たい! わたくしもあの水晶が見たくてたまりませんわ!」
あれ? エレノーラがそんなに食いつくとは思わなかった。
今までは興味なさそうだったのに、急に様子が変わった原因は何だろうか。もしかして、彼女も私に隠れてレベルを上げていた? 自分の成長を確かめたいのなら、この前のめりっぷりも頷ける。
「では、一緒に測りましょうか」
「ぜひ! わたくし、レベル測定大好きですわ!」
ああ、友達に趣味を布教するのは楽しいなあ。
一緒にレベルを測るのは、そこはかとなく友達っぽい。歌はそこまで好きじゃないので後回し。
いざ水晶へ。止めていた足を動かすと、後ろからボソッと声が。
「ふぅ……助かりましたわ」
「え? 何ですか?」
「今はレベルですわ! ユミエラさん急いで!」
レベル上昇に伴い、私の聴力は強化されている。がしかし、人の話を聞き逃すことは普通にある。声が低かったり小さかったりすると、周波数が合っていなくて脳が認識しない感じだ。
ユミエライヤーに入る全ての音を二十四時間認識していたら脳がパンクしてしまうだろう。
そんな訳でエレノーラの呟きの内容は分からなかった。彼女に急かされるまま、私は廊下を進む。
「水晶って入学式で皆さんが使ったあれですわよね? お家にもありましたのね」
「その水晶で合ってますよ。懐かしいですね。私が大注目されてしまった原因なんですけど」
「大注目? わたくし、入学式のことはあまり憶えていませんわ」
「レベル99で大騒ぎになったあの入学式ですよ? エレノーラ様も見ていましたよね?」
「ごめんなさい。わたくし、ユミエラさんを知ったのは入学式の少し後ですの。入学式にいたんだろうな、とは思っていましたわ」
昔を懐かしんでいたら衝撃の事実が発覚した。エレノーラ様、レベル99の人間を見ても記憶に残らない。
あのタイミングで全校生徒に目を付けられたと思っていたのだが……。彼女がある意味大物すぎて、また一つ見直した。
私を認識していなかったことを負い目に感じているのか、彼女は無理に声の調子を上げて言う。
「入学式と言えば! ユミエラさんとパトリック様が、運命の出会いを果たした瞬間ですわよね! あのときから、何か感じるものがありましたの?」
「あ、入学式ではパトリックを認識してないですね。レベルが若干高い人がいるなあ……くらいには記憶に残っていたような気もします」
「えぇ、目と目が合った瞬間に胸が高鳴ったりは……」
「無いですね」
ロマンチック要素ゼロの回答に、エレノーラがしょぼんとなってしまった。現実ってそんなもんだよ。目が合って恋に落ちるとか、そうそうあるもんじゃない。
そんな懐古をしている間に目的地に到着した。屋敷一階にあるそこは、倉庫状態になっている部屋だ。使っていない家具などが押し込まれている。
リタなどは私が倉庫部屋に行くのに良い顔をしないが、わざわざ使用人を呼びつけて持ってこさせる方が私は申し訳ない。
「前に使ってどこに置いたか……ああ、ありました」
使用頻度の高いそれは、入室してすぐの棚に置かれていた。
両手で持ちエレノーラに見せる。
「これで測定できますね」
「そうですわね」
おや? 先程までレベル測定にノリノリだったエレノーラの反応が鈍い。
折角なのだから気分を盛り上げて欲しい。何か、場がアゲアゲになる方法は……。
「歌かな?」
「ああー! 水晶ですわ! やった! 早く測りましょう!」
「え、あ、はい」
エレノーラのテンションが急速上昇した。やっぱり自分のレベルを確かめたかったんじゃん。
それならエレノーラに一番を譲ろう。
もちろん、ここでやる。自室に持っていって……なんて面倒なことはしない。私は買ったお菓子をコンビニ前で食べてしまうタイプなのだから。
手近にあった小さくて背が高めの机。花瓶を置く以外の用途が思いつかないそれに水晶を置き、エレノーラに手を置くよう促す。
「ではどうぞ、これに手を乗せるだけです」
「……はい」
彼女は首を縦に振り、右手を差し出す。
私は今まで、エレノーラはレベル1だと思っていた。魔物を倒したことがなければ当然だ。しかし、やたらと水晶に興味を示す彼女の様子を見るに彼女は隠れてレベルを上げていたのだろう。
たびたびリューと二人で出かけていたのは、そういうことだったのだ。最強格のドラゴンと一緒なら安全も確保できている。
果たして、エレノーラのレベルは――
「あ、レベル1ですね」
「まあ、そうですわよね」
レベル1だった。しかも本人が知っていた。なんで? なんで測ろうと思ったの?
脳内が疑問で埋め尽くされていると、最弱のお嬢様は水晶の前から退く。
「次はユミエラさんの番ですわよ」
「私は最後にします。パトリックの次に」
「あれ? まだ調子がよろしくありませんの?」
「……もちろん理由はありますよ」
レベル測定を遠慮しただけで不調認定された。まあ、いつもの私は、我先にと水晶に向かう感じだからしょうがない。
私が最後に回る理由は当然ながら存在する。
先日の一件にて、私はレベル99の上限を突破したのだ。もちろん百は超えているし、もしかしたら千や万に達しているやもしれない。
完全に規格外。チート級の強さを手にしている訳だ。「レベル99が上限の世界で私だけレベル999999999な件について」みたいな頭が悪いタイトルの状況だ。
あ、本当にそういう本があったらごめんなさい。完全一致じゃなくても、似た感じのはある気がする。まあ私自身が、レベル99の悪役令嬢という頭の悪い状態なんで許してください。
話が逸れた。そういうお話の定番展開として、レベル測定の水晶が割れてしまう……というのがある。限界を超えた力に、魔道具が耐えられないのだ。
私の予想では、八割の確率で水晶は破損する。割れるか爆発四散するかは不明だが絶対に壊れる。残り二割はそうだな……測定不能でエラー表示、99を超えたレベルが表示の二つがそれぞれ一割ずつといったところだろうか。
二割の方を引いても、がっかりはしない。エラーは壊れるのと似たようなものだし、ちゃんと数値が分かるのも良い。
長くなった。以上、私がパトリックの次に魔道具を使う理由だ。
おおよそを説明すると、エレノーラは納得顔だった。
「なるほど。ユミエラさんが、また物を壊すからですわね!」
「また物を壊す!?」
「ええっと……合ってますわよね?」
そんな、私はいつもいつも物を壊している訳じゃ……と反論しようとするが、脳内に今まで壊してきた数々の物品が浮かんでくる。危険な物から貴重な物まで、色々と壊してきたなあ。
壊し屋ユミエラを肯定するのも嫌なので、エレノーラの問いかけへの返答は無言とする。
「……ということで、パトリックを探しましょう。こちらから出向かずとも、そろそろ現れる気がしますが」
「そうそう都合よく、パトリック様が来たりはしませんわ」
彼女は懐疑的だが、パトリックが都合よく現れる率は異常である。あー、パトさん来ないかなー。と思っているといつの間にかいる。
そういう都合の良い男……と言うと印象が悪い。タイミングの良い、も違うな。
うーん……あ! ピンチに颯爽と現れる! そうだ、パトリックはピンチに颯爽と現れる男なのだ!
「助けて! パトリックー!」
「助けてに、もう少し感情は込められませんでしたの?」
「でも来ますよ。子供を誘拐したら、もっと来やすくなりますよ」
「そういうもの……ですの?」
そう。来る。彼はきっと来る。信じれば絶対に来る。
――五分後。
「来ませんね」
「そうですわね」
来なかった。現実は非情だ。幸せとは、やって来るものではなく、探しに行くものだったのだ。
幸せの青い鳥は、結局チルチルとミチルの家にいた。でも、二人の旅は、青い鳥を探した過程は、絶対に意味のあるものだった。
幸せは身近にあるかもしれない。だが、幸せを自ら探しに行く姿勢が何よりも尊いのですよ! あ、丁度良いところに同居人が来ないねって話です。
私が幸せについて考えていると、エレノーラは水晶をひょいと持ち上げる。
「また変なことを考えていますわね。早く行きますわよ」
「落とさないでくださいね」
水晶を持ち上げて歩き出すエレノーラは、見ていて危なっかしい。
落とさないでね? 私のレベルに耐えられずに壊れる予定なのだから、床に落ちて壊れるなんてオチは許されない。
 





