25 世界を包む
Q.世界を○○○○で包む(ひらがな4文字)
「……これで、終わり?」
パトリック製の足場を降りて言う。
剪定剣イキテミナの力により、邪神クーゲルシュライバーは消え去った。
変な名前の邪神だけど強かった。……命名したの私か。
私が元いた世界すら毒牙にかけようとした邪悪な神に打ち勝った。でも素直に喜べないでいると、陽気な声が。レムンは嬉しそうに言う。
「やったね、お姉さん! ヤツを倒せるなんて!」
「……どうも」
「あれ? 喜ばないの?」
喜べない理由を私に説明させる気か? この神様もこの神様で邪悪だと思う。
もう片方、光の神サノンは素っ気ない態度だ。
「では、ワタシはこれで。ユミエラ・ドルクネス、邪神討伐お見事でした。関わった全ての人間に感謝を」
サノンはそれだけ言うと、光に包まれて消えてしまう。
相変わらずツンとした態度だ。でも多分、彼女はユミエラ2号のことをずっと忘れないでいてくれる気がした。
並行世界の私。ユミエラ2号は死んでしまった。私を強化するため自らブラックホールの中に飛び込んだのだ。
彼女は宣言通り、邪神を道連れにしてのけた。剪定剣の銘を言い残したことといい、今回一番活躍したのは彼女に違いない。
全方位に悪態をつき、世界の全てを嫌っていそうな態度。でも根は悪人ではなくて、世界を滅ぼしたことは後悔していて、そんな彼女は嫌いだけど嫌いになれなかった。
きっとパトリックも似たような気持ちだろう。私も彼も、何を喋れば良いのか分からず無言の時間が続く。
少しして、パトリックがポツリと言った。
「風呂場に髪は…………残ってないだろうな」
「髪?」
お墓に入れる遺品の話? 私が聞き返すと彼は答える。
「エリクサーで生き返らせるには体の一部が必要だろう? 俺たちの髪は保管してあるが、彼女のは……」
「あっ!」
私としたことがうっかりしていた。エリクサーの存在を完全に忘れていた。
「エリクサーだ! レムン君、エリクサーを全部出して!」
「へ? 体の一部が無いと蘇生は無理だよ? ……というか、並行世界のお姉さんは蘇生しなくて良くない?」
「四の五の言わずに出しなさい」
「う、うん」
畜生野郎な少年から空っぽの小瓶を四つ受け取る。
私とパトリックが持っている物と合わせて全部で六つ。カップの修復に一つ使ってしまったことが、今は悔やまれる。
ポケットから私の分も取り出す。小さな小瓶は無事だった。材質なんだ?
「パトリックが持ってるのも出して」
「……ユミエラ、体の一部が無ければ使えないんだ。彼女は、生き返らないんだ」
「いや、2号を生き返らせたりはしないよ?」
「ん?」
悲痛な面持ちだったパトリックが怪訝な顔付きに変わる。
説明不足だったか。
「2号を蘇生しても困るだけでしょ? 嫌いだから一緒に住みたくないし、他所で悪いことされて私に悪評が付いても困るし」
「ユミエラ? お前、自分が何を言っているのか……」
彼の言葉はそこで途切れてしまった。ああ、絶対に勘違いしているけど、説明する時間が惜しい。
黙り込んだパトリックの代わりとばかりに、レムンが口を挟んでくる。
「そうだよね! 一つの世界に二人のお姉さんがいるなんて、おかしいもんね」
「レムン君は黙ってて。それじゃあ、ちょっと移動しようか」
目的地はすぐ近く。ドルクネスの街を出た所にある草原だ。そこは、ユミエラ2号と初めて出会った場所でもある。
逸る気持ちを抑えきれずに走って移動する。パトリックは口を閉ざしたままだがついて来てくれた。レムンはしれっと私の影に入っている。
そして到着。
つい昨日のことなので、場所もしっかりと覚えている。
「確か、ここだったよね」
「ユミエラは一体なにを?」
説明は向こうに行ってからの方が良さそうだ。
私は漆黒の剣を鞘から抜き、真の力を解放する。
「剪定剣イキテミナ」
これが駄目なら、私の計画は頓挫する。頼むぞ剪定剣。
ユミエラ2号が出てきた時空の歪み。それがあった場所を剣でなぞるように斬る。
「やった! やっぱり勘でいけた!」
「え? 世界の外への扉!? お姉さん、何やってるの!?」
私たちの前には空間の歪みが出現していた。2号のと同じ。通じている先は言わずもがなだろう。
「じゃあ行こうか。向こうで説明するね」
時空の歪みに飛び込む。躊躇なんてしない。
グワングワンと、頭が揺らされているような感覚に陥り、目を瞑ってしまう。
揺れはすぐに収まり、目を開けると景色が一変していた。
すぐに後ろからパトリックが現れた。彼は周囲を見回して言う。
「ここは……王城か?」
「そうだね、王城のバルコニーみたい」
私たちが今いる場所は、王都バルシャインを一望できる王城のバルコニーだ。
見慣れた王都なのに、気がつくのに若干時間がかかった。何故なら、私たちの知る王都とは似ても似つかない光景だからだ。
人で溢れかえっていたはずの大通りは人の気配が感じられず。隙間ない城壁はあちこちが崩壊していた。建築物の被害もあちらこちらで見られる。
私が比較的平和だった学園三年目を過ごしている間、2号は邪神に唆されてレベル上げをしていた。私が領主としてドルクネス領に戻った頃、2号は破壊の限りを尽くしていた。
これが、この光景が、彼女の残した結果か。
そこそこ楽しい人生を送ってきた私に、彼女を責める資格は無い気がした。
「2号は派手にやったねえ……やったのは魔物かな?」
「こんな……分かっているつもりだったが、彼女がこんなことをしたなんて」
この王都は、私たちが知る王都ではない。ここは2号の王都。ここは彼女の世界だ。
私からすれば並行世界。便宜上、2号世界と呼ぼう。
滅んだ世界を、目に焼き付けるように見入りながら、パトリックは言う。
「なるほど。この世界ならば、彼女の頭髪も見つかるはずだ」
「だから、2号は蘇生させないってば。生き返らせて、この世界で一人で生きてねって言うのは残酷すぎるでしょ?」
「ユミエラは、何を始めるつもりなんだ?」
舞台は整った。説明しよう。私の計画を。
「パトリックは、エリクサーって何だと思う?」
「蘇生薬……ではないのか?」
「割れたカップにも使えたでしょ? カップが蘇生した……と言えなくもないだろうけど、中身の熱い紅茶まで復活したのはおかしい」
蘇生薬という印象深い言葉で目が曇っていた。思い至ったのはカップの件だ。
「ユミエラは何だと思っているんだ?」
「それはね、タイムふろしき」
「タイ……ん?」
あれ? 反応が薄い。な、なんだってーみたいなリアクションを期待していたのに。
ひみつ道具の例えは適切じゃなかったか。では改めて――
「エリクサーは、対象の時間を巻き戻す効果があるの」
「巻き戻し?」
「死者が生者に。割れたカップは直り、中の紅茶も復活。今日は昨日になる」
「それで、何を?」
まだ分からないのか。案外パトリックも察しが悪い。相当に掟破りの、下手したら死者蘇生以上に倫理に反する手なので、常識を守る彼は思い至らないのかもしれない。
私の計画に、パトリックは賛同してくれるだろうか。してくれると嬉しいな。
「……世界の時間を巻き戻すの!」
エリクサーで世界を蘇生させよう!
タイムふろしきで世界を丸々包み込もう!
ユミエラ2号が世界を滅ぼす前にしてしまえ!
彼女も、彼女が殺した人々も、皆が生き返る!
「やっぱり……駄目かな?」
パトリックがポカンと私を見つめている。
やはり禁じ手だよなあ。でもやる。彼が反対しても、彼に嫌われようと、絶対にやってみせる。
パトリックが反応する前に、私の影から応答がきた。
「駄目だよ! 絶対に駄目! 滅茶苦茶だよ、世界の時間を巻き戻すなんて! 世界の法則が崩れて、どんな悪影響があるか分からない! ほら、お兄さんも止めてよ!」
レムン君には聞いてない。
彼に促されたパトリックも遅れて口を開く。駄目っぽいなあ。
「俺は……ユミエラのそういうところを好きになったんだ。常識外れだが間違ったことはしない。理解されにくいが、とにかく優しい」
「反対、しないの?」
「俺が反対しても強行するつもりだろう?」
「え、うん、そのつもり」
「最高だ。決してブレない強い心を持っている。愛しているぞ、ユミエラ」
突然告白された。頭が真っ白。
レムンが騒いでいるが耳に入らない。
そうか、余計にやる気が出てきた。やろう。世界を巻き戻そう。
「よしっ、始めようか」
六つのエリクサーをポケットから取り出す。
小さな小瓶を、片手に三本ずつ、指の間に挟む。
レムンはエリクサーの蘇生対象が大きく複雑になるほど、多くの魔力が必要だと言っていた。昨日までとは比べられないほどに増大した今の私の魔力なら、世界を一つ生き返らせるくらいきっと出来る。
私は六つのエリクサーに、これでもかと魔力を注ぎ込む。
「対象は世界全体! この星も宇宙も! 全ての時間よ! 巻き戻れ!」
エリクサーはまばゆい光を放つ。両手を直視できない光量だ。
戻れ、戻れ、戻れ。必死に魔力を注ぎ続ける。私が干からびてもいい。今はとにかく魔力をぶち込め。
変化はすぐに訪れた。
空を見上げると、太陽が猛スピードで動いている。方向は西から東。世界の全てが逆行している。
「戻れ、戻れ、戻れ」
「いいぞ! 行けユミエラ!」
今の速さでは世界滅亡前まで行けないかもしれない。
更に速く。戻れ、戻れ。戻れ世界。世界よ巻き戻れ。
世界の巻き戻し現象は加速する。太陽は目で追えないほどの速さに。昼と夜が瞬時に繰り返されて、空が点滅しているようだ。
右手の人差し指と中指の間、エリクサーの一つが粉々に砕け散る。限界か。
そして立て続けに、二個三個と手元の小瓶は割れていった。
「まだ! もっと! 戻れえええ!」
エリクサーだけでなく、私の方も限界に近い。
こんなに魔力を使ったのは生まれて初めてだ。ブラックホールを何千、何万と撃てるほどの魔力を消費した。世界をいくつ滅ぼせるかも想像できない魔力を使って、ユミエラ2号の世界を再生する。
最後のエリクサーが砕け散ったと同時、世界の逆行が終わる。
一秒経てば、一秒過ぎる、当たり前の時間の流れに戻ったのだ。
息も絶え絶えになりつつ、成果を確認する。
「はあ、はあ……間に合った?」
「ああ、見てみろ」
パトリックが指を差す、王都の光景を見つめる。
人の往来が絶えない大通り。荘厳で巨大な教会。堅牢で隙間ない城壁。活気の溢れる、私の知る街並みが、そこにはあった。
良かった。成功だ。
「太陽の浮き沈みは、大体三百回だった。約一年の時間を巻き戻したんだ。頑張ったなユミエラ」
ホッとして体の力が抜けてしまう。立っているのも辛い。
ふらついて倒れそうになるも、パトリックが抱きとめてくれた。
「まだ、まだ終わりじゃないの。2号に会わないと」
今は多分、アリシアたちの魔王討伐が終わって少し経ったくらい。2号は世界の全てを憎み恨み、滅ぼさんとしている頃だ。それを止めなければ私の目的は達成されない。
得意の力技は使えない。本人が納得しなければ、世界を滅ぼしても後悔が残るだけだと、案外世界は良いものだと、彼女の心に伝えなければ。
私に彼女の心を動かすことはできるだろうか。どんな言葉を選べば、想いは伝わるだろうか。
ユミエラ2号はどこだ。探しに行かないと。
歩き出そうとするも足元すらおぼつかず、また彼に抱きとめられる。
「真っ昼間に、こんな場所で、何をしているのかしら?」
この声は! 視線を動かすと私がいた。学園の制服を着たユミエラ・ドルクネス。彼女が過去のユミエラ2号だ。
「あ、えっと」
「あら? 私? でも私にしては弱りきってるわね。雑魚な私は私じゃないわ」
「あん? 胸を貸してくれる恋人もいない寂しい私は私じゃないですー」
売り言葉に買い言葉で煽り合いになったけれど、初対面のはずの彼女がどうして喧嘩腰なの?
不思議に思っていると、2号は睨んでいた目を逸して言う。
「あー、まあ、お礼は言っておくわ。ありがとうね」
彼女は恥ずかしげに視線を彷徨わせながら続けた。
「今度は上手くやるわよ」
「もしかして……記憶が?」
彼女は間違いなく「今度は」と言った。この世界が巻き戻された世界だと知っている。理由は不明だが、ユミエラ2号には私と出会った記憶がある。
良かった。罵倒し合った記憶も、馬乗りになって殴り合った記憶も……碌な思い出が無いけれど、全部覚えているんだ。
感極まって何も言えずにいると、2号は語気を荒らげる。
「なんて顔してるのよ! 見てなさい! 私は、アンタよりも強くなって、アンタよりも社会的に高い地位に立って、アンタより素敵な恋人を見つけるわ」
「恋人は無理じゃないかな」
「はあ? 私もその気になれば、婚約者の一人や二人、すぐに見つかるわよ」
「パトリックより素敵な人はいないって意味で言ったんだけど……そう受け取るってことは、モテないことを自覚していらっしゃる?」
「なっ! ……ソイツだって大した男じゃないじゃない。どこを見ても普通の域を出ない感じ? つまらない男よね」
「よし、喧嘩!」
殴り合いで格の違いを知らせてやるぜ。
勇んでユミエラ2号に飛びかかろうとしたものの、後ろから肩を抱かれて引き止められる。
「止めないで! パトリックが悪く言われてるのよ!」
「どうして毎回こうなる。今は仲良く出来ないのか」
出来るわけない。だって2号大嫌いだし。
彼の腕から逃れようと暴れるが、力が入らずに中々抜け出せない。どうしたパワーアップした私。
まずはパトリックから片付けるか。その後に2号。パトリックの名誉を守るためだ、仕方あるまい。
そんな私たちを尻目に、ユミエラ2号はバルコニーから身を乗り出して下を見ている。
「ここがどこか忘れたの? さっさと帰ってよね、ここでアンタが悪さしたら私のせいにされるんだから」
「あっ! 逃げる気!?」
「元気でね、ユミエラ1号」
ユミエラ2号はそう言って、バルコニーから飛び降りた。
ここがどこかだって? 王城のバルコニーに決まっているじゃないか。彼女がここから私の世界に渡ったせいで、こんな所に来ているのだ。
あ、こんな長時間騒いでいたら誰かに見つかるじゃん。
この場所の危険性に気がついた直後、城内から怒声がした。
「そこにいるのは何者だ!」
「まずい、帰るぞ」
パトリックに抱えられて、空間の歪みに飛び込む。
こうして、世界と一人の少女を救った私たちは、元の世界に帰還したのだった。
A.世界をふろしきで包む
2号ちゃんを死んだままにするはずないじゃないですか。
邪魔になったからとキャラを簡単に殺してしまうような真似は……ん? 邪魔なキャラを死んだことにする? どこかで、聞いた、ような……?





