22 管理者コード
「いい加減しつこい! 部下にはならないって言ってるでしょうが!」
ああ、言ってしまった。だってしつこいんだもん。
逆上するかに思われた邪神は、静かに言う。
「管理者コード発動―当該空間の対象を停止」
何を始める気だと言おうとして、口が動かないことに気がつく。
口だけではない。手も足も、眼球すら動かせない。
視界の端に映るパトリックと2号も微動だにしない。恐らく私と同じで動けないはず。
頼みの綱は私の影にいるレムンだ。
「動けないだろう? これが神の力だ。貴様ら四人は……四? ……ああ、なるほど、影の中か。レムン……だったか? オレからすれば貴様も人間と同じレベルだ」
えぇ、レムン君も動けないの? もう駄目じゃん。
邪神は一ミリも動けない私たちを眺めながら語る。
「オレに逆らうことが何を意味するか、その身をもって――」
長々と語る邪神は、天から降り注ぐ黒い柱に飲み込まれた。
遅れて爆音が耳を過ぎ去る。これは……リューのブレスだ。
闇属性のドラゴンブレスは対象を溶かす効果がある。石だろうと金属だろうと、溶解間違いなし。いくら邪神とはいえ、無事では済むまい。
「……ドラゴンか。管理者コード発動―対象を停止」
ブレスが途切れて出てきた邪神は、変わらぬユラユラモザイク姿のまま平然と言う。
全く効いた様子が見られない。しかもリューの動きも止められてしまったようだ。
目も動かせないから確認しようにも出来ないが、リューがブレスも咆哮もしないことから、動けないことは確実だろう。
私もまだ動けない。いくら力を入れても、体がピクリとも動かない。
どうする私、考えろ、考えろ。
「何事ですの!? すっごい音がしましたわ!」
悪いことは連鎖的に発生する。
ブレスの音を聞きつけて、エレノーラが屋敷から外に出てきてしまった。
だから場所を改めたかったんだ。恨むぞ2号。
「次から次へと面倒な……管理者コード発動―対象を停止」
ああ、リューに引き続きエレノーラの動きも封じられてしまった。
また戦力を失ったことに……ならないけど、戦局には全く影響ないけど、エレノーラの動きも止まってしまった。
いや、振り返れないから分からないけど、私もパトリックもリューも抗えなかった謎の力にエレノーラが対抗できるはず――
「わわっ! 一瞬だけ動けなくなりましたわ! 何ですのこれ?」
「……何だと!?」
……何だと!?
邪神が口に出したのと同じ感想を心中で呟いた。
どうしてエレノーラは動ける? まさか彼女の秘めたる力が花開き……と考えていると、耳元で声が。
「またエレノーラを危険な目に遭わせて……今度改めてお話する必要がありそうですね。管理者コード発動―対象の制限解除」
「わっ! あ、動ける」
振り返ると白い髪に輝くおでこの女性がいた。
エレノーラがピンチとなれば、彼女の参戦も頷ける。
「来てくれたんですね、デコちゃん!」
「デコちゃんは止めなさい! サノンです! それよりすぐに転移します。準備なさい!」
そう言えば、サノンは太陽の出ている所ならどこでも転移可能だとかなんとか。レムンがタクシー代わりにしようとして断られていたはずだ。
多分、戦場からエレノーラを引き離したいだけなのだろうけど、ありがたい申し出だ。
サノンは返答を待たずに行動を起こす。目が眩み、何も見えなくなるほどの光が溢れ出し……待って、この光、すごい痛い。
「痛い痛い痛い」
「痛い痛い痛い」
「痛い痛い痛い」
私と2号と、後はレムンか。光属性で大ダメージを受けるメンバーが多すぎる。
光が消えた頃には、辺りの景色は一変していた。
ここは……サノンと初めて会った場所だ。何も無い草原。周囲への被害を考えなくてよい。
次に転移した人物を確認。私と2号、レムンはいる。隣を見るとパトリックもいたし、複数人の瞬間移動をやってのけたサノンもいる。
そして当然、謎のモヤモヤ、邪神クーゲルシュライバーもいた。
「ほお、空間転移か。位相丸ごと指定されては抗いようが無いな」
彼は突然の転移に動じた様子もない。
周りを気にしなくて良い場所は確保できた。あとは邪神を全力で倒すのみ。
謎の拘束能力を使う邪神相手と如何にして渡り合うかは、対抗手段を持っているサノンにかかっている。
頼みの綱である光の神様は、私の耳元に口を近づける。
「貴女たちの制限解除と転移で、ワタシは力の大部分を消費しました。あとは貴女次第です」
「……えー」
「ドラゴンを運べなかったのはワタシの力不足です。申し訳ありませんでした」
「こんな危ない所に! リューを連れて来られるはずないですよね!」
「え、あ、はい」
我が家のリュー君とエレノーラちゃんは守られるべき存在なのだ。得体の知れない邪神なぞとは関わっちゃいけない。
しかし困った。邪神のあの力は、来ると分かっていても避けられるものじゃない。
落ち着いて作戦会議……といきたいが、邪神はそれを許してくれないだろう。
「はあ。……やりなおしか、面倒な。管理者コード――」
あ、まずい。このままでは、また動きを止められてしまう。
ええい、こういうときは殴れば大体なんとかなる。
私は邪神クーゲルシュライバーに、つまりは謎のモヤモヤに近づき、思い切り殴る。
渾身のユミエラパンチは邪神の頭部辺りに命中。やった。そして……拳はすり抜けた。
……あれ? 当たったはず。当たった感触はあった。でもすり抜けた。霧とかそういう感覚でもなかったし……なんだコレ?
「無駄だ。オレと貴様らでは位相が違う。姿をハッキリ視認できない相手を触れるはずないだろう」
理屈は不明だが、物理攻撃は無効っぽい。
なら魔法だ。リューのブレスは効いてなかったけど果たして……。
またしても邪神が例の力を使いそうなので、慌てて魔法を発動する。
「管理――」
「ブラックホール」
モヤモヤモザイクが黒球に覆い隠される。
ブラックホールは空間を丸ごと消滅させる魔法。サノンの空間転移の影響は受けたのだから、効果がある可能性が高い。
数拍の後、漆黒の球体「は」、中央に向かって収縮するよう消滅した。
そう。球体は消えた。恐らく大気も消えているだろう。だが、肝心のヤツは全くの無傷で立っていた。
「そんな……」
「無駄だと言っただろう。その魔法は強力だが、消しされるのは貴様らの位相の物質のみだ」
もう無理だ。
私は、格上と戦った経験がない。しかも、ここ最近はブラックホール一発で終わる相手とばかり戦っていた。心のどこかで、いざとなったら魔法を使えば絶対勝てると慢心していた。
物理もダメ。魔法もダメ。話し合いでの解決も既に遅い。
ああ、今回ばかりは無理だ。私はバグレベルの強キャラだけど、邪神は本物のチート使いだ。
私は全身の力を抜いて言う。
「万策尽きました」
「その潔さは褒めてやろう。管理者コード――」
「諦めるな!」
邪神の体が、地面から生えた石の槍に貫かれる。
駄目だよ、パトリック。全然効いてない。
「諦めの悪い……。管理者――」
「コイツにも弱点はある! 気が付かないユミエラじゃないだろ!」
パトリックは邪神に斬りかかる。剣は素通り。モヤモヤが僅かに揺らぐのみ。
というか、さっきから邪神は言葉を途中で遮られてばかりだな……あ!
「管理者コード――」
「ダークフレイム」
「管理者――」
「ブラックホール」
「管――」
「ユミエラパンチ!」
そうか! 助かったよパトリック!
ありがとうと視線を送ると、彼は力強く頷いた。
コイツ、管理者コード何とかかんとか……って言わないと力を発動できないんだ。しかも攻撃すれば中断させることが出来る。「か」と言った瞬間に攻撃すれば完封できてしまうのだ。
ただ邪神に影は無い。シャドウランス系の、影から出てくる魔法が使えないのは注意しないと。
邪神はあからさまに苛ついた様子で言う。
「小賢しい真似を……いつまで続ける腹づもりだ?」
「一回殴って駄目なら、百回殴ればいい。百回殴って駄目なら、千回殴ればいい。あなたを倒すまで続けますよ」
「バカな――」
「ブラックホール……あ、今のはバカのカでしたね。間違えました。紛らわしいので、かって言わないでください」
よおし、調子が戻ってきた。
一見すると無敵な敵を倒す方法はいくらでもある。謎のおじさんから特殊な呼吸法を習うとか、謎のお爺さんに死の概念を付加してもらうとか、紫ピクミンをぶつけるとか。
他人頼りな方法ばかりになってしまったけれど、他にも色々ある。片っ端から試そう。
ブラックホールを無効にされて、珍しくブルーになってしまったぜ。地獄の耐久戦を始めてやろう。ふはははは。
それもこれも、全部パトリックのお陰だ。落ち込んだところに駆けつける恋人、最高じゃん。
「ありがとうね、パトリック」
「ああ。一回殴って駄目なら……のくだりは最高だったぞ」
「え? そんな急に口説かないでよ!」
「俺はユミエラのそういうところが、どうしようもなく好きなんだ」
え、ちょっと、へ、ん? 今のは口説いてないってツッコミを入れる場面じゃないの?
え? え? 待って、どうゆうこと?
ボケ潰しをされて脳がエラーを吐いている間、パトリックが邪神の行動を妨害していた。
いけないいけない。彼一人に負担を強いるのは、これからの長期戦を考えるとよろしくない。
私もすぐに加勢しよう。二人で力を合わせれば……いや、二人じゃないじゃん。もっと人手があったはずだ。
私たちのラブラブ空間に入るのが申し訳ない気持ちは良く分かる。しかし、サボりは駄目だよ2号と神様連中。
確認すると、戦場から少し離れた場所で2号とサノンが会話をしていた。マジでサボるな。
「ねえ、アンタ」
「サノンです」
「名前はどうでもいいわよ。アンタに聞きたいことがあるの。どうしてアンタは殺されそうになっても抵抗しなかったの? 闇の神よりずっと強いわよね?」
「……無抵抗を選んだのは貴女の世界のワタシです。ワタシに聞かれても困ります」
「私じゃないんだから、同じような思考回路でしょ? なら分かるはずよね?」
声を掛けようとしたが、二人の話に思わず聞き入ってしまう。
完全に盗み聞きだ。でもサノンが無抵抗だった理由も気になるし……。悩んでいる間にも会話は進んでしまう。2号は喧嘩腰に、サノンは淡々と。
「ワタシは、人間に関わることを好ましく思っていません。人間同士の諍いに介入するなど、もってのほかです」
「そりゃあ戦争に神サマが口挟むのはどうかと思うけれど……。私はアンタを殺したのよ?」
「それでもです。己が死亡するとしても、神が一人の人間を殺すなど、あってはならない」
「はあ? 人間? 魔物を操れるヤツが人間なはずないでしょ? 一人の人間が、世界を滅ぼせるわけないでしょ? 魔王よりずっと酷い化け物よ」
「…………ユミエラ・ドルクネス、貴女は間違いなく人間です。ワタシの愛する人間の、一人です」
「……ばっかみたい」
2号はそっぽを向いて吐き捨てる。
サノンはサノンで、ただ事実を述べただけだという様子で素っ気ない雰囲気だ。
今まで、エレノーラに関わる場面しか見ていなかったから分からなかったが、彼女の平等さは異常だ。世界を終わらせる厄災となった2号すら、一人の人間だと考えて手出しはしない。特定の人間に肩入れしないという自戒が原因で、人類どころか、自分の危機にすら何もできない。2号の犠牲になった人の中には、エレノーラも含まれていただろうに。
タイミングを逃し、声をかけあぐねていると、足元から声がする。やっとレムンが出てきた。
「ホント、サノンは度を越して不器用だよね」
「度を越しすぎです」
「昔ね、色々あってね。こうやって助けに来たのも驚いているくらい」
サノンはエレノーラのピンチを見過ごせなかっただけだと思うけど。私やレムンを助けたわけでも、邪神に対抗するためでもない。
動機はどうあれ光の神様は命の恩人だ。拘束を解除してくれて、転移までしてくれて。それに引き換え、レムンは活躍の機会が少ない。
でも見た目は子供だし、仕方ないかな。彼はそんな私の視線に感づいたようだ。
「ボクのこと、役立たずだと思ったでしょ?」
「いいえ。何のために影の中でコソコソしていたんだろうとか、考えてないです。一緒に動けなくなったら意味ないだろとか、考えてない……です」
「しょうがないじゃないか! アイツがコードを使ってくるのは分かっていたけれど、まさか空間まるごと指定してくるなんて思わないじゃない!」
「いや、知りませんよ。あとコードって言うんですね」
「あの力を出し惜しむことで有名なアイツがだよ!?」
だから、常識みたいに言われても知らないって。
ではでは、想像以上に気を病んでいたレムンに大役を任せよう。これは彼にしか出来ない一大任務だ。
「話している暇はないです。例の剣、出してください」
「……ああ、預かってたね。はい」
レムンは影の中から、手早く剣を取り出して私に差し出す。こう、味気なくポンと。
話が違う。もっと、こう、かっこいい感じで取り出す手筈だったじゃん。演出ゼロじゃ彼に預けた意味がない。
拍子抜けしつつ剪定剣を受け取ると、その様子を見ていたらしいサノンが鋭い声を上げる。
「なんて物を持っているのですか!」
「あ、危ないのは分かってますよ」
「危険の範疇を遥かに越えています! そんなおぞましい物……」
サノンは剪定剣がお気に召さないみたいだ。光と闇で相性が悪いとかあるのかな。剣に食べられちゃうわけでもあるまいに、過剰反応しすぎだと思う。
さて、演出を放棄したレムンに文句は山程あるが、自分でも言ったように今は時間が惜しい。邪神への飽和攻撃に2号も参戦し始めて余裕がありそうに見えるが、私も参加したほうが良いだろう。
取り出し演出も今日は止めておこう。ささっと鞘から黒い剣を抜く。
「我が手に来たれ、世界の枝葉を刈り取りし、剪定の剣」
「え? 何か言った?」
「何も言ってないです」
ボソッと呟いた詠唱をレムンに聞かれてしまったので白を切った。
詠唱など諸々のそういう系を、好きな自分と恥ずかしがる自分が心の中で戦っている。その決着が付く前に、さっさと邪神との戦いを終わらせよう。





