19 1号が2号で2号が1号で
パトリックと別れ、一人で自室に戻る。
頭の中は、並行世界の私で一杯になっていた。
特に私に対しては敵意むき出しな彼女だが、どうにも憎いと思えない。私と同じ顔で、私に憎まれ口を叩く彼女は嫌いだけれど、心の底からの嫌悪感とはまた違う。
あの片目が隠れるほど長い髪も、切ってくれる人がいないからだと思うとやるせない気持ちになる。それに、あのフリフリ満載のゴスロリドレスも……あれは普通に趣味の違いか。
彼女の服はあり得ない。あんなメルヘンな服を平気な顔で着るなんて正気を疑う。世界を滅ぼすよりも、ゴスロリドレスを着るほうが理解不能まである。
しかし例の服のお陰で、私たちの見分けがついているのでありがたいと言えばありがたいのかもしれない。同じ髪型、同じ系統の服だと誰も見分けることが……できるのかな?
喋り方も変えれば近しい人でも判別不能だと思う。
双子の入れ替わりドッキリ強化版を思いついてしまった。絶対に面白い。すごいやりたい。
「よし、やろう」
私はすぐさま行動を開始する。
ちょうど良く今は一人きりだ。一人にさせてと私が言ったのは、考え事をするためではなくドッキリを実行するためだったのだ。うん、きっとそうに違いない。
私室を飛び出し階段を駆け下りる。当然、誰にも気取られないように。足音を殺して歩くのは癖になっている。
辿り着いたのは屋敷のお風呂。今頃2号は入浴中のはずだ。敵地で服を脱ぐなんて、油断しすぎじゃあないですかね。
脱衣所にそっと入る。もう一枚と扉を開けば風呂場だ。ちゃぽちゃぽとお湯の音が聞こえる。
さて、例のドレスはどこかな? 物色を始めようとしたところ、鋭い声が。
「そこ! 誰かいるわね?」
2号の気配察知能力がすごい。
でも大丈夫。こういうときの対応策もちゃんと考えてある。私は声色を若干高くして言う。
「……お着替えをお持ちいたしました」
「使用人同士で情報共有くらいしなさいよ。さっきも言ったわよ? 私はあの服以外を着る気はないの」
「申し訳ありません。失礼いたしました」
え、寝るときもあの服なの? やばいな。パジャマくらいは普通のにしようよ。
すぐに出ていかないと不審がられそうだが、もう例の服は見つけた。そっと手に取り、脱衣所を後にする。
もちろん代わりの着替えは置いてきた。私がいつも使っている普通のパジャマだ。
2号のゴスロリドレスを手に入れた私は早速着替え、パトリックの元に向かう。
気がつくだろうか? ああ、こういうイタズラって最高に面白い。
しかし慣れない複雑な服への着替えに、手間取ってしまった。変な所にボタンがあるし、絶対に一人で着る服ではない。
2号がお風呂から上がって怒り出すまでがタイムリミットだ。急ごう。
慣れないフリフリにイライラしながらコソコソ廊下をトテトテ歩いていると、エレノーラと出くわした。
彼女に対して2号は終始無愛想だったはずだ。しかし、それをものともせず、エレノーラは笑いかけてくる。
「あっ! ええっと……ユミエラさん……でいいのかしら?」
「好きに呼べばいいじゃない。紛らわしいならアイツみたいに2号って呼べば?」
「2号さんってお名前は可愛くないですわね。ユミエラさんってそういうところに無頓着で……あ! 今のユミエラさんはいつものユミエラさんの方のユミエラさんで――」
「分かってるわよ! ユミエラユミエラ煩いわね」
おおっ! エレノーラは私のことを2号だと思っている。この服の効果はすごいな。
あと私の演技力もそこそこだと思う。同じ人だけあって、口調だけ真似れば完全に同じ声だ。
再現できていないのは髪型くらいか。すると、そのポイントを指摘される。
「あれ? 長かった髪が……」
「邪魔だったから切ったのよ。悪い?」
「……もしかしてユミエラさんですの?」
「は? 何度も言ってるじゃない。私の名前はユミエラ」
まずい。髪を切っ掛けに違和感を覚えたようだ。彼女は首を捻り、疑いの眼差しを私に向ける。
「んー? あれ?」
「何よ? 用がないなら私は行くわよ」
「はい……おやすみなさい?」
気が付かれそうなので会話を打ち切り、エレノーラの横を通り過ぎる。
断定はできていなかったが、何かしらの違和感はあるようだ。彼女は妙なところで勘が良い。
足早にその場を離れてパトリックの部屋に向かう。彼には野生の勘とか無いので、きっと分からないだろう。
意を決して、パトリックの部屋をノックする。
「いいぞ、誰だ?」
「私よ」
「ユミエラ?」
「はあ? アンタ、恋人の声かも分からないの?」
ドアを開けつつ、初手憎まれ口。よし、2号っぽさは百点だ。これはパトリックも騙せちゃうな。
机に向かって書き物をしていた彼は、私をチラリと確認してすぐ視線を戻す。
意外に無反応だ。2号が部屋に来たら身構えると思っていた。
パトリックは手元を眺めたまま言う。
「珍しく悩んでいるようだったが……そんな服を着てどうした?」
「元からこの服だけど……。なに? もしかしてアイツと勘違いしてる? この髪は邪魔だから切っただけよ」
「いや、だからお前はユミエラだろ?」
どうも会話が噛み合わない。2号……に変装した私に油断しっぱなしだし、パトリックの様子がおかしい。
いや、心配そうな様子を見せては駄目だ。今の私はユミエラ2号。彼を気にかけるような仕草はしてはいけない。
「ユミエラだけど……だから何? 意味分かんない」
「言い方が悪かったか、そうだな――」
パトリックは手元から視線を上げ、私の目を見て続ける。
「1号、という言い方はあまり好きじゃないから……お前は俺のユミエラだろ?」
「お、俺のって……人を所有物みたいに言うのは、あの……」
「俺だけのユミエラだろ?」
「……はい」
いや、別に私はパトリックだけのものってわけじゃ……もういいや私はパトリックだけのユミエラです。
そうか、彼は最初から分かっていたのか。会話も噛み合わないわけだ。
「どうして分かったの? 髪型以外は完璧に2号だったと思うけれど」
「うーん……雰囲気というか、気配というか……何となくユミエラだな、と」
「なにそれ」
論理的な理由は無いってこと? 何となくで、自分の勘とか感性だけで私を私と認識したってこと?
そんな……私のこと好きすぎない?
パトリックは私の格好を上から下まで眺めて言う。
「そういうドレスも似合うな」
「あ、この格好はあの、2号に変装するためのアレだから。もう二度と着ないからね」
うわっ。私と認識されていると分かった途端、急に恥ずかしい。
私は今、絶対に着ないと豪語したゴスロリドレスを着てパトリックの前にいるのだ。面白そうなドッキリ企画が、とんだ羞恥の場になってしまった。
早く退散しようと考えていると、パトリックが口を開く。
「それにしても意外だったな」
「違うから! 内心ではこの服を着てみたかったとか、そういうんじゃないから!」
「そちらではなく、彼女が服を貸してくれたことが意外だなと」
「ああ、そろそろ返さないと危ないかも」
ユミエラ2号は長風呂するタイプだと信じたい。
ちなみに私はすごい短い。自分で短いとは思わないけれど、リタにちゃんと入ったのか疑われることがしばし。あまりに短いと一緒に入って体を洗わせてくれと言い出すので、最近は百数えるところを二百に増やして……。
などと思っていると、階下から騒ぎ声が。ああ、もう手遅れか。
関係ない場所で暴れられても困るので、廊下に顔を出して言う。
「こっち! 二階だよ!」
ドタバタと走る音。
すぐにユミエラ2号が現れた、タオルを巻いただけの姿で。
「なんて格好してるの!?」
「やっぱりアンタだったわね! ホントありえない!」
あり得ないのはお前の格好だ。パトリックも見てるんだぞ。
半裸の女はズカズカと部屋に押し入ってくる。あ、三角の帽子は付けてる。水玉のパジャマがお気に召さなかったのか。
「ごめん、ごめんって」
「謝るくらいなら早く服を返して。ほら、脱いで!」
彼女はタオル姿のまま、私の服を脱がせようと掴みかかってくる。
このままでは、ほぼ裸のユミエラが二人になってしまう。一体誰が得をするのか。……パトリックは得かも。そりゃあ、彼も男の子なのだから、大好きな美少女の裸が見たいのは普通のことだ。
じゃあ、このままでいいのかな? どうせいつかは肌を許すことになる。未来のイベントを先取りするだけと考えれば、まあ……。きっと、そう遠くない未来の話だ。全人類が謎の全身タイツを身に着けて空飛ぶ車に乗るよりは早いと思う。
「分かった、脱ぐ、脱ぐから」
「そう言って逃げる気でしょう!? 私の目は誤魔化せないわよ!」
ゴスロリドレスに異常な執着を見せるユミエラ2号は、濡れた髪を乱して引っ付いてくる。今にもタオルがずり落ちそうだ。
……ん? これって私より2号の方が官能的じゃない?
この光景が脳裏に焼き付いたパトリックは、私より2号を求めるようになり……やばいやばいやばい。
最悪の未来を幻視してしまったので、R指定の付きそうなイベントは中断。
2号の両手を掴んで押さえつけながら、彼女を止める方法を考える。しかして2号は恥ずかしくないのか? 仮に他人とは言え男の前でタオル一枚なんて。
もしかして頭に血が上りすぎて、パトリックの存在に気がついてないとか? 冷静さが足りなすぎる。
「分かってるの? そこにパトリックもいるんだよ?」
「……アイツならすぐに出ていったじゃない」
「え?」
部屋を見回すが彼の姿は見当たらなかった。結構早いタイミングで退出していたようだ。冷静さを欠いていたのは私か。
呆然としていると2号に急かされる。
「だから早く脱ぎなさいよ」
「脱ぐ脱ぐ」
私は2号にされるがままになって服を脱がせられる。わざわざそんなことしないでも、自分から脱ぐのに。
またたく間に2号はゴスロリドレス姿へと戻った。そして私は……何を着ればいいの?
「ねえ、私の服は?」
「知らないわよ」
新たなるピンチが襲来した。私の着る服が無い。
服を交換でいいと思っていたが、彼女はタオル一枚でここまで来たのだった。
仕方ない。2号に取ってきてもらうしかないか。お願いしようとしたところ、彼女は半笑いで私を見ながらドアを開けた。
「それじゃあ、後は勝手にして頂戴」
「え、待って、私の――」
強く扉が閉められた音で、私の声はかき消される。
あいつ! 分かってて行きやがった! 意趣返しのつもりか。相当怒ってたもんね。
しかし、どうしよう。ここはパトリックの私室。私が代わりに着るものなんて……と部屋を見回すと、椅子に雑にシャツが掛けられていた。
几帳面な彼が脱いだ服を放置しているなんて珍しい。しかし今回ばかりは僥倖。
とりあえずはこれで良いかと彼のシャツを羽織る。私の体に対して相当に大きいが、下半身も隠れるので丁度いい。ワンピースみたいなもんだ。
さて、近場で服も調達できた。やりたいことは終わったし、もう寝るか。
その前にパトリックを探して一言必要か。部屋を出て、彼を探して屋敷を歩き回る。
そのうち誰かとすれ違うだろうから、その人に彼の居場所を聞こう。
二階の廊下を歩いていると、向かいからパトリックが。お、運がいい。
「いたいたパトリック、部屋で騒いでごめんね。だいたい2号のせいだよね」
「ユミエラっ!? その格好は……」
何か変かなと自分の姿を確認する。ああ、そうか今はパトリックのシャツ一枚なのだった。服を借りていることに一言お礼を言っておかねば。
「ああ、ちょっと借りるね。2号が私の服……じゃなかった、私の着ていた服を持って行っちゃって」
「あ、ああ……そうだったのか」
パトリックは視線を彷徨わせながら言う。
あと2号が乱入してすぐに退出してくれたことにお礼も言っておこう。
「席を外してくれてありがとうね。別人とはいえ何だか恥ずかしいから」
「そ、そうだな。彼女も後から気にするかもしれないしな」
彼はタオル一枚だった2号のことも気にかけていたのか。
パトリックが聖人すぎる。私が半裸の彼に出くわしたら、あれこれ理由を付けてチラ見しまくるのに。
でもあれだな、紳士的に振る舞っていても、内心では抱きつきたくて仕方ないとか萌えるな。……ま、ありえないか。ありえないよね。
「でも妄想するのは自由だよね」
「ユミエラ、早く服を着てこい。誰かに見つかるとまずい」
「え? ちゃんと着てるじゃない。あ、この下は下着だけだけど、ワンピースみたいなものでしょ?」
「そんな訳あるか! そんな格好で出歩くな」
先程からパトリックの様子がおかしい。ずっと私と目を合わせようとしないし。
はて? 彼は服装に言及してくるが、私はちゃんと彼のシャツを着ているぞ。私は2号と違い恥じらいがあるので、扇状的な格好で人前に出たりはしない。
何だろう? 自分の服を他人に貸すのが嫌だとか? ならば悪いことをした。
「ああ、ごめんね。すぐに返すから」
「やめろ、脱ぐなよ! 脱ぐなよ!」
「ここで脱ぐわけないでしょ!」
突然変なことを言い出すんじゃない! 私は人前で脱いだり、服をはだけさせたりといった行為は絶対にしない。長い付き合いだし、それくらい分かっているだろうに。
「早く自分の部屋に戻れ、そして着替えろ、早く」
「え、うん」
良く分からないまま私は歩かされて自室に押し込められる。
パトリックのあの態度は何だったのか全く分からない。分かったのは、彼は私にときめかない説が出てきたことだけだった。
前回の後書きで書いた知恵袋のお話。心配してくださってありがとうございます。
発見した時点で、閲覧数は一桁でした。悪影響はゼロだと思っております。
私も気にしてないです。回答者の断言っぷりに笑ってしまったくらいです。
しかし、デマにはお気をつけください。ネットには「善意」を装って嘘をつく人が存在します。
以上、美少女女子中学生作家、七夕さとりの「善意」溢れる後書きでした。





