08 新しい学園長
私は放課後、教師に学園長に呼び出されていると告げられ学園の応接室に赴いた。あのお爺さん学園長が何の用だろうか? まさか彼も私が魔王だという話を鵜呑みにした訳ではあるまい。
しかし、応接室で待ち構えていた人物は私が想定していたお爺さんではなかった。
「はじめまして、ユミエラさん。新しく学園長に就任したロナルドだよ」
「はじめまして、ユミエラ・ドルクネスです。あの、前の学園長は?」
「事情があって退職したよ。君はもう会うことがないだろうから気にしなくていい」
そう言いニッコリと微笑むロナルド新学園長は、前任者とは打って変わって大変若い。30歳にもなっていないのではなかろうか。
彼の笑顔はどうにも作り物っぽく、人に安心感を与える笑顔のお手本をそのまま再現しているかのようだった。
「私は陛下の命を受けて学園に来ている。今噂になっている魔王の件についても把握しているから安心していいよ」
彼が王妃様の言っていた人らしい。魔王の件を知らされているということは陛下の信頼も厚い人物ということだろう。
「エドウィン殿下も困った方だね。まさか国家機密を公衆の面前で喋ってしまうなんて。君も災難だったね」
私は学園中の生徒ほぼ全員に避けられている現状を思い、苦い顔をするが彼は気にせずに話を続ける。
「殿下はあんな短慮なことをする人では無かったのだけれどね。最近は荒れていると言うか、不安定というか。普段は彼を支えてくれる2人も同じ調子でね」
「殿下たちに何かあったのですか?」
最近、彼らを不安定にさせる何かがあったのだろう。十中八九、原因は私だが。
「ははは、それを君が言うのかい?
まあ、彼らの事情を話そうか。殿下と彼の親友2人は挫折を知らなかったんだ。小さい頃から優秀で、同年代の中では飛び抜けていた。それと同時に自尊心も高かったが、負けを知らないうちは悪く作用することは無かった。
しかし、そんな彼らのプライドを打ち砕く者が現れた。彼らは認めたくなかったのだろう。自分たちを負かす者を魔王だと思って、精神の安定を図るくらいにはね」
やはり元凶は私だったか。
しかし、私が原因でゲームのシナリオとはだいぶ違う状況になっている。
もともとシナリオ通りに物事が進むとは考えてはいなかったが、序盤からここまで違うと何か大きな影響があるかもしれない。
「彼らの事情は分かりましたが、私が周囲の生徒に怖がられるのは何とかなりませんかね?」
「一度出てしまった噂を消すのはほぼ無理だからね。魔王復活の話も国の公式見解では否定するが、信じるものも多いだろう。
それと同じで君の噂を消すのも無理と思った方が良い。まあ、君の強さも相まって信憑性の無い話でもないからね。王宮にも君が危険人物ではと危惧する声はあるよ」
まあ傍から見れば、私は突然現れたレベル99で謎の人物だろうから分からないでもない。
「君を怖がらない人は少ないと思うよ。僕もちょっと怖いし」
ロナルド学園長は怖がっている様子を一切見せずにそう言う。私は彼の一切崩れない笑顔が怖くなってきた。
「あ、陛下は君が魔王だなんてことは有り得ないと分かっているから安心してね」
そう言われると、陛下は魔王の復活が2年早まったと考えてもおかしくないはずだが、初めから疑われることは無かった。
私が魔王では無いという揺るぎない証拠でもあったのだろうか。
「王家は魔王についての詳細を把握しているのですか?」
「ノーコメント」
彼は更に笑みを深くして答えた。それはイエスと答えているようなものでは?
ロナルド学園長はエドウィン王子の小さい頃からの様子であるとか、陛下のお考えであるとか、国の重鎮でしか知りえない情報に精通している。
恐らく、彼は若くして相当な要職についているのだろう。自己紹介のときに家名を名乗らなかったのも気になる。
私は彼が何者だろうかと考えていたが、それは彼にはお見通しらしい。
「僕はただの学園長だよ。君と陛下の連絡役でもある。
陛下に尋ねたいことがあったら言ってくれ、案件によってはすぐに回答できるよ」
すぐに回答できるということは陛下に独自の裁量権を認められているということだ。この人やっぱり相当偉い人だ。
「へえ、やっぱり君は腕っぷしだけの人間ではないんだね。王妃陛下が気にいるだけのことはある。僕の仕事も楽になるよ」
また考えを読まれたらしい、私は何も答えていないし表情も動かしていないはずだが。
私の前世やらの秘密もバレそうでこの人は苦手だ。
「では早速、これからのことを話そうか。
と、言っても今日は顔繋ぎがメインのつもりだから、ついでみたいなものなのだけれどね。君には野外演習で運営側に回って欲しいんだ」
野外演習とは要するにレベル上げのことだ。学園が安全に配慮し、生徒に魔物狩りをさせる。
エドウィン王子たち、つまり魔王討伐組のレベル上げを手伝えということだろうか。
「はい、分かりました。殿下たちのサポートをすればいいのですか?」
「いや、それは違う。君には殿下たちとは別の班で参加してもらうつもりだ」
不思議に思っていると彼は私に問いかけてきた。
「逆に聞くけれど、君は彼らと協力して戦闘ができるかい?」
ああ、そういうことか。
「まあ、何時かは解決しなければいけない問題だけれどね。すぐに何とかするのは難しい」
このままでは一緒に魔王討伐どころでは無いだろう。折を見て、彼らには私が味方だと理解して貰わねばならない。
「分かりました。しかしグループ分けで揉めそうですね」
片や人気の王子様、片や魔王と目される私、どちらと一緒になりたいかなど明白だろう。
「班分けは例年通りにするつもりだよ。中央貴族と地方貴族で分ける。君は地方の方だね」
「だいぶ大雑把に分けるんですね」
「ちゃんと理由はあるよ。レベル上げのやる気に中央と地方で大分差があるからね」
なるほど、確かに中央貴族に積極的にレベル上げをしようとする者は少ないだろう。学園を卒業した後は家を継ぐか役人になる者が多い。いくらレベルが高かったところで利点は少ない。
逆に地方貴族、特に小さい領は領主自らが魔物に対応することもあるだろう。家を継げない次男以降も兵士になることが多い。
「そんなやる気のない集まりで、殿下たちは大丈夫なのでしょうか」
「ちゃんと2年後に向けて彼らだけのレベル上げの計画は立てているよ。最低でもレベル40は越えてもらう予定だ」
魔王と戦うのにレベル40では心許ない。ゲームでの適正レベルは60~70だった。
「40ですか…… レベル60くらいにはなって欲しいのですけれど」
「アドルフ団長でレベル60だよ? 2年でそれは無理がある」
うーん、そう考えるとレベル40は頑張った方なのだろうか。
私がサポートすればその限りではないだろうが、しばらくは保留でいいだろう。
「分かりました。私は具体的に何をすればいいのですか?」
「引率の教師と一緒に非常時の対応をお願いしたい。場所は王都近郊の森だから滅多なことは無いと思うけれどね」
王都近郊の森とはゲームの最初のステージのことだろう。確かに出現する魔物も弱いものばかりだ。私がすることがあるとは思えない。
「特に何もせずに戦闘を眺めていればいいんですね」
「まあ、そうとも言うね。君のレベル上げ方法は相当おかしいと聞いているから、あまり変なことはしないでね?」
はて? 私のレベル上げがおかしいとはどういうことだろう。身を護る護符を付けないことと、単独で戦闘をすることは少しおかしいかもしれない。
魔物呼びの笛を思い切り吹くのは普通だよね?