17 1号VS2号!
前回と今回のキャットファイト(?)は今までで一番酷いかもしれません。「やだやだ買って買って」の記録を更新。
「どうしてお前たちは、執拗に顔を狙い合うんだ」
「「顔が気に入らないから」」
私と2号の声が重なる。同じ声なので、一瞬だけ自分の声が反響しているのかと思った。
まあ、お互いの相性が最悪なのは分かっていた。しかし予想外なことに、今まで一度も殺し合いに発展していない。
起き上がった2号に尋ねる。
「この後どうする? もう暗くなるけど泊まってく?」
「アンタの家で寝たくない」
「じゃあ2号はここで野宿しといて、私は明日また来るから」
「は? 普通は頭を下げてでも客人を招くべきよね?」
ああ、泊まりたいのね。でも借りを作る感じにはしたくないのね。面倒な性格だ。
ここは私が大人になろう。ぜひ我が家にお越しくださいと頭を下げて……嫌だな。本当に野宿させてやろうか。
すると、パトリックが小声で耳打ちしてきた。
「どういうことだ? 彼女を招いていいのか?」
「大丈夫だと思うけどね。2号って思ったより友好的だし」
「……友好?」
「だって、今まで一度も魔法を使ってないから」
殴り合いを数回したが、私と2号は本気ではない。相手を殺すつもりなら、初手ブラックホールが安定なのだ。それどころか武器も魔法も使っていない彼女は、平和的な話し合いをする気があるということ。
その意図は彼にも伝わったようだった。
「ああ、なるほど……あの壮絶な殴り合いを見せられて、そこまで考えが及ばなかった」
「壮絶? どっちも血とか出てないよ?」
血も出ていないし、後に残る痣もできていないはずだ。
それに首を絞めたりなどの殺意の高い攻撃はお互いにしていない。あ、あとは目玉を抉ったりもしてないし。
もちろん、そこそこの力は入れて殴った。そこそこのユミエラパンチと、つよつよなユミエラ防御力。後者が強かっただけの話だ。
しばらく小声での作戦会議をしていたところ、2号は自分が無視されていると思ったようだ。イライラに若干の不安さを含ませた声を発する。
「分かった! 分かったわよ! アンタの家に泊めてください。これで満足?」
「ホントに一人で野宿させるわけないでしょ……あ、一人に慣れ過ぎちゃったの? 流石の私もそこまでじゃないわ」
「殺す」
またしても殴りかかってくる2号。
今度は彼女もマウントポジションを取ろうとする。私も有利ポジに付こうとして2号をひっくり返す。
私たちはそれを繰り返し、取っ組み合いながら地面をゴロゴロと転がる。
天地が幾度も反転する中、パトリックの声が聞こえた。
「もう止めないからな。今までの全部、両方悪い」
パトリックって2号にちょっと甘くない? 婚約者である私と、初対面の2号、どう考えても前者の味方をするべきでは?
やっぱり顔かな。顔が同じだからかな。2号の顔がパトリックのタイプど真ん中なのは間違いない。しかし、顔が同じだからといっても……もしかして私が気づいていないだけで誘惑されていた?
そして転げ回りながらの乱戦に、罵り合いが追加される。
「パトリックに色目使わないで! このメカクレゴスロリ女!」
「はあ!? そんなことしてないわよ! この恋愛下手くそ!」
「恋愛未経験の人に言われたくないですう」
「さっきから恋愛恋愛……頭の中にお花畑でもあるの?」
「頭の中には無い! お花畑の似合う乙女だけど!」
「はあ!? この無表情! 何考えてるか分かんなくて気持ち悪いのよ!」
「だから! それは両方でしょうが!」
「じゃあアンタもピーマン食べられないのね! 子供舌!」
「え、普通に食べられるけど……フリフリ衣装が似合ってない!」
「そうなの? それは偉いわね……服のセンスが地味!」
転げ回りながらの罵倒合戦はしばらく続いた。
私も2号も、悪口のレパートリーが尽きてくる。
「バカ!」
「アホ!」
何でこんなことしてるんだろう。地面をゴロゴロ転がりながら疑問に思う。
そして私たちはどちらが言い出すでもなく殴り合いをやめる。もう何に怒っていたのかも思い出せない。
「……どうしてこうなったんだっけ?」
「……さあ? 忘れたわ」
喧嘩の原因は彼女も分からないようだ。
立ち上がった私たちは顔を見合わせて、同じ方向に首をかしげる。動いたのが同時だったこともあり、鏡のように感じる。
試しに右手を上げてみる。向かいの彼女は左手を上げた。
上げた手を軽く振ってみる。向かいの彼女も手を振った。
「「なんだ鏡か」」
完璧じゃん。あとはボールだ。弾むボールと弾まないボールを用意しないと。
代用品があったりしないかと周囲を見回すと、すぐ側から私たちの様子を見ていたパトリックと目が合った。
「お前たちは仲がいいのか? 悪いのか?」
「悪いでしょ」
「当たり前よね」
常識的に考えて、仲良しと殴り合いなんてしない。
何を以てして、彼が1号2号仲良し説を提唱したのかは謎だ。どう見ても険悪ムードじゃん。
同じ顔の別人と仲良くするのがまず無理な話だ。別なはずの中身が微妙に似通っているのも不愉快だ。多分、彼女も似たようなことを考えているんだろうな。あー、嫌だ。
取っ組み合いをしているうちに日は完全に沈んでしまった。完全に暗くなる前に帰ろう。
「じゃあ帰ろうか。2号も来るって言ったよね?」
「アンタがどうしてもって言うからね」
言ったっけ? 2号が泊めてくださいって言った気がするが、指摘したらまた拳の語り合いになりそうだ。ここは黙っておこう。
「別に知らない家でもないでしょ? 2号も昔、住んでたよね?」
「あそこに思い入れなんてあるわけないじゃない。一人で部屋にこもっていただけ、寝て起きて食事をしただけ。一番会話をしたのは外から来た家庭教師よ」
「あー、私も少し前まで同じ感じだった。学園の寮も似たもんだったし、自分の帰る場所がなかったよね」
「……そう、アンタもユミエラだったわね」
「え? そりゃあそうだけど……」
「じゃあ、どうして…………アンタと私は…………いや、何でもないわ」
ユミエラ2号はそう呟いて明後日の方向を見る。その先に何かあるのかと視線をやるが、暗い空が広がっているだけだった。
そして私たちは微妙な空気感で帰路につく。
2号と出会って以来、パトリックはテンション低めだし、レムンは私の影に入ったままで一言も喋らないし、当の2号は不機嫌全開だし。私も陰鬱だ。
さて、屋敷に帰って2号をどう説明しよう。世界を滅ぼしたとか言えるわけないし、偶然出会ったそっくりさんで押し通すのも無理がある。
エレノーラに会わせて良いかも分からない。
こうして2号と友好的に接しているのも、彼女がすぐさま事を起こす気が無いからだ。今は良くても、いつかはどちらかが死ぬまでの戦いになる。
事件の始まりから既に決められていたバッドエンドを、私とパトリックは割り切れても、エレノーラは納得できないと思う。
無言のままでドルクネスの街を歩く。私とパトリックは並んで、2号は少し後ろを。
人の少ない通りを選んで歩いたので、すれ違う人は少ない。薄暗くなった街では、私だと気づかれなかったし、私と瓜二つの人物がいることも気づかれていない。
この暗さで昼間と変わらぬ視力を発揮できるのは私たち三人くらいだろう。
もう屋敷が見えてきた。うーん、遠回りとかして時間を稼げばよかった。2号をどう説明するかを考え終わっていない。
どうしてだろう。言い出したのは私なのに、彼女を家に招いたら物事が悪い方向に進む気がする。喧嘩をしたり鏡の真似をしたり比較的平和なやり取りをしていた2号と、取り返しの付かないことになりそうな気がする。
それで一番傷つくのは私かパトリックかエレノーラか……はたまた彼女か。
今ならまだ引き返せる。もう帰りたくない方に傾いてしまった気持ちのまま、目前まで迫った屋敷を見る。
すると、建物の陰になっている裏庭からひょこっと可愛らしい頭が。キョロキョロと大きな頭を動かし、私を見つけたようだ。
「リュー君! ただいま!」
私のリュー君は今日も可愛い。昨日も可愛かったし、明日もきっと可愛いだろう。
こんな愛くるしいドラゴンを置いておいて、家に帰りたくないなんて口が裂けても言えない。ユミエラ2号が何だ、そこら辺で拾ったと言えばいい。リューの教育に悪いことをするようなら、すぐさま追い出せばいい。
悩みが全て吹っ飛んだ私は、リューに向かって走り出す。本当にくだらない事で悩んでいたものだ。リューの可愛さに比べれば、世界のほぼ全ては些事に変わる。
リューも私を迎えるべく、大きな翼を一振り。二階建ての建物を軽々と飛び越え、屋敷の正面側に回る。
毎日会っているのに、なんなら今日も数時間前に一緒にいたのに、毎回顔を合わせるたびに数年ぶりの再会のように喜んでくれる。そんなリューに私も全力で答える。
リューは首をもたげて頭を下げてくれた。よし分かった、私はリューの頭に思い切り抱きつく。そして顎の下を揉みくちゃに撫で回した。
「リュー君、いい子にしてて偉いね! おかえりなさいが出来て偉いね! グルグル言えて偉いね!」
至福。リューが鳴らす喉の音を聞くために生きてきた。可愛らしい仕草を見るために生きている。ひんやりとした鱗に頬ずりするために生きていこう。
過去現在未来の全てはリューのためにある。
癒やしの時間を過ごしていると、後ろから声が。そう言えばユミエラ2号とかいう、よく分からないのがいたんだった。
彼女とパトリックの話し声が聞こえる。
「私は何を見せられているのよ」
「あー、あれは……ああいうものだと慣れてもらうしかない」
「アンタ、あんなののどこを好きになったの? 頭おかしいの?」
「……まあ、俺もどこかおかしいんだろうな」
名残惜しいがリューから離れて振り返る。
ユミエラ2号はジロジロと無遠慮にリューを眺め回していた。
リューも彼女に気がついたようで、目を丸くして驚き、私と2号を交互に見つめる。だよね、同じ顔の人がいたらびっくりするよね。
2号にはもったいない気もするが、自慢の息子を紹介することにしよう。
「この子はリュー君。どう? 可愛いでしょ?」
「……人懐っこいドラゴンって気持ち悪いわね」
何てこと言うんだ。慌てて確認すると、私と同じ顔の人物に気持ち悪いと言われたことでリューはシュンとしていた。
「ちょっと!? なんて酷いこと言うの!?」
「ああ、ごめんなさいね。言葉分かるのね」
「リュー君、あんな奴の言うこと気にしなくていいからね。私とアイツは別人だからね!」
可哀相に。こんなに落ち込んで。
やはり2号とは相容れないな。リューの頭をよしよしとなでながら彼女を睨みつける。
「悪かったわよ。アンタのペット、悪くないわよ」
「は!? ペットじゃなくて家族なんですけど!?」
「……そう、家族ね。あー、じゃあ、何食べてるの? エサって何?」
「は!? エサじゃなくてご飯なんですけど!?」
「アンタ面倒くさいわね」
リューを散々貶した挙げ句、面倒くさいだと?
これは開戦不可避だ。ボッコボコですよ、ボッコボコ。
もう魔法を使わないとか言ってられない。ユミエラ対ユミエラの戦いでは初手ブラックホール安定。
ユミエラ2号を跡形もなく消し去れば諸問題は全て片付く。勝ったッ! 第三章完!
そう考えていたところ、背中から弱々しい声が聞こえる。振り返るとリューが悲しげな瞳でグルルと鳴いていた。ああ、私には分かる。「僕のために争わないで」と訴えかけているのだ。
「ごめんね。乱暴なお母さんでごめんね。暴力で解決しちゃ駄目だよね。リューは優しい子だからね」
「私は何を見せられてんのよ?」
そんなわけで決戦は持ち越しとなった。リューが優しくて良かったな。
さて、ずっとリューとイチャイチャしているわけにもいかない。そろそろ家の中に入ろうかというタイミング、一番聞きたくない声が。
「ユミエラさん? 突然出て行かれて心配いたしましたのよ?」
あーあ。エレノーラに見つかっちゃった。
どう説明しようかと2号を見ると、彼女も嫌そうな顔をしていた。あ、そりゃ知ってるよね。
「どうして公爵令嬢がここにいるのよ?」
「色々あってヒルローズ公爵家は取り潰しになったの。それで今は……居候みたいな?」
「はあ? どういう――」
2号は没落令嬢の詳細を聞こうとするが、そういう会話はしばらく無理だと思う。エレノーラが現れた時点で、全ては彼女のペースになる。
エレノーラは私の声を聞いて外に出てきたようだ。リューの陰に隠れている私ではなく、2号に一直線に向かう。
近づいて服装や髪型の違いに気が付き、別人だと――
「わあ! 素敵なドレス! これ、どうしましたの? フリフリ、いつもは嫌がりますわよね? あっ、少し見ないうちに髪が伸びましたわね。そろそろ切らないとダメですわ」
あ、気づいてないじゃん。
ゴスロリドレスを観察するべく周囲をグルグル回るエレノーラを、2号は鬱陶しそうにしている。
「ちょっと! 近いのよ、離れなさい!」
「やっぱりユミエラさんは真っ黒のお洋服も似合いますわ! 本当に素敵!」
「だから! 私はアンタの知ってるユミエラじゃないのよ!」
「分かっていますわ。わたくし、ユミエラさんの知らない一面が見られて嬉しいですわ!」
エレノーラ様が鋼メンタルすぎる。
暴言を吐かれてダメージを受けたリューは、とても繊細な子なのだと改めて認識した。
流石に可哀相なので私はエレノーラの肩を叩く。ちなみに、可哀相なのは2号の方だ。
「あの、私はこっちです」
「え? ユミエラさん?」
「私がいつものユミエラで、向こうの彼女は……そっくりさんです」
エレノーラは私と2号を見比べて黙り込む。
咄嗟に出てしまったけれど、そっくりさんは無理が――
「本当にそっくりですわね! 全然見分けがつきませんわ」
「え?」
マジ? 信じちゃうの? そこまで行くと純粋な子の枠を超えているぞ。
「はじめまして、ユミエラさんのそっくりさん。わたくしはエレノーラ、貴女のお名前は?」
「ユミエラよ」
「まあ! お名前も一緒ですのね! すごい偶然!」
おおう、私はエレノーラ様を見くびっていたかもしれない。皮肉とかではなく本気ですごいと思った。サンタさんを信じていた時期を思い出す。あの頃の純粋さを、私はどこに忘れてきたのだろうか。
エレノーラは改めて2号を観察し始める。暗がりで良く見ようと、くっつきそうな程に顔が近い。
対する彼女は顔をしかめてそっぽを向いた。やろうと思えば、力ずくで押しのけられるはずなのに、されるがままになっている。
やはり、2号はそこまで悪い人でもない気がする。でも世界を滅ぼしちゃったんだよなあ。
そんなチグハグな彼女は、私を睨みつけて言う。
「ちょっと、コイツをどうにかしなさいよ」
「あっ! 口調がちょっと違いますわね。少しお話ししたら分かりそうですわ」
「エレノーラ様、私のそっくりさんが困ってますから」
私はエレノーラの両肩を掴み、後ろに引き剥がす。不満そうにしながらも抵抗することはなかった。
そうして肩を掴んだまま、彼女を屋敷の方へと押していく。
「はい、お家に入りましょうね。リューもあまり構えなくてごめんね」
名残惜しいがリューと分かれ、家の中に入る。
扉を開けてすぐにリタが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。夕食の準備は整っておりますが、いかが致しましょうか」
「あー、それなんだけど、一人分多くお願いできる? お客さんが一人いてね」
「問題ありませんが……お客様ですか?」
リタは珍しいこともあるものだと、目を丸くして驚く。実際に客人なんて滅多に来ないから驚くのは当然なんだけど、うん。これからは、もう少し交友関係を広げてもいいかもしれない。
すぐに背後から音がする。パトリックと2号も来たようだ。
リタは一礼をしてから顔を上げ、客人を見て固まった。
「いらっしゃいま…………え? ユミエラ様?」
「ふーん、アンタもいるんだ。分かってはいたけれど見知った顔ばかりね。旦那様と奥様の使いっぱしりはやめたの? 強い方の味方ってわけ?」
2号はリタも嫌いだったか。初期の関係性のままなら仕方ないかな。
推察するに、彼女から見たリタは両親の意向をただ伝えるだけの人だったようだ。私も暗殺未遂の一件が無ければ同じだったと思う。
しかし、その怒りをこちらの彼女に向けるのはお門違いだ。戸惑うリタを庇おうとしたところで、2号は声の調子を落として続ける。
「……悪かったわよ。こっちのアンタは関係ないわよね」
私と瓜二つな人物に悪意を向けられ、すぐさま謝られ、リタは混乱して視線を彷徨わせている。何を言えば良いのか分からないのだろう。
「リタ、この人がお客さん。……ただ私にそっくりな人。あ、悪いんだけど客間の用意もお願い」
「……ユミエラ様がそう仰るのでしたら」
「ありがとうね」
ただ似ている人なはずないのだが、リタは素直に頷いた。エレノーラとは違い、私が言ったから嘘だと分かっていても納得してみせたのだと思う。
◆ ◆ ◆
ダイニングに移動しての夕食。ユミエラ二人に、パトリックとエレノーラ。名前だけ見ればいつもと同じだ。
シチューを口に運びながら、私はもう一人の私の様子を窺う。エレノーラの熱視線を華麗に無視しながら、ゆっくりと上品な動作で食事をしていた。
外見だけでなく所作も似ているのか。いや、僅差で私の方が優雅なはずだ。
じっと2号を観察していたエレノーラが感想を述べる。
「こっちのユミエラさんの方が何というか……気品がありますわね」
「私の方が気品あります!」
「ちょっと、人が食事している横でギャーギャー騒がないでよ。ここは蛮族の集まりなのかしら?」
お上品でいらっしゃる彼女は、口元を釣り上げ品の無い笑い方をする。
蛮族とまで言われたら黙っていられない。また殴り合いで決着を……あ、私って本当に野蛮なのかも。
私が何も言い返せずに歯噛みしていると、彼女はつまらなそうに言う。
「温かい食べ物も久しぶりなんだから、少しは味わわせなさいよ」
「……今まで何食べてたの?」
「保存の効くものなんて幾らでもあるでしょ」
確かに軍用の保存食など、長期間保存できる食べ物はある。しかし、この世界は缶詰なども無く、保存技術も拙い。ただ塩辛い干し肉や、味を度外視で作られた固いパンなど、総じて不味いと言われている。
「自分で料理すれば良かったのに」
「料理なんてできるわけないじゃない。アンタも無理でしょ?」
「料理? できるよ」
「嘘ね」
はー、恋人が出来るか出来ないかはこういうところの違いなんだろうな。料理くらい私でもできる。モテる女子の必須スキルだしね。
少し前にもパトリックに愛情たっぷりの手料理を振る舞ったりした。彼が三日寝込んだり、キッチンへの出入り禁止が言い渡されたりしたけれど、料理が出来ることは証明できているはずだ。
端から嘘と決めつけてくる2号ちゃんに言ってやってくださいよ。そういう視線をパトリックに送るが、すぐさま目を逸らされた。
……あれ? あ、エレノーラは食べてないが料理の完成品を見たはずだ。彼女に視線を送ろうとするが、顔は既に逸らされていた。どうして?
「……やっぱり嘘じゃないの」
「嘘じゃないもん」
料理の出来ない人に哀れんだ目で見られた。
出来るのになあ。キッチン出入り禁止が無ければ、今すぐにでもお見舞いしてやるのになあ。
無言の時間で改めて思う。彼女は本当に世界を滅ぼしたのだ。誰もいなくなった世界で一人、生きていたのだ。温かい食事すら久しぶりなんてあまりにも寂しい。
同情すべきは死んでいった世界中の人々のはずなのに、ユミエラの方に感情移入してしまう。
彼女は悪い人間ではない。いや、取り返しのつかない大罪を犯しているが、それでも根っからの悪人ではない。善悪の区別は付いているし、周囲に憎悪を撒き散らしているわけでもない。
黙々と食事を取る彼女は、私よりもずっと大人しそうな印象で……。
裏ボス化したユミエラを倒せば終わりと思っていたこの一件、落とし所が見つかりそうにない。
鏡とボールの部分を書いたのは数ヶ月前です。
まさか、こんなことになろうとは。皆様も体調にお気をつけください。





