14 蘇生薬と剪定剣
ダンジョン七周はトラブルもなく、高速で終わった。ルートを覚えて最深部までダッシュ。速い、速すぎる。
ちなみにパトリックも三回、ボスのゴーレムを倒している。関節部を狙い、まずは手、次に足を機能停止に、最後は首の接合部を狙ってトドメ。
彼は私がやりたかったことを平気な顔をしてやってしまった。悔しくなんかないもん。
そうして目当ての物を入手した私たちは、すぐに家まで逆戻りしたのだった。
朝一番に出かけたこともあり、時間はまだ昼過ぎだ。お茶を淹れてもらい一休みしつつ、改めてエリクサーを観察する。
テーブルに置かれた七つの透明な小瓶は、持っただけで割れてしまいそうなほどに薄く精巧な作りだ。そして、光の加減次第で見失ってしまいそうな透明さ。
最後に小瓶の中身。何も入っていない。
「これ、空っぽですけど」
「これでいいんだよ。ポーションみたいな飲み薬じゃないから」
「ん? エリクサーとは回復薬なのか?」
レムンの言葉にパトリックが疑問を挟む。あっ、彼はエリクサーが何か知らずにいたのか。
私もゲームの知識はあるが詳細は分からない。各種ポーションと同じくコマンドの「使う」での使用だったので、中身が無い小瓶であることは今知った。
レムンはエリクサーを手に取り自慢気に語る。
「エリクサー、言い換えるなら蘇生薬ってとこかな? これは死者すらも蘇る万能の回復薬。世界の法則の、例外中の例外」
「え!? 死んでも生き返るんですか!?」
本当に驚いた。ゲームにおいてHP0の状態は戦闘不能、現実に置き換えればギリギリ死んでいないくらいの状態だと考えていた。
無尽蔵な魔力で回復魔法が連発できる私には不要なアイテムと思っていたけれど、蘇生となると話が変わってくる。
死んでも七回は生き返る私。十二回には及ばないものの驚異的すぎる。
「もちろん条件はあるよ。死んですぐであること……数時間が限界かな? 後は蘇生対象の一部が存在していること」
「対象の一部?」
「完全に消滅したら駄目ってこと。お姉さんのブラックホールとかはまさに完全消滅だよね」
「……ユミエラ対策の回復薬としては心許ない気がするな」
パトリックが渋い顔で言う。
蘇生不可の魔法を使うって、私は悪質で理不尽すぎる。
ゲーム同様、何やかんやで使わずに終わりそうだなと考えていると、レムンは不敵に笑う。
「だからね、体の一部をあらかじめ取っておけばいいんだよ」
「パトリック、腕を切り落とすから動かないでね!」
「やめろ! お前、半分本気だろ! こっちに来るな!」
私が立ち上がると、彼も立ち上がって後ずさりする。
もしものときに備え、パトリックの腕は私が大事に大事に保管しておこう。そして毎晩寝る前に、愛おしいあなたの腕を眺めてうっとりするのだ。手を繋いで寝るのもいいかもしれないし、リアル腕枕を試すのも良さそうだ。
「ずっと……一緒になれるね」
「ひっ!」
「ねえ? どうして逃げるの? ねえ? どうしてどうしてどうしてどうして」
パトリックは顔を青ざめさせて私から距離を取る。
……ちょっとやり過ぎたかな。ヤンデレごっこはこのくらいにしておくか。
「もう、冗談に決まってるじゃない。怖がりすぎ」
「……本気に見えた。ユミエラは多分、そういう素質があるぞ」
「ボクも、今までで一番怖かった」
そうか、私ってヤンデレの才能があったのか。また新たな境地に到達してしまった。嬉しさは微塵も感じない。
私は椅子に座り直してレムンに尋ねる。
「それで、体の一部を取っておくってどういう意味ですか?」
「お姉さんみたいに猟奇的な話じゃなくてね、髪の毛とかも体の一部だよって話」
なるほど、髪の毛を取っておけば後から蘇生できるのか。
部屋の端まで逃げていたパトリックは、戻ってきて椅子に腰掛けるところだった。彼はため息をついて言う。
「髪ならいいか。もしものときに備えて各自保管しておけばいいか」
そしてパトリックは紅茶に口を付けようとする。手元に注意が向いたところ、すかさず私は前のめりになり手を伸ばした。
彼の髪の毛を鷲掴みし、思い切り引き抜く。
「えいっ」
「痛った」
髪の毛ゲットだぜ。私の手の中には灰色の髪がごっそりある。
しかし、引き抜きの衝撃でパトリックはカップを取り落してしまった。陶器の割れる高い音が部屋に響く。
「あーあ、パトリックったら」
「俺が責められるのか?」
頭を押さえた彼に、僅かに潤んだ瞳で睨まれる。いや、ちょっと取りすぎたのは悪いけれど。
じゃあパトリックも私の髪を抜けばいいじゃない。私は痛くも痒くもないから……と逆ギレする準備をしていると、レムンが興味なさげに割れたカップを指差して言う。
「それ、エリクサーで直したら?」
「へ? ティーカップですよ?」
「死んだ食器を蘇生させるんだよ。それくらい簡単簡単」
無機物に生死の概念があるとは思わなかった。
もちろん、壊れた物にポーションをかけても修復されることはない。飲み薬じゃない点も含めてエリクサーとポーションは全くの別物と考えるべきだ。
私はレムンから小瓶を一つ受け取り、床に散らばったカップの破片を見る。
「これをどうすれば?」
「エリクサーに魔力を流し込んでみて。魔法を使うのと同じ感覚でカップに意識を集中して」
「……これ、使い切りのアイテムですよね? もったいないような」
「使い方の練習はしておいた方がいいよ」
一理ある。エリクサーの使用を迫られる状況は、きっと緊迫しているだろう。そんなときでもスムーズに立ち回れるよう、どんな感じなのか練習しておくのも必要だ。一個使っても、残り六個あるしね。
レムンに教えられた通り、エリクサーに少しずつ魔力を流し込む。そしてカップの破片を見つめて直れ直れと念じてみる。
効果はすぐに現れた。
手元の小瓶から光が溢れ出し、割れたカップの一片一片に向かっていく。
破片は宙に浮いて動き出し、パズルのように元のティーカップの形が再現される。そしてテーブルの上に音も無く着地した。
同時に、私の手にあったエリクサーは砕け散り、キラキラ輝きながら空気中に消えていく。ああ、もったいない。
一番近かったパトリックが、指先でそっとカップに触れる。
「完全に直っている。継ぎ目も分からない」
「へえ、便利」
「だが……これは一体……」
彼は何に困惑しているのか。改めてティーカップを確認して、すぐに違和感に気が付いた。
湯気が立ち上っている。カップの中は熱い紅茶で一杯になっていた。
「何で紅茶が? それに淹れたてみたいに熱かったっけ?」
「半分以下だったはずだ。少し冷めていた記憶もある」
エリクサーによって蘇生されたのはカップだけでなく、中身の紅茶もだった。
これって仕様通り? 変なバグとか起こってない?
問いかけるようにレムンを見ると、彼は笑みを浮かべる。
「肉体を再構築しても魂が無ければ死者は蘇らない。器だけでなく、その中身を取り戻してこその蘇生薬だと思わない? これがエリクサーの力だよ」
これこそが真の蘇りであると語るレムンだが、私は別の現象を思い出していた。
これは蘇生薬と言うよりむしろ――
「タイムふろし……いえ、何でもないです。結果は同じですからね」
イメージとは若干違ったが、エリクサーの効力は申し分ない。出番が無いのが一番だが、もしもの備えとしては頼もしい限りだ。
後でエレノーラや屋敷のみんなの髪を集めないといけないな。リューは……剥がれた鱗で良さそうだ。
「蘇生させる対象が大きく複雑になればなるほど、必要な魔力が多くなるから気をつけてね」
「分かりました」
カップ復元の魔力消費は微々たるものだった。人の蘇生にはより多くの魔力が必要ってことか。リューだともっと必要。更に大きく複雑な……そんな物は無いか。リュー君はすごい大きい、そしてすごい可愛い。
魔力不足で困ったことはないので、魔力不足は心配する必要は無いだろう。
それより気にかかるのはエリクサーを使用可能な状況かどうかだ。全滅しては使用者がいなくなってしまうし、エリクサーその物が手元になければいけない。
一つ使ってしまい、残りは六つ。一箇所に置くのはリスクが高すぎるし、どうしようかな?
「この六個はどう振り分けようか? ひとまず、私とパトリックは一個ずつ持っておくとして……」
「良かったらボクが預かろうか? 影の中なら紛失の心配も無いし、お姉さんたちが必要なときはすぐに持って行ってあげる」
「うーん……じゃあお願いします」
レムンに預けるのは少し不安だけど、別にエリクサー六個もいらないんだよな。じゃあいいか。残りの四つは彼に預けてしまおう。
彼はテーブルに乗った小瓶を雑に掴み、影の中にポイポイと放り込んでいく。便利そうで羨ましい。
「では、回復は問題なしとして……すごい強い武器とか無いんですか? そういうのを期待していたんですけど」
「うーん……色々あるけどお姉さんの場合、素手の方が強かったりするからなあ」
レムンはコテンと首を傾ける。
ダンジョン産の魔道具を集めると聞いたときは、伝説の剣とかがゴロゴロ出てくると思ったのにな。でも私って聖剣カテゴリに嫌われてそうだしなあ。魔剣とかなら普通に使えそうだけど。
少し間が空いてから、傾けていた首を戻してレムンが言う。
「使えそうなのが思い浮かばないなあ……お姉さん、こういうのが欲しいとかって希望はある?」
私が欲しい物? あまり無理を言っては神様を困らせてしまう。ギリギリありそうで欲しい物を脳内でリストアップする。
「ビームが撃てる剣が欲しいです」
「ない。それは剣じゃない」
「隠された能力が発現する矢とかは?」
「ない。……何それ?」
「じゃあ、変身できるベルトでいいです」
「ない。……だからそれ何?」
何も無いじゃないか。なるべくありそうな物をピックアップしたのに。
本当に期待外れでガッカリだ。密かに温めていた私の夢が三つも潰されてしまった。割と真面目に悲しんでいると、パトリックが口を開いた。
「あの剣はどうなんだ? ユミエラが持っているあの」
「ああ……あれね。丈夫なだけじゃないかな?」
彼が言っているのは、私愛用の闇属性の剣のことだ。
ダンジョンを何周もして手に入れたあの剣は闇属性が付与されているのは貴重だと思う。しかし、属性武器の強いところは使用者本人が使えない属性の攻撃ができる点だ。闇魔法が使える私にメリットは少ない。
あれかあ……どこにやったっけ? 私の部屋のどこかに放置されているはずだけど。
剣の存在を知らないレムンは私たちを見て不思議そうな顔をする。
「あの剣? 何のこと?」
「じゃあ今持ってきますね」
折角だしレムンに鑑定してもらおう。私は立ち上がり自分の寝室へと剣を取りに向かった。
数分後、クローゼットの上で埃を被っている剣を見つけ、パトリックたちがいる部屋へと戻る。探すのに少し手間取ってしまった。エレノーラの手の届かない所に置いたことを完全に忘れていた。
「持ってきたよ」
「……剪定バサミ?」
柄も鞘も黒一色のそれを見せびらかすと、レムンの顔から表情が消えた。私の手元にある剣を鋭く睨みつける。
剪定バサミって何だろう? 釣られて私も手元を確認する。
形自体は極一般的なバスタードソードだ。両手剣より短くて片手剣より長いやつ。私はもっぱら片手で扱っている。
「ハサミではないですよね?」
「……それ、どこで手に入れたの?」
「バリアスのダンジョンですけど……持ってちゃまずい物でしたか?」
「うーん、別に、人間が扱う分にはただの丈夫な剣だろうから……いいのかな? 鍵も無いし……」
彼の言葉は自信なさげに尻すぼみになっていく。
そこそこ長く使っているが、普通の剣という感想しかなかった。久しぶりに刃も見ておくかと、柄を握って鞘から引き抜く。
するとレムンは椅子から転がり落ちて、這うように後ろに下がる。
「ちょっと!? 危ないなあ!?」
「あ、ごめんなさい」
こんなにリアクションの大きい彼は初めてだ。この剣ってそんなに危ない代物だったの?
「闇属性ってのは珍しいですけど、それ以外に変なところは無いですよ? 少しは教えて下さいよ」
「それはこの世界にあって良い物じゃない。どこからか紛れ込んでしまったんだ」
「危険なんですか?」
「さっきも言ったけれど、普通の人間が扱う分には大丈夫なはず。ボクも存在は知っていたけれど、見るのは初めてだから」
レムンは言葉を一つ一つ選ぶようにゆっくりと話す。
ダンジョンから本来は排出されないバグアイテムが出てきたようだ。私自身は運が悪いと思っていたが、実は強運の持ち主だったのかも。
「それで……これは結局何なんですか?」
この神様は自分に都合の良い情報しか開示したがらないので、聞き出すのには骨が折れそうだ。
安全そうなら今までと同じように使うし、危険なら然るべき管理をしなければいけない。例えば、エレノーラちゃんの手の届かない所に置いておくとか。あ、ならクローゼットの上でいいのか。
脳内で問題を自己解決したところ、レムンは重々しく口を開く。
「それは世界を……いや、並行世界の全てを管理するための道具。増えすぎた枝を切るように、不要な世界を消し去る剣。神の剪定バサミ。剪定剣だよ」
「剪定……剣」
「ボクより上位の神が所有しているはずなんだけどね。力を解放する鍵が無ければ、ただの丈夫な剣なはずなんだけど」
「そんな……」
「うん。人の身には余る代物だ。良かったらボクが預かろうか?」
「駄目です……そんな物を持っていたら……内なる中学二年生が目覚めてしまいます。ふへっふへへっ」
思わず変な笑いが漏れ出る。
おいおい。世界を切り取る剪定バサミ? 鍵がなければ力を発揮しない? 剪定剣?
これはまずい。中二病ってはしかと同じで一度罹患したら免疫がつくと思っていたが、どうやら違うらしい。中二病はインフルエンザの仲間だったか。
落ち着け私。この年齢になって新たな黒歴史を作ることになるぞ。ただでさえ、私がモデルの中二物語を吟遊詩人が広めて回っている状況なのだ。
大きく深呼吸して心を落ち着かせる。……よし、もう大丈夫。
気持ち悪い笑い方を聞いて、心配そうにしている二人に頷いてみせる。
「大丈夫。私なら呪いを抑え込めるわ」
「……うん、良く分かんないけど頑張って」
「ユミエラ、またくだらないことを考えているだろう?」
案の定、パトリックには見透かされていた。
でもあれだな……今の私のセリフも、それはそれで中二病っぽいな。
私がニヤニヤを抑え込んでいると、レムンはビクビクしながら剣を指差す。
「じゃあボクが預かるから……ね?」
「……持っておきたいような気も。いざというときに必要ですし」
「ボクが管理していれば、四六時中所持していなくても大丈夫だよ」
彼の意見も頷ける。どうせクローゼットの上に置きっぱなしにするくらいなら、いつでも手元に持ってこられるよう闇の神様に預けてしまうのも手だ。
ただなあ、レムン君は非常事態しか返してくれそうにないよなあ。
悩む私に、彼は預けるように迫ってくる。レムンがこうも強引に来るのは、危険物を自分の監視下に置きたいからだろう。
「うーん」
「ボクなら影からすぐに取り出せちゃうから」
影から取り出す?
私が「レムン君!」と合図を出す。隣にいるレムンが「承認するよ」と呟くと、影が揺らぎ、剪定剣が現れる。
いやいや、もっと凝った演出にしよう。影を上手いこと操って、レムン君が体内から剣を取り出す感じにしても良さそう。夢が広がる。
「預けましょう。ただ一つ条件が」
「……それは何?」
「取り出し演出をお願いします」
「…………任せてよ!」
承諾を得られたので快く剣を引き渡す。
私はこのとき気がつくべきだった。彼が何も分かっていないまま、自信満々の返事をしたことを。





