11 前世の秘密を打ち明ける
おまたせ、待った?
……いや、本当にごめんなさい。申し訳ないです。もう三章はエピローグまで書き終わっていますので大丈夫です。
たぶん週一くらい更新(何度もこう言って一ヶ月以上空いている)
夜。長かった一日ももう終わる。
あの後、事情は後で話すとレムンと約束してから別れた。まずはパトリックに打ち明けたいという私のワガママだ。
照明を点けていない私の部屋は窓からの月明かりで照らされている。
椅子に座って月を眺める私の隣にはパトリックがいた。彼は気遣うように言う。
「今日は色々あって疲れただろうから、また今度でも――」
「いいの。今言わなきゃ。どんどん言いづらくなるだろうから」
今までずっと隠してきた。誰にも言わないできた。でも打ち明けよう。タイミングは今しかない。
私の前世の話を、私のルーツを、私の正体を、パトリックに知ってもらう日がついに来たのだ。
信じてもらえないかもしれない、拒絶されるかもしれない、そんな不安に苛まれて誰にも言えなかった転生の話。きっと彼なら、信じてくれるだろう、受け入れてくれるだろう。
私は自分で思っていたよりも安心して話を始められた。
「私には前世の記憶があるの。別な世界に産まれて、生きて、死んで……ユミエラに生まれ変わった記憶」
「生まれ変わりか……別な世界というのは? レムンの言っていた並行世界か?」
「並行世界じゃなくて異世界かな。レムンは並行世界を木の枝に喩えていたけれど、その喩えに倣うなら根本から全く別な木。世界の法則も、大陸の形も、人類の歴史も、全部が違う世界。私の住んでた世界では魔法も無かったんだよ」
「魔法が無い? それは……想像もつかないな」
「私からすると魔法がある方が不思議なんだけどね」
「不便ではないのか?」
「科学……あー、魔道具みたいな別の技術があるから向こうのほうが便利だったかも」
あれ? 普通に会話しているけれど、あっさり受け入れ過ぎじゃない?
特に驚いた様子も無いし、思ったのと違う。
「えっと、パトリックは疑ってないの? 突拍子もない話だと思うけれど」
「むしろ納得がいった感覚だな。ユミエラの、その、個性的な所が異世界由来と分かって納得した」
「あ、そうかもね。私の変わってる部分ってそれが原因かも。世界が違えば常識も違うしね」
「そうだな。ユミエラは大変な世界を生き抜いたようだが、この世界は比較的平和だ。少しずつでも慣れていけばいいさ」
パトリックに温かい目で見つめられる。
そうか、この世界は平和なのか。今までみたいな生き方をしなくても……ん? 雰囲気に流されそうになったけど、違うからね。彼の優しさをふいにするみたいだけど言わねばなるまい。
「……こっちの世界のほうが物騒な気がする」
「嘘だろ?」
「本当だって。世界中が平和……とは言えないけれど、私の身の回りは平和そのものだったよ。日本っていう国に二十年近く住んでいたけれど、命の危険を感じたことは一度もなかったし」
「二十年? 前世のユミエラはそんな早くに亡くなってしまったのか?」
まずい。精神年齢的に私が少しだけ……お姉さんということは最後にサラッと言うつもりだったのに。段取りを間違えてしまった。
二十年とは言ったが、正確には十九年と数ヶ月だ。今の私もそれくらいの年齢、つまり私の正確な年齢は、十九たす十九で……。違うな。私が前世の記憶を思い出したのはユミエラ年齢で五歳くらいのときだ。
十九たす十九ひく五……難しい計算だ。スーパーコンピュータを用いても解けるか怪しい。フェルマーのように後世の数学者を困らせるわけにもいかないので、例の計算式については口に出さないことを決めた。
「ギリギリ二十年は生きてないかな。いや、もっと短かった気もする。うん、もっと短い。本当に一瞬だった。誤差範囲内。実質、生きてないのと一緒かな。私って今はユミエラなわけだし、年齢はユミエラ年齢を参照するのが正しいと思うの」
「ん? それはどういう……?」
あれ? パトリックさん気が付いてない? このまま誤魔化せるかな?
いや、別に気づかれてもいいけどね。女性は若ければ若いほどいいなんて頭の悪い人が考えた理論だ。その破綻した理論だと、一番可愛いのはゼロ歳の赤ん坊ということに……む、赤ちゃんは可愛い。もしかして、例の理論って正しいのかも。
そんな変な考えを脳内で展開していると、唸っていたパトリックはハッとした様子で閉じた目を見開く。あ、バレた?
「ユミエラはユミエラではない別な人間として、異世界を生きた。その人間のプロフィールはユミエラと全く違う……ここまで間違いないか?」
「うん。……分かっちゃった? あまり隠すのも良くないよね。パトリックは私のこと恋愛対象から外れちゃうかもしれないけれど…………あはは、言いづらいね」
えへへ、と笑うがちゃんと笑えている自信がない。突然、恋人が倍近い年齢だと判明したとき、普通の男の人はどう思うのかな。
パトリックは、あなただけは信じているけれど、拒絶される怖さは拭いきれない。
言い出せない私に代わり、パトリックはゆっくりと口を開く。
「まさか……前世のユミエラの性別は……男……だった?」
「女だよ!」
とんでもない勘違いをされていた。マジであり得ない。
私が男だって? どこをどう見たら男に見えるんだ。外見も内面も完全に女の子だろ!
もしかしてパトリックって、私のことを男っぽいと思っていたのか?
「え、なに? かつて男だって言ったら信じちゃうの? 私の女子力をその程度だと見くびっていたの? あ?」
「いや、そんなことはない! ユミエラは女性らしい。ただ……もしも、ということもあって……」
彼は慌てて否定する。
この件についてガチギレはしない。未来永劫に渡ってネチネチと蒸し返すのみだ。死ぬまで根に持つ。事あるごとに蒸し返す。
「別に? 私は全然怒ってないんだけど? そんな必死になってどうしたの?」
「……ユミエラは男らしいところもあると思う。男友達といる感覚になることもある。それは言い過ぎにしても、ユミエラに女性らしさはほぼ無いと思う」
「はい? 先程と仰っていることが違いますが? 何が真実ですか? あなたの言葉は信じられません」
「ただ、ふとした瞬間に、女の子らしい部分が出てきて。……それを常に意識してしまい、気が付いたときにはもう好きで堪らなく……」
「うひゃほへっ!」
すごい変な声が出た。パトリックはん、うちのこと好きすぎひん?
もう全て許す。むしろ乙女成分が極小で良かった。それが無かったら彼はガチ恋していなかった可能性がある。
「うん、まあ、その話はいいの。今も昔も私は女、それだけ分かってくれたら大丈夫」
「ああ、分かった。ユミエラが気にしていたのは年齢のことだったか」
ちくしょう。禁忌である年齢の話題を蒸し返しやがった。性別の話で上塗りできたと思ったのに。
可愛いユミエラちゃんが実は男の子でした。可愛いユミエラちゃんが実はすごい年上でした。パトリック的にどちらがショックだろうか。一般的に考えると……うーん悩ましい。
彼は物憂げな表情で口を開いた。
「そうか……ユミエラも歳を取れば落ち着きが出てくると思ったが……」
「え? どゆこと?」
「あー、気を悪くしないで聞いて欲しいんだが……ユミエラの変わった部分は幼いときに人付き合いが希薄だったせいだと思っていた。時間が経てば幾らか常識的になると思っていたが……。ああ、まさか前世でも似たような境遇だったのか? 辛い思い出を蒸し返してしまったのなら――」
「何というか、申し訳ないです」
あー、確かに幼少期に誰とも喋らなかったら、人付き合いが苦手にもなるか。でも私の人格が形成された幼少期って、前世の方だよなあ。普通に両親と暮らしていたし、普通に友達もいたし。
そこも伝えておくか。不遇な子供時代で歪んでしまったと思われるのも、ちょっと違う気がする。
「私って前世では普通に家族とか友達とかいたからね」
「それは……嘘……か?」
「いやいや、私が事故にあったときも友達と歩いていたから」
「ユミエラが余計に分からなくなってきた」
なんでだよ。あのとき一緒にいた友達は少なくとも私よりは普通の子だった。
位置的に、彼女は無事だったと思うが……。たまに善悪の区別がおかしかったけど、いい子だったな。
なんか疲れてきた。それで……どこまで話したっけ?
平和な世界の住民(十代の女の子)だった私は事故で死んでしまい、この世界にやってきた。
まだこれだけか。一文で済むことに結構な時間を費やしてしまった。
「はあ……ここまでで何か質問は?」
「前にいた世界は平和だと聞いたが、ユミエラが亡くなってしまうような世界なんだよな? とても平和とは言えないと思う」
「……前世の私って普通の人だったんだよ?」
「ん?」
「え?」
駄目だ。決定的に噛み合わない。言葉って無力だな。
「あのね、前世の私は普通の人だったの。それで自動車……馬車みたいなのに轢かれて死んじゃったの」
「ユミエラを殺す……馬車?」
「馬車の死亡事故は、王都とかでたまに聞くでしょ?」
「しかし、ユミエラが?」
手で口元を押さえるパトリックは本気で困惑していると分かる。
これはあれか。私の言う「普通」という単語が暴落していることが原因か。
「前世の私って、多分エレノーラ様より弱いからね。二階の窓から飛び降りたら足の骨が折れちゃうタイプの人間だからね」
「……うん?」
「だから、日本での私は平均より弱いくらいの人だったの。少し走ったら息切れするし、三十キロの米の袋は持てないし、運動部だったのは中学だけだったし、運動部と言っても卓球だったし」
パトリックがフリーズしてしまった。今日一番の混乱だと思う。前世がどうこうより、前世で虚弱体質だった方が衝撃なのか。日頃からどう思われているかが良く分かる。
彼は一分ほどしてから動き出す。黙って一分は結構長いぞ。
「……つまり、前世のユミエラは一般人だったと?」
「そう。ふつーの学生でした」
ようやく理解してもらえた。ただ、ここまでは前置きで本題はこれからなんだよなあ。
喋り疲れてきたけれど、もう少し頑張るか。
「それで今からが本題ね。並行世界の私が関わってくる話」
「今までの内容で何となくだが見えてきた。その別なユミエラには、前世の記憶とやらが無いんだろう?」
「そう。憶測だけどね」
話が早くて助かる。後は、ここが乙女ゲームの世界であると説明すれば……これが一番の難関な気がしてきた。
「本来のユミエラの人格っていうのも、私は把握できているの。前の世界にあった……物語がこの世界とそっくりなのよ」
「物語? ここは脚本の中の世界なのか?」
「うーん……細部に違いはあるし……どうなんだろ? 前世の世界も、更に別な物語の世界である可能性は捨てきれないし、考えるだけ無駄じゃない?」
「まあ……そうか」
私がいた日本も、ゲームやら漫画やらの世界であった可能性は十二分にあると考えている。作り物の仮想世界から脱出したとして、その場所がオリジナルである確証は得られない。
だからこそ、私は今を生きるこの場所を現実だと思っているのだ。
「その物語はね。勇者と聖女が魔王を倒すお話。魔王を倒した後に、更に強い敵が立ちはだかるの。それが私」
「……なるほど」
「普通は主人公たちに倒されちゃうんだけど、何かの間違いでユミエラが勝ってしまった世界があって。それが例の世界だと思う」
「そうか」
そう頷いたパトリックは目を瞑って考え込む。
察しの良い彼のことだから、勇者と聖女が誰のことかも分かっているだろう。
考えがまとまったのか、パトリックは深呼吸をしてから言う。
「事情は分かった。ユミエラの前世も、本来のユミエラの役回りも。それを踏まえて、俺が聞きたいのは一つ」
一つでいいの? 私だったら質問攻めにしちゃう。そんなに気を使わなくてもいいのに。
しかし、そんな彼が聞きたい、たった一つの質問とは何だろう? 一つだからこその質問の重さを感じる。
パトリックは少し不安そうに口を開いた。
「ユミエラはこの世界に来て良かったか? 元の世界に帰りたいとか思ったりは……」
「もう死んじゃってると思うし、前の世界に帰りたいとかは思わないかな。今戻れるって言われても戻らないと思う。こっちに馴染んじゃったし。それに……その……」
私は息を吸って吐いて、それから続けた。
「その……私はここに来られて良かったと思っているの。あなたに出会えたから」
彼は「それは良かった」と呟いて笑う。
釣られて、あと気恥ずかしくて、私も笑った。
ずっと話せずにいた私の秘密。ようやく打ち明けられて心の重荷が外れた気がする。
どちらともなしに近づき、私は背伸びをした。そうしないと顔の高さが一緒にならないからね。
コミカライズとか書籍1巻のあらすじにて、ユミエラ「平穏を目指す」
これを見るたびに吉良吉影を思い出します。
コミカライズ2話が今日の昼くらいに更新のはずです。
2話以降は分割になるはず? 月一の楽しみが月に数回来ると思ってくださいませ。





