10 レムンの真の目的
前回の更新は昨日です。未読の方はそちらから。
「並行世界のユミエラ・ドルクネスが人類を滅ぼしたからです」
衝撃的なサノンの発言に場が静まり返る。私とパトリックは言葉を失い、エレノーラも不穏な雰囲気を察したのか静かにしていた。
私が人類を滅ぼす? 別な世界の私はとんでもないことをやらかしてくれた。そりゃあ神様たちが警戒するはずだ。
「あーあ、サノンは何で言っちゃうかなあ」
「なるほど。レムンが居合わせた理由もそれですか。全体主義な貴方らしい」
「人ひとりの結婚とやらでノコノコ出てくるサノンには言われたくないなあ。それでいて世界の滅亡は一言で済ませちゃうっておかしくない?」
この神様たちは、どうも相性がよろしくないようだ。両者とも不機嫌さを滲ませている。
睨み合いから先に視線を逸したのはサノンだ。彼女は私を見て言う。
「後のことはレムンに聞きなさい。それではワタシはこれで失礼します」
「神様! もう行ってしまいますの!?」
「エレノーラ。こうやって直接会うことは、もうないでしょう。ただ、いつでもワタシは貴女を見守っています」
「そんな! ずっとお祈りしていて、初めてお会いできましたのに!」
サノンは無言でエレノーラに近づき、そっと抱きしめた。すぐに離れて背を向ける。
彼女は現れたときと同じようにまばゆい光に包まれる。
そして、その光が消えたとき、光の神サノンの姿は跡形もなく消えていた。
うつむくエレノーラに何と声を掛けたものかと悩んでいると、彼女は突然両手を振り上げて大声を出した。
「落ち込んでもいられませんわ! だって神様が見守ってくださっているのですもの! わたくし頑張りますわ! 見ていてください!」
一見すると元気いっぱいなエレノーラの目尻には僅かに涙が浮かんでいる。
これからは、見守るだけと祈るだけの、お互いに一方通行な関係に戻ってしまうのだ。彼女がどんな思いで教会に通っていたのかは分からない。信じる神と一度だけ出会えたことは、エレノーラにとってどのような意味を――
「あっ! 神様の声が聞こえましたわ! 頑張って……ですって!」
えぇ……。もう一生会話しないくらいのテンションで別れたじゃん。数分どころか数秒前の出来事じゃん。
絶句しているとレムンが堪えきれないように笑い出す。
「ふふっ、サノンって不器用なんだよね。人と親しくしすぎたことが原因で傷ついてから、ずっとあの調子。ああやって人と距離を取ろうとする。どうせ無理なのにね」
明るい声色で喋っていたレムンは一転、声を低く小さくして続ける。
「個人を見るからああやって悩むんだよね。人という種の全体を見れば楽だろうに……」
「それは、人の名前を口に出さず、お兄さんお姉さんと呼ぶような?」
「……勘がいいお姉さんは嫌いだな」
「個より全を優先する神様として、世界を滅ぼしうる危険因子は見逃せませんよね?」
何となくだがレムンの目的が分かってきた。
平行世界の私が世界を滅ぼしたことを知り、この世界の私を探りに来たのだろう。
もう誤魔化せないと悟ったのか、レムンは仏頂面で口を開く。
「こっそりひそひそ探っていたのに、サノンが全部台無しにしちゃった」
「その前から怪しいとは思っていましたよ」
「ま、ボクの目的はお姉さんの想像通り。こうなったら仕方ない。単刀直入に聞くよ――」
彼の質問内容は容易に想像できた。私に世界を滅ぼす気はない。信じてもらえるかは分からないが、私は「いいえ」と答える他ないのだ。
しかし、レムンが続けた言葉は予想と違うものだった。
「――お姉さんは……一体何者?」
「それはまた、抽象的な。どういう意味ですか?」
「言い換えるならそうだね……お姉さんは本当にユミエラ・ドルクネスなの?」
当たり前だと答えようとして、寸前で留まった。
私は本来のユミエラとは乖離しすぎている。
なるほど。彼の言いたいことが分かった。数多ある平行世界の中で私だけがイレギュラーなのだろう。日本から転生したユミエラは私だけなのだろう。
しかし、どう説明したものか。どこまで情報を開示すれば良いのか。
答えに窮した私を見て、レムンは一方的に喋り始めた。
「始まりは一昨日の夜。ボクは並行世界の自分と情報をやり取りできるって話したよね? よね。向こうのボクは並行世界のお姉さんにやられちゃったんだ。向こうのボクはサノンに共同戦線を提案したのに……彼女、頑固だから。各個撃破されちゃった」
サノンも倒してしまったのか。並行世界の私、強いな。
不謹慎ながらも感心していると、パトリックが若干の怒りを滲ませて言う。
「レムンはユミエラが世界を滅ぼすと? ユミエラがそんなことするわけ――」
「するのよ、パトリック。本来の私は世界に牙を剥くの」
レムンに食って掛かりそうなパトリックを、袖をちょいちょいと引っ張って引き留める。
困惑するパトリックに、予想通りと口角を上げるレムン。
「お姉さんには心当たりがあるみたいだね」
「ええ。私が答える前に一つ質問、滅びかけの世界は一つだけですか? その他の並行世界で私は?」
「ボクが死んだ世界は一つだけ。その世界のお姉さんは他よりずっと強いんだよね。他の世界だと、お姉さんは、その……」
「アリシアたち、勇者パーティの四人組に殺されている?」
「……お姉さんって本当に何者なの?」
見えてきた。
ゲームのシナリオを順調に消化し、アリシアたちがラスボスの魔王も裏ボスのユミエラも倒す筋書きが正規ルート。
ユミエラが強すぎたため、裏ボス戦でアリシアたちが敗退、ユミエラを止める手段が無くなり神すらも死に絶えたのが、滅びかけの世界。
この二種類の世界の違いは、裏ボス戦の勝敗のみだ。それ以前はほぼ同じ歴史を辿ったはずだ。
しかし、この世界はどうだろう。私が原因で正規ルートの見る影も無いほどに、シナリオがブレている。
初め、私が世界を滅ぼすのはおかしいと思った。だが違う。おかしいのは、不自然なのは、こうやって平穏に暮らしている私の方だ。
「そうですね。正確には、私はユミエラではありません。その原因も分かっていますし、ユミエラ本来の役回りも承知しています」
「やっぱりね。お姉さんはユミエラと完全に別人だもん」
「ユミエラ? ユミエラがユミエラじゃない? 何を言っているんだ?」
完全に置いてけぼりになったパトリックが混乱した様子で言う。
……遂に来たか、彼に前世のことを打ち明けるときが。
話が長くなりそうだ。どこから説明すれば良いのか見当がつかない。
ただ一つだけ。これだけは伝えておきたかった。
「色々と事情はあるけれど、私は私だから」
「……すまない。取り乱した。ユミ……お前はお前だ」
別にユミエラ呼びでいいのに。
コミカライズ始まりました(何回でも言う)
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ポイントも伸びているようでありがたいです。
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