07 私は魔王ではありません
ようやっとサブタイ回収
私が学園の食堂で昼食をとっていると、ヒロインちゃんことアリシアが現れこちらにずんずんと歩み寄ってくる。
彼女とは直接会話をしたことは無いが、教室などで顔を合わせるたびに射殺さんばかりに睨みつけられてきた。
怖がられこそすれ、憎まれる覚えは一切無いので不思議に思っていた。
私の前まで来たアリシアは食堂中に響く声で堂々と宣言をする。
「ユミエラさん! あなたが復活した魔王だったのですね。私、あなたになんか負けませんからね!」
私も含め食堂中がポカンとした雰囲気になる。
しかし、なぜ彼女は魔王が復活することを知っているのだろうか? まさか彼女も私と同じように前世の記憶とゲームの知識があるのだろうか。
「魔王が復活? 何の話ですか?」
魔王の復活は極一部の人にしか知らされてないことだ。人の多い場所なので知らないふりをする。
「とぼけないでください! エド君が言ってました、2年後に魔王が復活するって」
エド君? ああエドウィン王子のことか。出会って1週間程しか経っていないはずだが愛称呼びとは…… 攻略が早くないですか?
というかあのバカ王子、アリシアに国の機密情報を喋ったのか。
「エド君とはエドウィン殿下のことですか? 殿下が私を魔王だと仰ったのですか?」
「いえ、エドウィン王子は2年後に魔王が復活するとだけ言っていました。でも、私には分かるんです! あなたが魔王なんでしょう?」
いえ、私は裏ボスですが魔王ではありません。
彼女は転生者かと思ったが、ただ思いこみが激しいだけの人らしい。
魔王が復活すると王子が発言したと聞き、食堂中がざわめく。信じている様子の者もいるが、アリシアの虚言だと言う者も多い。
「殿下が本当にそう仰ったのかは存じませんが、魔王復活は2年後なのでしょう? 私が魔王だという根拠はあるんですか?」
「だって、髪が黒いじゃないですか! 黒髪で闇魔法を使うのは悪い人なんです!」
うわあ、明るく前向きなヒロインちゃんが差別主義者だったとは……
いや差別というより、作り話と現実の区別がついてないだけか。この世界で、黒髪で闇魔法を使うのは絵本の悪者の定番である。
「何か勘違いしていませんか? ここは絵本の世界じゃありませんよ」
私は魔王ではないと否定するが、アリシアは諦める様子を見せない。
「でも、髪が黒くて闇魔法を使うんだから……」
その2つの根拠だけで私が魔王だと思い込んでいるのだろうか。どちらも生まれつきなのだが……
「髪の色も使える魔法の属性も生まれつきのものです。もしかして、私は生まれつきの悪とでも言うのですか? 私は赤ん坊の頃から悪人だったのですか?」
性善説を信じ切っていそうなアリシアには答えにくい質問だろう。
「えっと、その、これから悪い人になるんです」
「髪が黒いと成長につれて悪人になるの? もしそうなら、髪の黒い人は赤ん坊のうちに殺してしまった方がいいわよね?」
「どうしてそんな酷いことを言えるんですか!」
アリシアが憤るが、彼女も大概に酷いことを言っている。
「黒髪が悪いというのはあなたが言い出したことでしょう? 本当に私が魔王だと言うのなら悪事の証拠でも持ってきてください」
もちろん私の悪事の証拠などあるはずもなく、アリシアは涙目でうつむき黙り込んでしまう。
これ以上厄介事はごめんなので、この場を立ち去ろうと思ったが遅かったようだ。攻略対象3人組が食堂へと入ってくる。
こちらの様子に目ざとく気がついたのは脳筋剣士ことウィリアムだ。
「お前、そこで何をしている! アリシアに何をした!」
何かされたのはどちらかと言えば私の方です。
後の2人もすぐにこちらへ来てアリシアを気にかける。
「アリシア、私が来たからもう大丈夫だからね」
攻略対象3人組は授業初日の出来事で意気消沈していたが、アリシアに励まされて元気を取り戻したらしい。この1週間私には近付こうとはしないが、いつもの調子を取り戻していた。
「アリシアさんが魔王が復活するとか私が魔王だとか、有り得ないことばかり言うので否定しただけです」
魔王復活については表沙汰にしてはいけない。アリシアはエドウィン王子から聞いたと言ったが、その彼が否定すれば周りもそちらを信じるだろう。
「2年後に魔王が復活するのは真実だ。一部の人間しか知らないことだがな」
バカ王子の爆弾発言に周囲が騒然とする。一部の人間しか知らないことを理解しているのに、なぜそれを言ってしまうかな。
ウィリアムとオズワルドはエドウィン王子から聞いていたのか動揺する様子は無かった。
「そうか、貴様が魔王だったのか。バルシャイン王国の王族として、この国を好き勝手にはさせないぞ!」
納得したような様子を見せ、私に指を突きつけるエドウィン王子。
「違います。魔王が復活するのは2年後なのでしょう? 今ここにいる私は何なのですか?」
「これから悪事を働く気だろう。私の目を誤魔化せると思うなよ」
先程も聞いたような理論を展開するバカ王子。アリシアと仲良くなれたのは思考回路が似ているからだろうか?
「はあ、この国に未来の犯罪を裁く法律はありませんよね? 犯罪計画が明るみに出たならまだしも」
「小難しいことを言って煙に巻こうとするな! 俺が成敗してくれる!」
憤ったウィリアムがそう言いながら腰の剣を引き抜く。周りからは悲鳴が上がった。
「ええと、私に勝てるとでも?」
つい先日、私に吹き飛ばされたことを忘れてしまったのだろうか。あ、今の台詞魔王っぽい。
ウィリアムは剣術の初授業でのことを思い出したのか、剣を手にしたままで斬りかかってこようとはしない。
「あの、本当に私が魔王だと思っているのですか?」
バカ2人では話にならないと思い、オズワルドに問いかける。
「アリシアがそう言っているのです。僕はそれを信じます」
眼鏡クールキャラは頭がいいというのは嘘だったらしい。というか、お前にとってのアリシアは何なんだ。
「アリシアは、魔法の才能が無いのではと自信の無くなった僕を励ましてくれました。そんな太陽のような彼女が嘘を言うはずが無い」
アリシアが彼らを攻略するのは早いと思っていたが、それは私という逆境が原因らしい。エドウィン王子もウィリアムも彼の言葉に頷いている。
「それに、あなたのその強さも魔王というのなら納得できる」
んん、それは、うん。魔王より強いことを自負しているので反論できない。
「そうですか。それでは、私は失礼しますね」
私はもうこれ以上の問答は無意味だと思い、この場を離れようとする。
「待て、逃げる気か」
エドウィン王子はそう言うが、私に近寄ろうとする様子は無い。
他の2人も同様なので無視して立ち去ろうとするが、アリシアが私の前に立ち塞がる。勇気があるのか無謀なのか。
「逃げないでください!」
「はあ…… もし私が魔王だとして、あなたはどうする気ですか? 殺す気ですか? もしそうなら、私は全力で抵抗しますよ」
そう言いながらアリシアの顔を近くから覗き込むと、彼女は小さく悲鳴を上げて後ずさる。
「あなたも、そこの3人も弱すぎます。魔王を倒すというのなら、もっと強くなってください」
本物の魔王を倒してもらうためにも、彼らには強くなってくれないと困る。
「私、負けませんから! ユミエラさんみたいに悪い方法を使わないで強くなります!」
「悪い方法?」
「エド君もウィル君もオズ君も言っていました。あなたが強くなったのは何か悪いことをしたからに違いないって」
魔物を倒すのが悪いことならそうなのだろう。
「私に負けたことへの言い訳ですか?」
3人の方を見て言うと彼らも図星らしく、言い返そうとするが言葉が出てこない。
「技術は十分あるでしょうから、レベル上げを頑張ってください。魔王は闇魔法を使うらしいですから、アリシアさんの光魔法も鍛えてくださいね」
私は簡単なアドバイスをして食堂を立ち去る。
周りで会話を聞いていた生徒たちが私を避け、出口まで人の道ができた。怖がられなくなってきたのに逆戻りである。
そういえば最後の方の私、物語の序盤に出てきたボスキャラみたいだったな。