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04 レベル上限解放

 なるほどなるほど、では私のやることは一つだ。


 眼前にいる少年に飛びかかろうとしたところ、後ろから羽交い締めにされる。

 速すぎる。私が動くのを予期していたのか? それに押さえつける力が思ったより強い。


「パトリック放して! そいつ殺せない!」

「死ぬぞ! 早く逃げろ! もう押さえられん!」

「う、うん」


 パトリックの警告を聞いて、やっとレムンが動き出す。なぜか私たちの方に近づいてきて……そうか、影に入って逃げる気か。しかし影は、彼の逃げ道であると同時に私の攻撃の出所なのだ。


「シャドウランス」


 レムンが飛び込もうとしている私の影から、無数の黒い槍が出現する。全ての槍はレムンに殺到。避ける隙間は無い。


 勝ちを確信した瞬間、予想外の出来事が起こる。

 穂先がレムンに触れたと同時に、シャドウランスは消えてしまった。霧散した闇の魔力は彼に吸い込まれるように消えていく。


「……どうして?」

「ふふっ。闇の神であるボクを、闇そのものであるボクを、闇魔法で傷つけられるはずないでしょ? ああ、焦って損した」


 レムンは余裕の笑みを浮かべる。

 闇魔法が効かない? 私の最大火力であるブラックホールも無効だろうか。だがまだ諦めない。魔法が効かないなら……。

 私を抑えるパトリックの力が強まる。む、彼には気づかれたか。しかしレムンは油断しきっている。今が好機。


「逃げろ! 魔法を無効化したくらいでユミエラが止まると思うな!」

「お兄さん?」

「放してパトリック! 魔法が効かないなら物理で殴る!」

「すっ、すごい力だ」

「うおおおおお! 放せえええええ!」


 レムンに物理攻撃が有効なことは、パトリックが来る前の一幕で証明済みだ。神様だって殴れば倒せる。

 逃げようと私の影に近づいたら蹴ってやるぞと、後ろから抑えられたまま足をばたつかせる。

 逃げ場を失ったレムンは、表情を強張らせながら言う。命乞いは聞かんぞ。


「ね、ねえお姉さん。愛しのお兄さんに抱きしめられるのはどう?」

「突然何を……早く逃げろ!」


 上擦ったレムンの言葉を聞いて、パトリックは逃げろと怒鳴った。

 焦った彼の声が耳元で聞こえる。ああ、優しい声もいいけれど、こういう声もいいな。レムンの身を案じている訳だから、怒っているようで実は優しい声なのだ。

 しかも声量が大きめなのが耳元でだ。爆音上映、最高。


 よくよく考えてみれば、私は後ろから抱かれている状態だ。今までに無いほどに体同士が密着している。

 そんな、小さい子が見ている前で……パトリックって大胆。痛いほどに抱きしめられて……痛くはないな、でもまあ痛いということにしておこう。痛いです。


「……パトリック、そんなに強く抱きしめたら痛いよ」

「は?」

「まだ朝だから、あの、でもあなたがどうしてもって言うなら……」

「ん?」

「でもレムン君が見てるから……恥ずかしいから、こういうのは二人きりのときがいいな」


 力を抜いてパトリックに身を委ねると、彼はそろりそろりと私から手を放した。あれ? ずっとくっついたままでも良かったのに。

 振り返ると、パトリックは酷く疲れた顔でため息をついた。レムンも同時にため息をつき、音が重なる。雑音を入れるな。


「ふう、ホントに死ぬかと思った」

「すまない。しかし、ユミエラがあれで止まるとは思わなかった」

「ふふっ、お姉さんは好き好き砲を――」

「あああああ! それで! レムン君を倒せばレベルアップするというのは本当なんですか」


 夢の中の件をバラされそうになったので、大声でレムンの言葉をかき消す。レベル上限解放の話題を蒸し返せば、話は逸れるはず。

 また私が暴れだすのではと身構える中、レムンはとびきりの笑顔で言った。


「嘘だよ」

「……え?」

「試してみる? とは言ったけれど、ボクを倒したところでレベルの枷は外れないよ。人が枝の住民なら、ボクは枝の管理人だからね。平行世界ごとに一人ずついる、人間と大して変わらない存在だから」

「レムン君もレベルの上限は99ということですか?」

「そうだよ。単一世界の中だけのか弱い男の子だから」


 何だ、暴れて損した。ただ無駄に疲れただけじゃないか、パトリックが。

 一番の被害者である彼は苦労を滲ませた声で言った。


「レベルがどうとか、強さがどうとか、そういう話題でユミエラに冗談は通じないんだ。これからは控えて欲しい」

「うん、ごめんねお兄さん。まさかここまでお姉さんの理性が吹っ飛ぶとは思わなかった」


 二人は揃って私を見る。さっきも思ったけれど、私ってレベル上げしか考えてない人に見られてない? 違うのに。

 いや、そんなことより今はレベル上限解放だ。


「それではレムン君より……上の位階? の神を倒せばいいんですね」

「……まだ諦めてないんだ。まあ、そうだけど……。確かにボクより上の位階の神、数多の並行世界全てに影響力を持つ神は存在する。樹の管理人ってところかな。でもアイツらは滅多に姿を現さないから」

「アイツら? 一応、上司みたいな存在ですよね?」

「……ボクは模範的な神とは言い難いかも知れない。でもアイツらと一緒にされるのだけは嫌だな。お姉さんもアイツらに何か言われても信じちゃ駄目だからね」

「大丈夫です。レムン君の言うことも話半分で聞いていますので」

「……用心するに越したことはないよね。でも本人の前では言わないでね、傷つくから」


 レベル上限解放は現実的ではないのかな。レムンより上位の神に会える可能性は極めて低そうだ。

 だが待てよ、レムンは「幾つか」方法があると言ったはずだ。


「上位の存在を倒す以外の方法は何ですか?」

「ホント、ぐいぐい来るよね」

「何ですか?」

「分かった。言う言う」


 似たようなやり取りを何度もした気がする。この少年がいちいちもったいぶるのが悪い。

 彼は「二つ目の方法」と前置きして語る。


「要するに、単一世界の存在から脱却すればいいんだよ。世界に一人一人じゃなくなればいい」

「……平行世界の私を倒せばいいと?」

「その通り。別に全ての平行世界のお姉さんを倒して回る必要はないよ。一人でも倒して、二つの世界にまたがる存在になれば、レベルの枷は外れる」


 平行世界の私が集まったバトルロワイヤル。最後に残った私が最強の私として君臨する。蠱毒みたいな話になってきた。

 それはそれで現実味がない。レベル上げのためとはいえ、自分を殺すのはちょっと……。


「それは無理そうですね。レベルのために人は殺せません」

「……え? さっき本気でボクに向かってきたよね?」

「レムン君は人間じゃなくて神様ですので」


 何を当たり前なことを? 人と神は別モノじゃん。

 なぜだか心の底から困惑した様子のレムンは、助けを求めるような視線をパトリックに向ける。


「いや、俺も分からない。ユミエラの倫理観は理解していたつもりだが……」

「お兄さん、こんな人と結婚する気でいるの? 考え直した方がいいよ」

「それは、しかし……一生面倒を見ると決めたんだ。仕方ない。諦めたし覚悟もしている」


 お、ちゃんと聞いたぞ。一生一緒に添い遂げる覚悟があるだって。パトリックの愛が重い。もうっ、困っちゃうな。

 パトリックが受け止めきれないほどの愛を膨らませてしまったのは、私が原因だ。私が責任を取るべきだろう。はあ、本当に困っちゃうな。


 ……まずい。意識がどこかへ飛んでいくところだった。この困り事は後でゆっくり考えるとして、今はレムンから話を聞き出すのが先決だ。


「一応、一応ですよ? 一応聞いておきます。どうすれば平行世界に行けますか?」

「えぇ、まだ諦めてないんだ……」


 レムンもパトリックも呆れ顔だ。「一応」という予防線は張ったのに……。


 もし平行世界への扉が開けるとしたら、折角だし行ってみたい。そして平行世界の自分に会って……そこからはその場で考えよう。向こうの私と協議した上で、悔いの残らない選択をしよう。


 しかし、その並行世界の私は「私」なのだろうか。

 前世の記憶がある私みたいな私なのか、ゲームのままのユミエラな私なのか。それによってだいぶ話が変わってくる。


 そんな仮定も、平行世界に行かねば意味のない机上の空論だ。今までの感じからして、レムンに次元の扉的なモノを開くのは無理そうだ。


「平行世界への移動ね、ボクにはムリ」

「はあ……分かってました」

「平行世界の別なボクとある程度の交信はできるけれど、物理的に世界を行き来するのは出来ないかな」


 案の定の回答だった。あーあ、やっぱり駄目か。

 上位の存在には会えそうにない。平行世界の自分にも会えない。明るい未来が閉ざされたような感覚だ。


「その二つ以外に、レベル上限を解放する方法は?」

「諦めが悪すぎる」

「あります?」

「あるかもだけど、ボクは知らない」


 期待させるだけさせて、神様は私を絶望の底に叩き込んだのだった。

活動報告の方で、書籍2巻の追加エピソードなどを紹介しています。

表紙絵とかも公開!

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― 新着の感想 ―
[一言] 今までのところユミエラの欲望炸裂で、レムンの方の用事は一向に進みませんね。小悪魔の腹芸とかユミエラの猪突猛進の前にはまったく無意味そうでお気の毒。
[一言] S県月宮...
[一言] 殺さなくても融合魔法の類で同一化してしまえば…というのは駄目?
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