02 闇の神レムン
「お姉さんってトラブル体質というか、厄介事を自分から引き込むよね」
「いつも色々と巻き込まれますね。私も困っています」
「原因は大体お姉さんにあると思うなあ」
またこの夢だ。黒一色の空間にいる彼は、闇の神レムンを名乗っていた少年。上から下まで黒ずくめの服は一目で上質な物と分かり、いいところのお坊ちゃん的な雰囲気が感じられる。
どうして起きている間は忘れていたのだろうか。
自称神様な黒髪の少年は、白い歯を見せて笑う。
「昨日の夢は思い出した?」
「私が神聖か否かという話でしたね」
「……まあ憶えているならいっか」
首をコテンと傾けて笑う彼は可愛らしく、とても神には見えない。こういう弟が欲しかった。神様、弟をください。
「それはボクじゃなくてご両親にお願いしたら?」
「やっぱり弟いらないです」
今さら弟ができたら、気まずいにも程がある。現状を受け入れて一人っ子人生を謳歌しよう。
……あれ? 弟の話って口に出したっけ?
「口に出さないでも分かるよ。だってここは夢なんだから。夢には本音も建前も無いでしょ?」
「無心無心無心無心無心」
何も考えるな。何も考えるなとも考えるな。心を無にしよう。心を無にしようと思ってもいけない。悟りの境地に辿り着けば、心を読む覚り妖怪も敵じゃない。
無心無心無心無心無心。
「それで無心になれたら苦労はしないよね。……パトリック」
無心無心パトリック好き好き大好きパトリック……まずいぞ、パトリックが私の解脱を邪魔してくる。
いくらパトリックとはいえ、私に立ちはだかるなら嫌いに……なるわけないじゃん。大好き。好き好き砲、四基十六門一斉射!
「……好き好き砲って何?」
「あああああああああああ」
レムンからもっともな指摘を受けた私は膝から崩れ落ちる。材質不明の黒い床に何度も頭を打ち付けながら雄叫びを上げた。
早く起きたい目覚めたい。この公開処刑空間から一秒でも早く逃れたい。
◆ ◆ ◆
うめき声を漏らしながら飛び起きる。私の部屋だ。
額に滲んだ汗を拭いながら窓を確認すると、カーテンの隙間からは優しい光が差し込んでいた。
時間は早朝、今日も早く目覚めてしまったようだ。
ベッドから降り、朝日が差す方向へゆっくりと歩く。
窓を開け放ち、光に目を細めた。冷たく爽やか空気を身に浴びて気持ちがいい。
最悪な寝覚めも、この朝日で差し引きゼロくらいにはなった気がする。それにしても夢に神様とか出てきちゃったよ。私にも死亡フラグが立ったかな?
「……変な夢だったな」
「夢じゃないよ」
「っ!」
背後、しかも至近距離から、確かに声が聞こえた。まだ声変わりをしていない少年の声だ。
すぐさま振り向いて部屋中を見回すが、声の主は見当たらない。
まだ夢の世界にいるのか? 警戒は継続しつつ、自らの頬をつねる。
「……痛くない?」
「いや、それはお姉さんの痛覚が死んでいるだけじゃないかな。ボクはここだよ」
また声が聞こえた。私の足元……違う。背にした日光で形作られた、私の影からだ。
自分の影をジッと見つめていると、人型の闇はゆらりと揺れる。水面のように波紋が広がり、影の中から黒髪の少年が現れた。
「現実ではハジメマシテだね、ボクの巫女さん。ボクは――」
自分の影から何かが出てくるのには慣れている。
かつて通い詰めていたダンジョンに現れるシャドウアサシンという魔物、あいつは影から出てきて奇襲を仕掛けてくるのだ。慣れないうちは面倒だが、私は条件反射的に対処が可能である。
影から何かが出てきた瞬間、勝手に攻撃を繰り出す。私はそういう体になっている。
当然、影から出現したのが人間にしか見えない少年でも同様だ。全身が影から出きっていない少年の顎を、私は無意識のうちに蹴り上げた。
「ボクは闇の神……うわっ!?」
「あっ、ごめんなさい」
ギリギリで力を弱めることが出来た。
彼は吹き飛んで天井でワンバウンド、そしてベッドに落下する。整った顔はグチャグチャにならずに済んだようだ。セーフ……セーフかな?
顎を両手で押さえながら彼は起き上がり言う。
「いたた……もう、知ってはいたけどお姉さんはちょっと荒っぽいよ?」
「すみません、体に染み付いているので。それで……どなたですか?」
「夢でも自己紹介した通り、ボクは闇を司る神レムンだよ。気軽にレムン君って呼んでね」
そう言って顔を綻ばせる自称神のレムン君。影から出てきた彼が普通の人間とは考えられないし、本当に神様なのか?
神とはどのような存在なのか、なぜ私を巫女と呼ぶのか、影の中に入る技は私もできるのか、聞きたいことが多すぎる。
一番重要なのは、どうやれば影の中に入れるのかだな。それに比べれば他は些事だ。
私が質問をしようとすると、部屋の外からパトリックの声が聞こえた。
「ユミエラ起きてるか? 今の音は何だ?」
「あっ、今のはね……」
パトリックはレムンが天井にぶつかった音を聞いたようだ。レムンから色々と話を聞くのに、彼にも同席して貰って……待てよ?
早朝、ベッドには謎の美少年……間違いなく浮気を疑われる。
いくらパトリックに信用されているとはいえ、私はやたらと勘違いされる運命にある。結婚式が控えたこのタイミングで不貞を疑惑が出るのは非常にまずい。
危機的状況に固まった私を尻目に、ドアはゆっくりと動き出す。
「ユミエラ? 入るぞ」
「待って! 今、全裸!」
「なっ!?」
開きかけていた扉が勢いよく閉まる。よし、しばらく時間は稼げそうだ。
こんなピンチを招いた張本人、レムンは能天気にベッドに座っている。
「どうしたの? お姉さん、ちゃんと服着てるよね?」
「早く、早く隠れて」
彼をどこに隠そうか。クローゼット? ありきたりすぎてバレそうな気がする。
どうしてこんなことに。影から人が出てきたなんて信じて……そうか、影だ。影から出てきた少年は影に戻るのが相応しい。戻るべきところにお帰り。
私はレムンをベッドから引きずり下ろし、自分の影にグイグイと押し付ける。
「ほら、早く影に戻ってください」
「痛い痛い、そうやっても駄目だから!」
渾身の力で少年を影に押し付けるも、床が軋むだけだ。
勢いが足りないのかな? 彼を掴んで持ち上げて、思い切り床に叩きつける。そば打ちのように、何度も何度も何度も。
「えいっ、えいっ、えいっ」
「いたっ、だめっ、やめっ」
黒髪の少年を持ち上げては打ち下ろしを繰り返す。バンバンバンと床が鳴るだけだ。
向きが悪いのかな? 出てくるときは頭からだったから、戻るときも頭から?
私はレムンを逆さまに持ち直し、頭から影に入れようと試みる。振るとおみくじが出てくるやつみたいに、何度も上下させる。力技では駄目なようなので、試行回数を稼ぐしかない。
「戻れ戻れ、戻ってよ、お願いだから戻ってよ」
「…………」
駄目だ、全然入らない。
今までの試行錯誤で起きた物音は、扉を隔てたパトリックにも聞こえていたようだ。彼は痺れを切らして入室してきた。
「おい何の音だ!? もう入るぞ!」
「あっ、待って待って」
私を見たパトリックは動きが固まる。
そりゃそうだ。婚約者が寝室で、謎の美少年と二人きり。疑われるのも無理はない。
でも大丈夫、やましいことなど一つもないのだ。真摯に説明すれば分かってくれるはず。
「違うの! ほら、レムン君からも説明して」
あれ? 神様、何か喋ってよ。私が逆さまに掴んでいる彼は、目をつむって黙ったままだ。こころなしか、ぐったりとしているような?
硬直していたパトリックが言葉を発する。
「ついに、ついにやったか……」
状況的に不貞を疑われるのはしょうがないかもしれない。
だけど彼は「ついに」と言った。いつかやると思われていた。私はそんなに信用が無かったのか。その事実が重く心にのしかかる。どうしようもないほどに辛くて悲しい。
違うのに。ただの勘違いなのに……。
「ついに……人を殺めてしまったのか」
「待って、ホントに違う」
誰が何と言おうと、レムン君は小悪魔美少年キャラです。





