01 夢に現れた謎の少年
申し訳ありません。来週か再来週とか言っておきながら一ヶ月空いてしまいました。
三章スタート、一話が謎に長くなりました。本格的にお話が動き出すのは次回からなのですが……。
「ボクは闇の神レムン。起きてよ、ボクの巫女さん」
「人違いです」
一面が真っ黒な空間、黒髪の少年が人懐っこい笑みを浮かべている。
彼は私を巫女だと勘違いしているようだ。まあ、清純なイメージとかが共通しているので間違えるのも無理はないかな。
「いやいや、お姉さんは巫女って柄じゃないでしょ」
何だと? 少々の神聖さは持ち合わせているつもりだぞ。私が大陸を統一した折には、国名に神聖と付けるレベルだ。
「神聖ドルクネス帝国か…………ん?」
慣れた自分のベッド、謎の国名を口走ったことで目覚める。帝国は百歩譲って良いとして、神聖はどこから出てきたんだよ。
うーん、何か変な夢を見ていたような気がする。すごい偉い人と会話する夢だったような……駄目だ。思い出そうとすればするほど、記憶に靄がかかっていく。
いつもより少し早く目覚めた私は身支度を一人で終え、屋敷の中を散歩する。
思い出せそうで思い出せない夢など、珍しくもなんともない。でもなぜか、私は夢の内容が気にかかって仕方なかった。
「偉い人、王様より偉い人だった気がする。皇帝とか? だから帝国?」
王国と帝国の何が違うのかはイマイチ分からない。国王と皇帝の偉さランクも知らない。
これだけ鮮明なイメージが残っているのだから、国の長なんかよりもずっと偉い存在が出てきたはずだ。
「……神様くらいしか思い当たらないなあ」
神様から夢のお告げをもらう。あり得ないな。
私は天啓を受けるほど信心深くないし、神の存在すら信じていない。やっぱり、ただの変な夢だったのか。
それに、神様の声が聞こえたとか言い出すのは死亡フラグだ。そう言った人の大半が磔になって処刑されている。
朝食まで時間があるので、昨日終わらなかった仕事を片付けようかなと考えていると、廊下の向こうからエレノーラが歩いてくる。いつも朝寝坊をする彼女がこの時間に起きているのは珍しい。
エレノーラは私を見つけると、小走りで駆け寄ってきて興奮気味に言う。
「ユミエラさん! わたくし、神様の声を聞きましたわ!」
没落令嬢に死亡フラグが立ちました。
ヒルローズ公爵のクーデター計画が明るみに出て、公爵家は取り潰しになっている。今の彼女は貴族でも何でもないのだ。
明るく振る舞っていたエレノーラだが、心の中ではダメージを負っていたのかもしれない。思い詰めた彼女は過剰なストレスに耐えられず、存在しない神の声に救いを求めた。
私がもっと彼女に親身になっていれば……。またアホなことを言っていると、適当に流すんじゃなかった。あれは彼女なりのSOSだったのだ。
不憫な彼女を元気づけるために、努めて明るい声で言った。
「……エレノーラ様、王都に遊びに行きませんか? ドレスでも宝石でも何でも買ってあげますから!」
「わ! 急にユミエラさんが優しくなりましたわ! 神様も当てにできませんわね」
「どういうことですか?」
「神様がユミエラさんに気をつけろと仰ってましたの!」
神が私を警戒している? 彼女の深層心理は私を嫌っているとか?
ええい、エレノーラの幻聴を考察しても仕方がない。出来る限り彼女を楽しませることを考えよう。
「そうだ、王都に行くのですからエドウィン殿下にもお会いしましょう。きっと殿下もエレノーラ様のことを心配しています」
「エドウィン様……」
「そうです。エレノーラ様の大好きなエドウィン殿下ですよ!」
今までのエレノーラは、エドウィン王子の名前を出せばイチコロだった。だから私は、安易に彼の名前を出してしまった。没落令嬢と第二王子、決して結ばれることのない彼の名を。
エレノーラは、わずかに表情を曇らせて淡々と語る。
「それは駄目ですわ。わたくしはもう貴族ではなくて、エドウィン様は王族ですもの。わたくしが想いを伝えても、エドウィン様が困るだけですわ」
「……エレノーラ様」
「でも大丈夫ですわ! ユミエラさんがいてパトリック様がいて、今の生活も楽しいですもの!」
そう言ってエレノーラは気丈に笑う。
ああ駄目だ、こっちが泣きそう。想い人を案じて潔く身を引くなんて、エレノーラちゃんがいい子過ぎて辛い。
私が全身全霊を尽くして、彼女とエドウィン王子をくっつけるべきだろうか。
脳内で王子の顔を思い浮かべる……うちのエレノーラちゃんはあげないぞ! お前にお父さんと呼ばれる筋合いは無い!
「エレノーラ様は私が一生養います! むしろ私が結婚します!」
「へ? ユミエラ様のお相手はパトリック様ですわよ?」
「じゃあパトリックと別れます。流行の婚約破棄です」
「な! 何を仰っていますの!?」
パトリックとはすっぱり別れよう。私のエレノーラちゃんのためだ、仕方がない。
口を手で覆って驚いていたエレノーラは、突然頭を押さえうめき声を上げる。そして周囲をキョロキョロと見回した。
「……あれ?」
「どうしました?」
「今の声、ユミエラさんには聞こえませんでした?」
私には何も聞こえなかった。聴力は私の方が優れているはずなので、彼女の幻聴である可能性が高い。やはり精神的に追い詰められているのか。
話を聞くにエレノーラには「私は認めない、今すぐそちらに行く」という声が聞こえたようだ。私と彼女の結婚に反対する人物……そうか、あの過保護な父親か。
「公爵……じゃなかった、エレノーラ様のお父さんにそっくりな人に会いに行かねばなりませんね」
「やった! お父様に会いに行けますのね!」
あくまでそっくりな人だ。ヒルローズ公爵は既に亡き人なのだから。彼は各方面から恨まれているので、生存が世間に露見すると色々面倒だ。
そんな彼が来るのか……いや、むしろこちらから向かってやろう。貴様の大事な一人娘は私のものだ。ふははは。
私はエレノーラを担いで、屋敷から飛び出した。庭で眠っているリューの元へと走る。
「それじゃあ行きますよ」
「きゃっ! 自分で歩けますわ! 下ろして!」
◆ ◆ ◆
一時間後、数ヶ月前に出来たばかりの村に私たちは来ていた。
一時間の内訳は、リューを起こすのに五十五分、ここまで飛んでくるのに五分だ。結果論だが走った方が早かった。
わずかに寒かった秋の朝も、今は日が昇り暖かくなってきている。
何度か来ている一軒家まで二人で歩き、私は扉を乱暴に叩いた。
「出てきてください、領主様のお目見えですよ」
「うるさい! どうしてお前は私の嫌がることを……エレノーラ! 良く来たね、上がっていきなさい。お茶を用意しよう」
「お父様!」
不機嫌そうに家から顔を出したエレノーラ父は、娘を見た途端に表情をガラッと変える。親子は抱擁を交わし、手をつないだまま家の中へ入っていった。娘さん、もう十九になるんだぞ。ベタベタしすぎでは?
私も二人に続いて家内に入ろうとするが、顔をグリンと後ろに向けた彼に睨まれる。
「お前はいらん。さっさと帰れ」
「結婚のご報告に来たんですけど」
「結婚? お前と辺境伯の倅のか? もう知っているし、祝う気も無い」
「いいえ、私とエレノーラ様の」
「おい! 一体どういうことだ!? エレノーラが結婚!? 相手は誰だ! どこの男だ!?」
エレノーラを背中に隠した彼に怒鳴られる。あ、娘に男ができたと勘違いしているな。安心して欲しい、相手は私だ。
「だから私ですって」
「は?」
「私とエレノーラ様の結婚だって言ったじゃないですか」
「な……認めん! 認めんからな!」
私の義理の父はワナワナと震えながら言う。
やはり認める気は無いのか。エレノーラの幻聴は彼の強烈な思念を受け取ったものかもしれないな。
でも認めてもらう必要ないもんね。この村からおいそれと出られない人に私たちの真実の愛を邪魔することはできない。
「別に認めてもらわなくて結構です。こっちで勝手にやりますから」
「お前はエレノーラに相応しくないし、悪影響を与える! もうお前とは引き離すからな!」
彼は玄関先に立て掛けてあった鍬を持ち臨戦態勢に入る。私と戦う気か? いいだろう花嫁は力ずくで奪い取るとしよう。
両者やる気になっているところ、エレノーラがおずおずと声を上げる。
「あ、あの……お父様にユミエラさん? わたくし、ユミエラさんと結婚なんていたしませんわ」
嘘だろ!? 私たちは臨戦態勢を解いて彼女に注目する。
「ユミエラさんのことは好きですが、そういう好きとは違いますの」
「本当かエレノーラ! 憎きあいつに手篭めにされたのではないのか!?」
「されてませんわ!」
エレノーラは顔を赤くして否定する。もしかして……フラれた?
元ヒルローズ公爵が愉悦の笑みを浮かべて私を見る。くやしい。
「ははっ、無様だな伯爵様よ」
「ぐぬぬ……エレノーラ様、旅行に行きませんか? 海の見える観光地に行きましょう。秋ですけど泳がないなら関係ないです」
「やった! わたくし、海は二回しか行ったことがありませんでしたの!」
私の元へと駆け寄ってくるエレノーラ。ふふんとしたり顔で元ヒルローズ公爵を見る。
彼はおいそれとこの村から出ることはできない。そこで大人しく、私たちが海産物を楽しむ様子でも想像しているんだな。
憎悪に顔を歪める彼だが、すぐに優しい表情に戻って言う。
「エレノーラ、今日はここに泊まっていきなさい」
「やった! お泊り会ですわ!」
やられた。エレノーラは私から離れて、対戦相手の所へ行ってしまう。向こうが切ってきたカードは、普段から一緒に住んでいるので持っていない。
だが似た効果のカードなら私も持っている。ドロー!
「エレノーラ様、今日はパジャマパーティーをしませんか?」
「やった! 夜遅くまでお話できますわ!」
「エレノーラ、今日は一緒に夕飯を作ろう。ここに来てから幾らか出来るようになったんだ」
「やった! お父様と一緒にお料理ですのね!」
エレノーラは、私と父親のもとを交互に行き来する。
持久戦になってきた。互いに切れるカードは限りがあるが、カードをケチっては即負けだ。手札の中で最強のカードを選択し続ける必要がある。
「エレノーラ様、芋煮会を開きませんか?」
「やった……イモニカイって何ですの?」
「野外で特に美味しくはない鍋料理を作ります」
「……行きたくありませんわ」
負けた。バーベキューにすれば良かった。あんなのただの味噌汁じゃん。
父親の所に行ってしまったエレノーラは、お泊り会だとはしゃいでいる。もう大勢は決したか?
エレノーラの好きなもの……。
「そうですか、今日は外泊ですか。いいですよ、私は家でパトリックと二人きり、食べさせ合いっことかしますから」
「あっ! やっぱりお泊り会はナシにしますわ。お家に帰ります。もちろん邪魔はいたしませんから、パトリック様と食べさせ合いっこをして欲しいですわ。絶対に、絶対に覗いたりいたしませんの」
勝った。彼女は恋愛イベントが大好物だ。私とパトリックが二人でいると見るや、柱や壁の影に隠れて、キラキラ輝く熱視線を送ってくるほどだ。
例に漏れず、エレノーラは今日一番のワクワク顔をしている。
「エレノーラ、夕食ではパパがアーンをしてあげよう」
負けを認められない人が苦し紛れの提案をする。父親のアーンとかどこに需要があるんだ? 親友の恋愛模様という最高の餌を用意したのだから、我が親友がそちらに寝返ることなど……。
「やった! お夕飯はお父様に食べさせて貰えますのね!」
親友は父親側に寝返った。この子の価値観がマジで分からない。
こうなったら次の策は……
……とエレノーラ争奪戦を繰り広げた私たちは、最終的に決闘をすることになった。
どうして決闘に行き着いたのかは憶えていない。まあ戦争とはそういうものだ。引き金となった出来事は本当に些細なこと。そのしばらく前には引き返せないところまで来ているのだ。
思い返せば、ここに来た瞬間から決闘になることは決定していたのかもしれない。何度やり直そうとも、この運命は覆せないのだ。
「覚悟はいいですか?」
「ふんっ、高いレベルに胡座をかいていると酷い目を見るぞ」
力と力をぶつけ合って、勝ったほうがエレノーラを手に入れる。単純でいいじゃないか。今までの言い争いが無意味で不毛なものに思える。
家の前、互いに構える私と彼。私は素手、彼は剣を手に持っている。
エレノーラは飽きたと言って、村の散策に出かけてしまった。
私と彼の距離は十歩分くらいだろうか。まあ、私の身体能力を以てすれば詰めるのは一瞬、開戦と同時に世界最強の攻撃をお見舞いする準備は出来ている。
「では、この石が地面に落ちた瞬間から」
「ああ、その時がお前の最期だ」
私は空高くに、手のひらサイズの石を放り投げる。
「エレノーラ様は私の友達なんです」
「エレノーラは私の娘だ」
互いに石など見てはいない。ただ宿敵の目を見つめ合うのみ。
「石が落ちた音が聞こえた瞬間、私の勝ちが決まります」
「ふん、今のうちに好きなだけ吠えておけ」
そろそろか。放り投げた石が落ちてくるまでの時間がとても長く感じる。勝負の始まりは、コンマ数秒後に迫っている。
「………………落ちてきませんね」
「……おかしいな」
二人で空を見上げるが、投げ上げた石ころは見えなかった。あれ? 確かに投げたはずなのに。
仕切り直そうと思い新たな石ころを探していると、後ろから声を掛けられる。振り返るとパトリックがいた。
「あれ? どうしてパトリックが?」
「はあ……今度は何を始める気だ?」
「公しゃ……彼と決闘をすることになったの」
なぜ? という顔をしているパトリックに事の始めから説明せねばなるまい。確か最初は……。
「えっと……エレノーラ様と結婚しようと思って。あ、パトリックとは婚約破棄することにしたのね」
「俺の知らないところで婚約が無くなっている」
「それでお父さんのところに挨拶に来たんだけど、そもそもエレノーラ様に振られちゃって。だから婚約破棄は黙っていれば無かったことになるかなって思ってて」
「俺の知らないところでヨリが戻っている」
「その後、エレノーラ様争奪戦が始まって、決着がつかないから決闘することになったの」
そのエレノーラ様は村の中を散歩中だ。自分で言っていて意味不明な状況だと思った。
しかし、どうしてパトリックは私たちの居場所が分かったのだろうか。発信機でも付いているのかと考えていると、彼はその理由を説明してくれた。
「先ほどリューが俺の所に来てな。ユミエラだけでは収拾が付かなくなっていると判断したのだろう」
パトリックの後ろには、屋敷と村とを往復して少し疲れた様子のリューがいた。リュー君がお利口さんすぎる。確かにパトリックが来ていなかったらガチの殺し合いに発展していた可能性がある。
元ヒルローズ公爵は構えていた剣を下ろし、吐き捨てるように言う。
「ふん、お前よりドラゴンの方が理知的だな?」
「いやあ、そんなに褒めないでくださいよ。まだまだ手のかかる子なんですよ?」
リューがお利口さんだと褒められちゃった。誰に言われても嬉しいものだなあ。
彼は顔に青筋を浮かべてパトリックに目を向ける。
「こいつの管理をしているのはお前だろう? もう少し責任を持って見張っていたらどうなんだ?」
「いや、まあ……その通りだ。面目ない」
パトリックは申し訳無さそうに言う。あなたが謝る必要なんてないのに。悪いのはおおよそ私でしょ?
それからしばらく、エレノーラに悪影響だとか、エレノーラの身が心配だとか、エレノーラが可哀相だとか、小言を言われ続けた。
ネチネチ公爵から解放されたのは、昼過ぎのことである。
三人で家に帰り、しばらく休んでからの昼食。
パトリックの口に熱々のスープを突っ込む私を、エレノーラがキラキラした視線で見ている。
「熱っ! 熱い! やめろ!」
今日はゆっくり眠りたい。パジャマパーティーは明日以降に延期してもらおう。
書籍版2巻出ます。来月、2019年11月9日発売です。
「悪役令嬢レベル99 その2 ~私は裏ボスですが魔王ではありません~」
改稿加筆ポイントや、「2」ではなく「その2」になった深い事情などは発売日が近くなりましたら活動報告で……。





