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番外編04 ヒロインが手作りのお菓子をヒーローに贈る鉄板イベント

シチュー回の続き。

この話はユミエラの好感度がだだ下がりしそうなので、公開するか迷いました。

代わりにエレノーラの株が爆上がりするからいいかな? と思いました。

 ユミエラシチューを食したことで生死の境を彷徨ったパトリックは、何とか峠を乗り越えた。だが未だに本調子とは言い難く、今日もベッドで安静にしている。


 彼が体調を崩したのは完全に私が原因だ。パトリックのいない食卓で、とんでもない物を作ってしまったと落ち込んでいると、エレノーラに励まされる。


「大丈夫ですわ、パトリック様はきっと良くなりますから」

「でも……」

「ユミエラさんは責任を感じていますの?」

「はい、悪くなった食材を使ったのは私ですから」


 あの大惨事は傷んだ食材が原因だ。店で売っている食べ物は安全、私は前世の感覚でそう思い込んでいた。

 衛生面で遅れていて消費期限などの概念もないこの世界では、腐りかけの物も普通に売っていたりする。それを見抜けなかった、その現状を変えようとしなかった私が全面的に悪い。


 その辺りの事情を知らない生粋のお嬢様は、不思議そうに言う。


「食材……ですの?」

「はい、パトリックが今も寝込んでいるのは食材が原因です」


 エレノーラは目を見開いて私を見つめる。温室育ちの彼女は、食べ物が腐るという当たり前のことにすら驚愕するようだ。


「それは……本気ですの? ユミエラさんの調理に問題は?」

「はい、本当のことです。私の調理方法に問題はありませんでしたから食材が腐っていたとしか……」


 エレノーラはショックを受けた表情でしばらく固まっていた。

 しばし時間を要して復活した彼女は、世界の真実を悟ったような目で言う。


「アレを産み出すだけのことはありますわ」

「そうです。腐敗は恐ろしいんです」


 しかし、ドルクネス領の衛生状況を改善するのは後回しだ。今はパトリックの復活が急がれる。

 酷いときでは食事を一切受け付けなかった彼も、今は普通のものを食べられるまで回復している。何かお見舞いの品を用意しよう。


「病人へのお見舞いって何が良いのですかね」

「無難に果物とかお菓子が良いと思いますわ」

「お菓子! ……快復を祈って、手作りするのもいいかもしれませんね」

「ああ! やっちまいましたわ! お花! わたくし、パトリック様に贈るのは花束がいいと思いますわ!」


 花? 私はそんなモノ貰っても嬉しくも何ともないぞ。花って食べられないし。


「じゃあエレノーラ様からは花にしましょう。私は手作りのお菓子を贈ります」

「パトリック様が死んじゃいますわ! ユミエラさん、お菓子作りは未経験でしょう? やめておいたほうがいいですわ」

「大丈夫です。水を入れて練るお菓子を作ったことがあります」


 練るお菓子の他に、焼肉屋で綿あめを作った経験もある。私の腕はパティシエ並と言っても差し支えないだろう。

 理由は不明だが、エレノーラは涙目になってまで私を引き留めようとする。


「プロに任せればいい、貴族はお菓子作りなんてするもんじゃない……って前にユミエラさんは仰っていましたわよね?」

「言った気がします、でも今は事情が違いますから」


       ◆ ◆ ◆


 お菓子作りは化学の実験に似ている。家庭料理と違い、目分量というあやふやなものが存在しない。如何にレシピ通りの分量を、レシピ通りの方法で調理できるか。緻密な正確さを要求される作業だ。


「……まだ多いですね。では砂糖を三粒取り除きましょう」

「そこまでやる必要はありませんわよ?」

「うるさいです……ああ! 今度は少なくなりました。では一粒加えて……」


 一緒に作ると言って聞かないエレノーラとクッキー作りを始めて早一時間、私は秤のメモリと格闘していた。

 あれ? 砂糖を三粒取り除く前よりも重くなっている。


「手の水分や油分で重くなっちゃいましたね。この分は重さに入れない方がいいですよね」

「誤差って言葉をご存知ですの?」


 知っている。その誤差が重大インシデントを招くから気にしているのだ。


 そうして卵やバター、小麦粉に砂糖などを混ぜて生地の完成だ。ついでにエレノーラも自分の分を作っている。私と比べて大雑把にやっていたようなので、彼女のクッキーの出来が心配だ。


 よし、じゃあ後は隠し味だな。何を入れようかと厨房の食料庫を漁っていると、エレノーラにぐいと腕を掴まれる。


「ユミエラさんは今、何を持っていますの?」

「何かの香辛料ですよ、名前は知りません」


 香辛料は代謝を促進して健康によろしい。弱っているパトリックにはうってつけの隠し味だ。

 しかし、スパイスは胃に悪いイメージもあるな。胃に良い物も入れておきたい……根菜とか? ニンジンを刻んで入れておくか。ニンジンが体に良いのは間違いない。

 あと体に良い物と言えばニンニクだ。美味しいものは体に悪い、という法則に唯一反した存在である。下ろして入れよう。


 エレノーラに掴まれた腕はとうの昔に振りほどいてある。レベルの差を舐めるなよ。


「ああ、もう終わりですわ。わたくしは無力ですわ……」

「こんな感じで良さそうですね」


 各種隠し味はふんだんに入れた。適量というのは苦手だけれど、体に良いのだから入れすぎて駄目ということはないはずだ。


 そうして出来上がった生地を型抜きで抜いていく。もちろんハート型だ。えへへ。


「あれ? エレノーラ様もハートですか?」

「はい、お揃いですわ!」

「はあ、お揃いとか好きそうですもんね」

「これが唯一の希望ですの」


 何でもかんでもお揃いにしたがる女子特有のアレはあまり好きでない。でもまあ、クッキーの形とかどれでも一緒だしいいか。胃に入ったら全部同じ。


 後はオーブンで焼くだけ。火は屋敷のコックさんが入れてくれたので、簡単すぎる作業だ。私の分は左側に、エレノーラの分は右側に入れる。形が同じだから覚えておこう。


「私は左ですね」

「あれ? ユミエラさんの分は右でしたわよね?」

「いえ、私は左です。ちゃんと確認して入れましたよ」

「……チャンスが減りましたわ」


 左右を間違えたりしない。私は間違いなく左だ。

 よし、後はオーブンの様子を見張っていれば大丈夫だ。二人して焼けるクッキーを眺めていても仕方ないので、見張り役を買って出る。


「私が見ておきますから、エレノーラ様は焼き上がった頃に来ていただければ大丈夫ですよ」

「……はっ! わたくしが見ていますわ! わたくし、クッキーを焼き上がる所を見るのが大好きですの! ユミエラさんはお仕事とかあるでしょう?」

「はあ、変わってますね。じゃあ任せますね」


 オーブンの中を見るのが大好きとは、やはりエレノーラは変わっている。彼女一人では不安だが、キッチンの片隅には料理の下ごしらえをしているコックさんもいる。

 言葉に甘えて、私は少し溜まってしまった仕事を片付けてしまおう。


       ◆ ◆ ◆


 それから数十分後、そろそろかと厨房に戻ると、丁度焼き上がったところだった。

 エレノーラがそわそわとしながら私を待ち構えていた。そわそわしすぎて挙動不審というか……そんなに楽しみだったのか。

 しかも鍋などを掴む厚手の手袋をしている。待ちきれなかったのかな。


「手袋もして準備万端ですね」

「えっ!? あっ! 今! 今つけたところですの!」


 エレノーラはブカブカの手袋を付けたまま、慌てて言う。ははあ、結構前から付けていたな。


「それでは取り出しますか」

「はい、ユミエラさんは左側ですわよ」


 だから、左右を間違えたりしないって。私は確かに左側だ。

 オーブンを開けた私は、金属製のトレーを素手で掴んで取り出す。すると、隣から悲鳴が上がった。


「きゃっ! やけど、やけどしますから早く放して」

「大丈夫ですよ。あ、エレノーラ様は素手で触ったら駄目ですよ。そこそこ熱いです」


 テーブルにトレーを置いて、出来上がったクッキーを確認する。

 ハート型のクッキーは大半が綺麗なベージュ色をしていた。オーブン内の温度のムラだろうか、端の方は少し黒くなってしまっている。でも、炭のようにコゲている訳ではないので、十分食べられるだろう。

 それと、割れてしまった物も幾つかある。これと少しコゲた物は私が食べてしまおう。


 熱々の出来たてクッキーを一つ、口の中に放り込む。程よい甘さと、サクサク具合。冷ました物も好きだが、これはこれで美味しい。

 私が満足気に頷いていると、テーブルの隣にエレノーラのトレーが置かれる。


「何ですか? それ」

「……失敗しちゃいましたわ」


 エレノーラの作ったクッキーは、漆黒の謎物体だった。同じ焼き時間だったはずなのに、どうして?

 しかも、スパイシーな匂いが漂ってくる。それ以外の匂いもして、とにかく臭い。

 同じハート型でなければ、クッキーだと気がつくことも無かったはずだ。


「一つ頂きますね」

「ああ! 駄目ですわ!」


 エレノーラの制止を聞き入れずに、彼女作のクッキーを食べる。……辛っ! 口の中に不快な匂いが充満して気持ち悪い。なんだこれ。


「……誰にでも失敗はありますから」

「お腹が痛くなったりしませんの? パトリック様のように倒れたりしない?」


 激マズクッキーを作った当の本人は、私の体調を気遣いこそすれど、悪びれる様子は一切ない。これはテロレベルの代物だぞ。

 あれ? 私は学園時代に彼女の作ったクッキーを食べたことがあったはずだ。あのときは凄い美味しいということはなかったが、普通に食べられる味だったはずだ。

 どうしてだろう……まあ、いいか。ここで厳しく原因を追求したところで、エレノーラが傷つくだけだ。


「体調は問題ありません」

「毒のある虫さんって自分の毒で死にませんものね!」


 ん? それはどういう意味だろうか?

 ……まあ、それより今はクッキーだ。パトリックに送り届けよう。


 綺麗でお洒落なラッピング……は無駄の極みなので、皿に並べてそのまま持っていく。

 エレノーラと並んで歩き、パトリックの部屋までやって来た。ノックをしてから入室する。


「パトリック、大丈夫?」

「ああ……何とか調子が戻ってきた。もう普通の食事も食べられる」

「良かった! 私ね、パトリックへのお見舞いにクッキーを焼いてきたの!」


 私がクッキーの乗った皿を差し出すと、彼は飛び起きてどこかへ行こうとした。病人とは思えない素早さだ。もちろん、腕を掴んで捕まえる。コラっ! 病人が暴れちゃだめでしょ!


 腕を掴まれたパトリックは素直にベッドに戻る。そして何故か、目が死んでいた。お腹が痛くなると目も悪くなるのかな?


「さあ! ほら! 食べて!」


 恋人の手作りクッキーを前にしたパトリックは固まったまま動かない。感動しているのか。

 無理やり口に押し込んでやろうかと考え始めた頃、私たちの様子を伺っていたエレノーラが口を開く。


「パトリック様、入れ替えましたわ」

「え?」

「わたくしもユミエラさんと同じクッキーを作りまして……でも大失敗しましたの。わたくしが作った分は毒物レベルでしたわ。ユミエラさんのはちゃんと出来ているから食べて頂ける?」


 彼女が何を言おうとしているのか、まるで分からない。わざわざ自分の料理下手をバラさなくてもいいのに。

 だがパトリックは目に生気が戻り、涙を流しながらクッキーを食べ始めた。


「ありがとう、ありがとう」


 何度もお礼を言いながらクッキーを食べるパトリック。でも何故か、私はお礼を言われている気がしなかった。

 ……パトリックに手作りのお菓子を食べてもらうという目的は達成したからいっか。


 そして翌日、パトリックは完全復活を果たしたのだった。


「とりあえず、ユミエラは厨房に出入り禁止だ」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] この物語のヒロインって誰でしたっけ? [一言] 少なくともユミエラでは無い様ですね。 物語の神様から見放されている ・・・ (涙)
[一言] 「ねるねるねるね」とか「水あめ」ごときでパティシエ気取りとは・・・。 シェフに喧嘩売った前話の次はパティシエにも喧嘩売るというか冒涜してるなぁ・・・。 ムコーダさんとかヴェンデリンの爪の垢を…
[一言] 誰か言うたれ 「貴様はメシマズだ」と
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