06 モテモテ?な私
王城に呼ばれてから一週間、私は学園でモテモテになっていた。
私は今も学園の廊下で上級生の男子生徒に過激に口説かれていた。
「――そうして周辺諸国を植民地として支配するんだ。
説明したように、君は敵国の軍を壊滅させるだけでいい。後の政治的なことは、夫の僕に任せてくれて構わない」
訂正、過激に口説かれていたでは無く、過激派に口説かれていた。
植民地支配の素晴らしさを熱く語る彼は、この1週間で出会った過激派の中でも1番に強烈だ。彼と一緒にしたら他の過激派の方々が可哀相なレベルで。
王妃様の予想通り、王城に呼び出された翌日から私に接触してくる高位貴族の子息たちが現れた。
穏健派は比較的付き合いやすい人たちが多かった。
男性はお菓子を手土産に挨拶をしてきて軽く世間話をするくらいで、女性にはお茶会に招待をされた。
顔繋ぎだけはしておこう、ということなのだろう。表立って政治的な話をされることは無かった。
そうして上級生と接するようになってからは、先日の騒ぎから私を遠巻きにしていた同級生もポツポツと話しかけてくれるようになった。
今までは会話の通じない危ない奴だとでも思われていたのだろうか。
過激派の人たちは積極的に私を取り込もうとしてきた。
高価な宝石などをプレゼントしてきたり、結婚を申し込まれたりもした。もちろんどちらも丁重にお断りをした。
彼らの話を聞いて思ったのは、過激派は現状に不満のある貴族たちの集まりなのだろうということだ。
私を戦争に利用するためというよりかは、家を大きくするために利用しようとしていると感じた。
開戦を主張しているのも、戦争で手柄を上げたり新しい領地を手に入れたりといったことが目的なのだろう。
「――そして最終的にはこの大陸の全てを支配するんだ。素晴らしいだろう?」
彼の演説がようやく終わったようだ。話が長すぎて、初めに名乗ったであろう彼の名前も忘れてしまった。
「お断りします」
いつもは「ありがたいお誘いですが~」などと社交辞令を付けてやんわりと断るが、そんな気も起こらない。
「君にとっても悪い話ではないはずだよ。黒髪の君が僕の妻になれるのだから。ドレスや宝石も好きなだけ買ってあげよう」
穏健派にも過激派にも上から目線の人はいたが彼は別格である。黒髪蔑視の発言をする人も今まではいなかった。
「私、自分より強い人がタイプなので」
これは私が編み出した結婚お断りの必殺技である。これが通じなかった相手は存在しない。
「今の時代は腕っ節の強さだけではやっていけないよ。大事なのは頭の良さだ。その点では僕は優秀だよ」
通じなかった。しかも正論っぽいことを言われた。
こいつに正論を言われるとムカつく。私を人間兵器として運用しようとしている癖に。
「そうなのですね。では、私も軍の相手をしたり反乱分子を押さえつけたりの、荒っぽいことはしないようにしますね」
私が戦わない宣言をすると、それでは自分の目的が果たせないと彼は慌てだす。
「君みたいに戦うしか能の無い人間は、何も考えず僕みたいな優秀な人間の言うことを聞いていればいいんだ!」
彼はやたらと自分は優秀だと主張するがそうは見えない。
「優秀な人間と言いますが、あなたは学年首席でいらっしゃるとか?」
私が少し嫌味っぽく言うと彼は途端に声が小さくなった。
「人の優劣はテストの点数で決まるわけでは……」
中々諦める様子を見せない彼に私は一計を案じる。
「大陸を支配すると言いますが、その管理は誰がするのですか?」
「もちろん僕だ。統治には自信がある」
「統治? 大陸全土を統治するということですか?」
「その通り。君が僕の妻になれば不可能ではない」
「大陸全土を統治するということは、この国を統治する王家を支配下に置くということですよね?」
「え?」
「バルシャイン王家に対して反逆するということになりますね」
「い、いや、違っ」
「この国の法律で反逆罪は死刑となっていますね」
私の誘導尋問に易々と嵌った彼は、顔を青くして周囲に会話を聞いている者がいないかキョロキョロと辺りを見回す。
まさか、こんなに簡単に嵌るとは。自称優秀な彼が馬鹿で助かった。
「この話は聞かなかったことにしますので。
会話を聞いていた人がいるかも知れませんし、私と接触するのは控えた方がよろしいかと思います。
私といるだけであらぬ疑いを掛けられるかも知れませんよ?」
「い、今の話は誰にも言うんじゃないぞ」
怯えた様子の彼はそう言い残し廊下を走り去っていく。
角を曲がった所で通りがかった誰かと出くわしたのか、彼の情けない悲鳴が聞こえた。
「ようこそいらっしゃいましたわユミエラさん。あなたとは是非お話をしたかったのですわ」
「お招き頂きありがとうございます、エレノーラ様」
ところ変わって私は学園のサロンにいる。
過激派の筆頭であるヒルローズ公爵家の娘、エレノーラ・ヒルローズのお茶会に招かれたからだ。
何とか断れないかとも思ったが、同じ学園で彼女を避け続けるのは難しいだろうと考え参加を決意した。
長い金髪を縦ロールにした彼女は取り巻きたちに囲まれている。私よりよっぽど悪役令嬢っぽい。
ヒルローズ家は王家に次ぐ権力を持っているにもかかわらず、自らの勢力を大きくすることに意欲的だ。最終的には王家を超える権力を手に入れ、この国を裏から支配することを目的としているのだろう。
そんな野心溢れる公爵家のご令嬢に一体何を言われるのかと戦々恐々していると、彼女は本題に入った。
「ユミエラさん、エドウィン様のことは諦めなさい」
なぜここでエドウィン王子の名前が出てくるのだろうか?
「エドウィン殿下……ですか?」
「ええ、そうすれば私の派閥に入ることを許して差し上げますわ」
全く話が見えてこないので不思議そうな顔を浮かべると、エレノーラは声を荒げる。
「とぼけないで頂戴! あなたが陛下にエドウィン様との婚約を提案されたことは知っているのですよ!
あなたはエドウィン様に相応しくありません。私を敵に回したくなかったら、大人しく身を引きなさい」
それを言うべきなのは私では無くヒロインちゃんだと思うぞ。
「殿下との婚約については、ご遠慮する旨を陛下には伝えていますので」
「嘘よ! 謁見の後、王妃様とも会ったのでしょう? そこでエドウィン様と結婚したいと言ったのでしょう?」
「いえ違います、その証拠に1週間経っても何も発表は無いでしょう?」
「確かにそうね…… あなたは身の程をわきまえているようね。
いいですわ、エドウィン殿下に近づかないと誓うのなら私の派閥に入ることを許しましょう」
「ありがたい話なのですが、その話もご遠慮したく……」
「え? どうして?
まさか、興味ないフリをしているだけで、本当はエドウィン様を狙っているのですわね?」
何この人、面倒くさい。
彼女からすると、王子との結婚と公爵家の派閥に入ることは同じ価値があるらしい。どちらも嫌なのですが。
「エドウィン殿下は私よりもずっと相応しい方がいらっしゃいますので。
エレノーラ様は殿下にお似合いだと思いますよ」
「まあ! あなたは見る目がありますわね。
わたくしはエドウィン様とダンスをしたことが何回もあるのですわよ。ダンスのときのエドウィン様はとても素敵で――」
私が心にも無いことを言うと、彼女は途端に上機嫌になりエドウィン王子の素晴らしい所を延々と語り始める。
家のためではなく、本当にエドウィン王子にぞっこんのようだ。
チョロすぎる、面倒とか思ってごめんよ。
その後はエレノーラのエドウィン王子トークを聞き続けることとなり、派閥の件はうやむやになったままお茶会は終わった。
今日は強烈な2人を相手にして疲れた。しかもエレノーラには気に入られてしまったのか、また茶会に来てくれと誘われてしまった。
しかしその翌日、彼らを上回る面倒事に巻き込まれることになるとは思いもしなかった……