番外編03 リューの食事事情
※飯テロ注意※
お食事中の方は閲覧注意です。
リューは可愛い。マカロンしか食べないと言われても納得できちゃう可愛さだ。妖精はんでっか?
しかしドラゴンであるリューは、普通の食べ物をいくら食べても栄養にはならない。体の大半が魔力で構成されているリューは、同じく魔力の塊である魔物が主食だ。
その食事も数ヶ月に一回で十分だが、それは少し可哀想に思える。
だから私は肉屋から大きな肉を仕入れ、嗜好品としてリューに与えている。巨大な生肉をモグモグと美味しそうに食べる様は圧巻だ。
今日もドルクネス領の肉屋さんに巨大な牛肉を用意してもらった。喜んでくれるかな?
「リュー! お肉を持ってきたよ」
屋敷の庭でくつろいでいたリューに、私ほどの大きさがある肉の塊を差し出す。久しぶりのご飯に歓喜したリューは、興奮して肉にかぶりつき……おや?
「あれ? 食べないの?」
肉の匂いをスンスンと嗅んだリューは、プイと顔を背けてしまった。
まさか肉が腐っているのかと私も匂いを嗅ぐが、腐敗臭は全く感じられない。
「どうしたの? お腹痛い?」
どこか調子が悪いのかもしれないと心配するも、リューは気まずそうに顔を逸したまま目を瞑ってしまった。
これは……思春期というやつか?
体重を気にしているとか? お母さんに食べさせてもらうのを恥ずかしいと思っているとか? 分からん、年頃の男の子の思考は分からん。
食べたくなったら言ってね、とだけ声を掛けて私は撤退する。うーむ、心配だ。
思春期とか関係ないかもしれない。食事も喉を通らないような悩みがあるとか、悪い理由ばかりが脳裏を過る。
考えすぎかな? ただの好き嫌いという可能性もあるかな?
「確かに生肉ってのはちょっとね……」
ドラゴンだから生肉と安易に考えていたが、調理もしていない物を食べさせるなんて酷かったかもしれない。
そこで、私は作戦を思いついた。名付けて、匂いで釣る作戦。
屋敷の陰になっている場所に移動した私は、焚き火を起こし、鉄串に刺した生肉を焼き始めた。クルクルと串を回して、肉にまんべんなく火を通す。
これ一度やってみたかったんだ。上手に焼けるかな?
この香りに釣られて、リューの食欲が刺激されるという寸法だ。どこからともなく美味しそうな匂いが漂ってくる、リューのお腹が鳴ったところに、こんがり焼けた肉を持って現れる私。
完璧な作戦ですね。
肉を焼くのは思ったより時間がかかる。軽快なメロディワンフレーズで終わるものと考えていたが、未だに生焼けだ。シビアなタイミングでコゲてしまうよりかは、幾分かマシかもしれないが。
ゆっくりと焼ける肉を眺めながら、リューの食欲がない理由を色々と考えてしまう。
お腹いっぱいだったからとか? 他の誰かに食べ物を貰っている……というのは考えにくいかな。知らない人から貰った物を食べるような真似を、我が子がするはずない。
段々と食欲を誘う匂いが出てきた。屋敷の壁の陰から、リューの様子をそっと伺う。
「……エレノーラ様が来ちゃった」
我が家に居候状態になっているエレノーラが、リューの元へ来たところだった。
エレノーラはリューに何かを差し出している。あれは……マカロンだろうか。ははっ、今のリュー君は食欲不振なのだ。あんなスイーツを食べるわけがない。ドラゴンだぞ?
「リュー、マカロンですわ! 食べていいですわよ!」
リューは差し出された、いけ好かないオシャレお菓子をパクリと一口。満足そうに頬張った。
「嘘……」
壁の陰から顔を半分出していた私は、衝撃のあまり思わず声を出してしまう。
その声に気が付いたリューと目が合った。嘘でしょ? 私が用意したお肉より、あの女が持ってきたマカロンを選ぶの?
リューは居心地が悪そうな顔をしつつも、残りのマカロンを食べる。あはは、口が大きくてマカロンが豆みたい。あはは。
そして、泥棒猫も私の存在に気が付いたようだ。いけしゃあしゃあと話しかけてくる。
「あら? ユミエラさんも食べます?」
この女の策略に乗ってなるものか。純粋なリュー君を、狡猾な手腕で誑かした罪は重いぞ。
良く考えたら、そのマカロンの購入資金は私のお金だ。何たる悪女だろうか。私のお金で、私のリュー君を奪うなんて。
「いえ、結構です」
「そうですの? 美味しいのに」
エレノーラは気落ちした様子で言う。その仕草には騙されないぞ。
「リューにお菓子を食べさせるのは何回目くらいですか?」
「ええっと……学園にいた頃からですから分かりませんわ。ここに住むようになってリューと会う回数も増えましたし」
何たることだ。彼女は真綿で絞め殺すようにリューを籠絡したのか。この蛇め。
「へえ、小賢しいことをしますね」
「こざか?」
「……少し賢いことをしますね」
「えへへ、賢いなんてそんな……褒められちゃいましたわ」
アホの子だけど、ホントいい子だよなあ……じゃなかった。こいつはとんでもない女なのだった。
エレノーラは敵意丸出しの私を意に介さずに言う。
「リューは甘い物が好きですものね。ユミエラさんは何を食べさせているの?」
屈託のないエレノーラの笑みを見て、私の良心が痛んだ。
そうだ、私はリューの好きな物が分からなかった。エレノーラは分かった。
悪いのは私じゃないか。ドラゴンだからという先入観で勝手に生肉を与えて満足していた。自分の子を見ようともせずに、理想のドラゴン像を押し付けていた。
親失格だ。不甲斐ない、自分が恥ずかしい、リューに申し訳ない。
私はリューの顔をじっと見据えて言う。
「リュー、ごめんね。これから頑張るからね」
私の決意の表情を目にしたリューは、気怠げな雰囲気でガウと吼えた。信頼がないのは自業自得だ。私の本気を言葉でなく行動で示さねば。
なぜか、リューの気怠げな様子がパトリックと被って見えた。不思議。
◆ ◆ ◆
子供に生肉を買って与える。今考えればあり得ない。人間で例えるなら、生の米を差し出すような物だ。コンビニ弁当にすら劣る。
今までの私は完全に育児放棄のネグレクト野郎だった。
これからは、手間暇をかけた愛情たっぷりの料理を作ってあげよう。
エプロンを装着した私は、諸々の材料を買い揃えて屋敷の台所へと向かう。
その道すがら、パトリックと出くわした。
「どうしたんだ? 珍しい格好をして」
「今から料理を作るの」
「……前に貴族は料理なんてするもんじゃない、と言っていなかったか?」
言った気がする。使用人に迷惑がかかるだけだから、料理やらお菓子作りはやらない方が良いと断言したはずだ。
ただ、今は事情が違う。
「リューに愛情たっぷりの手料理を作ってあげなきゃと思って」
「……愛なんぞで味が変わったら苦労はしない、とも言っていなかったか?」
言ったかな? 言ったような気がする。私なら言いそうだ。
でも、今は事情が違う。
「料理で一番大事なのは愛なの。愛の力は偉大なの」
「そうか」
どんなに優秀なコックの料理も、愛情たっぷり料理の前には霞むだろう。
しかし、どうもパトリックの表情は優れない。何か心配事でもあるのかな?
「もしかして……私って料理できない不器用な人だと思ってる?」
「いや……そんなことは……毛ほども思っていない……」
この世界に転生してから料理は一度もやっていないが、前世での料理の腕はそこそこだった。そこそこ、というのはもちろん謙遜で、客観的に見れば相当な腕だった。
カップラーメンの先入れと後入れスープはちゃんと確認して入れるし、線の所ピッタリまでお湯を入れる技術もある。あと、レトルトカレーを無駄なく絞り出すことも可能だ。
そんな私なので、手料理の一つや二つ簡単に作れる。それに加えて、私は愛に溢れているので愛情を注ぐこともバッチリだ。
自信と愛に溢れる私を見て、パトリックも安心しただろう。
「その自信はどこから……それで、ユミエラは何を作るつもりなんだ?」
「シチューよ」
お菓子が好きなリューだが、お菓子ばかり食べるのは親としていただけない。シチューは前世でも作ったことはないけれど、まあ、余裕だろう。
メニューを聞いたパトリックは、私が抱えている材料を指差して言う。その指先はプルプルと小刻みに震えていた。
「シチューなら、その材料はおかしくないか?」
「ああ、このイチゴジャム? リューは甘党だから甘く味付けしようと思ってね。あとこれは、隠し味のセミの抜け殻!」
他の材料も紹介していくにつれて、パトリックの表情はどんどん険しくなっていく。
私が手間暇をかけることに良い顔をしないのはなぜか……分かったぞ。
「大丈夫、パトリックにも味見させてあげるから安心して」
リューに嫉妬するとは彼も可愛らしいところがあるじゃないか。そうだな、愛しの我が子だけでなく、愛しの婚約者様にも愛情たっぷりの手料理を振る舞おう。
ああ、これは絶対に好感度が爆上がりだ。恋人の手料理を食べるなんていうラブラブイベントをこなしたら、溺愛ルート間違いなし。
嬉しすぎるからだろうか、しばらく無言で固まっていた彼は、絞り出すように言う。
「……プロに見てもらったほうがいいと思うぞ。あー、初めてのキッチンでは使い勝手も分からないだろ? ほら、ユミエラが怪我をしないかが心配でな」
「分かった。ありがとうパトリック」
台所なんてどこも同じでしょ。それに包丁や火で怪我をするほど、私はヤワじゃない。
でも彼の気遣いは素直に受け取っておく。プロの監修を受ける気はさらさらない。これが出来る女のやり方だ。
屋敷のコックに断りを入れた私は、厨房で料理を始める。シチューは上手にできた。いつもの流れなら失敗する場面だが、私は本当に料理ができるのだ。ふはは。
隣で私の手際を見ていたコックさんは、口を抑えて涙を流しながら走り去ってしまった。彼の料理人としてのプライドに傷を付けてしまったのだろう。悪いことをした。
ユミエラシチューの完成だ。
ようし、では早速、皆に振る舞うことにしよう。
エレノーラには毒物と間違えられた。
リューは空の彼方へと飛び去った。
パトリックは三日間、寝込んだ。
終わり。
ご飯物は根強い人気がありますので、流行に乗ってみました。





