29 エピローグ
ヒルローズ公爵がドルクネス領で引き起こした騒動から一ヶ月、私は開拓の進む村まで来ていた。
あの後、私たちは楽々と魔物の群れを殲滅し、被害はほぼゼロだった。近隣の村に影響が出なかったのは幸運だったと思う。
いや、甚大な被害はあった。魔物呼びの笛(特大)がパトリックに壊されてしまったのだ。魔物を粗方片付けて街に戻ったときには手遅れだった。これは人類全体の重大な損失であると私は考える。
それから休む間もなく王都へ。クーデターのため公爵邸に集まっていた過激派貴族たちの大捕物となった。
それに伴うゴタゴタもひとまずは落ち着いたので、自分の領地に専念できるようになってきた。
来年から農業を本格始動するため、畑を耕している村人に声をかける。
「お仕事中すみません、最近どうですか?」
「ああ! 領主様! お陰様で順調です。来年からは俺たちだけで食っていけるように頑張ります」
三十代くらいの男性は、そう言って私に笑いかけた。盗賊だったときの怖がられようが嘘のようで、私も嬉しい。
そこで、彼は思い出したかのように言った。
「領主様は大丈夫でしたか? 公爵様に襲われたそうですが」
「問題ありません、私ですから」
「それは力強い。それで公爵様はどうなったので?」
「……お亡くなりになりました。公爵家も消滅ですね」
そこまでは話が伝わっていなかったか。今回の騒動での唯一の死者と言われているのが、反乱計画の首謀者たるヒルローズ公爵だ。
彼は、そうですかと小さく呟く。彼からしたら公爵は悪徳貴族のはずだが、嬉しそうな感情は一切感じられない。根が良い人なのだなと思う。
暗い話をしていてもしょうがないので、私は強引に話題を変える。
「ええっと……最近村に来た怪しいおじさんはどんな感じですか?」
「あの人は本当にすごいですよ! 頭もいいし、この前なんて魔物を倒したんですよ!」
大体一ヶ月前くらいに、この村の住民が一人増えた。悪そうな顔で、性格も実際悪いので馴染めるか心配していたが杞憂だったようだ。
やっぱりある程度は戦えるんだな。あのときも魔物の群れから自分の身を守っていた。
「怪しいおじさんが馴染んでいるようで何よりです。彼は今どこに?」
「家にいるはずですよ」
一軒の家を指差される。彼はその小さな家に一人で暮らしているそうだ。
小さいが真新しい家の扉をノックすると、中から男性の声が返ってくる。中に入ると、中年男性が一人。
「お久しぶりです。意外と馴染んでいますね、驚きました」
「……田舎で隠居生活も、案外悪くない」
「それは何よりです。今日は諸々が決着しましたので伝えに来ました」
「そうか」
ヒルローズ公爵が起こした騒動の後、王都で起こったことを説明する。
ロナルドさんと協力して公爵邸に突入したものの、予定の時間を過ぎても公爵が現れなかったことで半数ほどは屋敷を去っていた。逃げた彼らは知らぬ存ぜぬを貫いている。
「もっと早く動いてれば奴らを一掃できたのだが。ロナルドも手緩い」
「ロナルドさんが遅れたのってエレノーラ様のせいじゃないですか?」
「あの子が悪いはずないだろう!」
語気を強めた彼には取り合わず、私は話を続ける。
聞く所によると残った貴族は小物が多いそうで、公爵の計画は完遂とはいかなかったようだ。捕まった貴族家は全て取り潰し、私財も没収され平民として生きることになる。
上手く逃げ出した貴族も、しばらくは怯えながら大人しくしているだろう。
その辺の事情を話すと、彼は不機嫌そうに吐露する。
「もっと苛烈にやった方が良かっただろうに」
「貴方が言うと怖いですね」
王国内の混乱はほぼ無かったと言って良いだろう。取り潰された貴族の領地は王家の直轄地となり、王国の安定性も増したように思う。
安定第一の私は、ベストな着地点だったと感じる。
あれこれと王国の事情を説明したが、彼の興味は別のところにあるようだった。そわそわとしながら聞かれる。
「それで? あの子はどうだ?」
「彼女には死んだと伝えてあります。隠し事ができる人ではないので」
「そうか、あの子が無事ならそれでいい。……レベル上げはしていないだろうな?」
「やってませんって、貴方が大人しくしている限りはしないと約束したじゃないですか」
父が死んだと知らされて、しばらくは塞ぎ込んでいた彼女も最近は元の元気を取り戻しつつある。今日はこの村まで、私と一緒に出かけたがるほどだ。
そのとき、家の扉が開け放たれる。彼女はノックをしない信条があるのでは?
「ユミエラさん! 芋虫って本当にお芋みたいな見た目を……」
飛び込んできたエレノーラは私の前にいる彼を見て固まった。
彼も同様に、エレノーラを見つめて動かない。
エレノーラは絞るように声を出した。
「お父……様?」
「……私はただの村人だ。ヒルローズ公爵は死んだのだ」
「そうでしたの、人違いでしたわ! あまりにお父様に似ていらっしゃるから」
「……エ、エレノーラ?」
あー、エレノーラ様って言葉を額面通りに受け取るからなあ。
口をあんぐり開ける彼を見て、私は笑いを堪えるのに必死だった。感動の再会だと思っていたので余計に面白い。
「あ、ユミエラさんに見て欲しいものが――」
エレノーラが私に向き直って別な話をしようとする。
それを見て、彼は慌てて言った。
「エレノーラ! パパだよ!」
「お父様! やっぱりお父様でしたのね!」
「ああ、そうだよ、世界一可愛い私の娘よ!」
抱き合う二人を尻目に、私は家から外に出た。パパだよ! って、これだから親バカは見てられない。自分を客観視できないのかな? 本当にみっともない。
辺りをあてどもなく歩いていると、村の外れに穴掘りに夢中なリューを見つける。
「リュー! ママだよ!」
リューは前脚をせっせと動かし土を掻き出す作業に熱中したままだ。
土竜ドラゴンの代わりに、隣から声を掛けられる。
「ユミエラは自分でやっていて恥ずかしくないのか?」
「何が?」
「……ならいい」
パトリックはたまに変なことを言い出す。彼ってちょっとずれてるというか、変わっている所があるからな。
たった数ヶ月で様変わりした景色を二人で眺める。ちょっと前まで何もない場所だったなんて信じられない。
「これでようやく終わった感じがする」
「後処理のほうが面倒だった気がするな」
エレノーラを父親に引き合わせて、この一連の騒動がようやく終決したように感じる。
領地の方も落ち着いてきたし、もうあれこれ頭を悩ませる必要は……。
「結婚式って何なんだろうね?」
「さあ? 俺に聞かれても」
いつの間にか開催が決定し、招待状までバラ撒かれていた私たちの結婚式まで、もう半年もない。これから収穫の時期で忙しくなり、それが終わったらあっという間に予定の日になる。
「デイモンのおっちょこちょいだと思うんだけど」
「ユミエラが何か紛らわしいことを言ったんだろ?」
当然のように私が悪いことにされた。
勘違いされるようなことなんて一つもしていないのに。それ以上疑うなら、レベル99おめでとうパーティーをやってあげないぞ。
でもどうしよう。プロポーズは受けた、婚約指輪は受け取った、しかし心の準備ができていない。心境の整理や大イベントに備えた休息を考慮すると、五年後くらいが良いと思っている。
「結婚式かあ」
「ユミエラは嫌か?」
嫌だ。動きにくいドレスを着て、来場客に気を使って、お行儀よく挨拶をして、疲れる要素をこれでもかと詰め込んだイベントをやりたいはずがない。
でも、それでも、パトリックとの結婚式だと考えれば、ほんの少しだけ楽しみにも思う。無意識に笑ってしまう自分がいる。
彼と夫婦になるのも嬉しいし、嫌な催しも彼と一緒なら楽しめる気がした。
「私ね、結婚式を魅力的だと感じていなかったの」
「ああ」
「でもパトリックと一緒なら――」
いつの間にか出来上がっていたそこはかとなく良い雰囲気のせいか、私は本心をそのまま吐露できそうだった。
私はそのとき忘れていた、この村には雰囲気クラッシャーも連れてきていることを。
私の言葉は大声で遮られる。
「おいお前! エレノーラになんて物を持たせるんだ!」
「待ってお父様! ユミエラさんからのプレゼントですわ!」
こちらに向かって走ってくるのは父と娘の二人。父の方も空気をぶち壊すのか。
彼の手には魔物呼びの笛が握られている。たくさん持っているから一つ上げたのだが、何か不味かっただろうか。
「やっぱあの人って娘に対して過保護すぎない?」
「普通の対応だと思うがな」
雰囲気をぶち壊す似たもの親子を見て、私たちは顔を見合わせて苦笑した。
〈悪役令嬢レベル99 第二章:内政編のつもりが公爵編になっちゃった編 完〉





