27 魔笛に呼ばれるモノ
ドルクネスの街に魔物の大群が押し寄せるまであと少し。魔物が絶対に入り込めない結界の中で、公爵は悠々と語る。
「魔物が現れるまでまだ少しある。その間に、私がここに来たもう一つの理由を話そう」
公爵がドルクネス領に来た理由の一つ目は、危険度の小さい場所で魔物を呼びたかったから。私がいれば滅多なことは起こらないが、本気で迷惑だ。
苦々しい思いをしている私を見て、公爵は楽しそうに笑う。この人って普通に性格悪いよな。
「もう一つが本命の理由でね」
「はあ、さっさと喋ってください」
「ははは、そんなに怖い顔で見るな。可愛い顔が台無しだ」
「あ?」
そこで私はプツンと来た。今まで良く我慢した方だと思う。
あの結界は闇属性お断りの防壁なのだ。教会で弾かれたのは私だけで、他の人は素通りすることができた。結界が有効なのは魔物全般と闇魔法、そして闇属性を持つ人間だけだ。
つまり、私の体を使わない物理攻撃は通る。
足元から手頃な石を拾い上げ、公爵の顔を狙い全力投球。
ズガン、という音と共に土煙が舞い上がる。やばい、公爵さん死んじゃったかも。
「……死ぬかと思った」
幸か不幸か、彼は生きていた。空気との摩擦で石が赤くなっていたから、確実にやったと思ったのに。
「あれ? どうして生きてるんですか?」
「結界を小さく展開することで物理的な防御も……一番最初に説明しなかったか?」
「すみません、結界ちゃんと再会した衝撃で聞いていませんでした」
「……もうやだ」
この結界強すぎない? 流石、私がライバルと認めただけのことはある。こちらまで誇らしい気分だ。
ふふんと鼻を鳴らすと、公爵は頭を抱えてうめき出す。
「ううう、やはりコイツに目をつけたのは間違いだったのか?」
「良く分かりませんけれど、ここに来た理由を喋ってください」
私が促すと、公爵はテンションが著しく下がったものの語り始める。
「公爵家の役割はもう説明したな? 私は考えたのだ、これからの王国はどうなるのか。王家に反感を持つ貴族たちがバラバラに動き出せば、今までは起こらなかった混乱が必ず発生する。だから私は、公爵家の後を継ぐ者を探した」
表面的に王家と対立して、野心家が一杯な過激派貴族たちを纏め上げる人を探している? そんなことやる人いる訳ないし、やれる人もいない気がする。
……嫌な予感がしてきた。聞きたくない話の続きを聞かされる。
「そこで目をつけたのがお前だ。ドルクネス家は公爵家に変わり、王家と対を成す貴族家たりえる」
「いえ、結構です。ほら、私って伯爵じゃないですか。侯爵様とかいますよね?」
「侯爵? 奴らは王家の犬でしかない。王家と渡り合える力も無い」
それは私にも無いです。彼は私を買いかぶり過ぎではなかろうか。私に武力以外の力を求めるのは間違っているぞ。自分で言ってて悲しくなってきた。
「私にも無理ですって。レベルが高いだけの普通の人ですよ」
「レベルの力があまりに圧倒的すぎる。それにお前は隠しているつもりかもしれんが、相当に頭が切れるだろう?」
あ、勘違いされてる。いつもと違って良い方向に勘違いされた結果、悪い方向に事態が向かっている。
それに公爵家の役割というのは、子孫何代にも渡る長期的なものだ。私の子供が高レベルとは限ら……ない。パトリックがレベル99に到達しようかという手前、断言するのに多大な精神力を要した。
「……もし仮に、私が公爵家の代わりをできるとして、そんな事をやる義理はありません」
「ユミエラ・ドルクネス、お前は後ろに見える街に愛着がある、そうだろう?」
「それは、まあ」
「昔は違ったはずだ。街などどうでも良かったのに、気がついたときには、かけがえのないものになっている。……国も同じだ。安心しろ、私の経験談だ」
「私と貴方は違いますから。私はそんな感情持ちません」
「……では攻め方を変えよう」
そこで言葉を区切った彼は、今日一番の悪い笑みを浮かべる。やばい、相当に悪辣なやり方をする気だ。
ヒルローズ公爵は壊れたように高笑いしながら言う。
「これからお前の大事な街を、魔物の大群が襲う! 当然、強い領主様は街の防衛に向かうだろう……そこで、私は結界を解除しよう。きっと私は魔物に殺されるだろう!」
公爵は心底楽しそうに自殺宣言をする。どういうことだ? まだ彼の考えの全容が見えてこない。死んでお願いとか、実際にやるもんじゃないし、私はそれで絆されたりもしない。
「ユミエラ・ドルクネスは一生、忘れないだろう。私が死んだのは、お前の力が足りなかったからだ。お前は私を見殺しにする!」
「なっ!?」
「人間離れした身体能力、広域殲滅に特化した闇属性魔法、それらは確かに強力だ。だが弱点もある。光属性もそうだが、他者と連携しての戦闘、あとは拠点防衛能力も低い。何かを庇いながら戦うのは苦手だろう? 防衛目標が一箇所なら何とかなっても、二箇所なら無理だろう?」
彼は勝手に自殺をしようとしている。助けられるものなら、助けてみろと声高々に叫びながら。
とても間抜けなことをしているように見えるが、私が自分で思っている以上に有効な手だと感じた。本当に私の研究をしている。パトリックとリューを引き離したのもこのためか。
もしも公爵を見殺しにすることになったら、私は一生後悔するだろう。もしかしたら、公爵の思惑通りに、王家との対立路線で不穏分子をコントロールしようとするかも。
……まあ、それは私がここを離れて、街の防衛に向かったときの話だ。
「いいのか? そろそろ来るぞ? 魔物が大挙して押し寄せるぞ?」
「私はここにいますよ。結界を解除した瞬間、貴方を気絶させて安全な場所に運びます。それからのことは……まあ、後から考えます」
「何を言っている!? 私と領民、どちらが大事なのだ」
「もちろん街の住民です。ほら、そろそろ来ますよ? 世界で二番目に強い人と、世界で一番可愛いドラゴンです」
私は振り返って空の向こうを指差す。そこにはだんだんと大きくなる影が見えた。
認めたくないけれどリューは分類上魔物なので、魔物呼びの笛に興味を示す。あんな大きな音が鳴れば、絶対に来ると信じていた。
それに笛を吹いたら駆けつけると、あのパトリックが言ったのだ。怒られる前に私の無罪を主張しないと。
まだ距離は遠いけれど、耳元にパトリックの声が届いた。彼は風魔法を使って器用なことをする。
「ユミエラ、聞こえるか? 何があった?」
「ヒルローズ公爵が魔物呼びの笛を吹いたの。前に商人が持ってきた大きいやつ、私じゃないからね? 本当だからね?」
「……分かった。俺は何をすればいい?」
その間は何だ? 保身に走った私も私だけど、この緊迫した状況で少しでも疑う彼も彼だ。
公爵の指摘のように私は拠点防衛に向かないので、街の方は適役すぎるパトリックにお願いしよう。
「街をお願い、そろそろ魔物が現れだすと思うから」
「了解した。リュー、俺は先に降りるぞ」
そんな声が魔法の風に乗って聞こえたと同時、街の上空に差し掛かったリューから、パトリックが飛び降りた。高い所が苦手な彼が、あそこまでするなんて。私も援護しなくては。
地面に放り投げたままになっていた杖を拾い、パトリックの元まで投げる。数歩の助走を付けて、槍投げの要領で投げた杖は彼に向かって一直線。
ビュンビュンと風を切り、しなりながら飛ぶ杖は、見事に降下中のパトリックの腹部に突き刺さった。
「ごめーん!」
杖は届いたけれど、謝罪の言葉が届いたかは定かではない。
風を操って減速しながら降下していたパトリックは、お腹を抱えて自由落下する。あ、減速しないで墜落した。街の外周部、パトリックの隣に杖も突き刺さる。
後ろ頭に公爵の突っ込みが突き刺さる。
「あれは流石に酷くないか?」
「あ、立ち上がりましたよ。流石パトリック」
「彼は辺境伯の倅だろう? ドラゴンは脅威だが、彼が加わったところで何になる」
公爵は何を言っているのだろうか。もしかして、パトリックを王都に呼び寄せたのではなくてリューを呼んだのか?
もしそうなら、失礼な話だ。今の状況で彼以上に活躍できる人物は他にいない。
「何か勘違いしていませんか? パトリックは強いですよ、私の次くらいに」
フラつきながらも立ち上がったパトリックは、杖を引き抜いて高々と掲げる。
彼の声は聞こえないけれど、彼の魔法は良く見えた。あれの全貌を眺めるにはこれくらい離れていないといけない。
「な、なんだあれは……」
城壁のないドルクネスの街に、即席の城壁が出来上がる。即席と言うにはあまりに高く厚く、パトリックは街一つを土壁で囲ってみせたのだ。
呆然とする公爵に、私は他人事ながら得意げに言う。
「これで魔物対策は終わりましたね。それでは、私は結界ちゃんとの決闘の続きをしましょう」
ユミエラ対結界、勝負の行方は……?
次回、二章28話「結界壊れる」
来週もお楽しみに!





