26 運命の再会
街の外、と言われて思い当たるのはドルクネスの街を出てすぐの草原だ。前にパトリックとお酒を飲んだ思い出深い場所でもある。
闇属性の剣に、全属性対応の杖、完全フル装備の私は一人で歩く。
振り返ると城壁のない街が、中央にある領主の屋敷も見えた。
街が見える場所から離れたくないと思っていたが、どうやら要望は叶うらしい。街の全景を外から見渡せる場所に、ヒルローズ公爵は一人、佇んでいた。
私のことは見ずに、私の背後にある街を見ながら言う。
「ふむ……取り柄の無い街だな。大きい訳でも産業がある訳でもない、何の変哲もない平凡な街だ」
「これでも結構気に入っているのですがね」
「それはそうだろう。お前は本質的に善人だ、自分が管理すべき街に愛着を持たないはずがあるまい」
公爵は意地の悪そうな笑みを浮かべて言う。コイツのせいで私は色々と苦労しているのか、ムカついてきた。
先手必勝、彼を捕縛してしまおう。話は後から幾らでも聞ける。公爵をどうするかも後から考えればいい。ちょっと強めに殴っちゃうかもしれないのは愛嬌だ。
私は剣と杖を放り捨て、公爵に一直線に走り出す。右の拳で殴るか、左の拳で殴るか、それとも両方か。
私の動きに反応できていない公爵を見ながら、取り敢えず右手かなと思案する。
そしてパンチの予備動作に入る直前、額に衝撃が走る。
「痛ったあああ」
「……いきなり襲いかかってくるとは思わなかった」
私は痛みが走った額を押さえて、思わずしゃがみ込む。まるで見えない壁にぶつかったような、でも壁じゃなくて私にダメージが入るなんて……。
「あっ! 教会の結界!」
「その通り、サノン教の総本山に伝わる結界魔道具だ。教会に張ってあるときより小さく展開することで、強度を数倍、いや数十倍に――」
「まさか、こんな所で再会するとは……」
「それに加えて、対闇属性だけでなく対物理方面にも……おい、聞いているのか?」
ヒルローズ公爵が何やら喋っているが、私の耳には一切入ってこなかった。
ついに見つけたぞ! 我が宿敵! 盗まれて二度と会えないかと思ったら私の前に姿を現すなんて。やはり私たちは運命のライバルで、決着を付けるべき因縁の相手で、惹かれ合うのも無理は無い。
手始めに回し蹴り、結界はびくともしない。前と違って薄っすらと結界の輪郭が見える。この薄く光る立方体が、私が壊すべき強敵なのだ。大きさは前よりも小さい、人が五人も入ったら一杯になりそうだ。
「ふふふ、前より固くなりましたね」
「おい、話を聞け。私はだな――」
勢いのままに右手でパンチ!
バキリと音がした。
やったか? 手元を見ると、右の手首があり得ない方向に曲がっていた。力が入らずにプラプラと揺れている。
「腕ではなく手首が折れたということは、力が逃げている証拠ですね。もっと集中しないと」
「おい! 手が! 大丈夫なのか!? 痛くないのか!?」
回復魔法で手首を治しながら、精神を集中させる。渾身のユミエラパンチを放つときが来たのだ。
しかし、私の精神統一は第三者の声でかき乱される。この人、さっきからうるさい。
「だから! 話を! 聞け!」
「……何ですか? というか誰でしたっけ? 邪魔だからどこかに行っててください」
「ユミエラ・ドルクネス! お前は私が呼び出したから、ここに来たのだろうが!」
あれ? 私は世界の理に導かれて宿敵と再会したのではなかったっけ?
頑張って記憶を掘り出して思い起こした、彼はヒルローズ公爵だ。彼について考えるのも結構久しぶりな気がする。
「ああ、思い出しました、ヒルローズ公爵ですね。何の御用でしたっけ?」
「それを! 先程から! 話そうとしていたのだ!」
公爵は言葉を区切りながら、必死な形相で叫ぶように言う。この人ってこんなキャラだっけ?
「ええっと……ああ! クーデターを起こそうとしていたんでしたね」
「だから! ……その通りだ。お前には少しだけ昔話に付き合って貰う」
嫌なんだけど。早く結界との戦いを再開したい。
私の熱い想いは伝わったようで、彼は少し早口になって話を始めた。
「すぐ終わるからな? な?」
「分かりましたから、早くしてください」
「どこから話すべきか、公爵家の成り立ちは知っているか? ……興味が無いのは分かった。勇者と謳われたバルシャイン王国初代国王、かの王の弟が公爵家を興したのだ」
それくらいは知っている。学園時代に暇で、図書室の本を読破した私を舐めるな。
しかし、その後に続く話は聞いたことのないものだった。結界のことは思考の半分くらいに減って、思わず聞き入ってしまう。
「初代公爵は考えた、如何にすれば兄が興した王国を守ることができるのか。自分の家ではなく、王国全体を第一とした。我が先祖の考えは、脈々と公爵家に伝わってきたのだ」
彼は王国第一と言うけれど、公爵家が王家との対立を始めたのは相当昔からだと聞いている。話の辻褄が合わないので訝しげな顔をしていると、彼はニヤリと顔を歪めて言う。
「その通り、私たちは代々王家と対立してきた。それは王国を考えてのことだ」
「意味が分かりません」
「王国には様々な貴族がいる。建国当初はもちろん、長い歴史の中で貴族家は増えに増えた。当然ながら、王家に歯向かおうとする者も現れる。そんな不穏分子がどこにいるのか分からないなんて、危険極まりないではないか」
実際に王家を快く思っていない貴族は存在する。そんな主流派からあぶれた人たちは、公爵家の傘下に入り、周囲からは過激派と呼ばれて……まさか、反乱分子を一箇所に集めるために、公爵家は王家と対立しているのか?
「そんな、では貴方は……」
「分かったようだな、我々は王家に仇なす者共を裏から操ってきた。時には派手なことはするなと諌め、時には国王派の貴族を引きずり落として不満を解消させた」
そうなのだとしたら、今回のエドウィン王子を祭り上げようとする騒ぎも、上手いこと諌めれば良いではないか。今はまだ動くときではないと、このままでは国王派に潰されるから大人しくしていろと、忠告すれば良いではないか。
でも公爵は自らが先陣を切ってクーデターを計画した。
彼は悲しげに笑って続ける。
「それも、もう限界なのだ。この国には膿が溜まりすぎた。不要な物を一箇所にまとめて、一気に捨てるときが来たのだ。公爵家のやり方にいつか限界が来ることは分かっていた。私は魔王の騒動が起こる前後、大掃除をすると決意したのだ。だからロナルドもアイツの元へ送った」
彼は処刑される気なのだ。王家に反抗的な貴族をみんな道連れにして。
「どうして、そんなことができるのですか?」
「そんなこと?」
「国王陛下のために、どうしてそこまで自分を犠牲にできるのですか?」
「違うな、アイツはどうでも良い。国だ、私はバルシャイン王国を愛しているのだ。公爵家の役割を知って、止めさせようとした甘ったれの王族などどうでも良い」
かつては親友だったという国王陛下の悪口を言う彼は、どうにも嬉しそうな顔をしていた。
今までずっと嘘をついて、王家との対立を深めてきた彼は、今もきっと嘘をついている。
彼の目的は分かった。過激派貴族と心中をして、王国内を掃除すること。
でもそれと私とは何の関係も無くないか?
「貴方の目的は分かりました。ではなぜ私の所に?」
「理由は二つ、一つは私の謀反の意思が本物だと周囲に知らしめることだ。今はロナルドの手に渡ったであろう計画書には、結界の中で自分たちの安全を確保して、魔物に王都を襲わせるとある。本当にやるのは危険が伴うからな。危険が一番少ない地で実演したかったのだ」
「傍迷惑な……」
「ユミエラ・ドルクネスを自陣営に引き込もうとするも、断られて逆上、王都の演習も兼ねてドルクネス領を魔物に襲わせた……こんな所か」
あ、クーデターの計画書はロナルドさんの元ではなく、私の家にあるんだった。言い出すタイミングを逃してしまったな。
それより気になることがある。特定の場所を魔物に襲わせると彼は言うが、そんなことができるのは魔王くらいだ。魔物を操る術を人類は持っていないはず。
「魔物に襲わせる、というのは現実的ではないのでは?」
「ふむ、魔物を特定の方向に向かわせることはできない。ただし、特定の場所に呼び寄せることは可能なのだよ……そろそろ頃合いだな」
ヒルローズ公爵が言った、まさにそのタイミング、私の後方にある街から聞き覚えのある音が聞こえる。
昔、レベル上げを極めていた頃に大変お世話になった魔物呼びの笛。その笛の音を何倍にも増幅した音が鳴り響く。
公爵は自慢げに言った。
「お前も知っているだろう? 魔物呼びの笛、その中でも非常に珍しい特大の物を用意した」
「あ! あれ、私のなんです! 私が買おうとしていたやつなんです! 譲ってください、お金なら幾らでも払いますから!」
「しばらくすれば、あの街に魔物が集まる。そのときお前は――」
「部下の人が吹いたんですよね? どこにいるんですか? あ、その場に放棄して撤退する計画とかじゃないですか? 拾ったら私の物ですよね?」
「話を! 聞け!」
話? 魔物呼びの笛特大サイズ以上に大事な話なんてある訳ないだろ!
あれを入手できなかったのは悔しかった。しかも、あんな恥ずかしいことまでしたのに。
「……すみません、取り乱しました」
駄々こね事件を思い出して、私は冷静さを取り戻した。公爵は大きくため息をついて言う。
「はあ、お前はどこかおかしいぞ」
それは散々パトリックに言われてる。今更、言及することじゃない。
それで、魔物呼びの笛か。
「来ますね」
「そうだ、魔物の大群が押し寄せる」
「そちらではなくて」
来るのは私のお目付け役だ。今のうちに、私が笛を吹いた犯人でないと説明する準備をしなければ。





