21 絶大な「力」
作業に着手してから数ヶ月だが、新規開拓村の整備は終わりつつある。未だに手付かずな畑に関しては、住民に耕してもらうことにする。ゆくゆくは自分たちのものになる訳だし、不満は出ないはずだ。
例の荒廃した村の住民に移住してもらうに当たって、解決しなければいけない問題が一点だけ、隣領の領主を納得させられるかだ。
武力を背景に脅すとか、国王陛下に泣きつくとか、一瞬で片が付きそうな方法はたくさんあるけれど、出来るだけ穏便に済ませたい。
村人たちが盗賊業にまで手を染めようとしたのは、魔物の被害で生活が困窮しても支援が得られなかったことが原因だ。そこら辺の管理不足を突けば向こうも強く出られないと思う。
放ったらかしにするくらいだから、村の重要度も低いのだろう。数年、下手したら数十年は赤字な村を丸々引き取るのだから、双方にとって悪い話でもない。と思う。
話を付けに行くのは私とパトリックの二人。私が仕事関連でどこかに出向くとき、いつでも彼は一緒に来たがる。
もうっ、パトリックったらっ! デートじゃないんだぞっ!
「お前から目を離す訳にはいかないからな」
「私に釘付けってこと?」
「何をしでかすか分からないということだ」
魅力的な少女と情熱的な青年の話だと思ったら、非行少女と保護観察官の話だった。囚人と看守ほど酷くはないと思いたい。
これから会いに行く領主はコットネス子爵、一般的な地方貴族……だと少し前まで思っていた。
事前調査の結果、どうも子爵は過激派寄りの御仁だと分かった。
数代前から始めた綿花の栽培が成功して、地方の子爵にしては裕福な方らしい。商品作物って儲かるのか。
さらなる権力を求めた当代のコットネス子爵は、儲けたお金を利用して、公爵と楽しい仲間たちとお近づきになったのだった。理解できないね。
私の両親のように王都に行ったきり帰ってこないほど酷くないが、相当な野心家というのは間違いない。子爵は何かしらの要求をしてくることも考えられるので、交渉は気を引き締めて臨まねばなるまい。
子爵領の中心となっている街、うちに比べて一回り小さい屋敷に私とパトリックは来ていた。もちろん、訪れる日時は事前に伝えてある。どこぞのお嬢様のように突然押しかけるとか貴族同士ではあり得ない。
「お久しぶりです、コットネス子爵」
「お待ちしておりました」
私たちを待ち構えていたのは四十を過ぎた細身のおじさん、風が吹けば飛ばされそうなほどに細い彼が子爵だ。領主着任当時に一度だけ挨拶をしたきりなので、ほぼ初対面に感じる。
重要な相談があるのでそちらに行きます、としか伝えていないのに、私を出迎える子爵は何やら嬉しそうだ。
屋敷の応接室は壁沿いに、絵画や観賞用の鎧が所狭しに並べられていた。飾りすぎな部屋を見回した私は、出された紅茶を一口だけ飲んで話を切り出す。
「今日ここに来たのはですね――」
「はい、分かっております。あの噂は本当だったのですね」
勝手に村への食糧援助をしていることは、バレて当然だと思っていた。しかし、彼の言う噂とは村の話では無さそうだ。だってなぜだか嬉しそうだし。
子爵はニヤリと不敵な笑みを浮かべて続ける。
「ドルクネス伯爵が公爵の傘下に入るのでしたら、計画はより盤石なものになるでしょう」
公爵派に鞍替えなんてしてないし。あと計画って何ですか? と聞こうとするも、パトリックに脇腹を突かれて止められる。
変な声が出そうになった。許さんぞと視線だけ向けるが、彼は気にも止めずに言う。本当に許さんぞ。
「その計画について聞きに来たのだ。事情があってしばらくは王都に行けなくてな、手紙は他者に見られる可能性がある。そこで貴方に計画の詳細をご教示願いたい」
「……何も知らない?」
パトリックが公爵派の計画とやらを聞き出そうとするも、子爵は何も知らないことを不審に感じたようだ。パトリックは更にブラフを張る。
「概要は知っている。それを教えて貰うだけでも、王都で散々苦労したんだ」
「ああ、パトリック様のご実家は――」
「そうだ、俺は辺境伯家の出だからな、警戒されるのも当然だろう」
「辺境伯のレムレスト嫌いは有名ですからな」
うわあ、隣国レムレストの名前まで出てきた。絶対に危ない話だ、聞かなかったことにして帰りたい。
あと極度のレムレスト嫌いなのは、辺境伯ではなく辺境伯夫人だ。今はどうでもいいか。
子爵は警戒を解いてベラベラと喋る。パトリックは上手いこと話を合わせていた。
「実のところ、私も詳しくは知らないのです。隣国の支援を受けて国王派を一掃するとは聞いているのですが、支援の内容はさっぱりでして」
「なるほど、俺たちだけが教えて貰えなかった訳でもないのか」
「そうですね、珍しく公爵ご自身が動いておりますから」
どうせ、考えの浅い人たちが度を越して突っ走っているだけだろう。そう思いながら話を聞いていたので驚いた。思わず聞き返してしまう。
「ヒルローズ公爵、本人がですか?」
「その通り、レムレストとの話を付けたのは公爵様です」
エレノーラとロナルドさんの父で、王妃様にあまり警戒しなくて良いと言われていて、過激派の集会には顔を出さなくて、娘を頼むと優しげな顔で言った人、ヒルローズ公爵。
それらの情報から、公爵というのはそこまでの悪人ではないのではないかと考えていた。王家と公爵家の対立は昔からの構図であるし、ヒルローズ公爵本人にそこまでの野心はないのでは、と。
しかし、コットネス子爵の話を信じるなら、公爵は仮想敵国を手引きしてまで国の実権を握ろうとしている。それはもう、紛うことなきクーデターで、場合によっては取り返しのつかない売国行為になりえる。
それはともかく、彼が私たちは公爵側だと勘違いしているうちに撤退するべきだ。もう有益な情報は聞き出せそうにないし、パトリックのはったりがバレるとややこしい事になる。
そこで私はパトリックの脇腹を突いて合図を出す。唸れ、私の人差し指! 先程の仕返しじゃい!
「うげふっ」
「どうかされましたか?」
「……いえ、何でも。今日ここに来たのにはもう一つ要件がありまして」
変な音が鳴ったパトリックは、恨みがましい目で睨んで私に続きを促す。そんなに強くやったつもりはなかったのに、ごめん。
「それは私から話します。数ヶ月前になりますが、自領内で盗賊に襲われまして」
「それはそれは、ご無事……でしょうね。ドルクネス伯爵でしたら」
「はい、私たちは怪我一つ無かったのですが、盗賊がコットネスの領民のようでして」
「……それは、何とお詫びをしてよいやら」
子爵は顔を強張らせて言う。償いとしてどんな要求をされるのか戦々恐々している、といったところだろうか。
彼がこの調子なら交渉は簡単に進みそうだ。私の目的は村人の移住を認めてもらうだけ。
「彼らに話を聞いたところ、村が荒れ果てて生活が立ち行かないとか。山の陰になって収穫量が少ない村はご存知ですか?」
「……は、はい! ああ、あの村ですね、ロクに税を納めずに支援ばかり要求してくる。私も奴らには困っておりまして。どのような処遇をお望みでしょうか」
「処遇?」
それは、あまりにも、残酷ではないだろうか。領主という立場上、人を数字として見なければいけないときはある。でも、立地が悪いだけの他に汚点がない村を、ただのお荷物扱いするのは酷くないか?
焦っている子爵は、早口でさらに続けた。
「ああ、でも伯爵様に返り討ちにあったということは、数は減っているのですね。誠にありがたい限りで……」
ムッとして思わず立ち上がった私を、パトリックは一切止めなかった。てっきり止められると思っていたので逆に冷静になる。
ここはこちらの要求を通すことが第一だ。感情のまま怒ったところで、事態は何も解決しない。
「貴方は生産性の無い領民がいなくなっても、何とも思わないのですね。では、彼らを私の領地に移住させる許可をください」
「い、移住?」
突然立ち上がった私を見て、コットネス子爵は目を白黒させて狼狽する。さっさと認めさせて帰ろう。私はここぞとばかりに畳み掛けた。
「子爵は例の村をどう扱うべきか困っている、私は人手が欲しい、利害関係は一致しています。いいですよね? 移住、認めていただけますよね?」
◆ ◆ ◆
コットネス子爵は私の問いかけに対し首を縦に振った。自分の領民が私の所でどんな扱いになるかも聞かずの即答だった。
帰り道、目的を達成したのに何とも言えぬモヤモヤ感が残ったままだった。子爵の領民に対する態度が原因の一つ、あともう一点だけ引っかかる点があった。
「ねえパトリック、最後の方の私、交渉じゃなくて脅しみたいになってたよね?」
「まあ、今回ばかりはいいんじゃないか?」
「それだけの力を手に入れちゃったんだよね」
「そうだな、それを正しく使えるかはユミエラ次第だ」
子爵が一貫して下手に出て、私の要求を二つ返事で飲んだ。それは私が手に入れた力が原因に違いない。
「私が伯爵で、彼が子爵だから」
子爵と伯爵は一つしか位が違わないが、上位貴族と下位貴族を隔てる壁は大きい。不本意ながら手に入れてしまった「権力」を、私は正しく使うことができるだろうか。
パトリックはたっぷり沈黙した後に言った。
「いや、それはあまり関係ない」





