05 王妃とのお茶会
国王陛下との謁見の後、私は王妃様にお茶会に招かれた。
王城の奥、王族の私的なスペースまで連れて行かれた私は、王妃様がいるであろう部屋に通される。
こぢんまりとした落ち着いた内装の部屋には王妃様とメイドが1人、お茶の準備をして待っていた。
「ユミエラさん、よく来てくれました。
本当は陛下も交えてお話をしたかったのだけれど、陛下は多忙だから」
王妃様は落ち着いた大人の雰囲気の中にも若々しさを感じさせる人物だった。
「ユミエラ・ドルクネスです。王妃陛下、お招きいただきありがとうございます」
「ここは非公式の場だから、あまり畏まらないでいいわよ」
柔らかく微笑んだ王妃様はそう言うと、メイドに目配せをする。すると、私に紅茶を淹れ終えたメイドは部屋の外に出て行ってしまう。
「この部屋の会話が外に漏れることはありません。あまり、人には聞かせられない話もしますからね」
何だ? 厄介ごとの臭いがしてきた。早く帰りたい。
「ふふ、そんなに警戒しないで頂戴? 陛下も私も、あなたのことを気に入っているのよ?
謁見での受け答えは見事でした。強い力を手に入れたのがあなたのような人で、私は安心しました」
「あ、ありがとうございます?」
私は意外な高評価に驚く。
「ユミエラさんは権力を持つのを面倒だと思っているでしょう? しかも、頭も切れるようだし。
あなたが野心家だったり、頭の中が空っぽだったりすることを想像するとぞっとするわ」
「あの、どうしてそこまで信用していただけるのですか?」
「欲の無いふりをして王族に近づく貴族も多いですからね。自然と違いが分かるようになったのよ。
あなたは王族と関わるのは御免だと思っているでしょう? 残念ながら信用できるのはそういう人たちなのよ」
王族と関わりたくないなどと、張本人の前で言えるはずも無いので黙っていると、王妃様は話を進めた。
「では本題に入りましょうか。
これは王族と極一部の貴族しか知らない情報なのだけれど、2年後に魔王が復活します」
王妃様がさらっと言った内容に私はとても驚いた。
ただし魔王が復活することにでは無く、それを正確に予知していたことについてだ。
ゲームでヒロインが3年生になってすぐ、つまりは2年後に魔王は前触れも無く復活していた。
王族はゲームでは明かされなかった魔王についての情報を持っているということだろう。
「魔王……ですか?」
「ええ、その魔王を打ち倒すのにあなたに協力して欲しいの。
軍隊は魔物の軍勢を抑えるのにかかり切りになるから、少数精鋭のチームで魔王を討ち取る必要があるの」
「分かりました。王国の危機ですし、もちろん協力させていただきます」
もしものときは私自身が魔王を倒してしまう予定でいたので、二つ返事で答える。
「ありがとう、ユミエラさん。
ただ、命を賭けるあなたにこういう事を言うのは申し訳ないのだけれど……
あなたが魔王を倒すのは王国としてよろしくないのよ」
私が魔王を倒すのが王国に不都合? その発言の意図を考え、私は答えを思い浮かべる。
「王の正統性が揺らぐということですか?」
バルシャイン王国は魔王を封印した勇者と聖女が作った国で、王族は彼らの子孫だ。
勇者の末裔だからという理由で、王はこの国を治めている。
しかし王族と無関係の者が魔王を倒してしまうと、その理論が揺らいでしまう。
「よく分かりましたね、その通りです。
勇者の末裔というのは表向きの理由に過ぎませんが、王はその大義名分が重要なのです」
王妃様は驚いたように言う。
ゲームで王子が魔王討伐に参加していたから気がつけたので、ちょっとしたズルです。
「魔王討伐にはエドウィンが向う予定です。
ユミエラさんには聖女として参加して貰えると嬉しいのだけれど……」
王妃様はそう言うが、聖女として祭り上げられたらエドウィン王子と結婚することになる。王族とか絶対に面倒くさいので嫌だ。
「闇魔法を使う私より、光魔法を使うアリシアさんの方が聖女に適任かと思います。
学園でもエドウィン殿下と仲がよろしいようでしたし」
ヒロインちゃんを生贄に捧げる。
「やはり断られてしまいましたか。嫌なら嫌とはっきり言っていいですよ?
あ、エドウィンが嫌ならモーリスと結婚するのはどうですか?」
「嫌です」
第1王子を勧められたので即、断る。嫌なら嫌と言えと言ったのは王妃様だ。
「ふふふ、そこまで嫌がらないでも強制はしませんよ。国から逃げられては敵いませんし。
それにしても、そこまではっきりと言うとは息子2人に聞かせてみたいですね」
私が王子との結婚をきっぱりと断ったのがツボにはまったのか、王妃様は1人クスクスと笑い出す。
笑いが収まった王妃様は真面目な顔に戻り話題を変える。
「魔王については後日改めて詳しく話し合いましょう。
目下の問題は、ユミエラさんを己の派閥に引き込もうとする貴族たちですね。
あなたがレベル99だという情報は出回ってしまいましたから、明日から引き込み工作が始まると思います」
「国王陛下や王妃陛下の派閥に入れば問題ないのではないですか?」
「私と陛下は主流派ですが、派閥は一枚岩ではありません。主流派の中でユミエラさんの取り合いが始まるでしょう。
まあ、主流派は穏健派なので問題は少ないですが。ユミエラさんなら上手く立ち回れそうですし」
貴族の派閥に詳しくない私に王妃様の講義は続く。
「注意するべきはヒルローズ公爵家を筆頭とした過激派です。
他国への侵略戦争を提言していますので、あまり近づかないように。
後は他国の諜報員の接触にも気をつけてください。魅力的な提案をされたら、私か陛下に言うように、それ以上のものを用意すると約束します」
至れり尽くせりな対応を聞き、私は人間戦略兵器になったことを実感する。
ふとドルクネス家の派閥について知らないことに気がついたので質問をすると、王妃様は言いづらそうに答える。
「ドルクネス家、と言いますか中央もどきと言われる貴族たちは過激派ですね。
派閥を少しでも大きくしたい公爵家と、中央の派閥に入りたい彼らの思惑が一致した結果です」
ドルクネス家が過激派だったとは、実家は恐らくヒルローズ公爵の言いなりなのだろう。
「実家にヒルローズ公爵家の養子や婚約者になるよう言われたら、どうすれば良いでしょう?」
「ドルクネス家にはユミエラさんの籍を他所に移さないよう王命を出しましょう。
他の貴族から批判の声も上がるでしょうから、期限は学園卒業までが限界だと思います」
「ありがとうございます。それで十分です」
実家との関係については卒業までになんとかしよう。
「ユミエラさん、その、ご両親のことはどう思っていますか?」
実家との関係に悩んでいると、丁度そのことについて聞かれる。
「記憶の限り1度も会ったことがありませんので、何とも言えません。
どうにも良い人たちではないようなので、縁を切れるなら切りたいのですが」
まさか私が1度も両親に会ったことが無いとは思わなかったのか、王妃様は息をのみ悲しげな顔をする。
「そうですか…… もし良ければ私の養子に…… いえ、ユミエラさんは断りますよね。
でも、私のことは母と思っていいですからね。甘えたくなったらいつでも遊びに来てください」
そう言われても精神年齢が30を過ぎている私は困るのだが。
「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取ります」
その後は私のドルクネス領での暮らしぶりなどについて話をした。
私の話が進むに連れて、王妃様はなぜか悲壮な顔になっていく。楽しいレベル上げ(ダンジョン編)に入る頃には涙まで流していた。
「学園には陛下の手の者が派遣されます。何か困ったことがあったら彼に言うようにしてください」
何故だか王妃様に庇護欲を持たれたらしい私は、お菓子を大量に持たされ王城を後にするのであった。