18 魔物呼びの笛(特大)
今回は今までで一番ひどいかも
私が領主として住み始めてから、屋敷には来客が絶えない。近隣の領主や有力者であったり、はたまた怪しげな商人すら私との面会を求めてくる。
なるべく直接会うようにはしているが、特に後者は時間の無駄になることが多い。だから適当に追っ払ってもらうこともある。
高価な調度品や絵画などを売りつけようとするのはまだ良い方で、絶対に成功する儲け話のような胡散臭い話を持ってくる人も少なくない。
「ああいう怪しい人たちってどこにでも来るの?」
「代替わりするとそういう連中が増えるらしいな。簡単に騙せる貴族を探しているんだ」
パトリックは彼らが押し寄せる理由を教えてくれた。
私が簡単に騙せそうだと周囲に思われているとしたら心外だ。それに加えて私は高級なものを買ったりもしないので、客としては最悪の部類だとさえ思う。
「私ってそんなに騙されやすそうかな? しっかりしているつもりなんだけど」
「……しっかりしている?」
「高い物とか買わされたりはしないでしょ」
「杖」
私は何も言い返せなかった。大穴を埋めるのには役立ったけれど、原因の穴を作ったのは私自身だ。
そんな商人が今日も来ている。絶対に私が気に入る品物を持ってきたと言うけれど、皆が同じように言うことだ。そう発言して香水を差し出されたことも過去にあった。
匂いのついた水に金を払う意味が分からない。お気に入りの香水を送りつけてくる友達もいることだし。
私からたまにいい匂いがするのは、送られた物がもったいないからだ。彼が気づいてくれるからとか、彼女から送られた物だからとか、そんな理由ではない。
商人の対応に行くことを告げると、パトリックは少し機嫌が悪そうに言う。
「俺がさっさと追い返そうか? わざわざユミエラが会うこともない」
「大丈夫……あ、そうだ! パトリックは隣で見ていてよ、私がビシッと断るから」
どうせ要らない物を買わせようとしているのだ。ちょこっとだけ話を聞いてからキッパリと断ってしまえば良い。
商人を待たせている部屋に入ると怪しい男が一人。特徴的なヒゲを蓄えた彼は、ニヤニヤと笑いながら立ち上がって頭を下げる。
「いつもありがとうございます。アレイ商会の者です」
彼はパトリックの目をみてそう言った。
こういう人、結構多いのだ。国内で女伯爵もとい女性の貴族家当主はまず聞かない。ゆえに男女ペアの貴族がいたら、当主であろう男の方を立てようとする。
服飾品を売ろうとするときは流石に私に向かって話すが、最初の挨拶や政治的な話をパトリックだけにしようとする人が存在する。当主は私だぞ。
私はチクリと釘を刺す。
「初めましてドルクネス伯爵家当主のユミエラです。初めましてなのに、いつもありがとうございますっておかしくないですか?」
「つい最近、パトリック様が王都の商会にいらっしゃいましたので。その節はありがとうございました」
彼は臆することもなく私に返答をし、パトリックに頭を下げる。
あ、この人は本当にパトリックに言っていたのか。被害妄想で言葉の揚げ足を取って、すごい恥ずかしい。
最近とは、私たちが王都に滞在していたときのことだろう。パトリックめ、どこをふらついているのかと思っていたら、こんな怪しい人のいる商会に用事があったなんて。面白そうだから連れて行って欲しかった。
それはともかく、少々喧嘩腰に入ったことを謝る。
「ごめんなさい、もしかしてパトリックの方に用事がありましたか?」
「いえいえ、今日お持ちした物はご両人に気に入っていただけると思いますよ。我が商会はダンジョンから産出される珍しい品物などを扱っていますので」
私の心の琴線がジャカジャカとかき鳴らされる。今までこんなに魅力的な商人が訪れることはなかった。こんなときに不買宣言をしてしまうなんてタイミングが悪い。
しかし、そんな私のためにあるようなお店でパトリックは何を購入したのかが気になった。
「ねえパトリック、貴方は何を買ったの?」
「……結局、何も買わなかった。そうだろう?」
「はい、残念ながらパトリック様とのお取引は成立しませんでした」
パトリックがトゲのある声色で同意を求めると、男は素直に首肯した。
嘘っぽい、きっと私に秘密でダンジョン産の魔道具を買っているのだ。商人がニヤニヤとしているのが証拠……いや、彼は初めからああいう笑い方をしていた。
男は笑みを深めて小声で言う。
「まだ、お渡ししていませんでしたか」
彼は聞こえないように呟いたつもりだろうが、レベルアップで強化された私の聴覚は反応している。
渡す? もしかして、私へのサプライズプレゼントとか? メリケンサックが欲しいな。
いやいや、待て待て。私の憶測は結構外れるから、無駄に喜ぶのは危険だ。祝われるようなことは無かったし、これからの予定もない。
でも呟きに気が付かないふりだけはする。
男は私たちとの間にあるテーブルに商品を並べて説明し始めた。
手始めに白い粉末の入った瓶だ。楽しくなってきた、絶対にやばいやつじゃん。
「これは体に吸収されない砂糖です」
「砂糖かあ」
「甘さは普通の砂糖と同様にありますが、栄養はありません」
「……何の意味が?」
エネルギーを手早く摂取できるのがブドウ糖のメリットなのに、カロリーゼロでは意味がない。確かに誰も欲しがらない珍品だけど、私もいらない。
そんな砂糖に、なぜかパトリックが食いつく。
「ほお、それはさぞ売れるのだろうな」
「お値段のほうが結構致しますので……貴族のお嬢様や奥方様にご利用いただいております。もちろん売ったことは秘密にいたしますよ」
どうしてカロリーゼロの砂糖が売れるの? 甘い物を食べながら餓死するのが流行ってるの?
そんな倒錯的な流行りに乗る気はないので、不要だと伝える。
「いらないです」
「ユミエラにはいらないな」
パトリックは、当たり判定が小さい私の体を見ながら言う。
あ、分かった、ダイエット用の砂糖なのか。アミノ酸とかで甘くした商品が前世の世界にもあったはずだ。
痩せる砂糖なら尚の事いらない。体重の軽さは私の弱点なので、むしろ重くなりたい。今の体型のまま体重が一トンくらいになれば、物理攻撃の威力も上がるし、吹き飛ばされなくなるしでいいこと尽くめだ。
男は砂糖を売りつけることをすぐさま諦めて、次の商品の紹介に移る。
「これは若返りのポーションです」
緑色の液体が入った瓶を見せられる。楽しくなってきた、絶対にやばいやつじゃん。
不老と不死、この二つは時の権力者が求めてやまなかった物だ。世界中でこれを巡っての争いが起きてもおかしくはない。
私が身を乗り出して瓶を見ると、彼は早口で説明する。
「本当は解毒効果のあるポーションなのですが、肌に塗り込みますと肌が若返るのです。皺やたるみの一切が消え去ります。あ、効果は個人差がありますのでご了承ください」
怪しい化粧品だったようで、一気にテンションが下がる。
ダンジョン産の貴重な品があるというから期待していたけれど、てんで駄目だ。砂糖はダンジョン産ですらないし、解毒ポーションは珍しくもない。
「いらないです、そういった類の物に興味がありません。では今日はこれくらいで――」
「お待ち下さい、武器も何点かお持ちしています」
「闇属性の剣と全属性対応の杖、それくらいの物でしたら買います」
商人は取り出した短剣を、そっと荷の中に戻した。もちろん護身用の短剣なんて必要ない。素手で殴った方が強い。
不買宣言をしているので魅力的な商品が出てきても困るけれど、これはがっかりだ。
「何だか思っていたのと違いますね。戦闘に有利な効果の付いたアクセサリーとかを想像していました」
「あー、装飾品はとある事情がありまして」
男はパトリックの方を気にしながら言う。
装飾品が売れない理由は知らないけれど、そろそろお帰り願おう。
しかし、気になる物が目に入る。彼の商品が詰まっているケースから飛び出しているのは、法螺貝の形と大きさをした物だ。
「これは何ですか?」
「失敬、これは間違えて持ってきてしまった物でして。魔物呼びの笛はご存知ですか?」
「昔、とてもお世話になりました」
魔物呼びの笛は読んで字の如く、周囲の魔物を呼び寄せる魔道具だ。レベル上げをしていたころは頻繁に使っていた。
まさか、彼が今取り出したそれは……。
「お世話に? ……失礼、これは魔物呼びの笛の大きいものです。珍しいからと買い取ったのですが、使い道などありませんので。稼働には巨大な魔石が必要ですから、試しに吹いてみることもできませんし」
「言い値で買います!」
これぞ運命、まさに僥倖、全財産を投げ売ってでも買うべし。
不退転の決意に横槍を入れられる。
「ユミエラ、駄目だぞ」
「だって! サイズが大きいってことは、きっと音も大きいのよ!」
「……だから何だ? 断言できる、絶対に要らない」
宣言したことを反故にはしたくない。今日は何も買わないと約束していて……今日は? 明日ならオーケー?
作戦はこうだ、今日のところは買わない姿勢を維持して、後日に商会に出向いて購入。完璧。
「……分かった。その笛はいりません、今日はお帰りください」
「武器の類で良いものが入りましたら、真っ先に伺います。そのときは何卒よろしくお願いいたします」
少し残念そうにしながらも、商人は次の約束を取り付けてから部屋を後にする。
扉が閉まった直後、パトリックが言う。
「後から買いに行くのも駄目だからな」
なんてこった、パーフェクトプランがバレている。
隠れてコソコソ逃げ回っていても埒が明かない。正面から堂々と戦って、彼を納得させなければ。
どうすればパトリックは大きな笛の購入を許可してくれるのか、逆の立場で考えよう。
キラキラの宝石を興味津々に眺めるリューはその場から離れようとしない。それは要らない物だと言っても聞かないリューは、私を潤んだ上目遣いで見つめて……あ、買っちゃう買ってあげちゃう。
分かったぞ、上目遣いが勝利のカギだったか。瞬きを我慢して僅かに涙目になった私は、渾身の上目遣いでパトリックを見る。
「ホントに駄目?」
「睨んでも駄目だ」
駄目だった。しかも睨んでないですし、可愛い上目遣いですし。
リューは本当に聞き分けの良いいい子だから参考にならなかったのだ。しかしリューを例えに出したことで、今の状況がより明白になった。完全にお菓子を買って欲しい子供と、それを許さない親の構図だ。
ならば我儘な子供と同じことをすれば良い。
私は立ち上がり、対面のソファとテーブルを部屋の隅に寄せる。
「おい、いきなり何を始める気だ?」
パトリックが座ったまま言う。いいさ、その特等席で私の術中に嵌まるがよい。
家具を退かして空間ができた部屋の中央、私はおもむろに床に寝そべった。仰向けになった私は手足をてんでバラバラに動かす。
「やだやだやだ! 買って買って買って!」
手足のバタバタは続けたまま様子を伺うと、パトリックの表情は凍りついていた。目は生気を宿しておらず、まさにドン引きだ。
「お前……」
「やだやだやだ!」
それでいい、これは醜態だと理解している。
パートナーがこんな無様を晒し続けるくらいなら、笛を買うのを許してもいいかな。そうパトリックに思わせることができたら私の勝ちだ。
苛烈を極めた攻防は数分間続いた。無言を貫くパトリックが久方ぶりに言葉を発する。ついに折れたか?
「……ユミエラ、見られているがいいのか?」
「買って買って買って!」
「もう全員いるんじゃないか?」
見られて上等、だが全員とは?
彼は扉の方向を指差していた。いつの間にか開いている扉、廊下から部屋を覗くのは屋敷の使用人たち。リタとサラの姉妹もいるし、デイモンたち官吏もいる、コックのおじさんもいる。
私の暴れる音を聞きつけて、何事かと様子を窺いに来たのだろう。彼らの何とも言えない顔を表現する形容詞を、私は知らない。
振り回していた手足を止めて、何事も無かったかのようにスッと立ち上がる。
「お仕事お疲れ様、ここは私に任せてみんなは持ち場に戻ってください」
一方的にそれだけ言って、扉を閉める。
「……死にたい」
「あー、今回だけなら買ってもいいんじゃないか? 自分の金で買うわけだし……」
「笛はいらない」
パトリックは私の肩に手を置いて慰めてくれる。
魔物呼びの笛特大サイズはいらない。代わりにタイムマシンが欲しい、記憶を消す装置でも可。
その日を境に、どこかよそよそしかった使用人たちの態度が変わった。
可哀相なものを見るような、残念なものを見るような、そんな目を向けられ続ける日々。過去に戻るために奮闘する日はすぐ近くかもしれない。
悪役令嬢レベル99書籍版、本日発売です!
やだやだ!買って買って!(手足バタバタ)……これがやりたいがための連日投稿でした。
週一ペースに戻ります。
購入いただけるのも嬉しいですが、なろう版を読んでいただけるだけでもありがたいです。二章も折り返し地点を過ぎましたが、これからもよろしくお願いいたします!





