17 二人の土魔法
前話は昨日のお昼12時に投稿しました。24時間経っていないので一応。
道中で盗賊に襲われるというトラブルはあったものの、領地へは無事に帰ることができた。
すぐさま例の村への支援を手配しよう。すぐに村を作ることはできないので、当面の間の食糧支援をすることを、パトリックとの話し合いで決めていた。
人様の領民にそんなことをするのは掟破りなのだが、最終的には村人全員を引き取ってしまう予定なので、強引にいく。
彼らは何か裏があるのではと怯えながらも、移住案に賛成してくれた。平和的で冷静な話し合いの結果だ。パトリックは半分脅しだったと言うけれど、私は至極平穏に話をしただけだ。私の言葉をどう受け取るかについては管轄外です。
そして一週間後、整地をするために村の予定地まで来たのだった。リューも一緒で、ついでにパトリックもいる。
そこは木がポツポツと生えた草原だった。目印になるようなものが無いので、正しい場所なのか不安になる。隣に佇むパトリックに尋ねた。
「ここ……で合ってるよね?」
「空から何度も確認しただろう? 近くの山や川の位置からして間違いない」
私は胸を撫で下ろして辺りを見回す。注意深く観察すると、小高い丘や大きな岩などの邪魔になりそうなものが多い。
どこから手を付けようかと思案しているとパトリックが口を開く。
「どうしてこの場所にしたんだ? 最後に選んだのはユミエラだろ?」
「選んでないよ。ここしか適切な場所が無かったの」
デイモンに候補地の選定をお願いしたところ、提案された場所はここだけだった。
時間をあまりかけられないし影響が未知数なので、山を消したり川を掘ったりが必要な場所は除外。魔物の生息する地域も除外、街道から離れた場所も除外、土壌改善に時間がかかりそうな場所も除外。
すると必然的に候補地は絞られ、最終的にはここのみになってしまった。
私の領を真っ平らにする計画は、初めから破綻していたようだ。
それをパトリックに伝えると、彼は驚きもせずに言う。
「まあ、そんなものか」
「場所があるだけ幸運かもね。それじゃ、始めようか」
私は秘密兵器の杖を高々と掲げた。意匠の凝らされた彫刻が掘られた杖の先には、特大サイズの魔石が輝いている。
魔法の杖は魔法の威力を向上させる効果がある。私は杖なしでも十分な火力が出せるので使うことはない。剣も併用するパトリックも同様だ。
そんな私たちと縁の無い杖を、彼は不思議そうに見つめる。
「杖? どうしてそんな物を?」
「魔力の節約も兼ねて使ってみようかなって。それにね、これすごいの! 全属性に対応しているの!」
魔法の杖は通常、一つの属性にしか対応していない。たまに二属性対応の物を見るくらいで、全属性の杖なんてゲームでもドロップしたことは無かった。大変、貴重な品だ。
「どうせ闇属性しか使えないんだろ? 宝の持ち腐れじゃないか?」
「言ってなかったっけ? 私、光以外の魔法なら使えるのよ」
闇に比べれば劣るが、私は四大属性の魔法も扱えるのだ。反則級だと思うが、私は天才だからしょうがない。
何がいいかな……地面を均すなら当然、土属性か。私はそびえ立つ土の壁をイメージして、杖を前に突き出す。王都の城壁より高くしてやろう。
私の本気モードを察知したパトリックは、いつものように止めにかかる。だがもう遅い。
「大地よ! 天との境界を突き破れ!」
「おい、やめろ! お前が本気で魔法を行使したら……ん?」
土魔法は見事に発動した。
前方の地面にこんもりとした山ができている。高さは……ぼうとしていたら足を引っ掛けそうなくらい?
パトリックが足で突くと、土ポコはいとも簡単に崩れてしまった。
「本気でやってこれか?」
「なっ」
パトリックが私に言わないだろう言葉ランキング、第三位「本気でやったのか?」が出ました。ちなみに一位は「いい加減にしないと嫌いになるぞ」です。
魔法の弱っちい奴と思われるのは辛抱ならない。全身全霊で、獄炎を出現させる。目の前にライターほどの小粒の炎が顕現した。
「……火を起こすのには困らないな」
ぐうう、パトリックの優しい目が辛い。このままでは終われないので最後に闇魔法を全力で。
「闇――」
「それは駄目だ」
私が闇と言い終わらないうちに、杖をヒョイと取り上げられる。さては準備していたな。ムッとして彼を見る。
「ユミエラが強いのは十分過ぎるほど知っている。今更、見ることもあるまい」
「じゃあパトリックの全力は? レベルも上がってるし試してみたら?」
パトリックの魔法適性はイマイチ把握できていない。決して魔法特化ではないし、私のように近接物理攻撃の両刀というほどでもない。目安にしやすい攻撃魔法をあまり使わないので余計に分かりづらいのだ。
私の提案を受けて、彼はしばし思案した後に言う。
「そうだな、こんな機会はそうそう無い。やってみるか」
パトリックは魔法の杖を両手で握って目を瞑る。隣にいる私は魔力の高まりを感じていた。闇属性のピリピリとした魔力ではなく、もっと優しい雰囲気だ。
彼は目を見開いて呟く。
「土よ」
数歩分先の地面が重低音を響かせながら迫り上がる。数秒でその地響きは収まったが、目の前に出来上がった土壁は見上げると首が痛くなるほどに高い。
王都の城壁よりも高くそびえ立つそれは、幅も相当なものでここから見渡す限りは続いている。
世界を分断する壁を作ってのけた彼は絶句していた。
「これ、人のこと言えないでしょ。今度からは私の魔法が強すぎるって言うのやめてよね」
……あれ? ツッコミ待ちなのにパトリックは何も言わない。
土壁を見上げる彼は唐突に崩れ落ちて膝を地につけた。
「ごめん、今のは言いすぎた。大丈夫?」
「……ああ、レベルアップで出力が上がっているのは感じていたが、まさかこれほどとは」
パトリックは本気で落ち込んでいた。どうして? 喜ぶ場面じゃないの?
彼が復活するにはしばし時間がかかった。立ち上がったパトリックに、杖を手渡される。
「この杖もすごいな、魔力が良く馴染む」
「でしょ? しかも全属性対応だから、パトリックの風魔法も私の闇魔法も強化できるの。すごくない?」
「こんな物、ユミエラは持っていたか?」
「……一ヶ月くらい前に、屋敷に商人が来てね」
家宝の杖は訪問販売で買ったものだ。貴族の家に商人が出入りするとか普通のことだし、商品の質を考えれば適正な値段だったし、何も悪いことはしていない。ただ、ちょっとだけ高かった。
この杖はダンジョン産だから、自分で同等のものを探しに行くというのも一瞬だけ考えた。しかし、過去に私はダンジョンガチャで酷い目にあっている。ガチャは一点狙いでやるもんじゃないのだ。
パトリックは私の宝物を指差して言う。
「それ、必要か? 上手いこと買わされたんじゃないのか?」
「そんなことないって、店頭で売っているのを見かけても買ってたはず」
「代金はどれくらいだったんだ?」
「……普通の杖の五十倍くらい、だったかな?」
ここで言う普通の杖とは、単一の属性に対応した最高品質の物を指す。やはり彼は無駄遣いだと考えたようで、苦言を呈する。
「これから村を開拓するのに色々と入り用になる。自分の物を買うなとは言わないが、もう少し節約を心掛けてもいいんじゃないか?」
「いいじゃん、私ってドレスとか宝石とか買わないから。安上がりな方でしょ?」
「その杖でドレスが何着作れると思っている」
多分だけれど、百着は作れると思う。あれ? もしかして私って浪費家だったのか?
貴族というのは、どうもお金の公私が別れていない。領地運営の予算には私のポケットマネーも注ぎ込んでいるし、やろうと思えば税金で豪遊することもできる。
無駄遣いで困るのは私だけではないので、これからは控えよう。杖は必要経費だった。それは譲らない。
「うん、無駄遣いは駄目よね。でも必要な物は買わなきゃ駄目でしょ?」
「それが要らない物だから言っているんだ」
なんて酷いことを。今日に至るまで、部屋の隅で埃を被っていた杖が可哀想だとは思わないのか。有効な使い道は一つも思いつかないけれど、絶対に必要なものだ。
それはさておき仕事を始めよう。手始めに、どこかの誰かが出した壁を片付けなければいけない。大変だなあ、やらかした人の後始末は大変だなあ。ふふ、今日こそ下剋上の時なり。
物理で壊すか魔法で壊すか考えていると、パトリックが片手を壁にかざす。
「戻れ」
巨大な土の壁は、数分前の逆再生のように地面に戻っていく。地味にこっちの方がすごくない?
物理法則的にどうなのかと思うが、私の闇魔法も大概なので言わないでおく。異世界で魔法だから何でもあり。
「それじゃあ始めようか。まず私が大まかに均すから、細かい部分はお願いね」
「分かった」
チマチマと岩を取り除いたり土を運んだりは効率が悪い。まず私が、必要のないものをまとめて消してしまうのが良いだろう。
久しぶりに闇属性最上位魔法を発動する。
「ブラックホール」
現れた巨大な闇が木や岩、果てには丘さえも飲み込む。
地面を起点に発動したそれは私からは半球状に見えて……でも実際は球状で、見えない部分は大地を丸ごと飲み込んでいて……やらかした。
闇のドームを見たパトリックが感心する。
「球体以外にも出来たのか。綺麗に平らになりそうだな、俺の出番は無いかもしれないな」
「ごめんね、これ球状なの」
「おい、まさかお前……」
一度出してしまった魔法は取り消せない。黒球は消滅するけれど、飲み込んだものも一緒に消え去るのだ。
大気すら消滅したことで周囲の空気が集まり、背中から強風が吹きすさぶ。
私たちの目の前の景色は一変、綺麗に丸い大穴が出現していた。底は日光が届かずに影になっている。
地形を散々変えてきた私だけれど、これはとびきりだ。
「……農業用水池として活用するとか?」
自分で言ったことだが無理がある。この穴に水が貯まったら池か湖だ。両者の違いは知らない。
どうしよう、このままでは出来てもいない村が水底に沈んでしまう。ダムかよ。
私の魔法は破壊特化すぎて、穴の埋め立てには役立ちそうにない。消したり壊したりは得意だから、整地も出来ると思ったのになあ。
大穴を死んだ目で見ていたパトリックが、感情の推し量れない平坦な声で言う。
「杖を貸してくれ、俺が元に戻す」
「ごめんね」
私も考えなしすぎた、反省している。
パトリックは魔法の杖で強化された土魔法を用い、穴を少しずつ埋めていく。
杖が大活躍だ。購入した私の判断は間違っていなかった。もちろん口には出さない。
パトリックは数時間で私のやらかしの後始末をした。すでに地面は均され、今すぐにでも家を建てて田畑を耕せそうだ。
本日のお仕事終了、私はいらない子だった。ブルーになっているとパトリックに言われる。
「まあ、なんだ、そういう所も含めて俺はユミエラが好きなんだ。だからあまり気にするな」
「……パトリック」
こんなに優しい婚約者がいて、私はなんて幸せ者なのだろう。そうか、パトリックは私のやらかしが好きなのか。
「これからも頑張って色々とやらかすからね!」
「いい加減にしないと嫌いになるぞ」
ユミエラの土魔法は悪役令嬢の悲しき宿命。
いよいよ明日、書籍版が発売です! どうぞよろしくお願いします
早売りの店舗さんだと既に並んでいたり?
活動報告にて店舗特典の情報と、口絵、エレノーラのキャラデザを公開しました。





