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13 学園長改め……。

 王都に来て今日で五日目となる。未だに王城からの使者は訪れない。

 国王陛下や王妃様に顔を見せるのは必須だとパトリックは言うが、これは行かなくても大丈夫ではないだろうか。

 きっとお忙しいのだ、私からアクションを起こす気はサラサラ無い。


 ……などと考えていたところ、ついに来てしまった。国王陛下の使いとやらが。


 私とパトリックはすぐに応接間に向かう。そこで待っていたのは王立学園の学園長だった。


「あれ? 学園長がどうしていらっしゃったのですか?」

「久しぶり、ユミエラさんにパトリック君。僕、もう学園長は辞めたから」

「もともと臨時でしたね」

「そうそう、本来の仕事に戻っただけ」


 胡散臭い笑みを顔に貼り付けた彼は、国王陛下の側近……だと思う。家名も明かさないし、謎の多い人物だ。

 私と陛下との連絡役として学園に派遣された彼は、もう学園長である必要がないのだろう。私の卒業と同時に学園長の職から退いたのだと思う。


 私とパトリックは並んで彼の向かいに座る。


「学園長……元学園長、本日はどんなご用ですか?」

「……もしかして僕の名前、覚えてない?」

「まさか、そんなことは……」


 何だっけ? 毛ほども思い出せない。今まではずっと学園長呼びしていたので記憶に残っていなかった。

 困っているとパトリックがすかさず口を開く。


「学園長でないのなら、ロナルド卿とお呼びすればよいだろうか?」

「いやいや、そこまで畏まらないでも。もっと気軽に接してよ」


 さすパト。ロナルド学園長、という響きには聞き覚えがある。


「それで、ロナルドさんはどんなご用件ですか?」

「やっぱり覚えてなかったよね?」

「いえ、ちゃんと覚えてましたよ。私、記憶力はいいので」


 学園長改めロナルドさんと、パトリックの視線が突き刺さる。嘘つきは泥棒の始まり、この中に一人泥棒がいる。


 ロナルドさんが取り出したのは一通の封筒だった。王家の蝋印が押されたそれを、手渡される。


「これは?」

「王妃陛下からお茶会の招待状、安心して二人きりだから」


 二人きりは逆に緊張するような……いや、他のご令嬢と一緒のほうが大変か。

 陛下も王妃様も、私の嫌がらない方法で接点を作ろうとしてくる。打算ありだろうけど、ありがたいので素直に享受している。

 仄かに良い香りのする封筒を眺めながら、私は言った。


「日時はいつですか?」

「明日、もし都合が悪ければ変えるけれど……」

「じゃあ明日でいいです」

「明日で、ね。王妃陛下とのお茶会をいつでもいいみたいに言うのはユミエラさんくらいだよね」


 日時については手紙にも書いてあるだろうけれど、返答も兼ねてロナルドさんに確認する。王妃様もそれを見越して、彼を使いに出したのだろうし。

 王族と極力関わりたくない、というのは既に公言しているので隠すことでもない。どうせ隠してもバレているのだろう、私が学園長の名前を忘れていたことと同じで。


 明日は王城行きかと少し憂鬱な気分になっていると、ロナルドさんは笑みをさらに深くして言う。まだ何かあるのか。


「それと、僕が来たのはもう一件だけ確認したいことがあってね。王都のサノン教の教会、そこにある結界魔道具は知ってる?」

「はい、ちょうど二日前に壊そ……存在を確認しました。それがどうしたんですか?」

「ふーん、やっぱり二日前にはあったんだ。じゃあ昨日に、ねえ」


 私の因縁の宿敵、結界魔道具がどうしたのだろうか。ゆくゆくは再戦をして、できることなら入手したいアレに、何があったのだろうか。

 ロナルドさんは普段と変わらず軽い調子で言う。


「いやあ、例の魔道具が盗まれちゃったみたいでね」


 パトリックの顔が勢い良くこちらに向く。グリンと音がしたかもしれない。


「ち、違う。私じゃない、私は何もやってない」


 私の口から出たのは、完全に犯人の台詞だった。でも本当に違う。あれ欲しいなあ、とは言ったがコソコソと盗むような真似はしていない。

 挙動不審な私を見て、パトリックはさらに目を鋭くする。


「いや、ほら、私は教会の中に入れないわけだし。そもそも魔道具の保管場所も分からないし。私の目的はアレとの決着をつけることだから、盗むくらいだったら壊すし」


 早口で弁明する私は、客観的に見て非常に怪しかっただろう。もし別の立場だったら、私は私が犯人だと断定する。

 パトリックは何も喋らない、なのに必死に自己弁護する私は余計に疑わしい。

 もしかして冤罪を吹っかけられるのでは? チラリと見ると、ロナルドさんはいつも通り笑いながら言う。


「ユミエラさんは疑ってないから。二日前、本当に結界があったのか確認したかっただけ」

「そうです、壊そうとは思いましたけど、盗もうなんて考えてないです」

「壊すのも駄目だからね?」


 結界を壊してはいけない、それは委細承知している。だが実行するか否かは別の話だ。たとえ世間に後ろ指を差されたとしても、世界全てが敵になっても、人間にはやらなければいけないことがある。


 私が決意を新たにしていると、ロナルドさんは詳しい事情を説明してくれた。


「枢機卿は朝と晩に魔道具を確認していて、昨日の夜に盗難が判明。僕は結界があることすら知らなかったから、ユミエラさんに会うついでに存在を確かめようと思ったわけ」

「結界は確かにありましたよ。すごい硬かったです。いつか勝ちます」

「だから壊しちゃだめだって……」


 では犯行時刻は昨日の昼頃、その時間にはアリバイがある。私は無実だ。

 パトリックもそれに気がついたのか、私から顔を逸す。


「ね? 私はやってないでしょ?」

「……俺は何も言ってない」

「それにしても誰だろう、私の魔道具を盗んだのは」

「お前の物じゃ……本当にやってないんだよな?」


 パトリックは本当に疑り深い。私のことをもっと信用して欲しい。

 現に、ロナルドさんは初めから私のことを疑ってすらいなかった。彼は私が無実だと確信する理由を口にした。


「ユミエラさんは昨日、城壁の外にいたからね。この屋敷に真っ直ぐ帰るところも、王都の住民に目撃されているし」

「ね? ね? 私じゃないでしょ?」

「ああ、分かった。疑ってすまない」


 パトリックは素直に謝罪する。あれ? 彼が謝るこの構図は珍しい気がする。いつもは逆パターンが大半だ。

 このチャンスをどう生かしてやろうか、今なら無茶なお願いも聞いてくれるかもしれない。恋のためなら卑怯なことだってしてやるさ。

 私がそんな妄想をしていると、ロナルドさんは少し言いづらそうに口を開く。


「ついでに言っておきたいんだけど、城壁を飛び越えるのは今度から辞めてね? 一応、出入りする人数を記録しているから」


 パトリックの表情が豹変、いつものアレに戻る。


「ユミエラ、城壁を飛び越えるのは駄目だ。屋根を飛び回るのも辞めろ」

「いや、城壁超えをしたのと屋根の上を移動したのとは無関係でしょ? 別に、地面を歩いていても城壁は飛び越えたと思うから」

「……窓から出入りするのも、これからは禁止だ」


 形勢逆転、どうしてこうなった。ガミガミと小言を言うパトリックはお母さんのようで、百年の恋も冷めるような……全然冷めないや。彼とは元々こんな関係なので、いまさらどうということはない。

 問題は屋根移動を禁止されることだ。あれはとんでもなく楽しいので、ぜひ彼にも体験して貰いたい。初めてを体験すればきっとパトリックの考えも変わるはずだ。一回だけ、一回だけだから!


 いかにしてパトリックを空中移動の沼へ引きずり込むかを考えながら、反省しているふりをして彼の言葉を聞き流す。

 ロナルドさんがいたからか、比較的早く嵐は過ぎ去った。パトリックは話が逸れましたと一言、話の続きを促す。


「ホント、パトリック君がいて良かったよね。ユミエラさんの暴走を止められるのは君だけだから」

「暴走? 私はちゃんと言葉で言われれば、言動を改めますよ?」

「……そういうところも含めて、大変そうだね。ま、話はこれで終わり。結界魔道具を見かけたら教えてってくらいかな」


 教会の秘宝が盗まれたのは由々しき事態だ。私も捜索に加わるべきだろう。その過程で、偶然、偶々、ちょっとした手違いで、私と結界の再戦が果たされる可能性は十二分にある。

 私は溢れんばかりのやる気を表明する。


「私も積極的に探そうと思います。魔道具本体は、どのような形ですか? 他に手がかりになる情報も教えてください。昨日、教会に訪れた人のリストとかもあったらください」

「……やっぱりユミエラさんは探さなくていいよ。君が見つけた方が危ない気がしてきた。この件は誰にも言わないでね? 極秘情報だから、国と教会のトップ層しか知らされてないんだよね」


 残念なことに、捜索協力は断られてしまった。

 しかし、そんな極秘情報を知っていて、捜査も任されているロナルドさんは一体何者だろうか。頑なに家名を明かさない理由も気になる。庶民の出、ということは無いと思うけれど。

 私の考えを見透かしたのか、彼はニコニコ顔のままで言う。


「僕が何者かは探っても無駄だと思うよ。結界の件以上に、知っている人が少ないくらいだからね」


 そんな言われ方をすると余計に気になる。若くして国王陛下の側近で、任される仕事を見るに相当に信頼されている。

 まさか、陛下の隠し子とか? 家名が無い理由も納得だ。


「陛下の隠し子とかじゃないからね? そう思われることは結構あるから慣れているけれど」


 私は何も言っていないのに、先回りで否定されてしまった。想像力をいくら働かせても他の説が出てこない。


 彼の言う通り考えるだけ無駄なのだろうか、そう考えていると何やら廊下の方から騒がしい声が聞こえてくる。うわ、また来た。思わずパトリックと顔を見合わせる。

 パトリックと違い、ロナルドさんは何が起こっているのか分からないようだ。不思議そうに扉の方を見やる。


「騒がしいね。何かあったの?」

「いつものことです。そろそろ、ここまで来ますよ」


 案の定、屋敷内の喧騒は近づいてくる。私とパトリックの想像通り、ドアが勢い良く開け放たれた。


「わたくしが遊びに来ましたわ!」


 ドレス姿でどうしてそんなにアグレッシブな動きができるのか。エレノーラは部屋の中にずんずんと入ってくる。

 ちらりとロナルドさんの方を見ると、エレノーラを見て固まっていた。驚くのも無理はないと思っていると、エレノーラの方も彼を見て目を丸くする。


「どうしてユミエラさんのお家に、お兄様がいらっしゃるの?」


 お兄様? ロナルドさんがエレノーラの兄? じゃあ彼はヒルローズ公爵の息子?

 渦中の彼は笑顔を引きつらせながら言う。


「やあ、エレノーラさん。学園以来だね」

「え? この前もお会いしましたわよね?」

「何のことだい? 教師と元生徒が学園の外で会うはずないじゃないか」

「あ! お兄様のことは言っちゃ駄目でしたわ! ……御機嫌よう、学園長様」

「お兄さんと間違われるとはね、ははは」


 いやいや、誤魔化されないぞ。

 しばしの沈黙の後、初めに口を開いたのはエレノーラだった。


「それで、どうしてお兄……学園長様がここにいらっしゃいますの?」


 彼女に誤魔化す気はあるのだろうか。

 疑いの眼差しを向けると、エレノーラの兄は両手を上げて言う。


「ああ、もう、今までは隠し通せてきたのに……。そうだよ、僕はロナルド・ヒルローズだよ。家名を隠して陛下の側近をやってるの」


 彼にしては珍しく、不機嫌さを表情に出している。

 本当に驚いた、彼の正体はもちろん、今まで二人の関係を隠せていたことに。

 いかにしてエレノーラがボロを出さずに通してきたのかも気になるが、聞くべきは彼が家名を隠す理由だろう。

 周囲に露見していないということは、相当に小さなときからヒルローズ家から離されて育ったはずだ。その指示をしたであろう公爵は、そこまでして何をしたかったのか。


「どうしてですか?」

「父、ヒルローズ公爵の考えだよ。僕は一生、公爵家とは無関係な人間として生きていくんだ」

「理由はあるんですよね?」

「もちろん。聞かされたときにはまさかと思ったけれど、今となっては感謝している。父の未来予想も馬鹿にできないね」


 私の漠然とした質問に、ロナルドさんは不明瞭な回答をする。彼が家名を隠す理由は全く見えてこないが、当の本人に根掘り葉掘り聞くのもどうかと思う。

 家名が重視される貴族社会で、姓を隠して生きていく。これほどに辛いことは無い。きっと、色々と入り組んだ、深い事情があるのだろう。


「まあ、分かりました。私とは無関係な話ですし、もう聞きませんし誰にも言いません」

「無関係、ね。でも助かるよ、ありがとう」


 なぜ「無関係」の部分に含みがあるのだろうか。私が生まれるより前の話だろうから、私が関わっているはずがないのに。

 そんな思考は扉の開く音で遮られる。音の方向を見ると、エレノーラがそろそろと部屋から出ようとしていた。ロナルドさんが引き止める。


「エレノーラ、久しぶりに可愛い妹とお話がしたいな」

「お兄様、怒ってますの?」

「いやいや、僕が怒るわけないじゃないか」

「絶対に嘘ですわ! お兄様はニコニコしていても怖いときがありますの!」


 エレノーラは数日前に、兄は表情が変わらないと言っていた。なるほどそういうことか、ロナルドさんはいつも通り笑っているが、どこか凄みがある。

 笑いながら怒っている彼に詰め寄られ、エレノーラは私に助けを求めた。


「ユミエラさん、ユミエラさんとの約束がこれからありますの! だからお兄様とはいられませんわ!」


 彼女は私を見て、下手なウインクを何度もする。合図のつもり?

 ロナルドさんも釣られて私を見る。笑顔怖っ。


「約束があるのは本当?」

「無いです。エレノーラ様が毎日のように前触れもなく来て困っています」

「部屋を借りていいかな? 二人で話したいことがあるからさ」

「どうぞどうぞ、この部屋を使ってください。私たちは出ていきますから」


 私はエレノーラを見捨てて退出する。パトリックも黙ってついてきたので同罪だ。

 まあいいか、理不尽に怒られるわけでもないし、何よりこれで彼女の襲撃が減ったら私も助かる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうエレノーラが大好きだわw
[良い点] ユミエラと魔道具の再戦が楽しみです。盗んだ犯人についてはとりあえず無事を祈ります。 エレノーラをビビらせるとか、ロナルドのヤバさ加減が窺えますね。それにしても過激派筆頭の隠し子が王の側近…
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