06 王都の情勢
アイリーン・ヒルローズ→エレノーラ・ヒルローズ に名前変更します。
公爵家の娘で、お嬢様言葉のあの人ですわ。
これから出番が増えますのでアリシアと被らないように、という感じで……。
一ヶ月くらい前にしれっと変えていたので、最近読み始めた方はお気になさらず。
アッシュバトン辺境伯領には三日間滞在した。
お義母さんと過ごす時間がほとんどだった。彼女はレムレスト王国という地雷にさえ触れなければ普通の人だ。雑談の中で出た「レストラン」に一瞬だけ反応したときは肝を冷やしたが。
ユミエラ式レベル上げ論は非常に好評だった。パトリックにはあまり言うなと止められたのだけれど、お義母さんが喜ぶのだからしょうがない。彼女がレベルを上げて何をするのかについては考えないでおく。
領主の屋敷に勤める人たちも、みんな優しく私を迎え入れてくれた。こんなにチヤホヤされるのは初めてだ。この家の子になろっかな?
あっという間に三日経過し、私たちは辺境伯領に別れを告げることになった。残念なことにお義父さんはしばらく帰ってこられないらしい。
「お世話になりました」
「いつでも来てね、今度はユミエラちゃんだけで。パトリックは別に来なくていいわ」
「あはは、ありがとうございます。リュー、行こうか」
私たちを背に乗せたリューは翼を大きくはためかせ大空に飛び立つ。
パトリックの母は、私たちが見えなくなるまで手を振ってくれた。
パトリックの両親にも会えて、彼と正式に婚約者になって、やることは全部やったはず……。
「あれ? パトリックのお兄さんに会っていないけれど留守だったの?」
「兄上は家にいたぞ」
風の音に負けないように大きめの声で会話する。三日も同じ家にいたのに一度も接触しないっておかしくないだろうか。もしかして避けられていた? まさかね。
「ねえ、私って避けられていたの?」
「そうだぞ」
はい、避けられてました。学園生活で慣れているけれど、今回のは流石に心に来る。
私が負のオーラを放っているとパトリックは慌てて言う。
「いや、兄は女性が苦手なんだ。次は無理矢理にでも引き合わせるから安心してくれ」
女性恐怖症か、そういえば私って女性だった。女性が苦手な人は、特に異性として認識してしまう同年代が苦手なイメージがある。
なるほど、弟の連れてきた美少女に会うのが恥ずかしいのだな。うーん、美しいのも罪だな。愉悦に浸っていると彼は続けた。
「兄は特に、気の強いというか、気性の荒い女性が苦手でな。多分、母上が原因だと思うのだが……」
「……私ってそんなに荒っぽい?」
美少女なんて初めからいなかった。美少女を自称する奴、全員この世から消えないかな。
「ユミエラの気性は穏やかだと思うが……荒っぽくないかと聞かれると……」
明日からは仏のような生き方をしよう。そう思いました。
◆ ◆ ◆
王都にあるドルクネス邸の庭に降り立つ。私たちはドルクネス領に真っ直ぐには帰らず、王都に寄っていた。
王太子派と第二王子派が争っているという噂の真相を確かめるためだ。
一応、王都のドルクネス邸は残してある。王都になんて来るもんじゃないのでさっさと売っぱらいたいのが本音だ。
「この屋敷っていくら位で売れるかな?」
「売るのか? もったいない、うちも王都の屋敷はあるが、もっとこじんまりしているぞ」
「だから売りたいの。王都に屋敷が必要なのは分かるけれど、もっと小さくても良くない?」
「現状、資金に困っているわけではないのだから」
ついでに言うと、この屋敷には今も私の両親が住んでいる。伯爵位は無理矢理に私が継いだので、別に彼らを養う義務は無い。
ある程度の資金援助はするので、どこか田舎でゆっくりと暮らしてはどうかと提案しているが、頑として王都から離れたがらないのが現状だ。
もう貴族の世界に戻ることはできないのに……。王都の何がそんなに良いのか、今一つ理解できない。
私が来訪を告げると、使用人にすぐさま部屋に通される。領地の屋敷同様、こちらの使用人もどこかよそよそしい。
部屋に通された私は、使用人が出たのを確認してため息をつく。
「はあ、パトリックの家はいいなあ。みんな暖かくて」
「ユミエラは表情が固くて誤解されやすいからなあ。時間をかけて歩み寄るしかないだろう」
「先代を脅して爵位を継いだからね。受け入れられないのも分かるけれど」
「学園で付いていたメイドがいただろう? あー、リタだったか? 彼女ならそれとなくユミエラの誤解を解いてくれそうだが」
リタは領には連れて帰らず、この屋敷で働いて貰っている。それには深い事情が……と考えたところで、廊下からバタバタと誰かの走る音が聞こえた。
部屋の扉が勢いよく開かれる。噂をすれば影、部屋に飛び込んできたのはリタだった。
「ユミエラ様、帰っていらしたのですね。どうぞ、私に存分にご命令ください」
「いや、特に用事は……」
「領地の使用人に何か粗相はございませんでしたか? もし不都合があれば私が今すぐにでも――」
「大丈夫、大丈夫だから」
リタは妹を人質に取られて、私の紅茶に毒を入れた過去がある。その後に妹を救出してから、彼女の忠誠心はとんでもないことになっていた。
片膝をついて私を見上げるリタを見て、パトリックは明らかに引いている。
「あー、妹さんは元気?」
「サラのことも気にかけてくださるなんて……ユミエラ様の慈悲深さに感謝を。妹はユミエラ様の下僕になるべく、日々精進中です」
「う、うん。今度妹さんとも話してみるね」
サラが危ない。こんなのが増えてたまるか、姉の毒牙にかかる前に救出せねば。
リタは片膝をついて、私を恍惚とした表情で見つめたままだ。何か仕事を頼まなければ動きそうにない。
「あ、久しぶりにリタの紅茶が飲みたくて」
「御身の御心のままに、直ちに用意いたします」
おんみのみこころ、って何だ。私は皇帝か何かか?
リタはスッと立ち上がって、優雅に一礼してから部屋を出ていく。
閉まったドアを見つめて数秒、彼女が遠くへ行ったのを確認して言う。
「アレを連れて帰るわけにはいかないでしょ」
「そうだな、誤解される要素しかない」
私が使用人と打ち解ける日は遠い。私とパトリックは揃ってため息をついた。
どうして、こう、丁度いい人はいないのか。
程なくしてリタは部屋に戻ってきたが、紅茶を淹れる道具を一つも持っていない。不思議に思っているとリタは少し不機嫌そうに言った。
「申し訳ありません、紅茶は少し遅くなりそうです。只今、第二王子殿下がお見えになりました。一応、応接室にお通ししましたが……追い返しましょうか?」
「いや、エドウィン殿下は追い返せないでしょ」
「ユミエラ様のご命令なら箒で叩いて追い出す所存です。それで処刑されても、ユミエラ様の命令を遂行した結果なら私は満足です」
怖い怖い怖い。リタは真顔で恐ろしいことを言う。別に王子を叩き出すのは良いのだけれど、彼女は今のを割と本気で言っているのが怖い。隣のパトリックも顔が引きつっている。
「あー、リタ? 殿下とお会いするから、そっちに紅茶を運んでくれる? 私、リタの紅茶大好きだから」
「はい、今すぐに」
リタはパッと表情を明るくした。学園にいる間はここまで酷くなかったんだけどなあ。
とにかく、今はエドウィン王子だ。第二王子派とやらについて詳しく知るために王都に来たのだ。その渦中の人物が直接現れるとは思ってもいなかった。
応接室にはエドウィン王子が護衛も付けずに一人でいた。彼はこの国でトップクラスの強さなので、護衛など必要ないのかもしれない。
私とパトリックは、彼の対面のソファに腰掛ける。
お久しぶりですなどと当たり障りの無いやり取りをした後、エドウィン王子が紅茶を一口飲んで話を切り出した。
「急に押しかけてすまないユミエラ嬢、王都で何が起こっているのかを説明しなければと思ってね」
「私も第二王子派とやらの話を聞きに来ました」
「ああ、その話だ。私も困っているところでね。ユミエラ嬢に迷惑がかかってはいけないと駆けつけた次第だ」
「それにしても早すぎませんか?」
私たちが王都に到着してからまだ一時間も経っていない。彼はなぜそんなに早く、私たちの存在に気がついたのだろうか。
その疑問には隣にいるパトリックが答えた。
「俺たちが王都に来たことは王都の全員が分かっているだろう。リューは目立つからな」
「そうだ、パトリックの言う通りドラゴンを見て駆けつけた。ちょうど近くに居たというのも大きいかな」
「俺たちが卒業して王都を離れてから数ヶ月ですが、その間に何があったのですか?」
「簡潔に言えば、公爵派の貴族たちに担ぎ上げられている。私は兄上と敵対する意思は無い」
「俺が想像していた通りか……面倒な」
パトリックは小さな声で吐き捨てた。
また過激派か。公爵派、反主流派などとも呼ばれる彼らは、現状に満足していない貴族たちの集まりだ。権力や利益を得るために、諸外国への軍事侵攻を訴える危ない人たちである。
戦争大好き貴族というわけではなく、穏健派で占められている国の要職などを欲しているだけだと、私は認識している。国王様が大臣か何かに任命したら、すぐに穏健派に鞍替えするだろう。
そんな野心溢れる人たちに目を付けられたエドウィン王子は少し可哀想かもしれない。
しかし、彼がその気は無いと宣言すればそれで終わりでは? それを尋ねると彼は詳しい事情を説明した。
「彼らの言い分は、魔王を打倒した私こそが次の王に相応しい、というものだ。聖女は亡くなったので、代わりにエレノーラ嬢を王妃にして、ヒルローズ公爵とその一派の権力を大きくすることが狙いだな。
その動きは在学中にもあったが、私が学園を卒業したことで加熱している」
やっぱり魔王を倒すとそんなことになるのか。良かった、私一人で魔王城に向かっていたら、私が面倒事に巻き込まれるところだった。
表向きには魔王を倒したのはエドウィン王子ということになっている。私もそこそこ活躍して、アリシアたちは奮戦虚しく戦死というのが正式発表だ。
とりあえず、第二王子が本気で王太子と対立している訳ではなくて一安心だ。
エドウィン王子とエレノーラが結婚か、まずありえない話だと思う。
「エレノーラ様がしつこそうですね」
「それに一番困っているんだ。彼女は所構わず押しかけてきてな……」
エレノーラはヒルローズ公爵家の娘で、エドウィン王子にぞっこんだ。
残念なことに私は彼女にとても気に入られている。ご機嫌取りのつもりで彼女に王子との結婚は間違いないと言ったところ、学園にいた頃はお茶会やらに頻繁に招かれるようになっていた。
誘いを断り続けてもエレノーラは折れず、何度か私の方が根負けすることもあった。学園を卒業して、しつこい彼女とはしばらく会わずに済んでいる。
「周りに乗せられているのでしょうね。あの人、純粋すぎると言いますか……」
「その通りだ。彼女に悪意が無い分、邪険にするのも心苦しい」
エドウィン王子は辛そうに言う。
どうしたものか。私が首を突っ込めば事態が余計に悪化するだろうから、私にできることはほぼ無い。
「もう姿を消してしまうのはどうですか? 存在しない第二王子を担ぐのは無理でしょう」
「それはもうやった。数週間表に出なかったが、奴らは私の居ないところで勝手に打倒王太子と盛り上がっていたよ」
もうエドウィン王子が何を言っても駄目そうだ。過激派貴族を派手に処断するか、熱が冷めるのを待つしかないだろう。
しばらくの間、エレノーラの猛アタックを王子が耐えればいいだけだ。……大変そうだな。
「エレノーラ様は本当にしつこいですからね。私も在学中に苦労しました」
「ああ、ユミエラ嬢は彼女に気に入られていたな。この屋敷にも来るかもしれないな」
エドウィン王子が不吉なことを言う。やめろフラグを立てるな。ここにエレノーラが来て一番困るのはあなたですよ。
王子に苦言を呈そうとしたそのとき、廊下が何やら騒がしくなる。バタバタと誰かが走る音が聞こえて、リタがノックも無しに部屋に飛び込んできた。
「ヒルローズ家のご令嬢が、エレノーラ様がいらっしゃいました。今は使用人が引き止めていますが、すぐにここに来ます」
フラグ回収早くない?