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番外編02 学園の七不思議

お久しぶりです。すみません番外編です。こんな雰囲気の話だったなと思いだしていただければ……。

二年生の夏休み前のお話。リューが生まれて数ヶ月、ユミエラがパトリックへの思いに気がついた辺りです。

 たまに忘れそうになるが、この学園は乙女ゲームの舞台だ。もちろんイベントには事欠かない。

 今は二学年の夏、そろそろ幽霊のイベントが起きるはずだ。放っておいても問題ないのだが、また私のせいにされても困る。私は主人公であるアリシアを差し置いて、事件の解決に乗り出した。


 一人で幽霊を始末するというのも何だか寂しいのでパトリックを誘うことにする。


「パトリックは知ってる? 幽霊が出るって話」

「ああ、物好きな連中が噂しているな。俺は詳しくはないぞ」


 私の耳には入ってこなかったが、やはりもうイベントは始まっていたか。パトリックは事情通だな。


「パトリックも案外、噂好きなの?」

「学園の生徒は誰でも知っているだろ、ここ数週間では有名な話だ」

「……そうだよねー」


 ゲームの知識が無かったら、私は一生知ることがなかったのだが。私の孤立っぷりは凄まじい。

 そこでパトリックが聞き慣れない言葉を口にした。


「ユミエラも七不思議には興味があるのか?」

「え? 七不思議?」


 七不思議とは一体……? ゲームでは一つだったはずの心霊現象がなぜ六個も増えているのだろうか。本来のシナリオと乖離している現状だが、今回に限っては私が原因で変わるイベントではない。


 私の知らないナニカが学園にいるかもしれない。


私は背筋がゾッとした……けれど、学園に何が潜んでいようと殴れば大体倒せるだろうし、殴れない相手だったら対象がいる空間ごと削り取れば良い。よし完璧な作戦だ。


       ◆ ◆ ◆


 その翌日の放課後、私とパトリックは学園七不思議の調査をしていた。


二人とも七不思議の詳しい内容については知らなかったので、前日のうちに聞き込みをしてメモに残してある。

ちなみに聞き込みをしたのはパトリックだ。私も聞いたのだが皆は言葉を濁すばかりで、誰も七不思議については教えてくれなかった。


「ここが一箇所目だ。世にも恐ろしい怪物が出る、らしい」

「怪物? なんかイメージと違うのだけれど」


 パトリックが立ち止まったのは学園の外れにある倉庫の近くだ。

 声が聞こえるとか、勝手に物が動き出すとか心霊現象的なモノを想像していたが、どちらかと言えば未確認生物っぽい。


 そのとき、倉庫の出入り口から大きな黒い物体がニュッと飛び出してきた。

 そう、この倉庫は愛しい我が子の家なのだ。


「リュー! おうちにいたのね、いい子にしてた?」


 ドラゴンのリューは私に頭を擦り付けて甘えてくる。ああ、本当に可愛いなあ。

 リューの頭を撫で回しながら、私は言った。


「ねえリュー、ここら辺で怪物って見てない?」


 リューは何のことだか分からないという顔をしていた。やはり所詮は噂話、世にも恐ろしい怪物なんていなかったのだ。


「やっぱり七不思議なんて嘘ね」

「いや、多分だがリューが……」


 パトリックはリューを眺めながら言う。

 リューがどうしたというのだ。人くらい丸呑みできそうなほど大きなお口、鎧など紙のように切り裂くであろう爪、そんなパーフェクトに可愛らしいドラゴンと、恐ろしい怪物とに関わり合いは無い。



 リューに別れを告げた私たちは次の場所へと向かう。

 パトリックが指差したのは学園の女子寮だ。しかも私の部屋がある棟だった。


「二箇所目はここだな。二階の右端の窓、あそこから飛び降り自殺を図る女生徒がいるらしい」

「あそこって私の部屋なんだけど」

「ユミエラが見ていないなら、例の女生徒はいないのだろうな」


 また根も葉もない噂話だったか。そもそも二階の窓から飛び降り自殺という時点で怪しい。圧倒的に高さが足りない。


「私もたまにあの窓から部屋に出入りするけれど、幽霊なんて一度も見たことがないしね」

「ん? 窓から?」

「うん、あそこから飛び降りて外に出たり、ジャンプして部屋に帰ったり」

「……ああ、そういうことか」

「え? どういうこと?」


 私はその後、行儀が悪いとパトリックからお叱りを受けることになった。いいじゃん、ショートカットくらい。



 三番目の場所は図書室だった。ここも私が良く利用する場所だ。


「国家転覆を目論む者が兵法書を笑いながら読み漁っている、とのことだ」

「何それ? 怪談じゃないじゃん」


 それは七不思議ではなくて陰謀論だろう。

 また嘘だろうなと思っているとパトリックが言った。


「パターンは分かってきた。ユミエラは図書室でどんな本を読んでいる?」

「え? 歴史の本と魔法の本は読み尽くしちゃったから、最近は兵法の本とかも読んだりしてるけど」

「なるほど、理解した」


 集団戦での陣形やらが真面目に書いてある本だが、そんなことを考えている暇があったらレベルを少しでも上げればいいのにと思ってしまう。

 私が一万人VS私が一万人の戦場を想像するのだが、私たちは陣形とかは関係なく最上位魔法を連射しだす。もう不毛すぎて笑ってしまう。兵法書は私に合わない。


 それよりパトリックはパターンが分かってきたと言っていたが、どういうことだろうか。今までの七不思議に共通点は思い当たらない。

 何が分かったのかを直接尋ねてみるが、彼は言葉を濁すだけだった。



 それからも学園中を歩き回ったが、信憑性のある話は一つもなかった。

 成果が得られなかったからだろうか、パトリックも疲れた顔をしている。


「はあ、ここが最後だ。深夜、東棟ホールのピアノがひとりでに鳴り出す……ユミエラはピアノが弾けたのか?」

「弾けないけど……弾いているのは幽霊でしょ?」


 私が楽器の類を弾けるわけないだろうに。あ、魔物呼びの笛はしょっちゅう鳴らしている。あれは楽器にカウントして良いだろうか。


 最後になってしまったが、これがゲームのイベントで起こる幽霊騒動だ。

 ピアノの中に幽霊型の魔物が潜んでいて夜な夜なピアノを鳴らす、というのが騒動の真相。学園で魔物との戦闘イベントがあるのはこれだけなので、私も良く覚えていた。


 夜しか出現しない仕様だったはずだが……また出直すのは面倒だ。

私はピアノの中を覗き込むも、例の魔物は見つからなかった。


「うーん、夜にまた来るしかないかな」

「それで、ユミエラは夜にここで何をしているんだ?」

「だから私は何もしてないって!」


 もしかしてパトリックは私が七不思議の原因だとでも思っているのだろうか。怪談話になるような紛らわしいことは一つもしていないのに。


 私は何となしにピアノの前に腰を下ろした。こうやって鍵盤を見ると、何だか弾ける気がしてきた。私はレベル99、超人的な反射速度を持っている。即興での演奏など軽々とできるかもしれない。

 問題は私の音楽センスだが……問題ないだろう。天才とまでは言わないが、そこそこの感覚は持ち合わせているつもりだ。


「じゃ、私の演奏会を始めます」

「嫌な予感しかしない」


 奏者は私、観客はパトリック、放課後の学園で二人だけの演奏会が始まる。少しロマンチックだな。

私は鍵盤を柔らかく叩いていく。足で踏むペダルは役割が不明なので触らない。


「聞きようによっては……普通に下手だな。適当に鍵盤を叩いているだけだろ」

「ちょっと、演奏中のマナーは守ってよ」


 私が下手? そんなまさか、こんなにも心地よい音色が鳴り響いているのに。パトリックは音楽の才能がゼロなのかもしれない。私はそんな彼でも受け入れてあげよう。


 しかし、このままでは普通の演奏で終ってしまう。私ならではの……そうだ、なるべく曲調を速くしよう。私の身体能力ならできるはずだ。

 段々と、曲は加速する。右手が高音を弾いていると思ったら、次の瞬間には左端で低音を奏でている。


 どうだ、これなら私の凄さがパトリックも理解できるだろう。

 様子を伺うと、彼は顔を青くして口を抑えていた。


「気持ち悪くなってきた」

「ちょっと、どういう――」


 パトリックを問い詰めようとした瞬間、ピアノの中からナニカが飛び出す。

 半透明のそれは、幽霊型の魔物だ。


「出てきた! ダークフレイム」


 例の魔物は漆黒の炎に溶かされて、ついには消えてしまった。まあオマケイベントの敵なんて瞬殺できるよね。

 やっと事態を把握したパトリックが言う。


「本当にいたとは……あれはレイスか?」

「そんな感じのやつだと思う。どこから入り込んだんだか」

「それがユミエラの演奏を耐えられなくなって出てきたのか」

「私も魔物ですら感動するほどの演奏ができるなんて思わなかったわ」

「……ユミエラはもう楽器に触らない方がいい。そんなユミエラにも素敵なところはあるから……」


 私の素晴らしい即興曲により、幽霊騒動は幕を下ろした。

 これで学園を賑わせている七不思議の噂も落ち着くことだろう。



 翌日以降、七不思議の噂はさらに加熱したらしい。しかもピアノの話は少し変わっていた。



 東棟ホールのピアノは不気味な曲を紡ぎ出す。この世のものとは思えない暗澹あんたんで奇怪なメロディは、人々を狂気へと貶める。



 何だ、その怖すぎる話。例のピアノには近づかないようにしよう。

来週には二章の続きを始めます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 料理で八つ目の怪談が ・・・ (苦笑)
[一言] ユミエラが他所のガキ大将と違って、リサイタルをやりたがるようなキャラじゃなくて良かったです。
[良い点] 一人で全部網羅してて草です
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