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03 開戦回避

しばらく間が空いたので前回のあらすじ

パトリックの実家へと向かうユミエラ、すると辺境伯と隣国の軍が睨み合っている

ユミエラ、取り敢えずそのど真ん中に突っ込む

 国境沿いで睨み合うアッシュバトン辺境伯軍とレムレスト王国軍。そのど真ん中に降り立った私はリューの背で頭を抱えていた。

 勢いでここまで来てしまったが、これはまずい状況なのではないだろうか。私が原因で睨み合いで済んだものが全面戦争になっては目も当てられない。


 状況が動けばその場の流れで何とかするのだが、両軍は私に注目したまま一歩も動かない。それどころか誰も声すら発さない。

 取り敢えず、どちらの援軍かを名乗っておいた方が良いだろうかと考えていると、リューが小さくクシャミをした。ガフッという変な音が出てとても可愛い。

 これでみんなが和んで即時停戦とかにならないかな。


「バルシャイン王国の魔王が出たぞ!」

「逃げろ! 闇に呑まれる! 殺される!」

「もう終わりだあ、俺は死ぬんだ!」


 リューのクシャミを皮切りに、レムレスト軍の陣形がまたたく間に崩壊する。一目散に逃げる者、その場に頭を抱えてうずくまる者、ただ立ち尽くす者。

 何だか良く分からないうちに勝てそうな雰囲気となった。人を殺さないで済むのが非常に嬉しい。

 私は黒髪差別撤廃のためにも平和的なイメージを目指している。

 そう、戦場に舞い降りた天使が血を流さずに戦争を終わらせ……とはならないんだろうな。どうせ天使じゃなくて魔王ですよ。


 阿鼻叫喚の地獄絵図となっている前方から目を逸らすべく、アッシュバトンの軍の方に振り返る。

 私が振り返った瞬間、今までほぼ無音だった友軍からガシャンと大きな音が鳴る。全員が一斉に体をビクリと震わせたことで起きた金属鎧の音だった。


 私はため息をついて前方に向き直る。どうしてこうなった。私はただ彼の実家に挨拶に来ただけなのだ。有事のようだったので、ただほんのちょっとだけ急いで駆けつけただけなのだ。


 一応、敵軍の大将は捕まえておいた方が良いかもしれない。私は全速力で後退する敵軍を眺めるが、どこらへんに大将がいるのかが分からない。

 陣形が滅茶苦茶過ぎておおよその見当も付けられそうにない。

 パトリックなら詳しそうだが彼は今夢の中だ。肩を思い切り揺するがうめき声を上げるばかりで起きる様子は無い。


「あー、すまん、私の息子が死にそうなのだが」


 すぐ近くから声がかけられたのでそちらを見ると、リューの横に馬が一頭並んでいた。

 その背には灰色の髪をした壮年の男性が乗っている。彼の灰色の髪はパトリックのそれより白っぽく、顔はどこかパトリックの面影が。


 アッシュバトン辺境伯家の家紋が大きく描かれた鎧からも分かるが、彼がパトリックのお父様で間違いないだろう。

 一人で前に出てきた彼を、後方の護衛たちが心配そうに見つめている。彼らは馬が言うことを聞かないようで、中々前に出てこられないようだ。


 落ち着け、私。まさかこんな所でご挨拶をすることになるとは思わなかった。

 人間関係では第一印象が重要だ。今からの私の言動で、私達の結婚を認めてもらえるかどうかがかかっているのだ。


 私はリューの背から飛び降りて、片膝をついて言う。


「はじめましてアッシュバトン辺境伯、ユミエラ・ドルクネスです。援軍に参りました」

「ええと……レムレストを滅ぼす、ということかな?」

「え? ……お義父様がお望みとあらば」

「いや、私にそんな意思はないのだが……?」


 ではどうして辺境伯の口から隣国を滅ぼすなどという物騒な言葉が出たのだろうか。私が不思議そうな顔をすると、辺境伯も同じような顔をする。


 たぶん、その時の私たちの心中は同じだっただろう。


 パトリック、早く起きてくれ。


 ◆


「そうか! ウチに遊びに来てくれただけか」

「いえいえ! 私もご挨拶が遅れまして」


 パトリックが目を覚ましたことで、私と辺境伯との無言で見つめ合うという状況は終了した。辺境伯に戦意は無かったようで一安心する。


「それでだな、奴らが突然宣戦布告をしてきてな。こちらの被害も無かったし、ドルクネス伯爵が来てくれて助かった」

「それは大変でしたね」

「我々としては国境線が守れれば十分だからな。敵の大将に向こうの事情を聞ければ良いのだが」

「私が捕まえてきます!」


 私とお義父様はお互いに家名プラス爵位で呼び合っていた。貴族家の当主同士だからこれが正しいのだろうが、どこか距離を感じてしまう。

 仲良くなるためにも厄介事は手早く片付けるに限る。私がレムレスト軍に向かって走り出そうとすると、襟首を思い切りパトリックに掴まれた。

 当然のことながらパトリックは私に引きずられるようになる。


「待て! ユミエラ、待て! これ以上お前が動くな!」

「パトリックも一緒に行く? お義父様にいいトコ見せないとね」

「違う、これ以上ユミエラが動いたらレムレスト軍にショック死するヤツが出てくる」

「え? そんなわけないでしょ?」


 私は構わずにレムレスト軍に向かって歩き出す。すると私と目の合った兵士がそのまま白目を剥いて後ろに倒れた。

 隣国の兵士のメンタル面が脆弱すぎるのだ。私はそう思うことにした。


「ああ、こういう子か。パトリックの言う通りだ」

 私が少し落ち込んでいるとお義父さんがボソリとそう呟く。パトリックは私のことを何と言ったんだ?


 ◆


 戦力外通告……ではなく、戦力になりすぎる通告を受けた私は、リューと一緒に辺境伯軍の本陣のそばでジッとしていた。

 しばらくすると、パトリックたちが親子で本陣に帰ってきた。レムレストの軍服を着た男を一人だけ連れている。

 その人はどこかで見たことがあるような?


「あ、諜報員の人?」

「はい、その節はお世話になりました。現在は、レムレスト王国中央軍副官補佐のライナスです」


 ライナスは前に一度だけ私に接触してきた隣国の諜報員だ。軍属だったことにも驚きだが、副官補佐? なぜ微妙な役職の彼だけがやってきたのだろうか。

 私の疑問点は彼にも伝わったようだ。


「司令官も副官も、いの一番に逃げ出しました」

「ああ、えっと、それはご愁傷様です」


 何というか上司に恵まれない人だ。前回、私を取り込むべく動いたのも彼の上司が原因だったはずだ。

 もしかしたら諜報畑から異動になったのも左遷の類かもしれない。


 しかし現状、ライナスは最高責任者となるので、停戦交渉をするのは彼の役割だ。バルシャイン王国側の代表はもちろん辺境伯である。

 それを黙って見る私。専門外のことに部外者が口出しする気はない、だからパトリックよ、私をそんな目で見るんじゃない。


 私たちは本陣に張られた天幕に入って、ライナスの話を聞く。


「ええと、どこから話しましょうか……我が国は現在二つに割れていまして……」

 それは私も知っている。一年ほど前、隣国の国王は病に倒れたらしい。次代の王は第一王子が指名されているのだが、彼は国王が死ぬまで正式に王位を継ぐことはできない。

 それを機と見た第二王子とその派閥が台頭し、国が二分化されているという。

 もちろんそれは辺境伯もよく知っていることだろう。彼は続きを促す。


「それは知っている。それで? これを主導したのはどちらだ?」

「第二王子殿下です。元々劣勢ですので武功を上げるしかないと考えたようでして」

「じゃあ、お前の所の大将は……」

「はい、件の殿下です」


 ライナスの言葉尻はどんどん小さくなっていく。辺境伯は大きくため息をついた。


「はあ……アレだけの逃げっぷりだ、もう事を起こそうとは考えないだろう。こちらの被害も無いし、開戦は回避できそうだな」

 辺境伯は戦争をしたくないらしい。もし戦争となったら戦場になるのは彼の領地なのだから当然だろう。

 私も戦争回避のために加勢しておく。


「ライナスさん、そちらの第二王子に伝えてください。次はいくら逃げても、私が全力で追いかけると」

「承りました、必ず伝えましょう」


 ライナスは疲れ切った顔がわずかに明るくなった。この人も相当な苦労人だと思う。彼は辺境伯といくらかやり取りをして、引き上げの指揮を取るべく自軍の元へと戻っていった。

 ライナスは去り際に一言。


「どちらも大変ですね。バルシャイン王国でも第二王子派が動きを見せているのでしょう?」

 待って、自国のことなのにそれは知らない。あの馬鹿王子は何をやっているんだ?

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― 新着の感想 ―
[一言] レムレストのお馬鹿さんは、どんなプランで攻め込んで来たんでしょうか…… バルシャイン王国、ましてやアッシュバトンにちょっかいかけたら、次男と懇意の魔王がドラゴンを駆って乗りこんでくるのは、容…
[良い点] すっかり魔王扱いでご愁傷さまです。まあアッシュバトン辺境伯に魔王がついているとなれば隣国は当面大人しくしているでしょう。ユミエラは期さずして素晴らしい手土産をプレゼントできたようで何よりで…
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