03 剣と魔法の初授業
授業初日の午後は剣術から始まった。男子生徒はほぼ全員参加しているが、女子生徒は私を含め数えるほどしかいない。他は観戦に回っている。
「よし、皆の実力を確認するために順番で模擬戦を行う。1番目は……レベル99の君だ」
周りから嘲るような笑い声が上がる。
剣術を指南する教師は、入学式で私に詰め寄ってきた彼であった。ウィリアムといい、剣士というのは血の気が多いのだろうか。
「では、俺が相手をしましょう」
ウィリアムが私の相手に名乗りを上げた。女子生徒たちが黄色い声援を上げる。
模擬戦では木剣を使うようだ。適当に一本を選び、訓練場の中央に出る。
ウィリアムは一番長く厚い木剣を選んだようだ。ゲームでも彼は身の丈ほどの長さの大剣を使用していた。
「やめるなら今のうちだぞ」
ウィリアムの忠告を無視して勝負前の礼をする。
「よろしくお願いします」
「チッ、怪我をしても知らないからな」
しつこい。私はどう手加減すればいいのか考えるのに必死なのだ。
「では両者構えて」
そういえば私は剣の構え方を知らない。剣を握るのも初めてだ。
レベル上げで魔物を倒すときは魔法がメインだった。
魔法が極端に効きにくい相手はその辺の木の棒や石で殴り殺していた。素手でも良かったが、汚れるのが嫌なので使わなかった。
剣を構えない私にウィリアムが怪訝な顔をする。
「おい、早く構えろ。それとも戦わずに降参か?」
「すみません、剣を使うのは初めてなので。このまま始めていいですよ」
周りからは隠そうともしない笑い声が上がり罵声が飛び交う。ウィリアムは怒りで顔を歪めていた。
「どこまでバカにする気だ! 女だからと手加減はしないからな、骨の1本や2本は折れると思え」
始めの合図を待たず、ウィリアムが一直線に突っ込んでくる。
一般的には速いのだろうが、私の反応速度をもってすれば対処は容易い。
どうすればウィリアムに怪我をさせずに済むかと考えているうちに、彼は私の目前に迫り剣を振り上げていた。
木剣が振り下ろされる直前、私は横にヒョイと避けて彼の足元に木剣を差し出す。
振り下ろしを盛大に空振り、私の剣に足を引っ掛けた彼は顔から地面に突っ込む。ごめん、そこまで豪快にずっこけると思わなかった。
何が起こったのかと周りが静まり返る。
「先生、これで終わりですか? 追撃した方が良いですか?」
木剣をブンブン振り回し訓練場に風を起こしながら尋ねると、教師は我に返り宣言する。
「しょ、勝者ユミエラ・ドルクネス」
それに異を唱えたのは転倒から起き上がったウィリアムだった。
「まだだ、今のは油断しただけだ! 素人のふりをするとはどこまでも卑怯なやつめ!」
顔からだらだらと血を流しながら言っても説得力が無いぞ。
「うおおおおおおおお」
「せい」
雄たけびを上げて飛び掛ってくるウィリアム。また避けても彼は納得しないだろうと思い、彼の振り下ろしに合わせて互いの剣をぶつけ合う。
ぶつかり合った木剣は木とは思えない重い音が鳴り、ウィリアムは後方に吹き飛ばされる。木剣が折れると思ったが意外と丈夫だなあ。
訓練場に悲鳴が上がる。人が死んだかのような反応だ。
空を飛ぶほどの勢いで吹き飛んだ彼は頭を打ったのか、気を失っているだけなのに。
「あー、彼を保健室に運びましょうか?」
私がウィリアムの襟首を掴み持ち上げながら言うと、教師は慌てだす。
「いや、いい。私が連れて行こう。だから彼をこちらに引き渡すんだ」
私が人質を取ったみたいな反応をされた。心外だと思いながら彼を受け渡す。
「私はウィリアム君を保健室に連れて行く。
私が帰ってくるまで素振りなどの自主練をするように。いいか、試合は絶対にするなよ」
教師はそれだけ言い、走って訓練場を出て行ってしまう。
それにしても素振りか、私は素人なので周りの真似をしよう。
そう思いながら周囲を見回すが、誰も動く様子はなく、私と目の合ったものはヒッと小さく悲鳴を上げる始末だ。
見物に来ていた女子生徒たちはすでにいなくなっている。
そこまで怖がらなくても。私は十分に手加減をしたはずだ。ウィリアムがひき肉になっていないのが何よりの証拠である。
しょうがないので私は1人、何となくの型で素振りを始める。
結局、授業終了の時間まで教師は戻ってくることはなかった。
次は魔法の実技の授業だ。魔法の訓練場は金属の鎧を着た案山子が並んでおり、弓道場のように魔法を撃つ場所にだけ屋根がかかっている。
訓練場に時間通りに来た教師は生徒たちを見回し言う。
「まずはみんなの魔法の実力を見せてもらおうか。1つの属性でも的に当てられたら十分だよ」
剣術の授業と同じように、1人1人の実力を測るため順番に魔法を披露するようだ。
属性は火・風・水・土の4つが基本だ。光と闇を使える人は非常に希少である。
1人ずつ魔法を披露していくが魔法が見当違いの方向に飛んで行ったり、的まで届かなかったりと、及第点の生徒は意外と少ない。
的に当てられた人も多くて2属性で、威力が足りないのか的はビクともしない。
アリシアは的に当てられなかったが、希少な光魔法を使用したので感嘆の声が上がった。
オズワルドは4属性全てを使いこなし、的に命中させて見せた。教師も手放しで褒める。彼の魔法は周りに比べて威力も高く見えたが、的はビクともしなかった。的が相当硬いのだろうか。
「素晴らしい流石オズワルド君、魔法の天才と持てはやされるだけのことはあるね」
「これくらいできて当然です。
まだ魔法を見せていないのは彼女だけですね。どんな素晴らしい魔法を見せてくれるのでしょうかねぇ」
オズワルドが眼鏡をクイッと指で持ち上げ、馬鹿にしたように私を見ながら言う。
確か彼は剣術の授業には参加していなかった。私がウィリアムを吹き飛ばしたことを知らないのだろう。そう思いながら前へ出る。
剣術の授業に参加していた周りの生徒は、何か起こるかも知れないと一歩引く。
そこまで警戒しなくても……
実は私は基本の4属性がまともに使えない。ライターほどの火を出したり、そよ風を起こしたりくらいしかできない。
筋肉と闇に才能を極振りした女と呼んで貰って構いません。
「あの、的って壊してしまっても大丈夫ですか?」
やたらと丈夫な的を壊してしまってもいいか質問するが、教師ではなくオズワルドが答える。
「あの案山子が着ている鎧は特殊な加工をしたものだ。それに、僕も壊せないあれを君が壊せるはずないだろう」
壊して良いのか悪いのか質問に答えて欲しい。無視して教師を見つめる。
「宮廷魔導師くらいしか壊せないのだが、まあ壊せるというのなら壊してしまってもいいよ」
教師の許可も出たので魔法を放つことにする。
「では、ダークフレイム」
私の指先から豆粒ほどの大きさの黒い炎が出現し、的に一直線に向う。
「何だあれは。何を出すかと思えば豆鉄砲じゃないか」
オズワルドは笑い声を上げるが、教師は闇属性だと気が付いたようで目を見開いて驚いている。
豆粒ほどの炎は着弾した瞬間、的全体に燃え広がり鎧はドロドロに溶け始める。
ダークフレイムは私がよく使う魔法の1つだ。フレイムというだけあって炎のような見た目だが熱さは一切ない。
石も金属も溶かす様子は炎というより酸に近い。魔物に使うと中々にグロテスクなことになる。
鎧と中の案山子が溶け切り黒い炎は消える。
「……闇魔法?」
静まり返った訓練場の中、誰かが呟く。
「はい、闇魔法です。他の属性はからっきしでして」
「み、見事だったユミエラ嬢。
あー、闇魔法の使い手は宮廷魔導師にもいたくらいだ。悪い先入観は持たないように」
少しどもりながら教師が闇魔法について説明する。
というか闇魔法ってそこまでイメージ悪いのか。そういえば絵本の悪役は大体が黒髪で闇属性だった。私って悪役なのだろうか。あ、悪役令嬢だった。
「あり得ない、こんなのおかしい。僕は魔法の天才なんだ」
今まで黙っていたオズワルドがブツブツと呟きだす。これは魔法の才能というよりレベル差だと思うが。
「ぼ、僕はこんなの認めないからなあああ!」
ついには叫び出したオズワルドが訓練場を走り去ってしまう。彼のクール眼鏡キャラは完全に崩壊していた。
私がドン引きしているとオズワルドと入れ違いになるように、エドウィン王子と学園長がやって来た。
「ユミエラ・ドルクネス、貴様の退学の書類が完成したぞ。貴様は王立学園にふさわしくない」
午後の授業からエドウィン王子を見ないと思ったが、私を退学させる準備をしていたらしい。
「退学……ですか」
「ああ、王族に嘘を吐くような奴は学園に相応しくない。
王立学園を退学になったとなれば、この国で貴族として生きるのは難しいだろう」
「ふふ、海外旅行もいいかもしれませんね。外国の人は良くしてくれるかも知れません」
暗に他国への亡命を仄めかすと、魔法の教師が慌て出す。
「お、お待ちください殿下、学園長。彼女は希少な闇魔法の使い手で、宮廷魔導師でも壊すのに苦労する的を壊して見せました。
レベル99というのも真実かもしれません。彼女を退学にするのはこの国の損失です」
「宮廷魔導師でも壊せるのだろう? レベル99の証明にはならないはずだ。退学を取り消したければ私を納得させてみよ」
エドウィン王子はどうしても私を退学にしたいようだ。宮廷魔導師クラスの人物を易々と他国へ渡すのは王族として問題だと思うが。
「ユミエラ嬢、先程の魔法は全力ではないだろう? ここで全力の魔法を見せてくれ、頼む」
亡命して他国に囲って貰うのと、身分を隠して庶民として生きるのとどちらがいいかなと考えていると、魔法の教師が土下座する勢いで全力を出すように頼み込んでくる。
この国への忠誠心からの行動だろうか、こう頼まれると断りづらい。
「分かりました、空に魔法を放ちます。エドウィン殿下、魔法を行使してもよろしいでしょうか?」
「勝手にやればいいだろう」
「本当によろしいのですか?」
「うるさい! さっさと始めろ!」
「でも、何かあったときは誰が責任を……」
「空に魔法を撃って何か起こるはずないだろう! 責任は私が取る!」
よし、言質は取った。これから起こる事を考えるとエドウィン王子に責任を擦り付けるのが一番である。
「では、屋根のかかっていない場所へ」
私が訓練場を移動すると、王子たちが付いてくる。生徒たちも恐る恐るといった様子で屋根のない場所へ移動する。
全力でと言ったが本当に全力でやる気は無い。昔に1度、森にクレーターを作ってからは全力での魔法行使は控えている。
あれからさらに成長しているはずなので今の全力は私も想像が付かない。
ゲームでは魔王と私だけが使うことを許された、最強の闇属性魔法を行使する。
「ブラックホール」
瞬間、王立学園が闇に包まれる。
外から見れば、学園の上空に黒い球体が出現したことが分かるだろう。広い王都のどこからでも見えたはずだ。
学園は太陽の光が遮られ、夜のように真っ暗になる。しかしそれは一瞬だ。次に黒い球体はみるみる小さくなり消えてしまう。
ブラックホールは範囲内の物体を無条件で消し去る魔法である。範囲は小さくもできるので使い勝手が非常に良い。
つまり、学園の上空の空気が一瞬で無くなったということだ。上方向への突風が吹き上がる。
「どうでしょうか殿下? 私がレベル99だと納得して頂けましたでしょうか?」
風が収まってから、できるだけ柔らかい表情を心掛けて言う。
「ひいいいいい」
腰を抜かしたエドウィン王子は必死に私から離れようとする。
そこまで怖がらなくても。