01 これからのこと
魔王復活の騒動から約一年、私は王立学園を卒業して領主の仕事に専念できるようになった。
在学中も私が伯爵位を継いだことにより、領主決裁が必要な改革は進みつつある。ほとんどがデイモン任せだが、今までできていなかった街道整備などに着手している。
しかしそれはどこの領でも当たり前にやっていることだ。これからはドルクネス領の特色を出さねば、あとはジワジワと衰退するのみだろう。
「今は領地のほとんどで麦を作っているのでしょう? 綿花とかの商品作物に転換するのはどう?」
「綿花は隣のコットネス領の特産品ですね。他の作物ですと茶葉や果実あたりですが、どちらも安定するまで時間がかかりますし」
「別にすぐに効果が出なくても良いのだけれど……」
私はデイモンと顔を突き合わせて、これからの領地の舵取りについて話し合いをしている。
ドルクネス領はこれと言った名産品も無く、有効活用できそうな資源も見当たらない。何の変哲もない平野と山々があるだけだ。
「そういうのに手を出しても、既存の供給元に勝てるとも限らないしねえ」
「そうですね。昔からの土地の名産品には勝てないでしょう、特に高級品は土地によって付加価値が付きますから」
ブランド力が無いということか。作物を育てるノウハウも無いし、一からのスタートは厳しい道のりだろう。
最初は前世の知識が活かせるかとも思ったが、中々に難しい。そもそもこの世界は中世のヨーロッパ風というだけで、生活水準は相当に高い。砂糖や香辛料も安定供給されているし、食文化も進んでいる。
「何かどこの領でもやってないことがあればいいのだけれど……」
「斬新な発想ができるユミエラ様でしたら、なにか良い案を着想すると信じております」
デイモンは私を期待の眼差しで見るが、私はなにも思いつかない。あと言外に非常識と言われた気もする。被害妄想だろうか。
うーん。私の特技、私にしかできないことか……戦闘関連しか思いつかない。
「バリアスみたいにダンジョンで人を呼び込むとかは?」
「ダンジョンですか……わたくしは専門外なのですが、闇属性のダンジョンというのは危険度が高いイメージがありますね」
「ああ、それで合ってるわ。ほとんどの人が不利な属性だから」
ダンジョンは駄目か。他の私の特技……レベル上げ?
「兵士のレベルを上げて傭兵団にするとか? あ、やっぱりそれは駄目」
「そうですか? ユミエラ様が率いるのでしたら上手くいきそうだと思いますが」
上手くいきすぎそうだから駄目なのだ。ただでさえ武力を持ちすぎて警戒されているのに、それが軍隊を持ったとなれば尚更だろう。
「うーん、パトリックにも聞いてくるわ」
「辺境伯家出身のパトリック様なら妙案があるかもしれませんね。それで話は変わるのですが、パトリック様のことは旦那様と婿様のどちらでお呼びすれば――」
話の雲行きが怪しくなってきたので慌てて執務室を出る。まだどちらでもない!
◆
パトリックは学園を卒業後、一度も実家に帰っていない。私は帰るように言ったのだが、彼はドルクネス領が気になるからと聞く耳を持たない。手紙のやり取りだけはしているようなのが幸いだろうか。
パトリックを探すべく、屋敷内をうろつく。いつもの彼は書類仕事を手伝うため、私と一緒に執務室にいることが多いのだが……
廊下を歩いていると使用人たちと談笑をしているパトリックを見つけた。
「パトリック、ちょっと相談が……」
声をかけたことで私に気がついた使用人たちが、慌てて一礼をして仕事に戻っていく。そんなあからさまに逃げなくても……地味に傷つく。
「ま、まあ彼らとは時間をかけて打ち解けていけばいいさ」
私を差し置いて仲良くしている彼に慰められても嬉しくない。
「ここって私の家よね? パトリックのほうが馴染んでいる気がするのだけれど」
「ゆくゆくは俺の家にもなるからな。悪いことではないだろう」
「う、うん」
嫌味半分の言葉を吐いたら不意打ち気味に返り討ちにされた。彼は天然で言っているのか、そう言えば私が大人しくなることを見越してなのかが分からない。
「それで相談とは? 執務室に行くか?」
「えっと……執務室じゃなくて私の部屋で」
執務室にはまだデイモンがいるはずだ。旦那とか婿とかそういう話をぶり返されては敵わない。
「そうか、そういう話か。俺もそろそろ相談するべきだと思っていた」
おお、パトリックには領地改革の腹案があったらしい。
部屋へと移動した私はさっそく本題へと入る。
「それで、これからのことなのだけれど……」
「ああ、これからのことは話し合っておくべきだろう。今までユミエラに話してもはぐらかされ続けてきたからな」
そうだろうか? 確かに領地のことはデイモンに任せきりにしていたが、在学中に色々するのは難しかった。それに彼から領地経営の話をされたことは無かったはずだが。
「私も色々考えたのだけれど良い案が見つからなくて、パトリックは何かない?」
「貴族のそれは家同士のことだ、まずは俺の実家に行かねばならないな」
「私も行くの?」
「そうに決まっているだろう。ユミエラは張本人であると同時に当主でもあるわけだからな」
アッシュバトン家と提携でもするのだろうか? ドルクネスとはだいぶ離れているから、できることは少ないはずだが。
「そのあとは?」
「あとは式の日取りを決めて、招待客のリストアップも必要だな……」
「式? 招待客?」
「ユミエラはあまり気乗りしないだろうが、式は挙げなければ駄目だろう。あ、ドレスも作らなければいけないな。デザインで何か希望はあるか?」
ドレス? 動きにくいのでドレスはあまり着たくない。万能の便利衣装である学園の制服が着られなくなったので、今も制服っぽいものを着ているくらいだ。
学園の制服と騎士の制服を混ぜた感じだろうか。特注だがそこらのドレスよりは安上がりで仕上がった。
「ドレスが必要なの? 私は綿花とか傭兵とかを考えていたのだけれど」
「ん?」
「商品作物はあまり得策ではないかなってデイモンと話していたの。傭兵団はやらないつもりだけど」
「は?」
パトリックは訳がわからないという顔をする。私も彼の領地改革案は良く分からないので詳しく説明して欲しいところだが。
「……ユミエラは何の話をしているんだ?」
「何って最初から領地のこれからの話でしょう?」
「領地のこれからのこと、か」
パトリックは「これからのこと」の部分を強調してそう言った。
「そう、それでアッシュバトンまで行って何をするの?」
「その前に、なぜ執務室ではなくこの部屋に連れてきたんだ?」
それは……デイモンがパトリックを旦那だの婿だのと言うからだ。思いを伝えあってから一年以上たつが、私たちの関係はこれといって進展していない。
というか、私は好きだという気持ちを言葉に出したことがあっただろうか?
「えっとほら、私たちってアレでしょ? だから私室に招くのも普通のことだから」
改めて言うのが恥ずかしく言葉を濁してしまう。なんだ? アレって?
「アレ?」
カップル……と言うのは違和感がある。貴族同士だからだろうか? 貴族っぽい言い方……婚約者? 恋人と言うのとどちらが恥ずかしくないだろうか。
「恋……婚約者?」
だいぶ小さな声になってしまった。しかし彼にはちゃんと伝わったようだ。
「婚約者? 俺たちはまだ婚約者ではないぞ」
「……え」
どういうことだ? 私がフラれたということだろうか。結婚はゴメンだと?
「婚約は家同士のことだからな。当主同士のやり取りが必要だ」
「あ、じゃあ早くご挨拶に行かないと」
すっかり失念していた。パトリックも早く言ってくれれば良かったのに。
「……俺はその話をしていたのだが」
「どうしよう、パトリックのお父様は挨拶が遅れて怒っていたりしないかな?」
挨拶と言っても何を話せば良いのだろうか? お父さん、息子さんを私に下さい……いや多分だけれど、これは違う。
「大丈夫だろう、領地を継いだばかりでゴタゴタしていると手紙で伝えてはいる」
とりあえずは一安心だが弾みで婚約者と言ってしまった。
「ねえ婚約者ってことは将来的に結婚するってことよね?」
私は何を当たり前のことを言っているんだ。
「お前は何を当たり前のことを言っているんだ」
「パトリックはそれでいいのかな、と」
私は結婚しようとも言っていないし言われてもいない。まあ羞恥心からはぐらかし続けた私が悪いのだが。
「本当にお前は……ほら目をつむれ」
「な、何をする気?」
「前のように突き飛ばされたくはないからな」
私の肩に手を置いたパトリックの勢いに押されて、目を閉じる。
前のように? 確か彼を突き飛ばしてしまったのは二回目のデートのときだった。そのときの私はパトリックにキスを迫られ、顔の近さに思考停止に陷った。わけの分からなくなった私は彼を突き飛ばしてしまったのだ。
分かったことがある、私は顔が見えなければ平気らしい。いま思えば一回目も暗い場所だった。
「ちょっと庭の様子を見てくる!」
顔が真っ赤になっているであろう私は窓から庭へと飛び出した。やっぱり平気じゃなかった。世の恋人たちはどういう神経をしているのだろうか。
「二階から飛び降りるな! それとそろそろ慣れろ!」
背後から聞こえる声を聞きながら私は決意した。とりあえずパトリックの実家に行こう。
領地改革なんぞは後回しだ。どうしようもなくなったら世界最強の軍隊でも何でも作ってやる。