25 魔王城へ
私が王立学園の三年生へと進級してすぐ、この国へと向かう魔物の集団が確認された。ゲームのシナリオ通りに、それと王族に継承された情報通りに、封印された魔王が復活を果たしたのだろう。
魔王城があると言われる方角に駐留していた国と貴族との連合軍は、今頃は魔物の軍勢の対処に当たっているだろう。パトリックもその中で辺境伯軍の指揮をしているはずだ。
私たち魔王討伐の精鋭部隊はリューの背に乗り、魔物が流れてくる方向へと進んでいた。
私の後ろでアリシアは、顔を真っ青にして悲鳴を上げている。
「怖い怖い怖い怖い怖い」
「大丈夫だアリシア、俺たちがいる」
私とのレベル上げのトラウマを思い出したらしい彼女は、王子たち他三人に励まされている。しかし、その彼らの表情も心なしか優れない。好きな女性の手前、怖がるわけにはいかないのだろう。
「それで結局、アリシアさんって誰のことが好きなんですか?」
学園での彼女は攻略対象三人の全員と仲良くしている。彼らは彼らでアリシアにぞっこんである様子が傍から見ていてもよく分かる。
「こんなときにする話題か!」
そう怒鳴るエドウィン王子だが、アリシアを後ろから抱きすくめながら言っても説得力がない。彼は私とのわだかまりは無くなったものの、アリシアのことは未だに好きなようだ。
本当、恋だの愛だの言ってる人はこれだから……と私が言えた義理じゃないな。この戦いから帰ったら私、結婚するんだ。
「リュー、そこの木々が開けている所にお願い」
魔王は魔物を操るとされている。今の所リューの様子に変化は見られないが、その力はリューにも作用するものかもしれない。
もしものことを考えて魔王城から離れた場所で降ろしてもらい、そこからは徒歩で向かうことになっている。
「お父……パトリックの方に行って来てね。魔物と間違えて人間に攻撃したらだめだからね」
皆が降りた後、リューには魔物の対処の方へ応援に行ってもらう。魔物と一緒に攻撃されないか心配だが、リューを傷つけられる人物はいないだろう。
リューはガウと一声吼えた後、若干私を心配そうにしながら飛び立っていく。
私を先頭にして、森を魔王城のある方角へと歩き出す。私は道中の会話には混ざらず、無言で斥候役を務めるつもりだった。
しかしアリシアが歩調を早めて私に並んでくる。
「ユミエラさん、今までごめんなさい。私、今まで酷いことを言ってきたけど、これからは協力しないとと思って…… 一緒に頑張りましょうね」
大丈夫か? 何か変な物でも食べたのか?
今まで散々私を敵視してきたアリシアだが、今更どうしたのだろう。魔王と戦うのが怖くなってきたとかだろうか。
「あ、うん、頑張ってね」
彼女のことは一切信用していないので、気の抜けた返答になってしまうのも仕方ないだろう。
アリシアはそれだけ言うと、後ろの集団に戻っていった。彼女は魔王との戦いの邪魔をしなければそれで良い。流石のアリシアもそんな馬鹿な真似はしないだろう。
森を進むことしばらく、石造りの古城が見えてきた。魔物は王国の方に出払っているのか、道中で遭遇することは無かった。
「見えてきました、あれが魔王城ですね。……そもそも何でこんなに辺鄙な所に城があるんですかね」
私の素朴な疑問にはエドウィン王子が答えた。
「この森一帯は、もともと大きな領地があったらしい。今では魔王の影響で人が立ち入らないらしいが」
初耳だ、あの城は領主の館だったのか。しかし魔王関連の書籍はたくさん読んだが、そんなことは一切書いていなかった。
もしかして王家しか知らない情報なのではなかろうか。王子がうっかり機密情報を喋ってしまうのは相変わらずだ。
「よし、みんな行こうか」
エドウィン王子が皆に声を掛けるが、私はあまり気乗りしない。
「あの中に魔王がいるのですよね? 城をまるごと消してしまえば、それで問題解決なのでは?」
わざわざご丁寧に敵の領域に入る必要はない。遠距離から一方的に攻撃できるのならそれが一番だろう。
「それは駄目だろう。えっと……死亡確認ができない」
王子が今思いついたような理由で反対する。……まあ私も魔王の正体が気になってはいるので城への潜入を決意する。
「じゃあ、城に入りますか。みなさんは私の後ろにいてくださいね」
魔王城へと踏み入るべく扉へと手を掛ける。長年閉ざされたままだったであろう大きな扉は、ギイと嫌な音を立てて開いた。
その中は薄暗く、物音一つしない。ゲームでは魔物が溢れるほどいたがどういうことだろうか。道中もそうだったが、何か悪いことの予兆のような気がしてならない。
私は魔王と正面から戦えば負けることはないだろう。唯一怖いのは不意打ちだ。
最上位の魔法や急所への攻撃をまともに食らったら、私と言えども無事ではすまないだろう。
私の後ろを少し離れて四人がついてくる。後ろからの奇襲を受けたら、できる限りは頑張るが最悪見捨てよう。
私は周囲の物音と気配に集中する、後ろにいる彼らの立てる僅かな物音をうるさく感じるほどに。
そんな中、アリシアが呪文を唱える声が聞こえた。
「ホーリーエンチャント!」
光属性の付与魔法? 前もってかけておくのは構わないが、一声かけてからにして欲しい。
文句を言うべく振り返りそうになるが、前方に集中しなければと気を引き締める。
そのときだった、私の胸から光り輝く剣が生えた。その剣には見覚えがある。私がバリアスのダンジョンで入手した光属性の物だ。
私が柄に触れることすら拒絶するその剣は、布に包んで持ち帰り売り払ったはずだ。光属性というより対闇属性と言うべき代物、それに光属性の付与魔法をかければ、闇属性に対するその効果は計り知れない。
後ろから刺されたのだと理解した頃には、私の意識は薄れて走馬灯が駆け巡るのであった。それはパトリックとの思い出だった。
◆
「なあ、初めてのデートにダンジョンは無いだろう」
「え、パトリックはレベルを上げたいんでしょう?」
そうか、デートでダンジョンはなしだったか。とっておきの場所があると彼を連れてきた手前、非を認めるのは癪なので論点をすり替えて誤魔化す。
「まあ、それはそうだが……いや、それでもないな」
「そうだ、守護の護符は付けてきた?」
「そういうユミエラはどうなんだ? 何の護符を付けている?」
誤魔化せなかったので話を変えるが、別の所に飛び火してしまった。この話題はまずい。
「ええと、魔法の威力が上がるやつ」
「……お前は一体何と戦うつもりなんだ」
「えっとね、少ない魔力で大きな魔法が撃てるから魔力の節約になるのよ」
「ユミエラの魔力が切れる状況が想像できないのだが」
少なくともこの国は更地になっていると思う。この前の暗殺騒動以来、毒無効の護符も良いかもしれないと思い始めてはいるが。
しかしパトリックはそれでは納得しないだろう。彼が次になんと言うかは分かるので先回りする。
「分かった、私も守護の護符を付けます」
「ああ、ユミエラも無敵ではないのだろう? 寝込みを襲われることもあるかもしれない」
「一度襲われたけど傷一つ無かったわよ」
「それは暗殺者のレベルが低かったからだろう? あと得物がなまくらだった」
パトリックの言う通り、高レベルの者に高品質の武器で攻撃されたら私も傷つくだろう。しかし一撃で死ぬとは思えない、それこそ弱点属性でも突かれない限り。
◆
「どうして分かってくれないの! あの人はここで殺しておかないと駄目なの!」
「ユミエラ嬢は悪いこと一つしていないだろう! どうしてお前たちはそこまで彼女を敵視する!」
ヒステリックな叫び声で目を覚ます。そうか、私はアリシアに後ろから刺されたのだ。
ありがとうパトリック、守護の護符のお蔭で助かったよ。
「普通、こういうのって魔王を倒した後じゃないですかね」
回復魔法で傷を癒やした私は立ち上がる。どうやらエドウィン王子と他三人で言い争いになっているようだ。
「なっ! どうして生きているの……」
「あなたたちも付けているでしょう? 守護の護符ですよ。それで、私が刺された理由は説明して頂けるんですよね?」
「あ、あなたが悪いのよ…… 魔王を倒すのは光属性の私のはずなのに……」
そんな理由で殺されそうになってたまるか。そもそも魔王討伐の手柄を喧伝する気は無いんだ。
「魔王との戦闘中にまた背中を刺されても困りますし、無力化くらいはしてもいいですよね?」
私のそばにいるエドウィン王子に尋ねる。
「少し待ってくれ、私が説得するから」
王子はそう言うが、これはもう無理なラインまで来ているだろう。今までは大した事ではないと我慢してきたが、もう限界だ。
エドウィン王子は私と相対するアリシアたち三人を説得にかかる。
「アリシア、もうやめてくれ。心優しい君になら分かるだろう。根拠も無く黒髪を差別するのはいけないことだ」
「駄目です、あの人は生きていちゃ駄目なんです!」
「ウィル! お前は道理の通らないことが嫌いだろう?」
「エドの方こそどうしちまったんだ。お前もあいつのことは気に入らなかったんだろう?」
「オズ、いつもの冷静なお前はどうした!」
「僕は今も冷静ですよ。魔王を倒した後、彼女は王国にとって危険分子となる。今のうちに排除しておくべきです」
「エドウィン殿下、説得は無理でしょう。敵陣ですし諦めてください、拘束しますから」
アリシアたちは法で裁かれるだろう。まさかここまで馬鹿な真似をするとは思わなかった。こんな奴らで私の手を汚したくない。
国の危機を前に同士討ちをしたとなれば、国王陛下も相応の罰を与えるだろう。彼らは一生外に出られない暮らしになるかもしれない。
「拘束? 護符で一命は取り留めたようだが、今の俺たちに敵うとでも思っているのか?」
そう言いながら剣を引き抜く脳筋ウィリアムは自信満々だ。その自信はどこから来るのだろうか。
「僕たちのレベルは合計すれば120になります。つまりあなたより強いということです」
オズワルドは眼鏡を指でクイと上げる。いや、その理屈はおかしい。前々から分かってはいたが、彼は眼鏡でクールぶっているというだけで、決して頭が良いわけではない。
もし彼の考えが正しいのなら、私はレベル1が99人と同じ戦闘力ということになる。百人にも満たないレベル1の集団に魔王が倒せるわけがないだろうに。
というか一人あたりレベル40しか無いのか。パトリックよりずっと弱いぞ。
「エド君お願い、私たちの方へ来て」
アリシアはエドウィン王子に語りかける。潤んだ上目遣いの彼女に、これが男三人を誑かす技かと感心する。
「私と正面からやりあって勝てるとでも? 自信が無いから後ろから不意打ちをしたのでしょう? 殿下は下がっていてください、殺したりはしませんから」
私が一歩前に出るとアリシアたちは一歩下がり身構える。やはり彼らは虚勢を張っているだけだ。
私が魔法を使おうとすると、周囲に慣れ親しんだ闇属性の魔力が満ちる。どういうことだ? 私はまだ魔法を使っていないのに。
「っ! 殿下、下がって」
「な、何を!」
私はエドウィン王子の襟首を掴んで後ろに跳躍する。その刹那、私たちが今までいた空間が闇に閉ざされた。
「これは……」
この魔法は闇属性最上位魔法ブラックホール。ゲームでこれを使う敵は二人しかいない。裏ボスである私と、ラスボスである……
「ふふふ、敵陣で仲間割れとはな。やはり人間は愚か者ということか。いやバルシャイン王国の民は、と言うべきか。違うなバルシャイン王族は、と言うのが正しいだろう。
礼を言うぞ、労せず三人を仕留めることができた」
球状に抉れた魔王城の廊下に、黒い甲冑を身にまとった男が現れる。そうだ、ここは彼の居城なのだ。
「……魔王」
26話「魔王の真実」7/17 27話「エピローグ」7/17同時投稿