23 領地視察
私はドルクネス伯爵となったが、両親のように領地を放置する気はない。しかし魔王を打倒し、学園を卒業するまでは領の経営に携わることは難しい。だから一度くらいは、領の様子を見に行かねばならないだろう。
私はリューの背に乗ってドルクネス領へと向かう。一度領内のダンジョンへは行ったが、領主屋敷に行くのは王都に出てきて以来である。
「リュー、あそこの庭に降りてね。静かにお願い」
屋敷の庭にリューが降り立つと、ズンと低い音が響き地面が揺れる。リューは体が大きいのでこれでも抑えたほうだ。
その音で私の来訪に気がついたのか、屋敷から使用人たちが出てくる。約二年ぶり、とは言っても彼らとの会話は最低限しか無かったので再会を喜ぶわけでもない。
彼らは私とリューを見て驚愕の表情を浮かべる。悲鳴を上げる者もいた。
一週間前に着くように手紙を送っていたが、初めてドラゴンを見たら当然か。
「ただいま帰りました。お久しぶりです」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
私が軽くお辞儀をすると彼らは深々と頭を下げ、そのまま動かなくなってしまった。私の話し相手になりたくないという彼らの強い意思を感じる。
それにしてもご主人様って。お嬢様も旦那様も奥様も違うのだから、そうなってしまうのか。
初めに出てきた使用人に遅れて、一人の男が慌てて出てくる。
「お出迎えが遅れまして申し訳ございません。わたくしが領主代行のデイモンです」
代官のデイモンは疲れた雰囲気の中年の男だった。領が荒れているという話は聞かないので、彼は堅実に領地経営をしているのだろう。
この屋敷に住んでいた頃に見かけたような見かけなかったような。
「よろしくデイモン、私のことはユミエラと呼んで欲しいのだけれど」
「承りました、ユミエラ様。長旅でお疲れでしょう、お部屋を用意しましたのでお休みください。あと……」
デイモンはリューを見上げて黙り込んでしまう。ドラゴンをどう扱えば良いのかが分からないのだろう。
「リューの世話は必要ないわよ。あと疲れてもいないから、簡単に領の状況を教えて欲しいのだけれど」
王都からここまで馬車では二日かかるが、私たちは一時間もかかっていない。
「分かりました。ではお部屋にご案内します」
「ありがとう。リュー、庭で休んでても良いし遊びに行っても良いわよ」
リューはガウと吼えると翼を広げて空へと飛び立った。お土産の魔物は持って帰ってこないでくれよ。
私はデイモンに先導されて屋敷を進む。他の使用人は私と目を合わせようともしない。
冷遇していた娘が当主になって、しかもドラゴンに乗って帰ってきたら、それは怖いだろう。まずは使用人との関係改善に努めなければいけない。
リタみたいに狂信的になるのも困るのだが。
「デイモンは何年くらい代官をやっているの?」
廊下を歩きながらデイモンに質問をする。
「18年になります」
私が産まれるよりも前か、だいぶ長いことやっているのだな。
「そう、両親が少ししたらこちらに来るけれど彼らに仕える気は?」
「わたくしの忠誠はドルクネス家とドルクネス領に。仕えるべきはご当主様です」
私が爵位を簒奪したことをどう思っているのか探りを入れたが、無難な回答を返された。彼はくたびれた中年にしか見えないが、中々にしたたかだ。
「こちらが執務室です」
通された執務室は整理整頓が行き届きすぎていて、仕事場の感じがしない。一週間前に私が来ると分かって慌てて片付けたのだろう。
「じゃあ、ここ最近の帳簿を見せてもらえる?」
「はい、ここ五年分の決算報告書でございます」
とりあえずは一年間の収支だけを見ていく。ここ五年、毎年税収が少しずつ上がっていた。おかしい、毎年ほぼ同じ額ずつだ。
「ここ五年間、領の人口の推移は?」
「微増はしていますが、全体的に見れば横這いですかね」
「あなたはここ五年で何か新しい政策を進めた?」
「いえ、領主様の権限がなければ新しいことはできませんので。従来どおりでございます」
それで五年間も利益が上がり続けるのはおかしいだろう。
「ここ五年は利益が増えているようだけど、もっと前はどうなの?」
「私が赴任してからはずっと微増しております」
今までは淡々と答えていたデイモンの額に汗が浮かび始める。やはり文書を改ざんしているな。
しかし、そうだとしても増え続けるのはやはりおかしい。私腹を肥やすなら少しずつ収支を減らしていくはずだ。
収支が減って困ることと言えば、彼の能力が疑われることだろうか。しかし税収の多くを占める農業は自然に左右されるものだから、多少減ることだってあるに決まっている。それが分からない人なんて……
「ねえ、デイモンの前任者って何で辞めたの?」
「収益が減りましたので、解雇されまして……」
うわあ、やっぱり。父にとって領地はお金を生み出す装置でしかなかったのだろう。代官が税収を増やせば何も言わず、逆に減れば解雇する。
「そう、それで本当の収支は?」
代官を変えても税収が上がらなかった場合、父は無茶な口出しをして税率を上げかねない。それを避けるために彼は、税収が上がろうが下がろうが、一定額ずつ増えているように見せかけた。不正は不正だが、彼が領地のことを第一に考えた結果だろう。
「ええと、何の話でしょうか……」
白を切るデイモンの額からは汗が止まらない。
「別に責めてるわけじゃなくてね。黒字の年の分を赤字の年に回したのか、どこかから借金したのかを聞きたいの」
「……はい、わたくしは文書を偽装しました。良作の年の分を隠して、不作の年に回しておりました。借金はありませんが、財政は厳しいです」
「財政が厳しいのは王都の両親に大半のお金を送っていたからでしょう?」
「はい、ですがわたくしが文書の偽造をしたことは事実で――」
「デイモン、今までドルクネス領を支えてくれてありがとうございました。本当はドルクネス家の人間がやるべきことでした。これからもこの領をよろしくお願いします」
私が頭を下げるとデイモンは目頭を抑えた。え、泣いているのだろうか。
「このデイモン、領のためユミエラ様のために力の限りを尽くすことを誓います」
彼は臣下の礼をする。あれ、これリタと同じパターンに入ってない?
「昔のことは流しましょう。あなたが偽造をしなければもっと酷いことになっていたのだし。これからのことを考えましょう。何かしたい公共事業とかあるでしょ?」
「しかし貯蓄はありませんので、金策が必要になります」
そこは任せて欲しい、魔物の素材で私は大金持ちなのだ。
「お金は私が出すから大丈夫。邪魔な岩を壊すとか、山を切り崩すとかなら私がやるし」
我が領地のためだ、破壊活動限定の人間重機になるのもやぶさかではない。いや、働き口を増やすために私は手を出さないほうがいいのかな?
「それでしたら街道の整備を、いや治水事業を先に――」
デイモンは今までの鬱憤を晴らすように、領地の開発案を話し始める。それで、この話はいつになったら終わるのかな?
翌日はデイモンと市井の視察へと出かけることにした。私は一人で構わないと言ったが、彼は付いてくると言って聞かなかった。
「ユミエラ様、その、帽子をかぶられてはいかがですか?」
「いいの、これからは隠さないことにしたのよ」
街の住人が私の髪に注目するが気にしない。これからは黒髪でも堂々と歩ける社会を目指さなければいけないのだから。
「あ、この店懐かしい」
私は一つの商会の前で立ち止まった。昔、魔物の素材を買い取ってもらったりでお世話になっていた。
「この商会はあまり評判がよろしくないのですが。この外見ですし」
デイモンの言う通りその建物は古びており、中の様子は薄暗くて見えにくい。
私はその外見を理由に、この商会を利用することに決めていた。まっとうな商会では、子供が一人で持ち込んだ魔物の素材を買い取ってはくれないだろうから。
街の様子は二年前とさして変わりがない。寂れているわけでも、荒れているわけでもないのだが、活気に溢れているというわけでもない。
「なんというか…… 特徴がないわよね、この領って」
「そうですね、これといった特産もありませんし」
新しい産業か、他の領での成功例などを聞いて色々と考えなくてはなるまい。剣を入手したバリアスのように、ダンジョンで町おこしができれば良いのだけれど。
「ユミエラ様は街にお詳しいですね。領地にいる間は屋敷を出ていないはずでは?」
驚いたことに、私が屋敷を抜け出していた事は未だにバレていなかったらしい。
「今だから言うけれど、屋敷を抜け出して山とかダンジョンでレベル上げをしていたのよ」
「なっ、メイドは一体何を…… いえメイドに任せきりにした、わたくし自身に責任があります」
「いや、抜け出したのは私だからね?」
誰が悪いかという話になったら断トツで私だろう。なんでも責任問題にするのは止めてもらいたい。なぜなら一番不都合になるのは私だから。
都市部の視察だけでは足りないと思ったので、街から程近い農村に来た。村に入るとまたしても村民の視線が私に集中する。
「山の守り神様じゃ」
え、そこのおじいちゃん今なんて? 他の住民も集まり、皆が山の守り神と口にする。手を合わせて私を拝む者すらいた。
「デイモン、これってどういうこと?」
「さあ、わたくしにも何がなんだがさっぱり……」
今度はどんな勘違いをされているのだろう。
「あの、山の神様って何ですか? たぶん人違いだと思いますよ?」
村民の一人のお爺さんが代表して答える。
「山の守り神様は黒髪の女神様ですじゃ。最近は見かける者がいないので心配しておりましたが…… 貴方様が神様ではないのですか?」
そんな神様がいるのか。縁起の悪い黒髪の神が守り神とは珍しい。
「違いますよ、その神様はどんな神様なんですか?」
「闇を操り魔物を打ち払ってくださるのです」
ずいぶんと武闘派な神様だな。闇を操るとは、世間では邪神扱いされそうで可哀相でもある。
「その神様は昔から山にいるのですか?」
「いえ、初めて村民が目撃したのは十年ほど前です。その頃は小さい女の子だったのですが、だんだんと成長されたようでして」
うん、やっぱりそれ私です。闇のあたりで薄々分かってはいたけれどね。
「あー、それは私ですね。昔、ここらへんでレベル上げをしていました。神様ではなく人間ですよ。最近この領の領主になりました、ユミエラ・ドルクネスです」
私が事情を説明したが、村民は落胆しないだろうか。
しかし私の予想を裏切って村民は歓喜の声を上げる。
「山の神様は領主様だったのか」
「神様万歳! 領主様万歳! ユミエラ様万歳!」
……なんだこれ? 嫌われるよりは良い……のか?





