22 魔王の秘密
「――彼らは国王陛下が出兵を計画していると勘違いしています」
「ふむ、過激派がそんなことを…… 確かに穏健派の中にも軍備の増強を不審に思っている者もいる。
魔王復活は混乱を避けるため秘していたが、そろそろ公表するべきだろう」
私は両親の件を国王陛下に報告していた。国王陛下とこうして顔を合わせるのは二度目となる。
前回のように大きな謁見の間ではなく、小さい応接室で一対一の面会となった。
「それとドルクネス伯爵の処遇か。次の領主はどうしたものか…… そなたが引き受けてくれれば良いのだが」
「はい、国王陛下のお許しを頂けるのでしたら、伯爵位を継ぎたく思います。」
私がドルクネスの領主になりたいと伝えると、陛下は驚きで目を見開いた。今までの私は権力を手にすることを避けていたので、彼が驚くのも当然だろう。
「断られると思っていたが、どんな心変わりがあった?」
「黒髪の差別を無くせないかと考えています。それには私が表舞台で活躍するのが一番だと思いましたので」
「差別を無くす……それは茨の道だぞ。差別や排斥は人の心の弱い部分、醜い部分が起こすことだ。それを克服するのは難しい、他人に克服させるとなれば尚更だ」
「無くすのは無理でも、少しでも軽くできたらそれで良いのです。それとエドウィン殿下はその弱い心を克服しましたよ?」
こげ茶色の髪の少年フィルや私自身のためにも。そしてこれから生まれてくる黒い髪の子供たちのためにも。
エドウィン王子が変わったように他の人たちだって変わる可能性はある。殿下の場合は説得をしたパトリックがすごいのかもしれないが。
「そうか、ではこれからは功績を上げ続けるということかな?」
陛下の表情がわずかに険しくなるが、彼は思い違いをしている。
「功績を上げると言っても武功を上げる気はありません。いくら戦争で活躍した所で畏怖の対象になるだけですから」
これからは無慈悲な強さで怖いユミエラではなく、善政を敷く優しい領主のユミエラを目指さなければいけない。それに当たって私の強さは、役にも立つだろうし邪魔にもなるだろう。
「領主としての仕事に務めるということか。分かった、伯爵位を継がせる準備をしよう。女伯爵というのは一応前例はあるからな」
「ありがとうございます」
「して、前ドルクネス伯爵夫妻の処遇はどうする? 国王の名で処刑をすることも可能だが」
「領地にて軟禁したく思います」
私が処刑の反対を伝えると陛下はフッと小さく笑う。
「ロナルドの言うとおり、そなたは底抜けの善人なのだな」
ロナルド学園長もそんなことを言っていたのか。
「いえ、親を殺して爵位を継いだとなれば悪評も立つでしょうから。王都の華々しい暮らしができなくなるのは、彼らにとっても十分な罰だと思います」
こう考えて納得しているが、私が心の底で人の死を忌避していることが本当の理由だと思う。
貴族として生きる以上、そんな理想論ばかりでは駄目だと頭では分かっている。だが殺さずに済むなら殺したくないと、救える命があるのなら救いたいと思ってしまう。世界一魔物を殺したであろう私が言うのも変な話かもしれないが。
「そうか」
優しい声でそう言った陛下には、私の心情は見通されているのだろうか。
「近々、魔王復活を公表する。そうすれば過激派も大人しくなるだろう、まさか自分たちで魔王を倒すなどと言うことはあるまい。
その発表の場にはユミエラ嬢も参加してもらいたい。そなたがいれば安心する者も多いだろう」
「分かりました。エドウィン殿下やアリシアさんも参加しますよね?」
王子の方は良いが、アリシアは未だに私のことを敵視している。彼女のレベル上げを手伝ってからは余計にだ。
「ああ、彼女はエドウィンに抑えさせる。私もできるだけ接触しないように手を回そう」
「ご配慮、ありがとうございます」
「アリシア嬢も困ったものだ。エドウィンと彼女を結婚させるのも考えなければいけないな。
ユミエラ嬢は聖女になる気は無いか? 聖女とは勇者と共に魔王を倒したという称号に過ぎない、光属性である必要は無いのだ」
「申し訳ありませんが……」
「分かっている、言ってみただけだ」
苦笑する陛下、分かっているなら言わないで欲しい。黒髪差別撲滅のためには有効な策だと思うが、それだけは嫌である。
「大丈夫だ、そなたの婚姻には口を出さない。仲良くしている男がいるのだろう?」
「パトリックのことですか? 彼とはそういう関係ではありませんよ。私のタイプは私より強い人ですし」
やはりパトリックのことは陛下の耳にも入っていたか。
私が彼のことを好ましく思っているということは極力、隠さなければいけない。恥ずかしいからというわけではなく、彼を人質に取られる可能性があるからだ。
もしもパトリックを人質に取られて何かを要求されたら、私は逆らうことができないと思う。私の人質奪還作戦を防げればの話だが。
「そうだな、地盤が安定するまで彼との関係は隠したほうがいいだろう。彼に手出ししては後が怖いが、それを考えられない者も多い」
いや、恋人ではないというのは本当なのだが。言っても信じて貰えそうにない。
「しかし、差別を無くすか。大きな目標だが私は気に入った、協力もしよう。第2の魔王を生み出さないためにも」
「第2の魔王?」
色恋の話で口が緩んだのか、陛下が爆弾発言をする。第2の魔王とは何だろう。王族は魔王について何を知っているんだ?
「私としたことが…… 今のは忘れて欲しい。そなたには話しても良いかとも思うが、言わないほうが魔王討伐が上手くいくと考えた。どうか聞かないでくれ」
陛下は深々と頭を下げる。
「それは王族の事情では無く、私側の事情ということですか?」
陛下は、私がその話を知らないほうが魔王討伐に都合が良いと言った。魔王の正体を知れば、私が魔王と戦うことを躊躇するような……
「すまない、私が死ぬまでには話すことを誓おう。ただ、今は駄目なんだ」
「はい国王陛下がそう判断したのでしたら、それを信じます」
陛下は魔王の秘密について頑として話そうとはしなかった。ゲームでは魔物を操る邪悪な存在としか言われていなかったが、一体どんな真実が隠されているのだろうか……
女伯爵としてドルクネスの領主になる私だが、こうなると後継ぎのことを考えなければならない。最悪、養子を取ればいいので結婚にこだわる必要は無いのだが。
領地が目当てで近づいてくる人と結婚できるわけないし、あまり歳の離れた人も嫌だ。できれば結婚相手とは良好な関係を築きたいし、領地の経営のノウハウがある地方貴族の次男以降が好ましい。
だいぶ条件が増えてしまったが、そんな好都合な人物がいるはずが……
「ねえパトリック、私の養子になる気はない?」
「また唐突に…… 今度は何の話だ?」
「パトリックって次男だったわよね? 辺境伯は継げないのだから伯爵で我慢しない?」
「養子は嫌だ」
即答されるとは思わなかった。少なからずショックを受ける。
「あの、パトリックと家族になれたら嬉しいなって思ったんだけど…… やっぱり嫌だったわよね」
「そうは言ってないだろう!」
パトリックは珍しく声を荒げた。彼が嫌がるのは何か理由が……
「大丈夫、私はすぐに隠居するから! パトリックのお嫁さんをイビったりしないから!」
「ただ単純にユミエラを母と呼ぶのが嫌なだけだ」
納得の理由だった。同い年の親子とか正気の沙汰ではない。
「もう少し、もう少しだけ待ってくれ。そしたらユミエラに伝えたいことがある」
パトリックはそれだけ言って去っていく。
最近のパトリックは一人で学園を出て行ってしまうことが多い。あまり会えなくて寂しい。……寂しいか。ずっと一人だった私がいまさら寂しいなんて思うとは、私の彼への気持ちは明白だろう。
また養子なんて変なことを口走ってしまったが、パトリックへ思いを伝えられるのは一体いつになるのか……





