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21 両親との対峙

「妹が人質になっているというのはどういうこと?」

「王都の本邸で妹が働いているのです。妹はこのこととは無関係です、どうか妹だけは……」

 私に毒を盛ったリタは、妹が父の人質になっていると言う。彼女の処遇を考えるのは妹の方を救出してからでいいだろう。


「じゃあ、その妹さんを迎えに行くわよ。顔が分からないからあなたもついて来て」

「え? 私はお嬢様に毒を……」

「裏ボスが毒で殺せるはずないでしょうに」

「う、裏?」

「いいから早く! 行くわよ!」

 思わずゲームの知識を口走ってしまった。なんで私はこんなに動揺しているのだろう? リタの妹が危ないから? いや親に殺されそうになったことに、その親と初めて対面することになることに、心がざわついているのかもしれない。



「リュー! おいで!」

 私たちはリューの背に乗り、王都の夜空へと飛び立つ。リューの黒い色と高い高度が相まって、地上から私たちを視認することは難しいだろう。

「ねえリタ、ドルクネス家ってどこにあるの?」

 勢いで飛び出してしまったが、私は自分の実家の場所が分からない。私が無理やり連れてきたリタは、高所が怖いのか目をギュッとつぶったままだ。

「リタ、王城からの道順なら言えるでしょ? 目を開けなくていいから」

「は、はい。王城の門を出て真っすぐ進んで、三本目の大通りを右に――」

 空からの視点で地図を見るように道順をなぞっていく。暗さで色が分かりづらいので、目印の建物は形を言ってもらう。

「――の左側の二軒めです」

「門を入って右奥側に離れがある?」

「はい、あと本邸はL字になっています」

 あれか、領地にある屋敷よりも一回り大きく感じる。彼らは領地には全く帰らないのでそれで良いのだろう。


「リタ、降りるわよ」

「駄目です、ドラゴンで庭に降りたら騒ぎになります」

 リタは妹に危害が及ぶことを心配しているのだろうが安心して欲しい。

「大丈夫よ、私たちだけで降りるから。リュー、あそこの家の真上を飛んでね」

「お嬢様、一体何を……」

 空挺降下をパラシュート無しでやるだけだ。もう何回もやっているベテランだ。

「今から飛び降りるけど、忍び込みたいからあまり声は出さないでね?」

 リタは黙って首を縦に振った。妹のために覚悟を決めたのだろう。


「リュー、ありがとうね。呼ぶまでこの辺りを飛んでいてね」

 リタを抱えた私はリューの背から飛び降りた。その瞬間から魔力を下方向に噴射し、加速しすぎないように気をつける。

 リタは目を閉じたまま私にしがみつき、声一つ漏らすことは無かった。

 地面が近づいたらさらに減速をして、私たちは屋敷の庭にフワリと着地した。


「着いたわよ、妹さんはどこにいるの?」

「多分ですが、いつもどおり仕事をしているのではないかと。妹には何も知らされていないでしょう」

 リタの案内で屋敷に忍び込み、使用人の居住区まで行く。一つの扉の前で立ち止まった彼女は小さくノックをした。

「サラ、私よ、リタよ」

「お姉ちゃん? どうしてここに?」

 その部屋は複数人が共同で使うもののようだが、今はリタの妹しかいない。リタの背中を押して部屋に押し入る。

「はい、見つかるから入って入って」


 妹が無事なことに感極まったリタは、妹に抱きつき泣き出してしまった。事情が分からない妹のサラの方は困惑気味だ。

「お姉ちゃん? どうしたの?」

 仕方ないので私が事情を説明する。

「あなたはリタの人質になっていたの。リタが私を殺さないとあなたを殺すって」

 殺すという物騒なワードが出たことにより、サラは驚きで固まってしまった。もっとオブラートに包んだ表現を使うべきだったかな。しまっちゃうとかプチッとするとかは、可愛くていいかもしれない。


「ごめんね、サラ。これでお別れなの、今までありがとうね。お嬢様、妹のことをお願いします」

「お姉ちゃん!? 何を言ってるの?」

 リタがサラに今生の別れをするような挨拶をする。え、いつの間にそんな話になっていたの?

「兵士に突き出すつもりは無いわよ?」

「はい、分かっております。できれば妹の見ていない所で一思いに……」

「プチッともしないって」

 こんな姉妹愛を見せつけられて殺しを躊躇しないとか私は鬼か。まだ人を殺したことは無いんだって。

 彼女は脅されてやらされていただけだし、私の実害も一週間紅茶がまずかったくらいだ。さして気にすることではない。これではパトリックに善人のお人好し呼ばわりされるのも仕方ないかな。


「あなたに罰を与えたりする気は無いわよ。これからのことは後で話し合いましょう」

「お嬢様…… いえ、ユミエラ様にこの命尽きるまでの忠誠を捧げることを誓います」

誤解を解いたら新たな誤解が生まれてしまった気がする。これも後回しにしよう。


「ちょっと用事があるからこの部屋で待っててね」

 彼女たち姉妹をすぐに逃がすべきなのだろうが、私は会わなければいけない人たちがいる。




 屋敷の中をリタに聞いた方向へゆっくりと歩く。道中では誰とも出くわさず、すぐに目的の部屋についてしまった。もう少し心の準備がしたかったのだが。


 私が扉を開けると、部屋の中の二人の視線がこちらに向く。二人は料理をつまみながらワインを飲んでいた。夫婦仲はよろしいようで。

「何者だ? どこから入った?」

「こんばんは、お邪魔します。あ、ただいまって言ったほうが良かったですか?」

「ただいま? ……黒い髪、お前まさか!?」

「お初にお目にかかります、お父様、お母様。貴方たちの娘のユミエラですよ。貴方たちが殺そうとしたユミエラ・ドルクネスですよ」

 私の両親は思っていたより普通の見た目をしていた。太っていたり脂ぎっていたりと勝手な想像をしていたが、これといって特徴がない人たちだった。

 髪は共に金色、顔立ちも私とは似ていない。この屋敷にいなかったら本当に両親かと疑っただろう。


「くそっ連中め、高い金を払ってやったのに……」

「私を殺そうとしたことは認めるのですね」

「そもそもお前が私たちを裏切ったのが原因だろう! 領地に飛ばされていたのがそんなに憎いのか!?」

 実際に対面して分かったが、私はそれほど両親のことを憎んではいない。もちろん彼らは貴族としてはどうかと思うが、花よ蝶よと育てられていたら今の自分は無かっただろうとも思っている。

「裏切った、というのはどういうことですか?」

「お前が穏健派の連中と出兵を計画していることは分かっているのだぞ。お前が向こうに付いたせいで、私たちは肩身の狭い思いをさせられた」

 私は確かに穏健派よりだろう。しかしそれは過激派と距離を置きたいためのものなのだが。


「出兵の計画?」

「国直属の兵士たちが大規模出兵の準備をしているのだ。お前も一枚噛んでいるのだろう」

 話がだんだん見えてきた。

 国は魔王復活による魔物の進行に向けて、軍備を整えている。その情報を掴んだ過激派は、王を筆頭とした穏健派が他国への侵略を計画していると勘違いしたのだろう。

 彼らはその出兵によって穏健派が勢力を増すことを危惧しているのだ。


 私という戦略級兵器が王族の庇護下にあるのも思い込みを助長させたのだろう。過激派の勧誘は全て断っていたので余計にだ。

 それによって両親は過激派の中での立場が悪くなったのだろう。そして政敵の手に渡るくらいならと、私の暗殺を試みた。


「他国への出兵などありません。私自身にも侵略戦争をする気はありません」

「何故だ! 武功を上げればドルクネス家はさらに大きくなれる。中央での役職も手に入れられるかもしれない。もう中央もどきなどとは言われずにすむのだ」

 中央もどきと呼ばれたくないのなら、領地を富ませることに集中すればいいのに。

「お父様、領地に帰りませんか? 今の領地も十分大きいと思いますし、何か事業を興してもいいかもしれませんし」

「何を馬鹿なことを! 領地なんかは代官に任せて税だけを受け取ればいいのだ!」

「お母様はどうですか?」

「私に田舎暮らしをしろと言うの? 髪が黒いだけでも酷いのに、何であなたみたいな子が産まれたのよ!」


 この両親は駄目だ。元より親としての彼らに期待はしていなかったが、これでは貴族としても駄目だろう。

 私は娘ではなく、一人の貴族として彼らと接することを決めた。


「お父様、爵位を返上してください」

「何を言って――」

「これは爵位の簒奪です。拒否してもいいのですよ? ドルクネス家の跡取りは一人しかいないのですから」

 殺害をほのめかすと、今まで怒りで赤くなっていた父の顔が蒼白になっていく。

「だ、誰か! 衛兵を呼べ!」

「私に勝てる私兵でもいるのですか? もし仮にいると言うのなら、その人を暗殺に向かわせれば良かったのに……」


「実の親にこんなことをして許されるはずが――」

「実の子に暗殺者を仕向けた人には言われたくないです。あ、お母様? 逃げるのは諦めてくださいね?」

 逃げようと椅子から立ち上がりかけた母は慌てて私を説得にかかる。

「ユミエラ、あなたには良い縁談が沢山来ているのよ? 大きな家に嫁げば幸せになれるから」

「今も十分、幸せですから」

 あと、好きかもしれない人もいる……かもしれないし。

「あなたは黒い髪をしているのよ? 普通にしていて幸せになれるはずないじゃない」

「私の黒い髪が好きだと言ってくれた人もいるんです。私の幸せを勝手に決めつけないでください」


 これ以上の会話に意味は感じられない。私は威圧のために魔法で周囲に黒い球体を浮かせる。

「さあ、選んでください。軟禁されて多少不自由な生活を送るか、ここで潔く死ぬか」

「お、お前は人を殺せるような子じゃ……」

 何を今更、親みたいなことを言っているのだ。

「私に送られてきた暗殺者がどうなったのか知らないのですか?」

 全員が生きているが、震える両親の様子を見るにそのことは知らないのだろう。

「私の闇魔法は対象を消滅させますから。死体の処理に困らないので便利ですよ」

 空いている椅子をブラックホールで消し去ると、遂に彼らの心は折れた。子供のように泣き叫び命乞いをする。

「わ、分かった。言う通りにする! だから、殺さないでくれ!」



 この一連の騒動で、私は殺人に強い忌諱感を持っていることを確信した。

 多くの魔物を殺して人では到達し得ない強さを手に入れた私だが、人の心は確かに存在することが分かり安心した。

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― 新着の感想 ―
去年の私の感想を発見! うん、当たり前ですけど 私らしい感想です。懐かしい ・・・
[一言] リタさん凄いなぁ 降りる時かなり怖かっただろうに 一言も漏らさないなんて 本当に妹の事大好きなんだろうな
[気になる点] 日本時代も家族縁は薄かったのでしょうか? [一言] 親という存在に、ある意味絶望している ・・・ この世界だけで培われた価値観では無いですよね?
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