02 攻略対象たちに絡まれる
静寂が支配する学園の大広間、真っ先に口を開いたのは学園長であった。
「誤作動だろう、予備の魔道具を用意しなさい」
すぐに予備の魔道具が用意され、水晶に手を置くように言われる。
「……やはりレベル99です」
まあ、結果は変わらずレベル99であった。
教師たちが代わる代わる自分のレベルを測定し、魔道具が正常かを確認する。生徒たちもざわつき始めた。
そんな騒ぎの中、私はもうカンストしていたのか溢れた分の経験値がもったいないなと、現実逃避を続けていた。どう説明しよう。
教師陣は魔道具は壊れていないと結論を出したようだ。すると1人の教師が私に詰め寄ってくる。
「ユミエラ嬢、君は自分のレベルに心当たりはあるかな?」
誤魔化すことも考えたが、これから3年間疑惑の眼差しを向けられることを見越すと、正直に話してしまってもいいかと思えてきた。
いつバレるかビクビクと過ごすくらいなら、開き直ってしまおう。
「はい、私のレベルに間違いは無いかと思われます」
「魔道具自体は正常だ。君が魔道具に何らかの干渉をしたんだろう?」
「いえ、レベル99で間違いないかと……」
「君は知らなかったのかもしれないが、魔物を倒さねばレベルは上がらないんだよ。嘘は分かるから正直に答えなさい」
正直に答えたのにレベル詐称を疑われた。正直者に生きにくい世の中である。
納得する様子が無い教師とざわつく生徒たちを見かねたのか、学園長が会場中に届くように言う。
「皆の者落ち着きなさい、彼女の言葉の真偽は授業が始まれば明らかになるであろう。ユミエラ嬢、挨拶を済ませて席に戻りなさい」
後半部分を言うときに横目で睨まれた。学園長にも疑われているようだ。
学園を魔法で消し飛ばしたら信じてもらえるだろうか。
「ユミエラ・ドルクネスです。よろしくお願いします」
言葉での説明は無理だと諦めた私は、簡潔に挨拶を済ませて席に戻る。
その後も落ち着かない雰囲気の中、レベル測定と挨拶は続いた。
ゲームのストーリーでは唯一の平民であるヒロインが目立っていたが、特に注目されることも無く入学式は終わってしまった。
ごめんよヒロインちゃん。
入学式の後は新入生を歓迎する立食パーティーが開かれた。知り合いも仲良くしてくれそうな人もいない私は、会場の隅でじっとしていた。
少ししたら体調不良を理由に寮に戻ろうと思っていると、こちらに真っ直ぐ向かってくる人物と目が合う。
明らかに怒っている様子の彼は、学園で関わり合いになりたくない人物の1人であった。
「黒髪のお前! どんな細工をした。あんなことをして恥ずかしくないのか!」
前置きも無しに大声でまくし立ててきたのは攻略対象その2だ。
燃えるような赤い髪の彼はウィリアム・アレス、勇者パーティーの剣士である。
正義感が人一倍強いが怒りっぽくもある、まあ脳筋というやつだ。
「ええと・・・・・・レベル測定の話ですか?」
「当たり前だろう! 目立ちたかったのかは知らんが、貴族としての誇りは無いのか!」
今にも殴りかかってきそうな勢いのウィリアムは、彼を追ってやってきた人物に止められる。
「落ち着けウィル。お前の気持ちも分かるがパーティー会場で騒ぐんじゃない」
慣れた様子でウィリアムをなだめるのは攻略対象その1だ。
きらめく金髪の彼はエドウィン・バルシャイン、この国の第2王子でゲームのメインヒーローだ。剣と魔法を両方使いこなす魔法剣士でもある。
王子の登場に慌てて私は礼をする。
「初めまして、エドウィン殿下。ユミエラ・ドルクネスと申します」
「ドルクネス伯爵家……中央もどきか」
エドウィン王子は小声で呟いた後、私に話しかけてくる。
「ユミエラ嬢、ウィルは小さい頃から剣術を人一倍努力していてね、レベルも学園入学前に10に達した。君のしたことはそんな彼の努力を踏みにじることなんだよ」
「はあ……」
どうして誰も彼も私が不正をした前提で話を進めるのか。この会場で魔法を乱射したら信じてもらえるかな。
「申し訳ありません、しかしレベル99というのは真実ですので。学園長が仰ったように、授業が始まれば分かっていただけると思います」
「はあ、あくまで白を切りとおす気かい?」
エドウィン王子が不機嫌にそう言えば、ウィリアムも喋りだす。
「お前が俺より強いとでも言うのか。今の俺が手袋を持っていないことに感謝するんだな!」
決闘を申し込む気か。ウィリアム君、命は大事にしたほうがいいぞ。
周りが声を潜め私たちの会話に聞き入っている中、ついに攻略対象その3までもが現れた。
「レベル99なんて現実的ではないでしょうに、そんなことも考えられないのですか。まあ、考えられないんでしょうね」
人を小馬鹿にした態度の彼はオズワルド・グリムザード、青髪で眼鏡の魔法使いである。
ついに攻略対象が全員揃ってしまった。
この3人は幼馴染でエド、ウィル、オズと愛称で呼び合うくらいに仲がいい。
金色の正統派王子、赤いワイルド系剣士、青いクール系魔法使い。この世界は美形が多いが、その中でもこの3人は別格である。眺めている分にはいいのだが、関わるとなると中々に面倒だ。
「おい、何か言ったらどうなんだ?」
押し黙った私にウィリアムが痺れを切らしたようだ。
「私の言葉は信じていただけないようですので」
「貴様、まだ言うか」
「君、本当に頭の中身あるの?」
「虚言癖でもあるのか?」
この口の悪い3人との会話を切り上げたい私は、無理に話題を変えヒロインのところに行くようにうながす。
「光魔法を使う平民の方がいらっしゃいましたよね。何か困っているかもしれませんので声をかけて差し上げたらいかがですか」
「そうだな、貴様の戯言に付き合うよりはよっぽど有意義だろう。
貴様の虚言については、学園より追って沙汰が下されるだろう、覚悟しておけ」
そう言い残してエドウィン王子は2人を伴い離れていく。
あー、すごい疲れた。さっさと寮に戻ろう。
寮の自室に戻った私はメイドのリタに紅茶を淹れてもらう。
こういうのってなんだか貴族っぽいなあと思う、いや本物の貴族なのだが。
領の屋敷で紅茶を飲むのはマナーの授業のときくらいであったので、こういうのは新鮮だ。
「お嬢様、お早いお帰りでしたがよろしかったのですか? パーティーはまだ終わっていないでしょう?」
「いいのよ、仲良くしてくれそうな人もいないし」
「そんな調子では良いお相手が見つかりませんよ。旦那様もお困りになります」
彼女は王都のドルクネス家の屋敷にいたメイドで、昨日から学園に入学した私付きとなった。
学園には食堂もあるし洗濯なども専門の職員がいるので、メイドは必要ないと思うのだが父の命令では仕方ない。
出会ってまだ2日だが、ことあるごとに結婚相手を探すように言い含めてくる。
父の命を受けているのだろう。おそらく、私が勝手なことをしないためのお目付け役も兼ねている。
「明日からは授業が本格的に始まりますし、お嬢様にもいい出会いがありますよ。同級生に第2王子殿下もいらっしゃるのでしょう?」
その殿下に大層悪印象を持たれているのだが。というか入学式の騒動を知らないのか。それでいいのかお目付け役。
「ねえ、話は変わるけど中央もどきってどういう意味か知っている?」
「誰かにそう言われたのですね。お嬢様が気にすることはありません」
私の家名を聞いたエドウィン王子が呟いた内容が気になっていた私はリタに尋ねる。予想通りいい意味ではないらしい。
「私が言われたとは一言も言っていないのだけれど。やっぱりドルクネス家を指す言葉なのね」
「あっ」
リタは観念したのか説明を始める。
「中央貴族と地方貴族についてはご存知ですよね?」
「ええ、うちは地方貴族でしょう? 王都で何かしらの役職に就いているわけではないみたいだし」
「はい。中央もどきというのは中央の役職が無いにも関わらず、常に王都にいる地方貴族の蔑称です」
「ああ、領地を代官に任せきりにして、王都で仕事もせず遊びほうけているロクデナシ貴族って意味ね」
そのロクデナシ貴族が上司のリタは苦い顔をして閉口する。そのロクデナシを父に持つ私は深くため息を吐いた。
今日からは本格的に授業が始まる。午前中に座学で午後に実技が基本らしい。
教室での私は当たり前のようにぼっちであった。関わり合いになって王子に目を付けられたら敵わないと、誰も私と目も合わさない。
1人自分の席に着いた私は周りの噂話に耳を傾ける。いわく、私は自分が凄いと根拠も無く信じきっている脳内お花畑さんらしい。
レベルの証明のため、学園といわず王都を消し去るべきだろうか。
授業の始まる直前、エドウィン王子たち3人組とヒロインちゃんが一緒に教室に入ってくる。4人は仲良さげに談笑をしている。
攻略早すぎない?
ヒロインの名前はアリシア・エンライト。ゲームでは名前が変えられたがデフォルトではアリシアとなっていた。ピンクブロンドの髪をした彼女は、主人公らしく前向きで明るい性格が特徴である。
光魔法の使い手は非常に希少なため、庶民ながら学園への入学を許された経緯を持つ。光魔法は闇属性の唯一の弱点であり、魔王への切り札となり得るからだ。
ゲームのシナリオでは攻略対象にまだ接触していないはずだった。昨日、私が王子たちに彼女の所に行くよう言ったのが原因だろうか。
攻略対象と同じく彼女ともあまり関わりたくないが、恐らく無理だろう。
なぜならアリシアは私と目のあった一瞬、親の仇でも見るような目で睨みつけてきたのだから。