17 リューの友達
王都近郊の草原にて、空に無数の黒い球体が出現する。何者かを翻弄するように無作為に動くそれは、次々と地上から撃ち落とされる。黒球を撃ち落としているのはドラゴンのブレスだ。そのドラゴンとブレスの色もまた黒かった。
「おおー、だいぶ落とすのが早くなってきたね」
私はリューと共にクレー射撃の真似をして遊んでいた。私が的を用意し、リューがそれを狙う。
私が褒めるとリューは喜び、頭をグイグイと押し付けてくる。
「もう、大きくなっても甘えん坊なんだから」
甘えられて満更でもない私は、リューの巨体を持ち上げてグルグルと回る。猫のように喉をゴロゴロと鳴らすリューは非常に可愛らしい。
これは後日聞いた話だ。王都上空に最近現れるようになったドラゴンが草原にて、地を揺るがすような唸り声を上げながら、その場で回転していたらしい。目撃者は腰を抜かして這々の体で逃げ出したという。
間違いなくリューのことだが、目撃者は動物嫌いだったのだろう。犬を可愛がる人と怖がる人がいるのと同じようなものだと思う。
今日はドラゴン使いの人と会う約束をしている。リューにも友達がいた方が良いだろうと思い会うことを承諾した。
現在、バルシャイン王国には3体の人に馴れたドラゴンがいる。1体はもちろんリューのことで、後の2体は親役と共に国軍に所属している。
本日会うのはその片方である。普段は王都郊外の軍の施設にいるらしいが、彼らが暴れる危険性を考え、先日の草原にて待ち合わせをしている。
リューの背に乗って空から草原に向かうと、待ち合わせ相手はすでに到着していた。そこにいたのは翼の無い地属性のドラゴンだ。リューと比べて一回りは小さく見える。
そのドラゴンの側には軍服の男の人の姿が見える。彼が私と同じようにドラゴンの卵を孵した人物だろう。
「リュー、あそこに降りてね」
リューが降下を開始すると地上にいるドラゴンの様子が変わった。暴れだすドラゴンを男性がなだめるが効果は見られない。そのドラゴンはついには走り出して、私達が着地するころには見えない所まで離れていってしまった。
リューから飛び降りた私に男性が慌てた様子で近づいてきた。
「はじめまして、ユミエラさんで合ってるかな?」
「はい、ユミエラ・ドルクネスです。こっちはリューです」
「俺はローランドだ。で、今逃げていったのがグレゴリー」
ローランドさんは優しそうな顔をした中年の男性だった。地属性のドラゴンを孵したのだから、優秀な地属性の魔法使いでもあるのだろう。
「グレゴリー君はどうしたのですか?」
重度の人見知り、いやドラゴン見知りなのだろうか。グレゴリー君は本当はグレゴリーちゃんで、イケメンのリューの前に出るのが恥ずかしくなったのかもしれない。
「どうやら、リュー君……君であってるよね? リュー君に怯えてしまったようでね」
ドラゴンに怖がられるとは。やはり私の子なのだと実感するが、そんな所まで似て欲しくなかった。
「他のドラゴンにも怯えることがあるのですか?」
「いや、グレゴリーは落ち着いているというか、鈍感というか…… こんなことは今まで無かったんだけどね。リューくんは大きすぎるし強そうだからね」
ローランドさんは苦笑しながら頭を掻く。しかし、すごい勢いで走り去っていったグレゴリー君が心配だ。
「追いかけなくて大丈夫ですか?」
「グレゴリーは飛べないし1人で出かけることも無いからなあ。ちゃんと家まで帰ってこられるか……」
リューは1人で出かけても私が呼べばすぐに帰ってくるが、グレゴリーはそうでもないらしい。
「リューに乗って探しましょうか? リューが近づかなければ、さらに暴走することは無いと思いますし」
「お願いするよ。ドラゴン使い同士の親交を深められればと思っていたのだけれど、こんなことになってごめんね」
ローランドさんにもリューの背に乗ってもらい、空からのグレゴリー捜索が始まった。
グレゴリーの逃げ出した方へと飛んでしばらくすると、彼を発見することができた。上空のリューに気づく様子は無いが、彼は未だに走り続けている。
「まだ走っているみたいだね。グレゴリーが止まったら、俺を少し離れた所に降ろして欲しい」
彼の言う通りグレゴリーが止まるのを待つしかないだろうと思っていたが、そうもいかないようだ。
「向こうに村が見えます!」
王都の近郊には小さい村がいくつか点在している。その1つがグレゴリーの進行方向にあった。このままでは村の建物が崩壊するだろうし、村人にも被害が出るかもしれない。
「まずいな。止まれ! グレゴリー!」
ローランドが叫ぶがグレゴリーに伝わっている様子は無い。リューを降ろして別方向に誘導すればいいだろうか。いや、その方向にも村があっては意味がない。
「私が止めます。リュー、少し離れた所でローランドさんを降ろしてね」
「止める? どうやって……おい! 何をして――」
彼の制止に構わず、私はリューから飛び降りた。魔法の噴射で姿勢を調整し、グレゴリーと村の中間に落ちるようにする。
グングンと落下速度が上がり地面が目前まで迫る。着地の直前、下方向へ魔法を放って落下の勢いを相殺する。勢いは殺し切れずに着地の衝撃で砂煙が舞うが、前に落ちたときのようにクレーターができることは無かったので及第点だろう。
未だに恐慌状態のグレゴリーは周囲が見えていないのか、私に向かって突進してくる。
「ダークバインド」
グレゴリーの影から無数の手が伸びて、彼の体を掴む。グレゴリーは次第に影の手の力に逆らえなくなり動けなくなる。
少しするとローランドさんがやって来てグレゴリーを落ち着かせる。
「よしよし怖かったなグレゴリー、リュー君はもういないからな」
その言い方ではリューがイジメっ子みたいではないかと、内心少し不満に思っているとグレゴリーはだんだんと落ち着きを取り戻していった。
ダークバインドを様子を見ながら解除していくが、グレゴリーはもう暴れることは無かったので安心する。
「ありがとう、助かったよ。国を守るべきグレゴリーが国民を傷つけてしまうところだった。ただ、突然飛び降りるのは心臓に悪いからやめてくれ」
「どういたしまして、私もグレゴリー君が人を傷つけるのは嫌だったので。近くで見ると優しそうな顔をしていますね」
グレゴリーは全体的にゴツゴツとした無骨なドラゴンだが、温厚そうな雰囲気を身にまとっていた。
「実際そうなんだよ、荒事は苦手でね。空も飛べないし、軍では人や荷物を運んでいるんだ」
彼は謙遜するが、荷物を運ぶ速さも量も馬車とは段違いだろう。前線には出なくても軍では重宝されているのだと思う。
「やっぱり優しい子なんですね。リューとお友達になってくれると良かったのですけれど、残念ですね。あの、グレゴリー君を撫でてみてもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
グレゴリーを触る許可を貰った私は、刺激しないようゆっくりと彼に近づく。
私がグレゴリーに触れようと手を伸ばした瞬間、また彼は暴れだして私から離れるように走り出す。
「おい、グレゴリー今度はどうしたんだ! リューくんはいないぞ」
ローランドさんが追いかけて声をかけても、彼は止まらずに加速していく。
「グレゴリー君、ストップ!」
このままでは先程の二の舞だと思った私は思わず走り寄り、グレゴリーの太い尻尾を掴んでしまった。
急に動きを止められたグレゴリーは、私の拘束から逃れるべく尻尾を振り回そうとするが、尻尾も体もびくともしない。
ローランドさんがグレゴリーをまた落ち着かせるのにはしばらく時間がかかった。
「グレゴリー君はどうしたんですか?」
「あー、多分だがユミエラさんのことが怖いんだと思う。あまり近づかないでもらえると……」
ドラゴンにすら怖がられるとは思わなかった。まあ、目の前に降って来た人物に拘束されたら怖いか。
そんなわけで、リューのお友達作りは失敗に終わった。
もう1体のドラゴンに期待したい所だが、そのドラゴンは国軍唯一の飛行手段として忙しくしている。
後日、ローランドさんに王都で聞いた話によると、その風属性のドラゴンはとても神経質らしい。リューよりもずっと小さいということもあり、仲良くなるのは絶望的かもしれない。
「そんなわけでパトリック、リューの友達になってくれそうな人を知らない?」
「残念ながらドラゴンの知り合いはいない」
いつものごとく、私は事の顛末をパトリックに話していた。
「別に人でも良いのよ、リューとのじゃれ合いに耐えられれば」
「じゃあ、俺は無理だな」
パトリックがリューの友達を辞退するが、彼がリューの友達というのは違和感がある。
「お友達がお母さんの友達でもあるって変じゃない? あ、私がパトリックの友達を辞めて、パトリックの友達のお母さんになるという案は……」
「それもない。ドラゴン使いの彼はどうなんだ? リューを怖がらないんだろう?」
ああ、ええと、彼の名前は何だったか……
「ああ、グレゴリー君のパパね。リューはお父さんみたいに思ってそうだし、あとグレゴリー君とリューは会わせられないし」
彼の名前は忘れてしまった。案外、彼も私の名前を忘れているかもしれない。私達はリュー君のママとグレゴリー君のパパで十分なのだ。
「リューの父親? それじゃあ母親のお前とまるで……」
パトリックが急に慌て出すが、安心して欲しい。
「大丈夫よ、リューのお父さんはパトリックだから。グレゴリー君のパパは、えーと、リューの叔父さんくらいかな?」
リューが卵から産まれる瞬間を共にしたのだ。お父さんくらいは名乗っても良いと思う。
「お、俺が父親!? じゃあ、俺とお前がまるで…… いや、ユミエラがそんな事考えるわけないか」
またしても取り乱すパトリック。16歳で父親と言われたのだから当然かも知れない。
「そんなことって?」
「何でもない!」
やはり友達がいるというのは良いことだと思う。リューにも早く友達ができるといいな。





