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6-22 Yの後悔/彼らは薄明かりを歩く

◆6-22 Yの後悔/彼らは薄明かりを歩く


 私のアレコレはさておき、まずは一件落着。結果だけを見れば元通りなのでハッピーエンドで差し支えない。弛緩した空気が漂う中、勇者がふと呟く。


「さて、世界の脅威は去った。では僕の目的を果たすとしよう」


 勇者の目的は良く分かる。左右が統合された今だからこそ細部まで見えてくる。

 勇者、バルシャイン王国の初代国王は蛮族と見間違う粗暴な人物だった。その荒っぽい勢いのままに国ができてしまったは良いものの、彼の晩年には後悔が積み重なっていた。

 魔王との仲違い、公爵になった弟があえて王家との敵対を始めたこと……バルシャイン王国は数々の犠牲の上で成り立った国だった。そんな間違った国を、勇者は自らの手で――


「バルシャイン王国を滅ぼすつもりですか?」


 私の問いかけに勇者は大仰に頷いてから口を開いた。


「僕の目的は変わらない。奇跡的に現世に戻れたのだから、間違ったこの国をそのままにはできない」

「バルシャイン王国を無くして……その後は? 王様を一からやり直すんですか?」

「国亡き後の未来は、この世界に生きる人々が決めることだ」


 国滅ぼして、後は勝手にどうぞ……ってこと?

 勇者の目的って変なんだよな。バルシャイン王国を滅ぼすというタイトル部分を見れば極悪な印象を受ける。しかし彼の目的は、国民を虐殺することでも国土を蹂躙することでもない。ただ王国の体制を崩したいだけで、以降の展望はない。

 それさ、やらんで良くない? 


「ご覧の通り、バルシャイン王国は栄えてますし平和ですよ」

「それでもこの国の成り立ちが間違っているのは事実だ!」


 まあ、成立怪しいのは知ってる。でも国ってだいたいそんなもんじゃない? 各国の建国神話に文句言ってるみたいなので公言はしないけどさ。

 勇者はそういう説得をしても響かなさそうだ。

 彼を良く知る人なら説得もできるかもしれない。そんな、勇者のストッパーとして適役すぎる彼が現れた。近くに着地したので出てくるのが遅いくらいだ。そして……。


「然り。王は間違えしか起こさん」


 魔王は、勇者さん説得チームの貴重な人員は、彼の言葉を肯定していた。

 そんなはずない。一番反対してる人だったはずだ。黙って彼の言葉の続きを待つ。


「昔から王は間違えしか起こさん。これからも間違え続けるだろう」


 ここで確信した。魔王は勇者を絶対に認めない!

 しかし勇者も諦めが悪い。勇者と魔王の舌戦が始まる。


「薄明の国で僕は変わった。敵を倒す勇者として、国家を治める国王として、どちらの資質も備えている」

「変わってない! 外見と振る舞いが気色悪くなっただけで、お前の本質は一切変わっていない」

「僕のどこが――」

「空の障壁を突破するとき、お前は突っ込んだだけだろう!? ブラックホールのタイミングも我輩が合わせた」


 怒りに震える魔王は、勇者の反論に被せるようにしてまくし立てる。

 ディベート的にはルール違反だけど、ただ突っ込んだのは事実なので勇者の言葉も弱めになる。


「それは君なら合わせてくれると思っ――」

「共闘する気があるならば、声や視線の一つでも向けてみればどうだ? お前はいつも、振り返らずに走り続けるだけだ」

「……それは僕の欠点だ。今後、直すように努めよう」


 数百年の時をかけて変わり果てた勇者の、本質とも言える変わらない部分。

 魔王はたぶん「絶対に直せない」と言うのだろう。しかし、私の予想は裏切られた。直せる直せないの両極とは、また違う答えを魔王は吼える。


「直すな! 絶対に直すな! そのままでいろ!」


 勇者の突撃のフォローを続け、先ほども文句をつけていた魔王は、勇者の悪癖を直すな! と断言した。直せない、ではなく直すな! と繰り返した。

 だいぶ迷惑を被っていたはずなのに、直してほしかったはずなのに、彼はそのままでいろと感情のままに叫んだ。


 私とパトリックは呆気に取られて、勇者までもがポカンとしている。

 魔王は上がった息を整えてから、落ち着かせた声で言う。


「どうして分からない!? 今のお前では建国なぞ夢物語だろう」

「今の僕なら昔よりずっと上手く立ち回れる」

「無理だ。いくらお前が正しく振る舞ったところで、小国すら作れまい」

「王が正しければ、皆が付いてきてくれる!」


 今ばかりは勇者が正しいように感じる。

 生前の、変化する前の勇者は明らかに国王に向いた人物ではなかった。戦うのは得意でも政治関係が壊滅的なのは誰もが認めるところだったはずだ。

 民を導く王に相応しい輝く瞳の勇者に、魔王は何度も首を横に振る。


「無理だ無理だ無理だ。我らは間違いだらけの貴様だから背中を必死に追ったのだ。あの戦乱の時代に、皆が建国の夢を見られたのは、お前が馬鹿で乱暴で、自分勝手に己が道を走るヤツだからだ」


 魔王の言わんとしていることが分かってきた。今のバルシャイン国王になるのならば、絶対に勇者(王様)の方が適任だ。勇者(蛮族)では貴族からも家臣からも見放されて終わりだろう。

 しかし当時は今と状況が違う。小国が乱立する荒れた時代に皆の先頭を走るのは、軟弱とも思われかねない勇者(王様)よりも、乱暴なエネルギーに満ち溢れた勇者(蛮族)の方だろう。

 蛮族みたいなのに国王になれたのではなく、蛮族みたい「だから」国王になれたのだ。


 勇者も思い当たるフシがあるようだ。目を瞑って黙々と思考を巡らせている。

 彼は「確かにそうかもしれない」と前置きしてから言う。


「では今のバルシャイン王国を良しとするのか? どれほどの犠牲に成り立っている国か、君はよく知っているはずだ」

「誰が犠牲になった? 面倒な仕事を丸投げされていた側近か?」


 魔王の意地悪な問いかけに、勇者は言いづらそうにしながらも会話を続ける。


「……君も、国の犠牲になった一人だろう?」

「魔物の大群を対処するのは当然のことだ」

「まさか君は、僕を赦して――」

「勘違いするな。お前が彼女をかっ攫っていったことは恨み続けるぞ」


 ストーカーの思考こわ。王妃様の件は冤罪だって。

 流れ的に勇者は「そもそも君は脈なしだったから」と反論もできず、奥歯に物が挟まったような顔をしている。

 本筋から逸れてるし、面倒くさモードに入ってしまった魔王に対し、勇者はどう向き合うのだろうか。しばしの沈黙の後、ついに勇者が口を開く。


「犠牲になったのは僕の弟もだ」


 あ、話題そらした。

 とりあえず魔王関連は置いておいて、ヒルローズ公爵家が背負った役目について勇者は語る。


「国のためにと、あえて王家と敵対する道を選んだ。この呪縛は今もヒルローズ家を苦しめているはずだ」


 うーん、そうなんだけどね……あのね……。

 ヒルローズ家が破滅への道を理解した上で進んで、多くの苦労があったのは事実だろう。でも公爵家は今――


「空が明るくなってますわ! ユミエラさーん、もう大丈夫ですの!?」


 彼女でなかったら会話を聞いており、狙って登場したとしか思えない。でも彼女……エレノーラのことだから、本当にタイミングが完璧だっただけだろう。

 外に出てきた彼女は勇者と魔王の存在に気がつく。人見知りしない元ヒルローズ公爵令嬢は、二人に向かって元気に挨拶をした。


「はじめまして、エレノーラですわ!」

「あ、ああ。よろしくエレノーラ」


 ハイテンションお嬢様参戦に、勇者も戸惑いながら対応する。魔王は無視した、もしくは自分に向けられた挨拶だと思っていなかった。後者な気がして悲しいね。

 エレノーラにペースを乱された勇者もすぐに持ち直す。手のひらで彼女を指し示して言う。


「彼女からは人の良さと、大事に育てられたことが伝わってくる。ヒルローズ家に生まれてしまえば、この性格のまま育つことすら許されない」


 許されます。例のヒルローズ家で許されて甘やかされて、こんな天真爛漫なワガママお嬢様が完成してます。

 乱入お嬢様を利用して論理を補強しようとした勇者さん、盛大に自爆してますよ。


「彼女はヒルローズ公爵の娘です」

「え?」

「あ、もうヒルローズじゃないです」

「ん?」

「半年前に公爵家は役目を終えて消滅しています。最後の当主だった彼女の父も楽しそうに暮らしています。娘の彼女も……ご覧の通りです」


 いつの間にかエレノーラは魔王の目の前まで移動していた。

 ただでさえ近寄りがたい雰囲気を出している魔王が、これでもかと話しかけるなオーラを放っているが、全く物怖じしていない。


「真っ黒な髪が素敵ですわ! わたくしはエレノーラです。貴方のお名前は? どこから来ましたの? ユミエラさんに雰囲気が似ているのは偶然?」

「…………そうだ」


 魔王は押しに押されて、最後の質問にだけようやく答えられた。筆談させてあげて。やっぱキモいからやらないで。彼は放っておこう。

 勇者は、諦めずに魔王にアタックを続ける天真爛漫の擬人化を見つめて、感慨深げに呟く。


「そうか、彼女が弟の子孫…………時代が移ろえばここまで変わるものなのか」

「そうです。公爵家の一人娘がこう育っちゃう時代です」


 ロナルドさんに身分を隠させて王家に預けていたし、元ヒルローズ公爵は自分の代で役目を終わらせる気でいた。エレノーラの伸び伸び具合はその辺の事情も絡んでいる気がするけれど……わざわざ言わなくてもいいか。

 少し事実誤認な私の説明を真に受けた勇者は、噛みしめるように小刻みに頷く。その後、ハッと気がついた彼に質問を受ける。


「もしや、バルシャインの王族も変化があったのか?」

「国王陛下はちゃんと王様ですよ。戦闘技術は分かりませんけれど、国の運営においては素晴らしいと思います」


 口には出せないけれど、今の国王陛下を稀代の名君……と思ったことは無い。でもやるべきことは全部やっているというか……普通に信頼できる王様だと私は思っている。ちょっと偉そうな言い方になって嫌だな。

 でもそんな感じ。人間としてというより、王の役目を十全に果たしてくれるという信頼感はある。もっと変な人、それこそ学生時代のエドウィン王子をそのまま大きくしたような人だったら、私はパトリックと仲良くなる前にバルシャイン王国から脱出していたかもしれない。


 これだけ今の王国は大丈夫だと説明しても、勇者が納得する様子はなかった。

 理屈じゃなくて、自らの感情の問題な気がする。


「いや、しかし、今の王国が良くとも土台が駄目では、僕は国王として――」


 国王の単語を聞いた途端、魔王と一方通行雑談を展開していたエレノーラが反応する。勇者を注視してから、さらに驚く。


「国王様でしたの!? 全くそうは見えませんでしたわ」

「この僕が王らしくないと言うのか!?」


 王様にしか見えない王様だと思ってたんだけど……どうやらエレノーラの中での印象は違ったようだ。こんなに王様っぽいのに、と勇者もショックを受ける。

 私は服装だったり髪型だったり所作だったりで色々と判断してしまうが、そういう思い込みをせずフラットな判断をする彼女の考えは気になる。


「僕のどこが王らしくないのか、良かったら教えてくれるかな?」

「清濁併せ飲まなければいけないのが王様ですもの。それが出来ないと理解して国王の道に進まなかった方もいらっしゃるくらいですわ」


 なるほど。清濁の濁も濁なパパがいるだけのことはある見解だ。

 エレノーラの主張通り、今の国王陛下は必要とあらば誰かを犠牲にする選択を取れる人だろう。それが無理な人……つまりは勇者や、補足説明の必要は無いのにわざわざエレノーラが例として出した誰かだったり、清濁の清の部分だけの人間では国王を務めるのは厳しいかもしれない。

 勇者は、国王の道を諦めた誰かのことが気になる様子だ。でも聞かない方がいいよ。絶対に長くなるよ。


「王への道を諦めた彼は、ではどの道に進んでいる?」


 あーあ、聞いちゃった。第二王子殿下のこと聞いちゃった。長―くなるぞ。


「自らの正義を信じて、ただ突き進む……いわば勇者と呼ばれる道ですわ。たまに間違った方に進むこともありますが、良さの裏返しであるとわたくしは考えています。そういう少し……独善的? な方だからこそ救える人々も沢山いると思いますわ。その特徴の悪い面が出たときに、止める仲間がいれば問題なしですわ!」


 エレノーラはエドウィン王子と香水のことになると急に頭が良くなる。この二点が関係するときの彼女の地頭の良さは、私やパトリックを凌駕していても不思議ではない。

 先程までのぽわぽわお嬢様からの変貌と初対面だった勇者は、呆気に取られて、言葉を噛み締めて、ガックリと肩を落とした。


「そうだった、僕は振り返らずに進み続けていた。そんな調子ではまともな国家を作れないと思っていたが……僕の欠点を補ってくれる人は沢山いた。君もそうだったね」


 勇者が魔王を見る。

 まさかのエレノーラが説得を成功させたわけだが、それを一番望んでいたはずの魔王の対応は素っ気の無いものだった。


「欠点を補う? 気取った言い方だな。あれはガキの尻拭いの類だろう?」

「ガキの尻拭いだと? 俺に付いてくるだけで精一杯なお前に言われたくねぇよ」


 え? え? いま魔王の後に喋ったの誰!?

 魔王とエレノーラが驚いてないので、思わずパトリックと顔を合わせる。彼も不思議そうな顔をしていた。

 だよね? いま会話に乱暴な人が紛れ込んでたよね?


 びっくりしているのは私とパトリックだけだ。

 魔王は平然と会話を続ける。これまで何度も似た会話をしたような、これこそがあるべき形であるような、そんな自然な様子だった。


「貴様の身勝手な行動に、どれだけ周りが苦労したと思っている?」

「俺は頼んでねえから。お前らが勝手にやっただけだから礼は言わねぇ」

「もう付き合いきれん」


 夕日はもう沈んでしまった。

 薄明かりの世界を西へ。魔王は私達に背を向けて歩きだす。

 すぐに勇者が追いつく。薄明かりの逆光に二人の背中が並んでいるが……あれ? 私は目を擦って再び勇者の後ろ姿を観察する。

 首には上品さとは無縁の毛皮を巻き、動きやすそうだがだらしない服に身を包み、叩き切ることに特化したナタのような剣をぶら下げていた。


「おい、俺より先を歩くな! どこに行くんだよ?」

「付いてくるな」

「んじゃ、おさきー」

「……ん? 待てお前! その顔は!?」


 勇者は魔王を追い越して、先頭を振り返らずに歩く。

 赤い光を放つ西の地平に向かって、彼らは歩み続けた。


「ずっと日の出前だと思ってたんだがなぁ……あの赤く焼けた空は夕日だったか。日は昇らず、沈んでいくだけだ」

「当たり前であろう。あれだけ昼に駆け回ったんだ。夜になれば寝入るのが当然」

「……最期にお前と歩けて良かった。あの頃は、悪くなかったな」


 勇者は最後まで振り返らなかった。

 振り返らずに太陽と同じ方向に進み続けた。少し後ろから魔王が追いかける。

 そして、薄明かりの空は段々と闇を増していく。日の当たる場所を進み続けた彼らに、もうすぐ夜がやってくる。


「じゃあな! 迷惑かけた!」


 その言葉を最期に、勇者と魔王の体が崩れだす。

 薄明の国の住民が満足したときのように、肉体が砂に分解されていき、ついには、姿形は消え去った。

 日没後、でもまだ明るい僅かな時間があって良かった。

 昼と夜の中間、全てが曖昧な薄明かりの時間があったから、勇者と魔王は最期にもう一度並んで歩けた。


 もう夜だ。西の地平線の薄明かりは消えてしまった。西に沈んだ太陽が戻ってくることはない。

6章は次話がエピローグで終了です。

読んでいただいた通り今回は幕間を挟みづらいので、書籍6巻は番外編「完璧デートプラン」を巻末に収録しています。

エレノーラ考案のデートプランに従い、ユミエラとパトリックがカードショップに行ったりするお話です。ユミエラが先攻1ターンキルもします。


アニメの放送もそろそろです!

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【2024/01/10】 小説6巻発売です!
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― 新着の感想 ―
[気になる点] 結局、ユミエラさんと魔王の関係(※何故ユミエラさんは魔王に似た顔立ちをしているのか、血縁はないのか)について触れられないまま幕を閉じましたね(泣)
[良い点] エレノーラさまはこの作品の良心ですわ~
[気になる点] 良い後ろ姿だが、そこに聖女というか王妃が加わらなくて良いのだろうか。3人揃わないと建国期の後始末としての意味がないのでは。 男二人のお気持ちが納得すれば決着がつく問題だったとすれば王妃…
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