6-19右 ニュー天体制圧用使徒コロニー
◆6-19右 ニュー天体制圧用使徒コロニー
「……落ちてきてないか?」
うっそ!? 落ちてくる!?
パトリックの言葉を聞いた途端、全員が暴走ユミエラを見上げる。言われてみれば近づいてきてるような……? そもそもが翼を含めて巨大なので遠近感がいまいち……あ!? やっぱり落ちてる!
「こっち来てるじゃん!」
ほぼ宇宙くらいの所に行ってやっつけないといけないやつだと思ったのに違った。見た目でのミスリードを狙ってくるとは流石わたし。
完全に騙されていたが、宇宙から落ちてくるのを走って手で受け止めないといけないタイプだ。しかし、その方が対処は楽じゃないかな?
「宇宙に行かなくていい分、こっちの方が都合良くない?」
あまり考えなしに放った私の発言は三方向から否定される。
「貴様正気か? あれが地上に来ただけでどれだけ人が死ぬと思う」
「僕もそう思う。地表に一部でも触れた時点で終わりだ」
「落ちきる前にどうにかするのが無難だろうな」
みんな、一応あれが私って分かった上で発言してるんだよね?
まあ、そうか。地上に落下した時点でアウトって私も思う。走って手で受け止めればいいヤツじゃなかった。
こちらから出向いて迎撃しないとダメかなぁ。
私の左側は確実に地表に近づいてきていた。サイズ感のせいか落下速度はゆっくりに見え、ぽつぽつと浮かんでいる雲よりは上だと分かるくらいだ。
余裕を持って雲くらいの高さでどうにかしたい所だけど……。
「この中で空飛べる人っています?」
勇者と魔王は困ったように顔を見合わせた。二人とも飛べないようで、リューの不在が悔やまれる。
唯一、まともな飛行手段を持っているパトリックが手を上げて発言した。
「俺の風魔法で全員を飛ばすことは出来ます。空中で足場も作れるはずです」
四人の近くに浮遊する土のブロックが出現する。
丁寧に立方体のそれに、勇者が軽々と飛び乗った。
「足場としては十分だ。しかし、これでは難しいかもしれない」
なんだぁ勇者? パトさんの魔法に文句があるってのかぁ?
全員で空中戦闘をするとなると風魔法だけでは厳しい。風だけで飛ばしてもらったことはあるが、発動者つまりはパトリックの意志でしか動くことは出来ない。各人が能動的に空中移動するには浮遊する足場をジャンプし続けるしかないのだ。
空を飛ぶとは違うって感じるかもしれないけど、方法は一つなんだよ。
それらの具体的な説明を聞く前に、勇者は続けて懸念点を言う。
「何も無い場所に土を生み出すだけでも相当の魔力を消費するだろう? 更に風を纏わせて浮かせなければならない。それなら初めから風魔法のみを使った方がいい」
いやいや、これを沢山出してピョンピョン跳び回るんだよ。
どうして一人につき一個しか用意できない前提なのだろうか。
見せる方が早いから実演してしんぜよう。私も足場ブロックによじ登ってから、パトリックに目線を送る。
「ユミエラがやる必要は――」
「いいからいいから」
半日ほど右だけ動く状態でやってきて多少は慣れてきた。さっきまで転んでいたのは、左の手足を使う前提で動いちゃったからだ。
半分とは言え私はユミエラ・ドルクネス。慣れさえすれば八艘飛びなどお手の物だ。
半信半疑のパトリックを説得する時間がもったいないので、私は返事を待たずに何も無い空中へと跳躍する。
すると空中に無数の土片が現れる。適度な間隔で、跳び回るにはちょうどいい。
右足で踏みしめ二度目のジャンプ。右手で手頃な位置にある土を掴み、腕の力で方向転換プラス加速。
片方の手足を駆使して、私は空中を三次元的に移動する。
最後は着地。接点が一つだとバランスが悪いので、手足を使い四つん這い……二つん這い? で地面に降り立った。
移動から着地までがサルみたいになっちゃったけど、移動の仕方は勇者に伝わったはずだ。
「こうするんですよ」
「……虫みたいですごかった」
え、虫!? 蝶みたいに華麗だったってこと? ぴょんぴょん跳ぶからバッタかな? まあ私ってバッタの改造人間みたいなところあるからね。
「何の虫ですか」
「ゴキブリ」
そっか。美しいものを見て何を感じるかは人それぞれだから。感性も多様であるべきだからノーコメントです。
勇者は気まずそうに私から視線を反らし、今も浮いたままの足場たちを見上げる。
「しかし……驚いた。消費の激しいだろう魔法を並行してこんなに……」
まあね。パトリックはすごいからね。全員分の足場を用意しつつ、指揮も出しつつ、自分も最前線で戦いつつ、片手間で確定申告もできるもんね。
「これを人数分だと俺は戦闘に参加できません。質問があれば」
「はい! 確定申告はできますか?」
パトリックは私の質問を完全に無視して、魔王も特に何も言わずにスルーした。
私の言論が封殺され、質問なしということでいつでも出発できる状況の中、勇者は腰に帯びた長剣を抜き放ち高々と声を上げる。その切っ先は天へと伸びていた。
「では行こう。国のため剣を振るったことは幾度とあれ、世界のためは初めてだ」
「ん……? え? 国のため……? お前は自分勝手に好き放題暴れていただけだろう?」
困惑する魔王をよそに作戦はスタートする。時間が惜しいからだろう、パトリックは風魔法を発動した。
魔力節約の観点からも、一定の高度までは風魔法のみで飛ぶのが効率的だ。
体が勝手に持ち上がり、空へと上昇を始めた。上方向に流れる風を纏うと落下しているように感じる。不思議な感覚だ。
風魔法でもだいぶ高等技術……というか曲芸の類なので体感したことある人は少ないはずだ。しかし流石の勇者と魔王、驚く様子は見られなかった。
魔王さんの方は表情変わらないから、内心ではびっくりしてるかも。そう思って視線を向けると彼は何やらぶつぶつと呟いていた。
「小綺麗になって上品ぶるようになっても、しかし……強引なところは変わらんのだな」
魔王ちゃんもしかして、勇者くんのコト好きなの? という言葉を飲み込む。照れた女子小学生に反論されて面倒になるのは目に見えていた。
そして、いよいよ暴走した左ユミエラが近づいてくる。
世界の危機に立ち向かうパーティメンバーは四人だ。勇者と魔王と裏ボスと……あとパトリック。
「パトリックが巻き込まれた感が強くない?」
「実際に巻き込まれている」
彼は自分だけがそうという態度で言うけれど、勇者と魔王の因縁に巻き込まれたのは私もだ。私も被害者です!
あぁ、勇者たちが現世に来たのは左ユミエラが原因か……。
被害者とか加害者とか、何にでも白黒付けようとするのは止めよう。この世の中、キッカリ明暗が分かれているモノは少ない。
いま確かなのは、左ユミエラがこのままだと世界を滅ぼすくらい危険な絶対悪であることだけ! ……なんだか私が絶対的な加害者に思えてきた。マイナス思考は良くないので、プラス思考プラス思考。
「あれって本当に私? 私ってあんな邪悪な感じじゃないでしょ?」
「今さら現実逃避はやめろ」
パトリックが辛辣な一言を刺してきたタイミングで、たぶん私と関係ない未確認な飛翔体に動きがあった。
警戒したパトリックは上昇を一旦ストップし、空中に留まる選択を取る。
左ユミエラの背中から、無数の板のようなものが射出される。おそらく30cmほどで……あ、コの字型に変形した! メカ的にガチャンと変形した!
本体から分離しているのに、自由落下するわけではなく意志を持ったように空中を旋回している。なんか、すごい見たことある気がする。
「パトリックごめんね。アレ絶対に私」
見た感じアレは魔力の塊なので、わざわざ変形させるのは二度手間でしかない。最初からコの字型の状態で作ればいいだけだ。
既存のアニメの真似をした私の確率99パーセント。誰が見てもカッコいいあれを一人で思いついた天才の可能性が1パーセントくらいだろうか。
唐突に態度の変わった私に、パトリックから疑問の声が上がる。
「なぜ今になって認めるんだ?」
「わざわざカッコよくするのは私っぽいなと思って」
「ピンセットみたいだが……カッコいいか?」
パトリックは理解できないと首をひねって言う。
99パーセント私だったアレが、100パーセント私になった瞬間だった。
「ユミエラはアレが何をしてくるか分かるのか?」
「ドローンみたいに動き回って、粒子砲を出してきたり、3つ合わさってバリアになったりする……と思う」
「ドローン……?」
ヒレのような形状なので、以降はアレをフィンと呼びます。
説明している間にもフィンを操る左ユミエラは、惑星をぶっ壊すべく地表に向けて落下を続けている。
真っ先に動いたのは勇者だった。
飛び出した勇者に全てのフィンが殺到する。重力や空力を無視して、12機はそれぞれに意思があるかのように複雑な軌道を描いた。
前後左右だけでなく上下にも、三次元的な勇者包囲網だ。一人で飛び出すから……。
このフォーメーションってことは、フィンからビームが出てくるのは確定だろう。助けないと危ない。
動きだそうとしたところを、魔王に手で制された。
「加勢の必要はない」
あのクラスの全方位攻撃をかわすのは無理ゲーすぎる。私なら被弾は抑えるが当たる前提で動くだろう。それは耐久と回復を駆使したゾンビ戦法が使えるからであって……勇者は一発の被弾すら命取りかもしれない。
魔王に引き止められてる間に、フィン全てから魔力が溢れ出す。たぶん攻撃の予備動作。魔力量からして勇者一発即死は間違いないと確信できる。
かつての相棒が言うから見守っていたけれど、やっぱり助けないと。
私の加勢は再び、今度は勇者に制される。即死級の攻撃に全方位取り囲まれているのに彼は、私と目を合わせて大丈夫とうなずいた。
ついに各々のフィンから赤黒い光線が発射される。
初撃が勇者に到達するより前、フィン12機は位置と角度を変えて二回目の攻撃を敢行。そして三回目の調整をしてまたビーム。
「本当にユミエラか!? 攻撃方法が巧みすぎる」
パトリックもびっくりの攻撃方法みたいです。たぶん左側の私はアニメの真似してるだけです。
こんなの絶対にかわせない。このままじゃ勇者が死んじゃう……もう死んでるのか。
攻撃が着弾するその瞬間、勇者は空中でくるりと一回転した。
そして、流れ弾でボロボロになった足場を蹴り上昇を再開する。
「……え、避けたの? 全部?」
「あれくらいやってもらわねば困る」
魔王は当然だとばかりに頷いて言う。
いや、無理でしょ。前後左右上下から36射撃だよ?
時間差もあるので絶対的な安全圏なんて存在しない。コンマ一秒で刻々と変わる空白地帯を縫うように動いたのだろう。
左ユミエラも想定外だったようで追撃の手が止まっている。詰めの甘い所もやっぱ私だ。
パトリックの作る足場を跳ぶ勇者は本体の前に取り巻きを減らす作戦のようだ。フィンの1機に急接近をする。
狙われたフィンから幾度もビームが放たれるが、あの斉射を捌き切った勇者に当たるはずがない。周囲のフィンの援護も無意味だ。
「まず一つ」
勇者の呟きと共に、右手に握られた装飾過多な剣が発光しだした。
あれは光属性を纏った聖剣だったんだ。勇者に相応しい武器を見事に扱う彼は、難なくフィンを1機破壊した。
十分な身体能力、卓越した視野の広さと戦闘センス、光属性の強力な剣撃……やはり勇者は対闇属性において強すぎる。魔王は当然、左ユミエラをも圧倒しうる力を持っている。
残されたフィンは集合したり散開したり、動きに変化を持たせて勇者を翻弄しようとする。しかし小手先が通じる彼ではなかった。
彼の呟く数字はみるみる増えていき、ついには全てのフィンを撃墜してしまった。加勢しようとすら思えない手際だ。12機のフィンが全滅!? 三分もかかっていない。
取り巻きを全て潰しても勇者は止まらない。次は左ユミエラ本体。
翼の分で大きくなっているからか、左の動きは緩慢だ。迫りくる天敵を迎撃する余裕もなく左ユミエラは勇者の一撃を……。





