6-17右 魔王と勇者
◆6-17右 魔王と勇者
その返答に驚いたのはパトリックだった。謎の人物に向ける警戒を、最大級のものに切り替える。
「魔王!? 彼があの魔王なのか!?」
「その通りだ青年。我輩こそが……我こそが……なあ、我輩という一人称はおかしくないよな?」
魔王さん突然どうしたの?
意図が分からずフリーズしているパトリックの代わりに、同じく良く分かってない私が回答する。
「全く変じゃありません。時代が違うんですから」
「我輩を使う人物がいない時代だとしたらどうだ?」
それは……現代基準でってことだよね? 言い回しに違和感を覚えるが、現代には我輩ユーザーは希少種だ。
魔王の時代には我輩ユーザー多かったのだろうかと言語の変遷を考えつつ、私は断言した。
「変ですね。誰も使ってない一人称を使うのはちょっと」
「……そうか」
魔王は変なこと言い出すし、パトリックは魔王相手に警戒心マックスだし。
どちらかでいいから元に戻ってくれ。そう思っているとパトリックが普段の調子で口を開いた。
「ユミエラは誰も使わない一人称を使ってるだろ?」
おいどんが変ってことでごわすか!?
ぅちの彼ピッピがツッコミモードで元に戻ったことはさておき、拙者は人のこと言えないかもでござる。
じゃあ我輩に関する見解をお詫びして訂正します。
「我輩って使うのは変じゃないです。私、くらい普通です」
「うむ、そうか」
魔王は満足そうにうなずいてから黒い手帳を取り出し、おもむろに筆を走らせる。
すごい見覚えのある手帳だ。先ほどまで薄明の国にいた人が持っている黒い手帳……? まさかと思い、私も例の手帳を開いた。
『ちょっと気にしてたことをユミユミが気にすることないよって言ってくれた!』
え? 手帳の持ち主はたぶん女の子だろうから、まさかね。
魔王は更に文を書き進め、同時に私が持つ手帳にも文字が浮かび上がる。疑惑は確信へと変化した。
『ユミユミがそう言ってくれたのは隣にいる男の子のおかげ。やさしそうでちょっと気になる』
どうして女子小学生みたいな文体なのか突っ込もうと思っていたが、言わねばならぬことがあるようだ。
魔王のかわいい丸文字に、私も文章で返信をする。
『その男の子、ユミユミと付き合ってるんだけど? 気になるってどういうこと? ちゃんと説明してね』
『そうなの!? すごい似合ってる!』
あ、パトリックを狙ってると思ったのに全く違った。
勘違いでピリついたメールを送って申し訳ない。こういう謝罪は直接伝えた方がいいかなと思い、私は目の前にいるクラスメートの顔を……魔王様だった。
魔王だったし、小学校の教室じゃなかったし、手紙を書いてから折り紙にして回していたわけではなかった。
文字でのやり取りを全て目撃していたパトリックから、こっそり耳打ちされる。
「魔王って何というか……こんな感じだったんだな。俺は会ったことがないから知らなかった」
「私も知らなかったって。喋るの聞いたでしょ? 仰々しく我輩って言う人だよ」
「それで、彼はどっちなんだ? 敵か味方か」
魔王が現世に戻ってきたのは、私の暴走に巻き込まれたからだろう。
意図から外れた復活とはいえ、今の彼が何を始めるのかは予想がつかない。左ユミエラという超兵器の危険があるのに、加えて魔王の相手までするのは大変だ。
魔王は強い。スペックにおいてパトリックくらいはあったと思うし、人を殺傷する一点において闇魔法は強すぎる。
私だったら対処可能だけど、魔王の存在は十分に世界の危機と言える。
顔を近づけて会話をしている私たちに対して、魔王が発言する。
「聞きたいことがあるなら聞けばどうだ? 我輩に聞かれたくないという分別があるくらいなら、せめて我輩の目の届かぬ所で企みをしろ」
いよいよ核心に迫るしかないだろう。
危機は二つに増えるか、後回しは無駄だろうとパトリックが緊張を滲ませながら質問する。
「あなたの目的はなんですか? 偶然とはいえ生き返って、ここ王都バルシャインでどう行動しますか?」
「初めからそう言えば答えてやらぬでもなかったが……さて、貴様らは何と答えて欲しいのだ?」
これは……どっちだ?
友好的な態度ではないけれど、発言次第では変わりそうな雰囲気がある。
手帳と実物にすごい落差もある。私は授業中に回す手紙モードのままだったので、ラスボスっぽい問答を仕掛けてくる魔王に着いていけそうにない。
……これもう手帳で聞いちゃおうかな?
私がペンを走らせると、魔王も自分の手元に視線を落とす。一連の流れで、彼も手帳同期には気がついていたようだ。
『これから何する予定なの?』
『ユミユミには言いたくない。だってウチの前でパトリックくんと秘密のお話するんだもん』
『ごめんね。まおちゃんがパトリックのこと好きなのかなって勘違いしちゃったばかりなのに、今度はまおちゃんが国家転覆を目論んでいるかもって思っちゃった』
『ひどい! そんなこと考えてたの!? もうユミユミとは文通したくない。じゃあね!』
自然と魔王を「まおちゃん」と呼んだ自分に冷や汗をかきつつも、まおちゃんとのやり取りは続く。
『ごめん! わたしはもっとお話したい。お手紙くれる友達いないからすごい寂しい』
『お友達? ウチとユミユミってお友達なの?』
『あ、ごめんね……会ったばかりだもんね。友達じゃないよね……』
『こっちこそごめん! ユミユミが友達と思ってくれてたの嬉しいよ! ごめんねずっとイヤな態度取って。ウチはバルシャイン王国あんまり好きじゃないけど、もう国民を根絶やしにして国土を焦土にしたいとか、思ってないから!』
魔王の目的は引き出せた。それと、文字のときの一人称はウチなんだ……。
いい加減きつくなってきたので、手帳でのやり取りを止めて直接話す。
「良かったです。世界の危機が二つになるかと思って警戒してました」
「世界の危機が二つか……。あながち間違いではないな」
魔王は低い声で、また不穏な発言をする。
さっきお友達になった子と同一人物であると、脳内で結びつきができず混乱する私を尻目に、魔王は続けて言った。
「貴様の片割れの暴走に巻き込まれたのは我輩だけではない。薄明の国の王も現世に舞い戻っていることだろう」
「それって勇者……バルシャイン王国の初代国王ですよね? 彼が危険なんですか?」
やはり彼も来ていたか。レムンからの情報で薄明の国には初代国王がいると分かり、彼については既に調査したばかりだ。
想像よりも野蛮な雰囲気の人だけど、世界滅亡を企むような人物ではない。
魔王の前では言えないけれど、彼と決裂したことは死の間際まで後悔していた。想像の別方向で色々と悪かった王様は、そこまで悪い人ではないと思う。
「薄明の国でヤツは言っていた。バルシャイン王国は間違った国だと、数多の犠牲の上に成り立つ初めから存在しない方が良い国だったと」
「初代国王の目的はバルシャイン王国を滅ぼすことだと言うんですか?」
「然り」
魔王は怒りを滲ませながらうなずいた。
国王晩年の後悔は知っていたが、生き返ってまで無かったことにしようとするとは執念が深すぎる。
王国を無くしちゃうって勇者が魔王みたいなことしないでよ。本物の魔王が止める立場になるなんて……。ん?
私が感じた疑問はパトリックも持っていたようで、彼は魔王に問いかける。
「あなたはかつて、バルシャイン王国を滅ぼそうとしたはずだ。目的が同じになった初代国王に協力せず俺たちに現状を伝える理由は――」
そうそう。勇者と魔王は王国ぶっ壊したい仲間になったはず。さっき手帳で王国滅亡は止めたと言っていたが、納得できる理由は不明のままだ。
一番聞きたかったことを代弁しているパトリックの声を聞いていたが、魔王の言葉に遮られる。
「我輩はもう死んでいる。死してから過去を変えようとするアイツを止めたいだけだ。この話はこれ以上したくない」
これ以上触れない方が良さそうだ。鬼気迫る様子からして、彼は本気でそう思っているのだろう。
詳細を手帳で聞くのも憚られる。あと手帳のテンションに着いていくのが辛い。
しかし、初代国王がバルシャイン王国を滅ぼそうとしているねぇ……。
昨日どころか今朝に言われても信じられない話だ。しかし今は違う。彼の人柄も何となくだが分かったし、晩年の後悔も知っている。
過激な方向へ思考が飛んでいるが、動機も納得できる。それをやりそうな荒っぽい人ってのも分かる。
「私たちはさっきまで、初代国王について調べていました。近しい人の苦労している日記を読んだりです」
「苦労している側近と言えば……苦労しているヤツが多すぎて誰なのか分からんな」
魔王は少し笑う。どういう感情の苦笑なのかは分からなかった。
そのゆるんだ口を、彼はすぐに引き締めて首を横に振る。
「ヤツの傍若無人さを知っていたとて意味は無い」
「王国滅亡を止めるのにはあまり関係ありませんね」
「そういう意味ではない。長らく薄明の国にいた影響で、ヤツは変わり果てている。本質とはかけ離れた見るに堪えない化け物になってしまった」
そうだ。薄明の国ってそういう所だった。
そもそも場所の影響が無かったとて、数百年も一つの妄執に囚われている時点でヒトとは隔絶した精神性になっていてもおかしくない。蛮族と語られた伝説の勇者が、変わり果てた化け物になっている……。
私とパトリックは想像もできぬ怪物を思い描き唾を飲み込む。それを馬鹿にするかのように魔王は言った。
「勇者は既にこちらにいるだろう。我輩と同様に、貴様の片割れの暴走に巻き込まれたはずだ」
「落ちてきたのは魔王さん一人でしたよ?」
「いいや、貴様らが見逃しただけだ。ヤツは今にもここに来る」
魔王の言葉を聞いていたとしか思えないタイミングで、彼は来た。
ドルクネス邸の屋根。その頂点に勇者は立ちはだかっていた。
絹のような金髪をたなびかせ、華美な誂えの軍服を着こなし、過度な装飾が施された長剣を抜き放ち、凛々しい声を私たちに向ける。
「今こそ皆の力を合わせるときだ。僕は王として厄災から世界を守る!」
だれぇ?





