6-15右 災厄降臨→即必勝法
あけおめ
◆6-15右 災厄降臨→即必勝法
初代国王が違う意味で悪すぎる人だと分かった。
薄明の国でも王様をやっている彼の人となりが分かったところで、左ユミエラ救出作戦には何ら影響はない。勇者が生前に抱いた未練は何となく想像できたが、だからと言って出来ることはない。
完全に八方塞がりだ。どうしたものかと悩みながら、私たち三人は王城から馬車に乗り込んだ。
これからひとまず王都のドルクネス邸に向かう。徒歩大好きな私も、体の左半分が動かないとなっては流石に歩くのが億劫だった。
柔らかな甘さが香る馬車の中、私とパトリックは意気消沈のまま会話する。
「手詰まりだよね……どうしよっか」
「成果は得られなかったが、ダメ元だったからあまり落ち込んでもしょうがない」
「せめて薄明の国とやり取りする手段があればいんだけどね」
「一番の不確定要素はユミエラの左側だからな。あちらからキッカケを作ってくれればいいんだが」
待つしか無いのかぁ。私とパトリックは同時にため息をついた。
車内を静寂が支配する。私は日常会話をする気が起きなかったし、パトリックも同じだろう。エレノーラは……あれ? なんでエレノーラちゃんが静かなの?
安定してテンションの高い彼女がずっと会話に参加しないのは不自然だ。
目を向けると彼女は何かを必死に読んでいる。エレノーラが熱心にそれのページをめくるたびに香りがふわりと漂っていた。
本なんて持ち込んでたっけ? それに彼女が本を読むこと自体めずらしい。
「エレノーラ様、それ何ですか?」
顔を上げた彼女はニッコリと罪のない笑みを浮かべ、黒い手帳を見せびらかした。
「気になるから持ってきちゃいましたわ!」
ああ、屈託の無い笑顔が眩しい。全人類がこの無垢な顔をしていれば、世界から犯罪が無くなると確信できるほどだった。
でもいやしかし、エレノーラちゃん王国の機密文書を勝手に持ち出しちゃってます。ワルワルです。
「駄目ですよ! なんで持ってきちゃったんですか!?」
「香りも素敵ですし、中の文章も素晴らしくて……我慢できませんでしたわ」
「我慢できなかったって……」
「ごめんなさい。つい、出来心で」
本当に逮捕された人みたいなこと言ってるじゃん。禁書庫に入れちゃいけないと思われた人は、ガチで禁書庫に入れちゃダメな人だった。
やべー、多分ロナルドさんはもう気がついてるよね。妹さんのやったことだから多めに見てくれないかな。
「ほら、こっちに渡してください。すぐに返しに行きますよ」
「もうちょっと! もうちょっとだけですから!」
ゴネるエレノーラから黒い手帳を奪おうと右手だけで頑張っていたところ、手帳は落ちてしまった。
落下の衝撃でパラパラと広がり、最終ページが開かれる。
訳の分からない文章と、嫌でも再度の対面だ。
『やっぱアイツちょームカツク! 久しぶりに会った子は半分こになっててビックリ!!!』
『アイツが勇者って呼ばれてるの嫌だなあ』
『ユミユミは騙されてるからアイツの本性を教えてあげなくちゃ!』
『バルシャイン王国のやり直しなんて、やらせないぞ! 薄明の国から出してやるもんか』
え? 薄明の国?
今まさに欲しているワードが目に入った。
幻覚でも見てるのかと思い、パトリックに確認する。彼も信じられないと手帳を凝視していた。
「パトリック、これ……」
「さっきと内容が変わっている。ビックリ、が最後の文だったはずだ」
「だよね、それに薄明の国って」
いつの間に文章が増えたんだろうか。そしてなぜ筆者は薄明の国を知っているのか。
手帳に文字を書き加えられた人物……エレノーラに問い詰める。
「エレノーラ様、この手帳に書き込みはしましたか?」
「書いてませんわ。この可愛らしい文字は、これの持ち主さんですもの」
エレノーラは嘘をつかない。もし彼女が加筆していたとしたら、持ち出しと同じように悪びれず真実を述べるはずだ。
それに彼女の主張通り、この特徴的な丸文字は元々あった文字と同一であった。
勝手に文字が浮かび上がったとしか考えられない。
信じがたい仮説を肯定するように、手帳に新たな文章が浮かび上がった。
『ユミユミが味方になってくれた! うれしい!』
『そちらにユミエラ・ドルクネスはいますか?』
『え!? 手帳さんが喋ってるの? ユミユミは隣にいるよ~』
すごいフレンドリーな女の子だな。
『彼女に伝えてください。左側は右側に負ける雑魚』
次の瞬間、世界が震えた。
音も揺れも感じられなかったのに、確かに世界は震えたのだ。
原因も理由も説明できないけれど世界が終わりそうだと右半身の肌が感じている。今朝起きてから一番左半身の感覚が無いことを実感できた。
私の勘違いなどではない。パトリックもエレノーラも息を飲み込んだ。
馬が嘶く。暴れる馬と慌てる御者の物音を、息を止めたまま聞いていた。
ナニカが起こっている。世界の摂理を冒涜するようなおぞましいモノが近くにいる。
忘れていた呼吸を再開できたのはパトリックの一声だった。
「ひとまず外に出よう」
これだけの事態、詳細どころか何も分からないがユミエラ・ドルクネスが恐怖を感じるほどの状況下で、彼は最初に行動した。
よく見ればパトリックも体が震えている。さっきの声も震えていた気がする。世界で一番強いのは私でも、勇気ではパトリックに負けるだろう。
エレノーラは大丈夫だろうか。真っ先に心配すべき彼女を後回しにするほど、私は内心で追い込まれていた。パトリックに貰ったなけなしの勇気を振り絞り、私も声を発する。
「エレノーラ様も大丈夫ですか?」
「受け入れるしかありませんわ……わたくしではどうにもなりませんから」
彼女は諦めていた。
墜落が確定した飛行機の中などパニックが起こりそうな状況下において、人は意外にも冷静でいるらしい。本当にパニックになるのは早く逃げれば助かるような少しでも希望がある場合。逃げ場が無い絶対に助からない、希望が一片たりとも存在しないとき……そんな冷静さをエレノーラは持っていた。
エレノーラよりパトリックが、それ以上に私が動揺しているのはそういうことだろう。現在発生しているコレに希望を見いだせるのは私とパトリックだけなのだ。
静まり返ってしまった馬車の外を不気味に思いながら、恐る恐る外に出る。
私たちはこれの原因を探り周囲を見回すが、それらしいものは見つからない。
絶望の雰囲気は世界に薄くまんべんなく存在しているよう感じられた。
始めに気がついたのはエレノーラだった。彼女は天空を指さして言う。
「空に! 空に!」
「……アレは、なに?」
ソレは浮いていた。薄い雲の更に上。輪郭はぼやけ、空か宇宙か分からないような高高度にあるように見える。
ソレは背に翼を背負っていた。本来であれば流動的で、形も色も持たない魔力が固形化するという非常に珍しい現象。
左側にだけある六枚の黒い翼は、グニャリグニャリと絶え間なく形を変えつつ大きくなっていく。遠くからなら、翼を目視できても中央にいるヒトガタのソレは見えないほどだ。
ソレは頭に輪を冠していた。またしても黒い輪は、幾重にもなり、土星の輪のように広がっている。
天使と呼ぶにはあまりに邪悪で、悪魔と呼ぶにはあまりに神々しくて、神と呼ぶにはあまりに冒涜的であった。
ソレを王都の人間は見上げていた。かつての顕現時は余波しか目撃しなかったので皆見るのは初めてだった。ソレが羽を伸ばし円環を広げているのを、ただ見ていた。
誰も逃げない。どこに逃げても無駄だと、どれだけ理解力が低くとも否応無しに分かってしまうから。
誰も悲鳴を上げない。肺から空気を吐き出し声帯を震わせる行為に、一片の価値も無いから。
誰も会話をしない。皆の思いは同じであり、わざわざ喋って共感を得る必要はゼロだから。
誰も遺書を書かない。遺言を残す相手すら消えてしまうのだから。
誰も戦わない。理由は記すまでもない。
絶望よりは諦観が相応しいだろう。何をしても無駄、この現象を受け入れるしかない。
しん――と静まり返ったソレの周囲。レムレストの兵たちが眺めるソレは、今も刻一刻と大きくなっていく。
黒翼と円環は、世界中の空を覆い包むように広がっていく……。
黒い翼と円環は、全世界で観測できた。世界中に動揺が広がっている。勘の良い者や感受性の高い者は、謎の現象を見てソレの存在まで想像してしまい、絶望の深淵に引きずり込まれた。
そして、ソレに比べれば矮小すぎる存在でしかないパトリックとエレノーラはため息をついた。
「なんだユミエラか」
「ユミエラさんですわね」
いや、私はここにいるが?
「何々? 何が起こってるの?」
「あー、やっぱりユミエラさんですわね」
「左半分だし間違いないだろう」
誰か説明してよ。周囲のキャラが意味深な会話して主人公が置いてけぼりになるの、私はあんまり好きじゃないぞ。
私は未だに危機感マックスなのに、二人は完全に気が抜けてしまった様子だ。アレが怖すぎておかしくなっちゃったのかな? だとしたら不安で泣きそう。
アレが私だなんて支離滅裂なこと言ってるし……。
「アレの正体を知ってるなんて言わないよね? 私はあんなの初めて見たよ?」
「俺は二度目だ」
「わたくしもですわ」
やはり二人はおかしくなってしまったようだ。
もう無理だ。このまま世界は終わるのだろう。受け入れるしかない終末を、せめて大好きな二人と話を合わせたい。意味深でたぶんあんまり中身の無い会話に私も参加する。
「まさか天体制圧用最終兵器が――」
「ユミエラだぞ」
「ユミエラさんですわよ」
私ぃ? 私はここにいるぞ? それに私はあんな半分こ人間じゃ……あ、アレ左半分だ。
もしかして半分しかないってだけで私を疑っているの?
「半分の人なんて私以外にもいるから!」
「いないだろ」
生まれつきそういう魔物かもしれないじゃん。
認めたくない一心で反論を考えていると、パトリックは続けて言った。
「いい加減認めろ。あれだけの闇の魔力を持っていて、ちょうど俺たちの真上に現れて、左半分で……条件が揃いすぎているじゃないか」
たし……かに?
信じがたいけどパトリックが言うならそうなもかなあ……。
探していた左ユミエラは、向こうから会いに来てくれた。これで一件落着。ユミエラは晴れて元の体に戻るのでした。めでたし!
「……ねえ、仮にアレが私の左半分だとして、普通にお話できる状態だと思う?」
「放置してると惑星ごと蒸発させられると思う」
やっぱり天体制圧用最終兵器じゃん。
アレが私の半身だったとしても、話が通じなければ一般通過最終兵器と何ら変わりは無い。私特有の弱点でもあれば良いのだが私は御存知の通り無敵で最強なのでどうしようもない。
危機的状況であることは事実のはずだが、アレが私と判明してからパトリックは余裕気だ。
「会話不可能なのにどうするの?」
「任せておけ。アレと対峙するのは二回目だ」
「前回はどうしたの?」
「この状況には……必勝法がある! ユミエラ最強! ユミエラ最強!」