6-13右 王様らしくない王様
◆6-13右 王様らしくない王様
「初代国王と魔王の仲違いについて知りたいなら、これを読むのがいいだろう」
ロナルドさんが持って来たものは恐らく手紙であろう紙だった。差し出されるがまま内容を……。
「これ、どこの文字?」
「僕たちが普段使う文字と一緒だよ。これは王が弟に宛てた手紙だ。年代はバルシャイン王国が今の大きさになったくらい」
「昔の文字ってことですか?」
「多少の変化はあれど文字はそれほど変わっていないよ。さっきの日記も問題なく読めたでしょ?」
確かに年代としては先程の日記の数年後のはずだ。さっきの日記は問題なく読めたのに、初代国王直筆の手紙は全く読めない。
暗号ってこと? ……いや違う。ロナルドさんは私たちが使うのと同じ文字と言った。つまり暗号でも未知の言語でもなくて……。
「字が汚いだけですか?」
「……少しだけ文字の書き方が独創的なだけだよ」
初代国王は悪筆でもあったらしい。これ受け取った弟さん読めたのかな? ……あ、初代国王の弟ってヒルローズ公爵家を作った人か。つまりロナルドとエレノーラ兄妹のご先祖だ。
改めて普段関わっている人たちが歴史ある名家の御仁なのだと認識する。私はね、ドルクネス家はね、建国当時はどっかの従士というだけで貴族ですらなかったはずだ。
初代の国王と公爵のやり取り、貴重な情報が眠っていそうではあるが読めなければ意味が無い。立ったままメモ帳を固定しないで書いたみたいなグチャグチャ文字なので、分かる部分から前後を類推していくしかない。
「この部分は分かりそうですね。呼ぶも……?」
「ああ、ここは呼び戻すって書いてあるところだよ」
「呼び? 呼ぶって読めませんか? び、はいくら崩してもこうはなりませんよ」
「正解! 正確には、呼ぶ戻すって書いてある」
もしかして、字が汚いだけじゃなくて文章も滅茶苦茶なの? この紙、破り捨てていい?
ようやっと肝心の内容まで話題が進む。ロナルド氏曰く、今までも解読を試みて成功した王族や王国の頭脳は存在したらしい。しかし内容が内容なので、誰でも読める翻訳版は誰も作らなかったらしい。
原文があるのに口伝で継承されてきた翻訳版を、私たちはロナルドさんの口から聞かされる。
バルシャイン王国成立時に魔王は、裏切り者の粛清を担当していた。
荒っぽく豪快で人情のあるトップと、冷酷で恐れられるナンバー2。勇者と魔王の二人は建国時においては組織のツートップとして上手く機能していた。
「初代国王様も怖がられてそうですけれど」
私が挟んだ疑問はパトリックがすぐに答えてくれた。
「無表情で粛々と仕事をこなす魔王の方が周囲に恐れられたはずだ」
「そういうこと。じゃあ続けるよ?」
ロナルドさんの古文書解説は続く。
鬼の副長ポジションで活躍していた魔王だったが、王国が今の大きさになった頃から事情が変わってくる。平和な時代に彼はそぐわなかったのだ。
王国の人々は魔王を必要以上に怖がった。そして、自らの状況を自覚し気に病んでしまう人間の繊細な心を魔王は持っていた。
戦時であれば風紀の引き締めになるからと納得できたが、平和な時代にこの仕打ちは酷い。味方のために敵を倒したのに、何故かその味方に嫌われる。
「当時の魔王が辛い状況だったのは分かりました。でもこれは、初代の陛下が公爵に送った手紙ですよね? 魔王にどう繋がるんですか?」
「ここまでは前提。魔王がこんな状況と踏まえた上で、初代陛下が何を考えてどう対策したのかが書いてある」
説明は続く。
魔王の状況を憂慮した初代国王は解決策を思いつく。一度、魔王には姿を消してもらうことだ。王都から離れて僻地の古城に移動してもらい、魔王の悪評が風化するのを待つのだ。
肉体的にも精神的に疲弊している彼もゆっくりと休息できるだろう。そもそも人付き合いの苦手な魔王であれば僻地も苦にならないはず。
いつかは魔王に王都まで戻ってきてもらい、重要な仕事を任せたい。
「――だいたい、こんな内容が書いてある。文章と言葉選びはもう少し乱暴だけどね」
ロナルドさんはそう言って手紙の解説を締めた。
初代国王にはそういう意図があったのか。私は魔王本人から、用済みで邪魔になったから左遷されたと聞いていた。もしかして魔王が勘違いしていただけ?
……そうだ。聖女! 魔王は初代国王への恨み言として、好きな女性を取られたと言っていた。さっきの話はまるで良好な関係がすれ違ってしまっただけのように聞こえるが、恋愛関連のいざこざもあったはずなのだ。
「その手紙の内容、全て本当ですか?」
「当時に捏造されたものであれば見破る方法は無いし、主観の入った文章だから全て真実とは言い切れない」
ロナルドさんはあっさりと手紙の不確実性を認めた。
意外に思っていると彼は続けて言う。
「僕は別に、初代陛下を庇いたいなんて思ってないよ」
「聞きに来たのは私たちの方ですしね」
「この手紙は完璧な真実ではないだろうけれど、確度は高めだと思う。だからこそ君たちに見せたんだ。僕の選択をちょっとだけ信用してよ」
初代国王が魔王を本気で呼び戻す気だったかは本人の心を読まない限り分からない。しかし信用して、ゆくゆくは公爵家を興させる弟に呼び戻すつもりがあると明言していた。それだけで日記や、何なら歴史書よりも信用できるのかもしれない。
何が本当で何が嘘か。私が魔王から聞いた話も彼の主観が入っているのは間違いない。勇者と魔王、当人同士で確認し合えば真実に辿り着けそうだが、そんな機会は一生ありえないのだ。
でもやっぱり、あの話は興味あるな。
「初代陛下と魔王が恋敵だった情報ってありますか?」
「さあ? どうなんだろう?」
「無いんですか?」
「仮に、色恋沙汰について昔の人の証言があったとして信用できる?」
ロナルドさんは資料を探す素振りも見せずに言った。
確かに信用できない。本人が言っていても、第三者だとしてもだ。
誰と誰が付き合ってる。この人はあの人のことが好き。……こういうのって結構間違っていることが多い。
恋敵云々はもういいです、と私は首を横に振る。するとロナルドさんは準備していた資料を出した。
「最後にこれかな? 初代陛下の晩年に書かれたものだ」
差し出されたのはしっかりとした装丁が成された本だった。中も見せてもらうが、紙が綺麗すぎる。恐らくこれは原本ではなく写しだろう。
斜め読みした感じ、人に伝えることを前提に書かれたものだ。
個人的な愚痴混じりの日記、個人から個人への手紙……先の二つとはまた異質な資料でった。
その本を見て、今まで書庫内をつまらなそうにウロウロしていたエレノーラが口を開く。
「その本、わたくし見たことありますわ!」
勘違いじゃないかな。エレノーラがここに来たのは初めてだし、ここの資料をロナルドさんが外に持ち出す、ましてや妹の目につく場所に置いておくとも思えない。
ロナルドさんが「気のせい」と言って終了だと思われたエレノーラの発言、彼は意外にも首を縦に振った。
「あってもおかしくはないね。この本は少し前までヒルローズ公爵家の所有物だった。公爵家で代々受け継がれてきたものを、ここに移動させたからね」
「通りで見たことあるはずですわ!」
「どこの部屋で見たの? 保管してる部屋は父から入らないよう言われていたはずだけど」
「…………初めて見た本な気がしますわ」
エレノーラが立ち入り禁止部屋を探検していたことはともかく、この本は公爵家ゆかりの物らしい。現在ヒルローズ公爵家はお取り潰しになっているので保管場所を移したのだろう。
以下要約。
公爵家は当初、王家を補佐するために作られた。兄が国王で弟は公爵、信頼できる間柄で国を維持しようとするのは良くある話だ。
しかし、今でこそ安定しているバルシャイン王国であるが建国当時はガタガタだったらしい。
実質的な統治はほぼ完了し、正式な建国式典を開く直前、怒り恨みに飲まれた魔王が魔物を操りバルシャイン王国に攻め入った。戦いに関してだけ超一流の才能を発揮する初代国王は、難なく魔物の群れを制圧し魔王も封印した。
魔王を封印した勇者が治める国。利用しない訳にはいかない最高の建国神話を手に入れたバルシャイン王国だが、当時はいつ瓦解してもおかしくない状況だった。
「初代陛下が戦うだけしかできない人だからですか?」
「そう考えるのが自然だよね。でもこれの著者はそうは思わなかった」
そう言えば、端的な状況説明から入ったから気にならなかったけど、これ書いたのって誰なんだろう。
さらに読み進める。
この著者は、王国の不安定さの原因は魔王が欠けたことだと分析したようだ。
昔に比べて国王は有力貴族から不満を持たれることが増えた。戦時だから我慢していた欲求が平和になって爆発したのではと、初めは考えていたがどうやら違うようだ。
上手く回っていた頃は、厳格で冗談の通じない魔王が有力者たちの不満を一手に引き受け、国王は雑ではあるが仲裁案を考え両者に無理やり認めさせる。
国のナンバー2が恐怖を用いて裏から王を補佐する。魔王が意識していたかは不明だが、実際にそれは良く機能していた。
しかし、この著者は恐怖を使いこなすことができない。だから不満の標的ではなく、不満の受け入れ先になることを決断した。王家とあえて敵対し、反乱分子を一箇所に集め、適度にガス抜きをする。そして最後には、溜まりに溜まった醜い欲望を自分もろとも排除する。
「これを書いたのって……」
「想像の通りだよ」
どこかで聞いた話だと思った。これは初代のヒルローズ公爵が、公爵家の役目を書いたものだ。公爵家はこの本を保管し写本し確実に継承して、代々の当主たちはその役割を十全に務めた。
その務めが脈々と受け継がれた結果、エレノーラパパが公爵家の最後の役割を完遂し、ついにヒルローズ公爵家は消滅したのだ。
改めてヒルローズ公爵家の凄さを実感していると、もしかしたら当主になっていたかもしれない事の張本人であるロナルドさんがあっけらかんと言い放つ。
「まあ、公爵家についてはどうでも良くてね」
「どうでも良くはないでしょう」
「今の本筋は初代陛下だよね? いいのいいの、父も死なずに済んだし」
そうだけどさぁ……。
理解しているのは良く分からない表情でぽーっと聞いてるエレノーラちゃんにも不満を抱きつつ、私たちは本題である勇者が関わる箇所まで読み進める。
再度、要約。
魔王を失ったことを国王はそうとう気に病んでいたらしい。国の運営に都合の良い嫌われ役を図らずも押し付けてしまったこと、そして最後は仲違いしてしまったこと。
国王の晩年。ヒルローズ公爵が自ら課した役目を聞いたとき、魔王の後悔はさらに加速したらしい。
自分は国王の器ではなかった。国を治める能力が無い。だから周りに苦労をかける。
もしも自分に国王としての能力があれば、魔王が恐れられて孤独になることもなかった。友であった彼が魔王と呼ばれる存在に成り果てたのは、自分に王の資質が無かったからだ。
ついには弟が自ら、魔王と同じ道を辿ろうとしている。
全ては国王である自分の能力不足。完璧な王様らしい王様になれれば、きっと誰も犠牲にすることなくバルシャイン王国を導くことができただろう。
建国を最初からやり直したい。やり直しは出来ずとも、無かったことにしたい。
そんな後悔を国王は、病に伏せながらうわ言のように呟いていたらしい。
『そんな兄だからこそ私はヒルローズ公爵家の役割を定めた。これを読んでいる私の子孫に願う。無理にこの役割を遂行する必要はないが、その時代の王家を支えたいと思ったのなら、どうか私の意志を継いで欲しい』
本は最後にそう締めくくられた。
初代ヒルローズ公爵の覚悟もすごいが、何より初代国王の後悔に衝撃を受けた。
初代国王はイメージよりも頭や素行が悪い蛮族だった。その蛮族は魔王と決裂したくなかったのに勇者になった。その勇者は建国の犠牲になった人々を想い後悔しながら死んでしまった。
初代国王のイメージはこの僅かな時間で何度も変化した。
唯一共通して言えるのは、どの王様も王様らしくないということだけだった。
「デンシャ」ってフリーゲームおすすめです。