16 楽しい楽しいレベル上げ
「楽しい楽しいレベル上げの時間ですよ」
「いやあああああああああああああああ」
アリシア・エンライト様、本日はリュー航空をご利用頂きありがとうございます。この便はドルクネス伯爵領、闇属性のダンジョン行きです。
脳内でキャビンアテンダントごっこを楽しんでいると、その楽しい気持ちが伝わったのかリューが宙返りのサービスをしてくれる。
特別なサービスにアリシアも大満足のようで、先程まで降ろせと騒いでいたのが嘘のように静かになった。
元々、アリシアに魔王を任せようと思っていたのは、目立ちたくないという私の目標のためだった。しかし、その目標を達成することをほぼ諦めている私は、大手を振って魔王を倒しても良いのではないかと思っている。
だが、彼女の光魔法でなければ魔王が倒せないとかいうゲームの裏設定がある可能性もある。とりあえずアリシアのレベルを上げることは急務であった。
学園長より何をしても良いとの許可が出た私は、アリシアを闇属性のダンジョンに連れて行くことにした。私が昔にお世話になったダンジョンだ。
火や水などの4大属性は闇属性に不利なので非常に人気が無い場所だ。しかし、光属性のアリシアにとっては有利な敵しか出てこないので効率が極めて良い。
「リュー、あそこに降りてください。アリシアさん、そろそろ着きますよ……あれ? アリシアさん生きてます?」
目的地が見えてきたので降りるように言うと、リューはガウと吠えて了解の意を示した。アリシアはいつの間にか気絶していたようだ。
アリシアが乗っているので、いつもより優しく着地したリューに私はお礼を言う。
「ありがとう、リュー。私が呼ぶまで遊んできていいですよ。人里には近づかないようにね?」
しかし、アリシアを担いで下ろしてもリューはその場を離れようとはせず、私を体で囲うように寝転がってしまった。
「ごめんね、あなたはダンジョンには入れないからね。明日は一緒に遊べるから、ね?」
私が説得するとリューは渋々と言った様子で、尻尾を動かし通り道を開ける。
「ありがとう、いい子いい子」
基本的には自立的なリューだが、今は甘えたい気分らしい。明日は存分に構い倒すとしよう。
「あ、あれ? ここは?」
「ようやく目が覚めましたか。もうダンジョンの中ですよ」
すでにダンジョンに入っていた私は、担いでいたアリシアを地面に下ろした。レベル上げは効率が命、無駄にして良い時間など無いのです。
「ユミエラさん? あ、私誘拐されて……」
「誘拐とは人聞きの悪い、学園長にも説明されたでしょう?」
アリシアは関係ない別の話を装った学園長に呼び出され、今回の件の説明をされた。
彼女は1人では怖い、攻略対象たちと一緒が良いなどと言い出したため、私に強制連行された次第だ。そもそも彼らと一緒にいても戦闘に参加しないのだから、要求が聞き入られるはずもなかった。
「私を帰してよ! もしかして私に何かする気なの!?」
アリシアの叫び声がダンジョンの中に響き渡る。おお、ダンジョンで大声を上げるとは、彼女は筋が良いかもしれない。
「私は何もしませんけど、向こうから来る団体さんには何かされるでしょうね」
アリシアの後方を指差しながら言うと、ようやく彼女は今の状況に気がついたようだ。ダンジョン中の魔物が彼女の声に反応して集まりつつある。
「た、助けて!」
「大丈夫です、死ぬ前には助けますから。回復魔法で腕一本くらいなら生えてきますよ」
彼女がパニックになってはここに来た意味がないと思い安心するように言う。
しかしアリシアは半狂乱となり、虚空に向かって魔法を乱射し始める。
「いやあああああああ」
あ、初めに近づいてきた蝙蝠型の魔物に、彼女の放った光球が命中した。ふむ、無駄は多いがダンジョンの通路は狭いので弾幕戦法も有効だろう。
結局、集まってきた魔物は全てアリシアの弾幕に突っ込み、消滅していったのであった。
「た、助かったの? これで帰れる?」
「では、2階層に行きましょうか」
有利な光属性というだけあって、レベルの低いアリシアでも更に深い階層に行けるだろう。このダンジョンは50階層まであるのでまだまだ序の口ではあるが。
「嫌です、私を帰してください! こんなことをしていいと思っているんですか!」
「そもそも貴女がレベルを上げないのが原因でしょうに、あなたは魔王を倒す気があるのですか?」
「はい、ユミエラさんは光魔法を使える私が何とかしなくちゃいけないんです!」
「……私が魔王かどうか一先ず置いておいて、野外実習で魔物を倒さないのはなぜですか?」
「そ、それは、エド君たちが守ってくれるって言うから……」
アリシアの言葉はだんだんと尻すぼみになっていく。いつものごとく話が通じないが、自分に問題があることは理解しているようだ。
「それが分かっているならいいです。さ、早く行きますよ」
「魔力が無いから今日はもう……」
「問題ありません、魔力回復ポーションを用意しています」
魔力切れとは無縁の私はあまり飲んだことが無いが、魔力回復ポーションは滅茶苦茶マズイ。しかし、レベル上げに必要なことなら私はそれをガブ飲みしただろう。
「私、それは苦手で……」
「じゃあ、剣を渡しておきますので物理攻撃でなんとかしてください」
アリシアも諦めたようで、涙目になりながらポーションをあおった。
流石ゲームの主人公と言うべきか、アリシアには戦闘の才能があった。初めは滅多打ちだった魔法のコントロールも次第に修正された。
死にたくないと繰り返し呟きながら魔物を倒していく様は、戦闘ロボットのようで昔の私を思い出し懐かしくなった。この素晴らしい才能をイケメンに守られる優越感のために死なせていたというのは、非常に勿体無い事だと思う。
「片付きましたね。じゃあ次は5階層へ」
「死にたくない死にたくない……そうだ、ユミエラを殺せばいいんだ」
不穏な事を呟いたアリシアは唐突に振り返り、私に向かって光魔法を放った。
私は光の球を手で弾くが、痛くも痒くも無かった。苦手な属性と言えどもレベルの差がありすぎる。
「あ、あぁ…… ごめんなさいごめんなさい」
うわ言のように謝罪を繰り返すアリシア、情緒が不安定すぎる。彼女には十分配慮して、無理はさせていないはずなのだが。
その日は7階層まで行くことができた。初回だと思えばまあまあ進めたほうだろう。
後半のアリシアは不満を言うことも無く、私の言う通りに動くようになっていた。ダンジョンに入る前と後で別人のようになってしまったが、私にとっては害が無さそうなので良しとする。
「大丈夫ですか?」
「ふふふ、魔物を殺せば私は生きられる、魔物を殺せば私は生きられる」
うわぁ……ああ、またパトリックに怒られるんだろうな。
攻略対象たちもうるさいだろう。これくらいでおかしくなるとはアリシアのメンタルは弱すぎではないだろうか。
その翌日の事だ。
「ユミエラさんはやっぱり悪い人だったんです! 今は周りを騙しているみたいですが、私は騙されませんからね!」
アリシアは一晩で元通りとなっていた。彼女のメンタルが弱いというのは間違いだったかもしれない。
「これからはレベル上げをサボらないでくださいね。そのときはまた一緒にダンジョンに潜りましょう」
「ひっ」
昨日の事がトラウマにはなっているようで、アリシアは短い悲鳴を上げて走り去っていく。
その日からアリシアは狂ったようにレベルを上げ始めたらしい。彼女は対魔王戦の最終兵器なので、私は良いことをした……と思っておく。





