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6-10右 人魚と手帳

◆6-10右 人魚と手帳


 あれから初代国王の人物像に迫るべく、レムンを質問攻めにし続けたが、ほぼ何も分からなかった。レムン君、もっと個人に興味持って。


 完全に手詰まりだが、唯一の道標が初代の国王様というのは事実。

 他に取れる手段も無いので、私たちは彼についてトコトン調べるため王都に向かった。


 動かない左半身をパトリックに支えられたまま、馬車を半日走らせ王都まで。ついでにエレノーラもついて来た。リュー君はお留守番。

 さっそく王城まで行った私たちは、すぐにロナルドさんと面会することができた。

 人払いのされた一室に通されてすぐ、エレノーラがロナルド氏の呼び方で右往左往する。


「お兄さ……違いましたわ。学園ちょ……これも違いました。…………誰ですの?」

「隠さなくていいよ」

「お兄様!」

「はいはい、久しぶりだねエレノーラ」


 ロナルドさんは、エレノーラの兄で元学園長で現国王の右腕で……複雑な人だ。彼は魔王封印の真実も知っているので、脚色抜きの初代国王を調べる上でとても頼れる。

 挨拶もそこそこに、私はいきなり本題を切り出した。


「私は今、初代国王陛下について調べています。王家所蔵の資料を見せていただけますか?」

「いいよ。案内するから好きに見ていって」


 うわ、一往復で会話が完結した。

 ストーリー展開は早い方が好きだけど、いくらなんでも限度がある。王家が大事に持ってるご先祖様の資料なんて、世間に見せられないもののオンパレードだろうに。

 裏があるのではと考えて私が無言になると、すかさずロナルドさんは補足する。


「素直に受け取ってよ。その左足……手もか。それに関わるんだろう? ただの興味本位とかだったら断るけれど、事情があるのだったら協力したい」

「ありがとうございます。このお礼は――」

「いいのいいの。体の調子が悪くて大変そうな人からお礼なんて受け取れないよ」


 具体的なお礼の内容を決めようとしたところ、彼はにこやかに固辞した。

 貸し1ってことね。いつかロナルド氏や国王陛下の都合の良いタイミングで相応のお返しをしなければならない。あーあ、大金吹っかけられた方がまだ良かったな。

 しかし、私に頷く以外の選択肢は無かった。


「分かりました。このご恩はいつか」

「ちょっと困ったときに連絡するかも。都合のいいときで構わないから」


 これくらいで門外不出の文献を漁れるなら安いもんか。

 ロナルドさんも無茶なお願いはしてこないだろう。世界征服手伝ってと言ったところで、私が断るのは織り込み済みだろうし。私がやりたがらないけどギリギリ了承する絶妙なラインのお礼を要求してくるはずだ。そのうち。

 酷いとは思わない。事情の説明も無しに、王家の秘密教えてくださいっていう私の方がよっぽど非常識だ。

 体が半分だけ死んじゃって……なんて順を追って話したとことで信じてもらえないだろう。

 私は半ば説明を諦めていたが、エレノーラは違った。


「ユミエラさんの左側がハクメイの国に行ってしまいましたの! 闇の神様から、すごい昔の国王陛下が復活しようとしていると聞いて、ここに来たのですわ!」


 ロナルドは笑顔でうんうんと妹の話に耳を傾けていた。

 だいぶファンタジー要素が強烈な内容ではあったが、彼は目立ったリアクションをせず穏やかに言う。


「エレノーラは全部喋っちゃうからね。最善は嘘を信じ込ませることなんだ」

「嘘じゃありませんわよ!」


 ロナルドさんは、妹が嘘つきではないと信じると同時に、妹が嘘を本気にすると理解していた。

 でっち上げと思われるのがむしろ都合が良いので、憤慨するエレノーラはスルーする。


「いやあ、良かった良かった。この前の件じゃないかってヒヤヒヤしてたから」

「おさがわせしました」


 この前の件というと、護国卿に関するゴタゴタだろう。

 御前会議で大騒ぎしたのがほんの一週間くらい前だから、私も王城行くの恥ずかしかったんだよね。


 資料は王城の地下にあるらしい。


 私はパトリックに支えられながら、不自由な左半身を引きずるようにして歩く。ぴょんぴょんすれば一人でも平気だけど、王城だから自重する。私は分別があるので真面目な場所で、突飛な言動は慎むのだ。レベル上げ卿は忘れて。


 王城地下にある書庫まで来た。魔道具で照らされて明るいが、地下独特のひんやりした空気が漂っている。

 ロナルドさんが「例の部屋へ」と言うと、管理人が奥の扉向かい首に掛けられた鍵を取り出す。彼はその鍵で扉を開けて、自分の持ち場に戻ってしまった。

 あれ、ここまでなんだ。目当ての資料がどこにあるか聞こうと思っていたのに。

 管理人の背中を目で追いかけていると、ロナルドさんが言った。


「彼は鍵を持っていても、中に入ることはできない決まりだ。建国にまつわる歴史はそれだけの機密になっている」

「え、見て大丈夫ですか? 消されません?」

「普通なら消されるくらいのことは、もう知ってるし……」


 私たちは魔王の真実を知っているし、ヒルローズ公爵が今も生きていることも知っている。

 お前は知りすぎた、と消されても違和感ないくらい情報通になっちゃってる。

 私を消す手段があったら実行されているのだろうかと考えつつ、秘密の部屋に侵入する。


「小さいですね」


 本当に小さな部屋だ。六畳間の三面に本棚が並べられ、実質四畳半になってるくらい。機密情報の量なんてこんなもん?

 綺麗な背表紙の本がいっぱいだ。全ての本が本当にキレイで、汚れもない、模様もない、文字もない……無地の背表紙が並ぶ光景は違和感がすごかった。

 不思議な光景に圧巻されているとロナルドさんが口を開く。


「どうしてこうなってるか分かる?」

「……わざと見つけにくくして、侵入者が目当てにたどり着けないようですか? 片っ端から本を開いて確認していくしかないです」

「そう思うよね。本棚に意識が集中して、本の中身を確認しようと焦って、まさか足元に仕掛けがあるなんて考えもしない」


 足元? 立っている板張りの床を確認して……あれ? 石の床に穴が空いている?

 ロナルドさんは鍵を取り出して、その穴に差し込み回した。しかし何も起こらない。

 あれぇ? ここの更に地下に隠し部屋があるんじゃないの? するとパトリックがトントンと床を踏んで言う。


「音の響きが鈍い。この下に空間が?」

「そうだよね。仮にこの鍵穴を発見しても、秘密は地下にあると思って、頑張って床に穴を掘り出すかもね」


 仮想の侵入者と同じ思考を辿った私たちを見て、ロナルドさんは笑う。

 まず本棚に意識を向け、次に床に意識を向け……本命はどこだろうか。

 次は上かなと天井を見上げた私を見て、いたずらっぽく笑った。


「床の鍵はここと連動している」


 彼はそう言いながら、奥の本棚を両手で引く。……が、動かない。

 本棚が引き戸の隠し扉になっていると思ったが、そう単純な仕掛けではないらしい。彼は本棚と格闘しながら隠し部屋の全容を説明した。


「この本棚の……ぐっ! 裏側に……ふんっ! ……ごめん、誰か手伝って」


 ただの筋力不足だったみたい。

 左半身が動かない私とそれを支えるパトリックはとっさに動けず、真っ先に前に躍り出たのはエレノーラだった。

 童話の大きなかぶにて、お爺さんの次にネズミが登場したような頼りなさだ。


「わたくしにお任せですわ!」

「せーのの合図を出すから――」

「分かりましたわ。えいっ!」

「まってまって。そのせーのは説明のためのせーの」

「えいっ!」

「もういいや。ふんっ!」


 非力兄妹は兄妹らしからぬチームワークの無さで本棚に挑む。

 重い本棚は低い音と共に動き始めた。少しでも動き始めてしまえばあとは楽で、ヒルローズ兄妹は本棚の隠し扉を全開にする。

 

 王国の秘密の部屋と対面だ。薄暗がりの中、真っ先に目を奪われたのは人魚のミイラだった。

 

 人魚のミイラだ。上半身が猿のようで下半身が魚で、絶対に人魚だ。

 錆びきった剣とか、古びた木簡とか、黄ばんだ紙束とか、他にも色々あるけれど人魚のミイラのインパクトが大きすぎて全く頭に入ってこない。

 干物人魚が収められた大層なガラスのケースは、部屋の隅でホコリを被っていた。でもあの存在感。

 衝撃! やはり政府は未確認生物の存在を隠していた!


 しかし、魔物がいるファンタジー世界だとUMAのありがたみが薄れるというか……あまり不思議じゃないかも。

 人魚のミイラは大したことないと気付いた私はすぐ興味を失ったが、なぜかパトリックが過剰に反応する。


「何だアレは……?」

「海の方にいる魔物じゃないの?」

「魔物じゃない。魔物の死体は残らない」


 その通り、魔物の死体はすぐ消える。

 100%が魔力で構成された疑似生物であるから、活動停止と同時に魔力に戻って蒸発するように消えてしまうのだ。残るのは魔石だけ。だから魔物の剥製や、魔物の爪で出来た武器なんて物は作れない。

 じゃあ、あの人魚は魔物じゃなくて動物? あの見た目しといて哺乳類とか魚類みたいな生物学で説明がつくタイプの生き物?


 衝撃! やはり政府は未確認生物の死体を隠していた!

 本日二度目。たぶんUMAだけじゃなくてUFOとかも秘密にしてる。


 大丈夫かな。私たち消されないかな。

 とんでもないモノを見ちゃって、無事に帰れるだろうかとロナルド氏をチラリと確認すると、申し訳無さそうに彼は言った。


「ごめん。盛り上がってるとこ悪いけど、アレ作り物。猿と魚の骨をシロウトがくっつけただけだから」


 じゃあなぜ地下室で大事そうに保管しているんだ!?

 私は騙されないぞ。陰謀を暴いてやる。

 一人で息巻いていると、物怖じせず人魚ケースに近づいたパトリックが言う。


「猿の部分と魚のとで、骨の具合がだいぶ違う」

「え、ホント?」

「ほら、ここ」


 ホントだぁ。違和感ありまくりの人魚の腰を観察すればするほど、出来の悪い作り物であるとよく分かる。

 あーあ、つまらない世界だな。でも宇宙人はいるって私信じてるから。


 どうしてこんな物が収蔵されているのか、尋ねる前にロナルドさんが教えてくれた。


「昔の偉い人が作ったやつらしくてね。公にもできないし、捨てるのも忍びないし」


 誰だよ。暇を持て余した国の偉い人は。その人もたぶん捨てていいと思ってるよ。

 どうせ子供の頃に作ったやつだろう。小学生の工作が何百年も実家の押入れにあるみたいな状況なんだろうな。


 さて、ひときわ目を引く人魚のミイラであったが重要度はすこぶる低かった。

 本来の目的に戻らねばと改めて隠し部屋を見回す。


 禁書庫とも言えるその場所は、いざ入ってみて巨大な部屋だと分かった。

 時代を感じる木簡や、丁寧に綴じられた書類の束、鎖でグルグル巻きにされた金属製の箱など……。歴史的に貴重だったり、表世界に出してはいけないものだったり、とんでもない所に来てしまったと私は再度思った。


「本当にこんな所見せていいんですか?」

「誰にも言わないだろうから大丈夫」


 確かに私は知った秘密を他所でベラベラ喋ったりしないし口を滑らせもしない。それはパトリックも同様で、この場には口の固い人物しか――


「ほへー。古い物がたくさんですわー!」


 大丈夫かな。一番連れてきちゃいけない人いるよ。

 不安になり危険人物のお兄様にお伺いの視線を送る。


「大丈夫かな。一番連れてきちゃいけない人いるよ」


 お兄様は妹に対して私と同じ感想を抱いていた。

 そんな超危険人物は一人でどんどん部屋を探索し、その危険性を遺憾なく発揮していた。やめて、見ちゃいかんもの見て記憶処理されちゃうよ。

 エレノーラの興味を惹くものなんて無いはずだが、謎の積極性で彼女はあちらこちらを物色しはじめた。


「どこかから素敵な香りがいたしますわ。これは……夕暮れの砂漠のよう」


 誰に聞かせるでもなくそう呟きながら、エレノーラは鼻をすんすんさせる。

 言われてみれば花を何かで包んだような香りがかすかに漂っている。夕暮れの砂漠要素はゼロだった。というかそれってどんな匂い?

 ロナルドさんは鼻を動かすも首を捻っていた。パトリックはわかったようだ。


「二人は分かるんだ? するの? そんな香り」

「花の香りはします。砂漠らしさは……パトリック分かる?」

「いいや、香水のような香りとは分かるが正体までは分からない」


 私とパトリックは、高レベルに伴う五感の強化によって香りを認識できた。それ無しで匂いに気づいたエレノーラがすごい。

 微かな香りの発生源を探し、彼女は奥へ奥へと進んでいく。


「やっぱりこれは……でもこんな香りは…………」


 エレノーラが行き着いたのは部屋の一番奥だった。

 物色しても良いのか心配していると、ロナルドさんが言う。


「建国にまつわる、つまりは初代国王に関する資料は丁度この辺りにまとめられている」


 香水探知犬エレノーラは見事、目的の資料の在り処を突き止めた。偶然だろうけどファインプレー。

 そして彼女はついに、ニオイの元を探り当てる。


「この手帳ですわ! これから香りがいたします」


 エレノーラが高らかに掲げたのは黒い手帳だ。建国前後の骨董品のはずだが、あまり年季は感じない。

 私は手帳について質問するが、ロナルドさんは口元に手を当てて訝しむだけだった。


「あの手帳は誰の物ですか?」

「目録に無い物が紛れ込むわけないし……侵入者が置いていった? そんなわけないか。じゃああれは一体……」


 え、正体不明な物を見つけちゃったの?

 エレノーラが手に取れる場所にあった物が、今までは隠れて未発見だったとは考えにくいし……不思議だな。

 中身を読めば色々分かるかもしれないが、エレノーラは匂いにしか興味がないようだ。手帳に鼻を近づけて、息をいっぱいに吸い込み幸せそうな顔をしている。


「あぁあああ……素敵な香りですわあ」


 彼女がいい匂い好きなのは知っているが、ここまでメロメロになっているのも珍しい。

 なんかヤベー成分入ってるんじゃないの?


「これ何の香りですかね?」

「終わったと思ったら始まっていたみたいな不思議さがあって、夕暮れの砂漠のような寂しさがあって、好きに過ごせる嬉しさがあって……」

「はぁ」

「そして何より、これは本物の香りがいたします」

「そっすか」

「ついに……ついに本物を作れたのですわね」


 エレノーラは感動のあまりポロポロと涙をこぼす。

 あの、どこ原産の花が使われているとか、どこで採れる香料が入っているとか、そういう絞り込める情報が知りたかったんですけど……。

 感性が高すぎて理解できないので、匂いの正体については諦めよう。


 涙目のエレノーラから手帳を受け取り、さっそく中を拝見する。

 そこには丸文字でこう書かれていた。


『やっぱアイツちょームカツク! 久しぶりに会った子は半分こになっててビックリ!!!』


 やべーぞ。エレノーラの感想くらい意味わからん。

 中身が分かれば手帳の正体をつかめるかもとロナルドさんに見せるが、困惑をさらに深めるだけだった。


「こんな物……あったら覚えていそうだけど」


 謎が謎を呼ぶなあ。

 パッと開いたページだから意味不明なだけかもしれない。パラパラと手帳をめくり、1ページ目を確認する。


『今日から日々の生活で思ったこと感じたことをメモしようと思う。素敵な今日を過ごせますよーに!』


 日記というか覚え書きのようだ。

 かわいらしい丸文字で、持ち主は女性だろう。

 流し見しつつページをめくる。


『今日はお仕事が大変だった。つかれたよー 癒やしが欲しいワン 』

『尊敬する上司と好きな人が仲良くしててモヤモヤ』

『好きな人に「変なところで乙女っぽい」って言われた! これって好印象って……コト?』

『左遷された。ぜーったいに許さないぷぅ』

『秘められし能力に目覚めたかもしれない……。これで上司に仕返しちゃうぞっ』

『気づいたら知らない所にいる。ここどこ? さみしぃよぉ』

『やっぱアイツちょームカツク! 久しぶりに会った子は半分こになっててビックリ!!!』


 あ、最新部分まで行っちゃった。

 ざっと見た感じ、恋愛関係が八割で残りは上司の愚痴がほとんどだ。

 どうでもいいことばかり書いてあるし、秘められし能力のあたりは妄想入ってる感じだし……本当にナニコレ?

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― 新着の感想 ―
[良い点] まおーちゃん(?)の黒歴史ノートやん……
[一言] あなたは知り過ぎたって消されるっていうけど・・・ ユミエラを消す事が出来る人物なんて存在しないと思うんですけど
[一言] まさか、これ魔王が書いたのか?!wいや直前と思しき部分があること考えると自動筆記か本人が書いたものがどんどんコピーされてる?
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