6-09右 調査開始
◆6-09右 調査開始
オーケー。もう一度だけ説明するね。
私の名前はユミエラ・右側・ドルクネス、この世界でたった一人の悪役令嬢! だったんだけど……私は右と左、二つに分裂してしまったらしい。
最悪なことに私の左側は死んじゃって、薄明の国って所にいるみたい。
だから私は右半身しか動かせない。でも諦めない! 今まで何度も困難な状況に立ち向かってきた。
必ず左半身を取り戻してみせる。そのためにまずは……
「……どうしようね」
「どうしようか」
無理にテンションを上げてみたものの、半分だけ死んじゃうという意味不明な事態に私とパトリックは深くため息をついた。
左側死亡が判明した後、レムンに色々と聞いてみたものの有用な情報は無かった。
薄明の国とやらには死なないと行けないってのも本当みたいだし、向こうから現世に戻ってくる方法も無いらしい。
ユミエラ(左)を助けるため、薄明の国に行こうとユミエラ(右)が死んでしまっては本末転倒だし……。まあ、ユミエラ(左)はいいヤツだったよ。私(右)は(左)の分まで生きるからさ!
「……どうしようね」
「どうしようか」
私たちは揃って、何度目かも分からないため息をつく。
もうこれダメでしょ。ただでさえ、いきなり出てきた後付け設定で意味不明なのに、唯一の手がかりがレムン君だけ。
彼は私の力が半減することを喜んでいるので、積極的な協力は望めない。聞いたことには答えてくれるのが唯一の救いだろうか。
私は改めて闇の神に質問をする。
「本当に生き返る方法は無いんですか?」
「僕は知らない」
「声だけ届いたり、手紙はやり取りできたりしません?」
「匂いがほんのり伝わってくることはあるらしいけど、声とか文字は無理だね」
なんで匂いだけOKなんだよ。匂いでモールス信号を作って、左側の私とやり取りするのは……無理だなぁ。
向こうの私は私なのだから、香りを用いた暗号なんて絶対に分かりっこない。
香りだけで意思疎通する方法を思案していると、パトリックが口を開いた。
「自力でやり取りせずとも、レムンが向こうのユミエラに伝言すればいいんじゃないか? レムンは薄明の国に行けるんだろう?」
「分かったよ。お姉さんの左側に伝言をお届けすればいいんだね。手紙でもいいよ、僕が渡してくる!」
「こちらの説明と……いや待て、もの分かりが良すぎないか? 薄明の国に行くと言って、そのまま隠れて出て来ないつもりだろ」
レムンは黙った。図星を突かれたらしい。
左側と直接やり取りする方法は無し、メッセンジャーも信用ならない、本当にどうしようもないね。
向こうからコンタクトがあれば良いのだが……。しかし、パトリックが「こちらの説明~」と言いかけたように、向こうの私は事態をどれくらい把握しているんだろう。
もし私が左半分になってしまったら、右側が消えちゃったと認識する。まさか右側だけ生きていて、自分だけが死んでしまったなんて考えもしないはずだ。そもそも自分が死んでいることに気がついているのだろうか。
私たちはレムンから薄明の国について説明を受けたが、向こうさんに便利な説明キャラはいない。
これからの行動方針に、もしかしたらちょっとだけ関わってくるかもしれないので聞いておこう。
「左側の私って、状況を理解できていると思います? 死んだことすら気づいてないかも」
「見てないから断言できないけど、それは無いんじゃないかな? 王様あたりから教えて貰ってるでしょ」
「死んだことは理解していると。……薄明の国って王様がいるんですね」
「勝手にまとめ役やってるだけだけどね」
まとめ役もそうだが、薄明の国にコミュニティがあったことに驚きだ。
もっとみんなが好き勝手やってる無法地帯を想像していた。その感想を素直に口にすると、レムンが自らの非道を語る。
「いやぁ、ボクが光に当たるのは良くないって言ったら、みんな信じちゃってさ。みんな山の影にいるからボクは監視しやすくて助かってるよ。お姉さんの左側もその集落に行き着いてると思うよ」
「…………レムン君の教えを正直に守ってる人々に、申し訳ないと思わないんですか?」
「うーん、別に。王様はあまりボクのこと信じてないし」
うわぁ……分かってはいたけど、人の心なさすぎて引くわぁ。
真面目な人ほど教えを信じて、光に当たらないよう周りに広めてるんだろうな。
私は悪の神様レムンにドン引くだけだったが、パトリックは他に気になることがあったようだ。
「なぜレムンはまとめ役を王様と呼んでいるんだ? 今のところ王の要素は無いように感じるが……」
言われてみれば確かに。
王様と言うよりも自治会長みたいなイメージだ。そのまとめ役が自ら王様を名乗っているのか、自然と周りがそう呼ぶようになったのか、レムンが皮肉で王と呼称するだけなのか……。
答えはそのどれでも無かった。レムンはサラッと衝撃の事実を告白する。
「ああ、ここの国の名前……なんだっけ?」
「バルシャイン王国ですか?」
「そう、それそれ。それの初代国王だから王様」
その人にとっては重大な物事も、他人からすれば大したことなかったりする。
当たり前ではあるが、ことレムンに関しては常軌を逸している。薄明の国に初代国王がいるとか、最初でなくとも三番目くらいに言うべきことでしょ。
「何で言わなかったんですか!?」
「別に……ただの人だし」
「いやいや、王様ですよ? 特別な人なんですから言っといてくださいよ」
「みんな、誰かにとっての特別な人だよ? 人によっては王様よりも猫耳のおじさんのことを聞きたがる」
正論だった。猫耳おじさんの家族からすれば、バルシャイン建国の雄より猫耳おじさんさんのことを聞きたいだろう。……猫耳のおじさんってホントにいるの?
しかし、初代国王ねえ。魔王の真実を知っている身として、悪い印象が大きい人物だ。
「初代国王について、もう少し聞かせてください。あと他に重要人物がいれば教えてください」
「重要人物……猫耳おじさん?」
「その人はもういいです」
レムンから初代国王について色々と尋ねたところ、彼の特殊性が明るみに出た。
王様という生前のステータスを抜きにしても、中々に特別な人物だ。
薄明の国のまとめ役をしているのは、住民の最古参だから。生前の未練が残っていようと、数十年で消えてしまう世界に、彼は数百年も長居している。
そして彼はレムンの言いつけを守らず、日の当たる世界を散策し、生き返ることを目的にしているらしい。
私の左側が生き返る手段に、最も近づいているのは彼以外にありえない。
利害関係が一致して協力できる分、レムンより頼りになるかも。もっと知りたくなった王様について質問を重ねる。
「王様が蘇ろうとする動機はなんですか?」
「人間ってみんな死んだ後、現世に戻ろうとするじゃん」
「それはそうなんですけど……常人よりも頑張るからには、現世でやりたい大きな野望があるはずじゃないですか?」
「知らないよ。興味ないし」
あー、人の感情に無頓着なレムン君の悪いとこ出ました。
薄明の国にいるのだから、何かしらの未練があるのは確定で……。そりゃあ王様も後悔の一つや二つあるか。でも何百年も諦めずに生き返る方法を探すあたり、相当な野望とみた。
「パトリックはどう思う? 初代国王の目的は」
「分からない。人柄かも分からないから想像のしようがない」
そうなんだよね。どういう人かもイマイチ分からない。歴史書やらに人柄も書いてあるが、脚色が入り事実とは異なるだろう。
国を作った偉い人が、死に際に思うことって何だろう……。