6-08左 死者との再会
◆6-08左 死者との再会
赤い荒野。地平線から漏れ出る光の方向に向かい、私と勇者は歩いていた。
私が目覚めて集落まで来た道を逆戻りしている形だ。山陰の集落を出るにあたり、光に当たるのは良くないと猫耳おじさんに引き止められたが、私達はあまり気にせず出発した。
猫耳さん曰く、日に当たると良くないことが起こる……と神様から仰せつかっているらしい。理由が漠然とし過ぎだし、勇者がそうなので私も気にしていなかった。
「日に当たると良くないって本当なんですか?」
「現在、薄明の国に一番長くいるのは僕だ。僕は神の忠告を気にせずに集落の外に出歩いているが異変が起こる気配すらない」
「でも、出どころ不明の迷信じゃなくて、神様本人の口から言われているんですよね?」
「あの少年の見た目をした神はどうにも信用できない」
へー、こっちの神様もレムン君みたいなタイプなんだ。
猫耳さんは人が良さそうだから、腹黒神様の言う事をそのまま信じちゃうのも納得だ。胡散臭い少年の見た目をした神ってのは実際に一人知っているので、簡単に受け入れることができた。
「私も似た感じの胡散臭いの知ってますよ」
「あの神は影の中を支配している。日光が危険だから影にいろと指示するのは、住民を自分の目の届く範囲に留めておきたいからではないかと僕は考えている」
「……似た感じじゃなくて、本人を知ってるかもしれません」
あの黒いの、ここにもいるのか。本当にどこにでも湧いてくる。
レムンがいるなら生き返れるようお願いしてみようかと思ったが、一瞬で無理だと悟った。世界の法則を重視する彼は、生き返りなんて絶対に認めないだろう。
まさか私が本当にレムンと面識があるとは、勇者も思いつかなかったようで「恐らく別人だ」と前置きしてから言った。
「これから行く場所も、神からは危険だと忠告されている。だからこそ生き返る手がかりになるのではと考えていた」
「なるほど。危険なのではなく、神にとっての不都合があるということですね」
「その通り、扉を開けることこそが生き返る唯一の道だ」
「扉?」
「いま向かっている場所を、僕は扉と呼んでいる。そろそろ見えてくるはずだ」
私が目覚めたポイントよりも、だいぶ東? に歩いてきた。
小高い丘を越えた所で勇者は日のある方向を指差す。
扉だ。巨大な扉だ。
赤い荒野にポツンと、観音開きの扉がそびえ立っている。
建物は無い。何もない赤い砂漠に、灰色の扉だけが鎮座していた。
横側を簡単に通り抜けられそうで、扉としての意味を成しているようには見えない。裏側はどうなっているのだろうか。疑問を口に出さずとも勇者が説明してくれた。
「裏側には何も無い。何を区切るわけでもない、意味のない扉だが……」
「いかにも不思議なことが起こりそうですね」
「ああ、だが何も起こらなかった。扉を押してもびくとも動かない。力ではなく特殊な方法でないと開けられないのだと思う。だから君を連れてきた」
大丈夫、力押しが必要だとしても私以上の逸材はいないよ。
さっそく現世に繋がっていそうな扉を見つけた私は、我慢できずに走り出しそうになった。しかし、すかさず勇者に止められる。
「落ち着いて、あそこには番人がいる」
「余計怪しいですね。いままで扉を調べるときはどうしていたんですか?」
「彼が来てからはあまり扉に近づけていない。ここ数年間だけだ」
勇者曰く、番人が配置されたのは最近のことらしかった。
それまでは完全フリーで調べ放題だったらしいのに、急に番人が現れるとは扉はやはり現世に通じているのだろうか。
「神様が警戒して、番人を置くようになったんですね」
「いいや、彼と神は関係ない。番人は自分の意思で扉を守っている。誰にも指示されていない」
え、何で? 趣味? ボランティア?
そもそも門番は人なのか。だとしたら彼はここ数年の間に死んだ人物なわけで、扉を守る理由なんて一つもないはずだ。神と関係ないと断言できる理由もあるのだろうし……。
門番について色々知っていそうな勇者は、最低限の情報しか喋らなかった。
「彼とは個人的にちょっとね」
「薄明の国の王様も、色々大変そうですね」
「いや、彼との因縁は生前からだ」
ああ、そうか。生前に面識がある人と会う可能性も全然あるのか。
あれ? でも番人が自発的に番人しはじめたのは最近で、勇者はだいぶ前に死んだ人で……時系列が合わないな。番人とやらが番人を始めたのが最近ってこと?
「僕が番人の気を引くから、君は扉に向かってほしい」
「上手くいきますか? 番人が扉の守護を優先したときは?」
「それはない。彼の恨みを買うようなことを君がしていたなら、話は変わってくるが……」
勇者さんは番人に恨まれてるんだ。
私はそれ以上追及しなかった。どうにも勇者は番人について言いたくないことがあるようだ。
私とは全く関係ない人だろうし、扉に集中しよう。
勇者が先行して番人を引き付け、その隙に私が迂回して扉に向かう、雑なフォーメーションはすぐに組めた。
巨大な扉と比べると小さく見える人影に、勇者は一人で向かっていく。
門番の輪郭は見えるが、それ以外は逆光で確認ぇきなかった。
私は門番よりも扉に集中しなければ。
砂丘の稜線に隠れながら、大回りで扉に向かう。勇者と門番は何か言い合っているようだ。
門番の注意が逸れているうちに扉に近づき……。
「……うそ」
声が出てしまった。
勇者と向き合う彼の、黒くて長い髪を見て、忘れもしない横顔を見て、勇者と対するに相応しい彼を見て……無反応でいられるはずがなかった。
彼は死んだはずで……そうか、死んでるのか。
私の声に反応して、魔王が振り返る。
「貴様……あれだけの大口を叩いておいて、早々に死んだのか」
仇であるはずなのに魔王は私に憐憫の眼差しを向ける。
そうか、死者の国ならば彼がいてもおかしくはない。門番は私と無関係だと考えていたが、蓋を開ければ正反対だった。殺し殺されの相手と再会することになるとは……。
扉にアタックする作戦は瓦解した。何も言えず立ち尽くす私を見て、今度は勇者が口を開いた。
「二人に面識があるとは思わなかった。封印が解けた後かな?」
勇者……そうだ、彼は勇者と呼ばれていると申告した。
王様風の格好をした勇者で、バルシャイン王国を知っていて、門番から恨まれていて……。それだけでは謎の人物でしかなかった彼だが、門番が魔王と分かった今では解答が絞られる。
数百年の長きにわたり薄明の国にいた勇者は、バルシャイン王国の初代国王に他ならない。
建国時代の勇者と魔王。それと私。
勇者は魔王を封印した後、老衰で亡くなった。
魔王は封印から脱した後、私に殺された。
その私も原因不明だが死んでしまった。
死亡時期が違う因縁の三人が、薄明の国で一堂に会する。
「勇者と魔王が揃うなんて」
私の呟きに反応したのは魔王だった。
彼は不愉快そうに、勇者を顎で指して言う。
「勇者? コイツが勇者だと?」
そうだった。勇者と魔王の逸話は偽りの後付けだ。
初代国王が力を持った魔王を恐れ、裏切り、封印し……悪しき魔王を勇者が倒したと喧伝したのが真相だ。
かつての魔王は王国を滅ぼそうとしていたが、今の彼には実現不可能だ。ならば私は彼の味方をしたかった。
未練のある人間が集う薄明の国、私の未練は魔王を救えなかったことなのかもしれない。
私は魔王の隣に並び立ち、勇者と相対する。
「今のお二人の事情は分かりませんが、私はあなたの味方をします」
伝説の勇者と、ラスボス・裏ボス連合。勝負の行方は未だ分からない。





