6-01 Yの分裂/悪役令嬢はどちらが強いのか
「悪役令嬢」です。「レベル99」です。「裏ボス」です。「魔王」です。
合ッ体!!!
なろうで人気の要素が集まったぞ!? これは一体、どうなっちゃうんだ~?
お待たせしました。「悪役令嬢レベル99~私は裏ボスですが魔王ではありません~」6章始まります。
期間空いちゃったので読んでいただけるだけありがたいです。
◆6-01 Yの分裂/悪役令嬢はどちらが強いのか
王都から帰ってきて一週間ほど。年の瀬も押し迫ってきた。
バルシャイン王国の暦の始点は建国日。ちょうど冬なので私はお正月だと思っている。
秋の収穫も終わり、税の計算も済ませた時期。庶民も貴族も建国祭は仕事を休んでお祝いするのが慣例だ。
しかしドルクネス領に休む暇は無い。建国祭の熱が冷め、春になり忙しくなる前、絶妙な日取りに私とパトリックの結婚式が予定されているのだ。招待状はとっくの昔に関係各所にバラ撒かれている。
珍しく王都のいざこざに巻き込まれたりして一休みしたいところだが、私には休む暇が無い。私も結婚かぁ……と物思いに耽る時間すら無かった。
領主の執務室で、私は税金関連の書類とにらめっこしていた。今年は着任祝いの人気取りで税金免除だけど、ちゃんと収穫量は記録して、税金を取ったなら……の数字は算出している。
来年以降は更に大変なのかと今から鬱になる。体を伸ばしていると、エレノーラがやってきた。
「ユミエラさーん……今お時間大丈夫?」
「何かありました?」
「いえ、用事があるわけでは無いのですが……少しお話したいと思いましたの。……駄目かしら?」
エレノーラちゃんカワイイヤッター!
こういうのが可愛いのか。今度私もパトリック相手に使お。適当な議題を捏造して会話のキッカケを作ってたけど、今思えば可愛げが無かったかもしれない。
私は喜んでエレノーラを招き入れる。
「いいですよ。私もちょうど息抜きがしたかったところです」
「やった! 嬉しいですわ」
仲良しなエレノーラちゃんとは何の話をしていても楽しい。私にとっては興味の無い話題でも、彼女が大事に思っているのだったらどーでもいい話題も傾聴する。それが、一人の人間を尊重するってことなんですよ!
「ユミエラさんに紹介した香水があったでしょう? 本物よりも本物の――」
いくら本人にやる気があっても一般人に160キロのストレートが投げられないように、人間には逆立ちしてもできないことがある。
だから仕方ないんですぅ。エレノーラちゃんは香水談義を始めると止まらないんです。1の質問をすると100の物量で回答がくるんです。4時間ぶっ続けで喋るとか平気でやる御仁なんです。
でも、流石に何回もこういう経験をすれば私にも香水の知識が備わってくるものだ。これから彼女がしようとしている話も分かる。話を合わせるのも余裕だ。
「知ってますよ。偽物の人……調香師のサンラム氏ですよね?」
「ヨンラム様ですわ。最初から説明いたしますわね」
そっか、サンラムじゃなくてヨンラムだったか。
3と4を間違えただけなのに、エレノーラは丁寧にも最初から説明してくれるらしい。長くなるぞ。
そして、悠久の時が流れ、海は干上がり、大地は渇き、この世の全てが風化し、エレノーラは元気にお喋りをし、ついに真実に辿り着いた。
「――そこで分かりましたの! それらは全て嘘だったのですわ!」
「そんな!? 全部が作り話だったなんて」
相槌は打ったけど、これって香水の話だったよね?
低すぎるエレノーラの説明力と、低すぎる私の理解、低い両輪でもって会話の流れが全く追えていない。車高を低くすると自動車の性能が低下するのと同じだ。
ひとまずはエレノーラの話が一区切りとなり、彼女は自分が熱弁しすぎたことに気がついたようだ。
「わたくしったら自分の話ばかり……ユミエラさんは最近何か気になることとかありますか?」
来たぞ運命の分岐点。ここで共通の話題を出せば二人で盛り上がれる。
ここは慎重に安全策で行こう。全人類の関心事くらいの……あっ!
「この国の技術で作れる強い仕込み武器の話とかどうです?」
「……ユミエラさん、本当にそういうの好きですわよね」
喜色の笑みを浮かべていたエレノーラが、急にシュンとしてしまった。
からくり武器の話題はガールズトークに適さないとでも申すのか?
悲しい、というか呆れ顔で彼女は続ける。
「もうお強いのに、これ以上なにと戦う気でいますの?」
「別に、カッコいいから欲しいだけですよ。私は戦闘民族とかじゃないんで」
「でも自分より強い人と戦いたいって、武人みたいなこと考えていますわよね?」
「自分より強い人を探しているんじゃありません。私が一番強いので、私より強いと嘘をついている人がいたら許せないってだけです」
「ユミエラさんと張り合えるのは、たぶんユミエラさんしかいませんわね」
私と張り合えるのは私だけ? 2号ちゃんのこと……?
平行世界のユミエラを思い浮かべた私だが、エレノーラは2号を私そっくりな別人だと思っている。言い方的に2号じゃないから、本当の意味で私同士で戦えって言ってるんだ。
「私と私……ですか」
要するに分身というかコピーというか。肉体スペック、レベル、思考、全てが同一の私と戦うことになるってわけだ。
顔を殴ろうとしても、リーチが同じだからクロスカウンターになるだろう。だから私はあえて下段蹴りを選択して……いや、相手も私だから同じことを考えるのか。じゃあそれすら読んで飛び蹴り、というのも向こうは考えてくるはずだ。
思考が関係ない、泥仕合になったらどうだろうか。偽物が本物に適うはず無いので、しかし向こうは向こうで自分は本物だと思ってるし……。
お互いに読み合って、同じタイミングで動き出そうとしたのが牽制となり再び睨み合いになる。魔法ならと思うも、魔法の発動は結構な隙が生じるから中々タイミングが無く――
「ユミエラさん! ユミエラさん!」
「あ? え? なんですか?」
なんでエレノーラに名前を呼ばれているんだろう。というか、いたの?
……ああ、エレノーラとの会話中だった。想像上の私と戦っていてトリップ状態に入っていた。
「すみません、想像が止まらなくなりました」
「話題を出したわたくしも悪いかもしれませんが……そんなに真剣に考えることありませんのよ? もしものお話ですもの」
「その仮定を考えすぎちゃうんですよ」
「考えても仕方ありませんわよ? ユミエラさんも分身は出来ませんわ。一人のままで右側と左側に分かれて戦うわけにもいきませんし」
「右と、左……?」
「あ、やっちまいわしたわ」
そうか。ユミエラ・ドルクネスは紛うことなき最強な世界一位であるが、ユミエラの右半身と左半身、どちらが強いのかは不明瞭なままだった。
私は右利きだから、右の方が強い気がする。
しかし、同じく右利きだった前世では左の握力の方が強かった。技の右と力の左、どちらが最強なのだろうか。今の握力はどうなんだろ? 右と左でどれほど出力が違うのかな。
「ユミエラさん! ユミエラさん! ……これ、もう駄目ですわね」
手だけが判断基準になるわけでもない。心臓は左側で、肝臓は右のほうがデカくて……そういう内蔵も判断基準になるかも。
内蔵もって話なら、右脳と左脳も関わってくるか。戦闘に大事な空間認識能力は右脳が司っている。だから右側の方が……あれ? でも右脳が動かしているのは左半身だから……ん? 右半身の味方は左脳で、左半身の味方は右脳ってこと? 神経が交差してるって意味では目もそうだ。右目の情報は左脳に伝達される。
「パトリック様! 助けてください! ユミエラさんが想像の世界に旅立って帰ってきませんわ!」
利き手と利き目は右だけど、ボールを蹴るのは左なんだよな。蹴りもつい左が出る。だからパンチに関しては右優勢でも、キックは左が強いはずなのだ。
でも流石に右半身の方が強いかも……。ああ、でも、交差神経問題が解決していなかった。右脳はどっちの味方なのかハッキリさせておきたいよね。
「ユミエラ! ユミエラ! デイモンが追加の報告書を持ってきたぞ!」
「クッキーですわよ~……あっ! 食べましたわ!」
右ユミエラと左ユミエラ、どちらが強いのかは決着がつきそうになかった。クッキーおいちい。
ああ、口のことを考えていなかった。口が半分では喋るのも大変そうだ。口が半分ずつになったとして、左右どちらが喋りやすいのかな? 魔法詠唱とか無いから口はいらなそうだけど、連携を取るときには必須ツールだ。
今はユミエラ左右デスマッチを考えているから連携は考えなくていいか。じゃあ口について考えるのはやめよう。
紅茶おいちい。
「口元に差し出したら紅茶も飲みましたわ!」
「意識はあるんだな。無いようにボーっとしているだけで」
「パトリック様。これ、どういたしますの?」
「うーん……元に戻るのを待つしか。今日はとりあえず寝かしつけて明日の様子次第で……」
待てよ? 私の左手には魔道具も兼ねている婚約指輪がはまっている。パトリックに込めてもらった風属性の魔力が勝敗を分ける一手になるやも知れぬ。
風……つまりはサイクロンなのに左はおかしくないかな? 風なら右では? じゃあ婚約指輪も右に付け替えるべきか?
「リタ! リタ! 今ならユミエラさんにお化粧し放題ですわよ! お風呂で落としちゃえば気づかれませんわ!」
「どうしてユミエラ様は魂が抜けておられるのですか?」
「想像上の決闘にお忙しいだけですわ。心配するだけ損ですわよ」
左右非対称ロボ好きを自負しておきながら、私自身はほとんど線対称な人間なんだよなぁ。対称でありながら、しかし左右が完全一致するわけでもない。だからこそコピーと戦うよりも頭を悩ませる展開になっている。
「まさか夜までこのままとは……」
「これって目を開けたまま眠ってますの?」
ふむ。条件の整理も終わってきたし、そろそろ脳内で実際に戦わせてみるか。
「右バーサス左! 試合開始ぃ!」
「眠ってはいないようだ」
「そうですわね。まだ帰ってこないだけですわ」
いつの間にか夜になり、知らぬ間に寝床についていた私は、意図せぬ間に眠ってしまったようだった。
12月20日の20時から、アニメの放送前特番「アニメ放送まで待ちきれないレベル99!」がYouTubeにて配信されます。たぶんアーカイブも残るのでいつでも視聴可能なはずレベル99!
6章はアニメ放送直前まで毎日投稿の予定レベル99!