5-27 ぶっちゃけ座談会
◆5-27 ぶっちゃけ座談会
国王陛下の退席も済み、御前会議は解散となる
ダッシュで帰りたいところだが、アーキアム伯爵が侯爵に絡まれないか心配だ。周りをグルリと見回し……あ、隣の彼と目が合った。結局のところ役職が何だったのか聞けず仕舞いだった。国王の調査が入るから大丈夫だとは思うけど、一応聞いておく。
「レベル上げ卿ですか?」
「ひっ」
彼は大げさに怯える。こんなにビビるあたり、本当にレベル上げ卿なんだろうな。処遇は国王陛下の采配となったから、これ以上首は突っ込まない。
彼からはまともに話を聞けそうにないので、改めて周りにいる過激派貴族を一人ずつ見ていく。
「他にレベル上げ卿の人って――」
「逃げろ! 役職を取られるぞ!」
過激派貴族は珍しくチームワークを発揮して一斉に動き出す。流れるような集団行動で謁見の間の出口に殺到した。ダッシュで帰るなんて帰宅部みたいなことをするのは、上品じゃありませんわよ。
閑散になった後列組の空間に、アーキアム伯爵は残っていた。
「お疲れ様です」
私が会釈をして、緊張冷めやらぬ伯爵が返事をしようとした瞬間、やはりというか彼が横合いから現れる。プライナン侯爵はつまらなそうに言い放った。
「ドルクネス伯爵、上手い立ち回りだった。わけの分からんことを言って、諸々を煙に巻く手腕は評価しよう」
「わけの……分からんこと……?」
「まだとぼけるか。……陛下がお呼びだ。アーキアム、君もだ。ついて来い」
何もとぼけてないのに、侯爵の不機嫌さが増してしまった。
彼は踵を返して歩きだしたので、後を追いかけた。
謁見の間の前方部、国王陛下が出入りしていた扉を通り、道順に進む。隣を歩く伯爵は緊張で体が固まり、歩き方がぎこちなかった。
連れてこられた部屋は、こぢんまりとした書斎だった。部屋の両脇に本棚が並んでいるが、執務室という風でもない。国王様のプライベート色が強い場所なのだろうと理解した。
本に挟まれ、奥の窓向きに文机、中央には四人で限界な大きさの丸いテーブルと、椅子が四脚。心地よい閉塞感がある。ここ好き。
中央の椅子の一つに、儀礼用のマントを脱いだ国王陛下が座っていた。
彼は、プライナン侯爵に続いて入った私を見て笑い、その後ろから現れたアーキアム伯爵を確認して更に顔の皺を深めた。
「良かった、ダーレンも来てくれたか。二人もかけてくれ」
侯爵は既に国王の隣に腰を下ろしていた。
アーキアム伯爵は侯爵と離れたいだろうから、私は国王様の対面に座る。
そして空いた椅子、私と国王の間の椅子に伯爵は座ろうとするが、向かい合わせになったプライナン侯爵に睨まれて、ビクリと体を震わせる。
「そんなに苛めてやるな」
王様に怒られて、侯爵は鼻を鳴らして真正面から視線を外す。
書斎の主人の合図で紅茶が運ばれ、四人は黙ったままカップを傾ける。
落ち着いているのか緊張感があるのか良く分からない時間が流れ……沈黙に耐えかねたアーキアム伯爵が、恐る恐る口を開いた。
「あの……我々はなぜここに……?」
あ、彼は分からずにここまで来ちゃったのか。それはきっと怖い。
伯爵の不安を解消するためにも、私が先んじてこの集まりの解説をする。
「これはですね伯爵、レベル上げ卿を名乗る不届き者対策会議です!」
「……はて? まだとぼける腹積もりかな?」
おや? その通りって言われる流れを予想していたのに、侯爵に否定された。
確認の為に視線を向けると、国王陛下は気まずそうに言った。
「今回の件、このまま終わってはわだかまりが残るだろう。当事者だけで話ができればと設けた場だ」
「レベル上げ卿を名乗る輩についてはどうするのですか?」
「……まず一つ。レベル上げ卿を名乗っている者は観測する限り存在しない」
「あ、そうですね。本当はレベル上げ卿なのに、レベルを上げてない悪徳貴族がいるんでしたね」
「…………もう一人、連れてきたほうが良かったかもしれない」
レベル上げ卿については後回しらしい。
当事者のみでお話。……ぶっちゃけ座談会みたいな感じかな。確かにこのままだと私と侯爵は未来永劫敵対し合うことになる。仲直りとまでは行かなくても、完全敵対路線からは脱出できるかもしれない。
御前会議だと他の貴族がいるせいで話せないことも多い。そこら辺の気も使わせてしまった陛下にまずは謝罪を。
「要らぬ混乱を招くと分かりながらも、御前会議に参じてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、良いのだ。バルシャインの貴族家当主であるならば皆が参加して良いものだ。こちらこそ、ユミエラ嬢が巻き込まれていると分かりながら静観してしまった」
「そんなお手間を取らせるほどでは。アーキアム伯爵が護国卿を手放すと決めたのは、今朝のことです。前もってご相談していても、ご迷惑……ですよね?」
私から直接、護国卿の地位を保証してくださいとお願いされたとして、国王陛下は判断に困ると思う。私の願いを無視できない反面、二つ返事で叶えてしまえば侯爵を始めとした国王派の貴族から不満が出る。
その予想は当たっていたようで、国王様は曖昧に頷いた。
濁す彼と正反対に、プライナン侯爵はハッキリと物言いをつける。
「我らが主君が小娘の言いなりとなれば、ワシが王座につく日も近づくだろうな」
「プライナン、そのような内容を口に出すものではない」
下剋上宣言に私と伯爵が硬直していると、国王様はさして気にする様子もなく返答した。
あ、冗談なんだ。封建制の国では冗談で済まされない内容だが、妙に小慣れたやり取りだ。何度も同様の掛け合いをしているとなると、この二人、結構仲がいい?
年齢的に親子ほど離れている彼らを眺めていると、親の方は不敵に笑い、子の方はため息をついた。
息を吐き終えた国王様は、アーキアム伯爵を見て言う。
「しかし……役職を手放す決断は、ありがたい……と言っては悪いな。ダーレン自ら判断をするようになって嬉しいし、良かったと思っている」
「い、いえ。実態が伴わぬ役職に縋り付き続けてきたことを、恥ずかしく思います」
「恥ずかしがることはない。むしろ羨ましく思う。私も歴代の王の呪縛に捕らわれてばかりだ。ひとつ興味があるのは……誰がために変わった?」
「自分や妻のためでもありますが、一番は子を想ってです」
「そうか、そうだな。子から教わることは多いものだ」
国王陛下が、あの王子から教わることは無いと思います。
私は胸の中にしまい、表にも出さなかったというのに、伯爵はわかりやすく驚いた。
「陛下がですか!?」
「アーキアムも、息子や娘の優秀さを見て成長したわけではないだろう?」
「ああ、なるほど。全く言うことを聞かぬ赤子と接して思いました。自分は親の言いつけを守っていたのに、なぜ息子は泣くばかりなのだろうと」
「赤ん坊に無理を言う」
「分かってはいたのです、自分にもそのような時期があったことは。しかし実際に目で見て、父や母も物心つかぬ自分に手を焼いたのだろうかと思うと」
うーん、イマイチ理解できない話だ。
私を置き去りにして、パパ談義は続く。
「子供の様子など気にしない親もいるからな。本当に大変であろう部分は使用人に任せきりではあったが、歩き始めたモーリスの相手をしていなかったらと思うと……ぞっとする」
「その通りです。幼く未熟な者と向き合うことで、己の幼さも未熟さとも向き合える」
やっぱり分からないような? あ、でもリュー君が生まれる前と後で……私は変わったようにも思う。あの変化は成長だったのか。
釣られて私も数日間会ってないリュー君に思いを馳せていると、風情を理解しない人間が空気を読まずに口を開く。
「子供と言えば、君主様の子供には邪魔をされましたね」
エドウィン王子か。エレノーラの身分を保証してくれたので、後で彼にはお礼をしないと。
改めてエレノーラ関連に手を出すなと、侯爵に釘を刺しておく。
「うちにいる橋の下エレノーラ様は公爵令嬢エレノーラ様と別人ですからね?」
「密室で分かりきった嘘を吐くものではない。どうせヒルローズも生きておるのだろう?」
そこまでバレてるの? 私をヒルローズ公爵ポジションに据えようとしたし、公爵が内乱もどきを起こした意図も分かっているはず。唯一、全てを知っている国王様の顔を見てお伺いを立てる。
何も知らないアーキアム伯爵は混乱していた。
「ヒルローズ公爵が? 生きて? なぜ?」
訳が分からないと、皆の顔を見回している伯爵をどうしたものか。国王様が自然な様子で穏やかに言う。
「ヒルローズ公爵が生きているわけないだろう。ユミエラ嬢が確認している」
「はい。確かにヒルローズ公爵は魔物の群れに飲まれてお亡くなりになりました」
「……密室の会話が出来ない者しかおらんのか」
お爺ちゃんは余計なこと言わないでよ。未だに良く分からないでいる伯爵が不憫だ。
密室の会話ではあるが、この腹黒侯爵は、ぶっちゃけ座談会すらも弱みを見つけるために利用しそうな人だ。建前は継続する。
「橋の下エレノーラ様に関して、エドウィン殿下には感謝しています。王都を発つ前にお礼に伺いたいです」
「私からもエドウィンは褒めておこう。不出来な息子ではあるが良くやってくれた」
呆れつつも喜んでいるような、複雑な表情で彼はそう言った。その後、咳払いを一つする。それだけで場の雰囲気が固くなったのを感じた。いよいよ本題か。
「レベル上げ卿についてですね!」
「……違う。まだだ」
まだだってさ。焦らす王様にヤキモキしつつ、私は話の続きを黙って聞く。
「プライナン、あまりユミエラ嬢に手出しをするな」
「おや、国王陛下が未婚の令嬢にご執心とは」
「軽口を叩いて良い問題ではない! 彼女を中央の政争に巻き込もうとするとは、何事だ!?」
「混乱を招くなどと、事なかれ主義を申すおつもりですかな? 混迷極める盤面で有利を取ってこその政治闘争でありましょう? 平穏な表側の裏で、汚泥が溜まるよりはずっと健全です」
お爺さんが好戦的すぎる。
私が本当に中央政治に介入し始めたらどうするんだろう? やるわけないと思われてるのかな? と考えていたが違った。彼は、ユミエラ参戦の騒ぎすらも利用してみせると言い切ったのだ。
混乱どんと来いなプライナン侯爵を、国王は一喝する。
「ユミエラ嬢を軽く見過ぎだ! あの場にいる全員の身が危険に晒されたのだぞ!」
「強さは分かっておりますとも。しかし彼女は、力を振るう弊害も理解している。武力に任せた行動はしますまい」
侯爵は暗に、私は政治も出来る人間だと言った。えへへ、そうなんですよ。やりたくないだけで、政治方面もやれちゃうんですよ。
頑なに引かない彼を見て、王はため息をついた。そして私に向かって言う。
「財務卿はレベル上げ卿だ」
「へ?」
間抜けな声が出てしまった。財務卿は、レベル上げ卿だった……?
護国卿と違い、財務とレベルを結びつける要素は分からないが……王様が言うからには、そうなのだろう。レベル上げ卿でありながらレベル上げをしない不届き者が、ここにも存在したとは! 許せん!
「しかし、プライナン財務卿はレベル上げに興味があるらしい」
あ、それなら話が早いです。
私はプライナンレベル上げ卿に食いつくようにして話を進めた。
「レベルはいくつですか?」
「何を……陛下は何を言っておるのだ?」
「何レベルか聞いています」
「ドルクネス伯爵? 目がおかしいぞ」
全然レベルを申告しない。本当にレベル上げに興味があるのか?
怒ってはレベル上げの同志が消えてしまう。私は無限に噴出するイラつきを抑えながら、改めて質問した。
「レベル、数字、いくつ? 早く、言って」
「……15だったか。なにぶん、昔のことだから――」
「良く言ってくれました! レベル上げに遅いとかありませんから、ご老人でも大丈夫ですよ! 不安に思うことはありません。誰もがレベル1からのスタートです。少しずつ慣らしていって、いち……いや、余裕をもって二年。二年後にはレベル99を目指して頑張りましょう?」
「ドルクネ――」
「始めるなら早いほうがいいですから、早速今日から行きましょうか。素晴らしいことに王都の近くにはダンジョンが二つもありますから。激熱スポットだからこそ、昔の人はここに都を築いたのでしょうね。あいにくボス周回には向かないので、最終的には遠征することになりますので、それだけ覚えておいてください」
「な、何を――」
「レベル15だとそうですね……まあ、実力を見てみないことにはどうしようもないので、今からダンジョンに行ってみましょう」
プライナン侯爵は何度か話を遮ってこようとしてきた。わかるわかる。心配無用だよと、ほぼ動かない表情筋を酷使して笑顔らしきものを作りつつ、私は続けた。
「分かりますよ、怪我が心配なんですよね? 歳を取ると治りも遅いですし。でも安心してください。私の回復魔法があれば、腕や足の一本や二本、いくらでも生えてきますから。ただ頭部は試したことがないので、頭を潰されそうになったら他の部位を犠牲にしてでも避けてください。まあ、頭も生えてくるかもしれませんけれど、脳みその記憶が保持できるのかは疑問だったりしますので。あ、でも、脳のシナプスとかニューロンごと再生すると考えたら記憶もそのままかもしれません。あれですね、テセウスの船みたいというか、体を量子分解して別な場所で再構築したら、果たしてそれは元の人間か……みたいなパラドックスに行き着きそうです。そういうのって科学じゃなくて哲学の領域で…………ああ、話がそれました。レベル上げですね。私も、普通の感覚に歩み寄る努力は日々しています。危険地帯に赴くのに守護の護符以外をつけるのは抵抗がある人でしたら、守護の護符のままで構いません。いやあ、私も丸く――」
私が超重要な話をしている途中、後ろから手が伸びてきて口を塞がれる。何者だ!?
後方から回された腕を掴み、振り向きざまにユミエラパンチを――
「あれ? パトリック? どうしたの?」
「……呼ばれたんだ。迎えに来た」
でも今はプライナンレベル上げ卿に言わなきゃいけないことが沢山あるし……あれ? 彼の姿が見えない。
手狭な書斎を見渡すと、プライナン侯爵は隅っこで縮まっていた。
大丈夫かと声をかける前に、国王様が間に入るようにして言う。
「すまない。財務卿がレベル上げ卿だというのは、勘違いだった」
「えっ!? そうなんですか?」
「財務とレベルには関係性がないだろう」
「そうですね……あ、でも、プライナン侯爵がレベル上げに興味を持っているのは本当ですよね? よろしかったら――」
私こそが真のレベル上げ卿だから、啓蒙活動は欠かさないようにしないとね。
嫌いな腹黒貴族だけど、優しさを出して語りかけたのだが、彼は首をすごい勢いで横に振った。
「いや、いい。ワシにレベル上げは必要ない。二度と余計な真似はしないと誓う。そちらの小僧も、ワシを騙したからと恨んだりしない。もうだから早くそれを連れて帰ってくれ!」
らしくない必死さを全開にして、後半は叫ぶように、どちらかと言えばパトリックの顔を見て、彼はそう言った。
まだ話し足りないけれど、パトリックは私を引っ張って書斎から出ていこうとする。
「レベル上げ卿でなくても、レベルは……ちょっと、引っ張らないでよ」
「申し訳ありませんでした。すぐに連れて帰ります。行くぞユミエラ」
本気を出せば抵抗できるけれど、そこまでプライナン侯爵と一緒にダンジョンに行きたいわけでもないしな。
アーキアム伯爵はいつの間にか消えていた。震える侯爵と苦笑いする国王に見送られ、私は引きずられながら書斎から退出した。