5-26 真理究明・護国卿
◆5-26 真理究明・護国卿
「護国卿は、つまり……」
脳内シナプスが光速で情報を精査し、一つの結論が導き出される。
私は今、生涯で一番、脳が冴えている。この瞬間こそが人生におけるIQの絶頂だ。
「そういうこと……だったのね」
周囲の視線が私に降り注ぐ。
小声に気づいたのは近くの人だけで、陛下と侯爵の間では護国卿の後任は子爵で決まりかけていた。だめだ、護国卿を創設した偉大な先人の意思を、絶やしてはならない。
私だ。私しかいない。偉人の意思を汲み取れるのも、偉人の意思を受け継げるのも、私だ!
「お待ち下さい!」
「……どうしたのだね、ドルクネス伯爵? 今はワシが――」
怪訝そうにする侯爵を遮って、私は隠された歴史を暴く。
「護国卿って……レベル上げ卿なのではないですか?」
「はあ?」
「レベルを上げれば、他国の脅威からも内部で発生する魔物の被害からも、国を守ることが可能です。貴族並びに国民が、と前置きされているのが何よりの証拠です。レベル上げに貴族も庶民も関係ありません。自らがレベルを上げて、その方法論を皆に教える! それこそが護国卿です! 極めて重大な役職じゃないですか!」
謁見の間の、時間が止まった。
王様も王子も貴族も「そうだったのか! 確かにその通りだ!」と衝撃を受けて言葉一つ発せないのだと思う。私も気づいたときそれくらいのショックだった。
ミステリーで見事な伏線回収をして真犯人が分かったときのような、バトル漫画で味方も敵も全員集結して真のラスボスを倒したときのような……これがカタルシスってやつか。最高に晴れやかでスカッとした気分だ。
小さな矛盾などはどうでも良くなるような最高の最終回だ。
それを邪魔するのは、またしてもプライナン侯爵だった。
「何を言っておるのだ?」
「分からないんですか? 貴方以外は全員理解していますよ?」
負けが認められないからって見苦しいぞ。
彼以外が分かっている証拠に、国王陛下すらも口をポカンと開けて固まっている。
私は隣に視線を移し、過激派貴族の一人に向かって言った。
「分かりましたよね?」
「……へ?」
「護国卿はレベル上げ卿ですよね?」
「あの……どういうことか、さっぱり」
彼はとぼけた様子で言った。あれぇ?
どうして彼は、全く理解できないなどと嘘をついたのだろうか。嘘をつくからには嘘をつくだけの理由があるはず。
自分の権益を守ることにかけては一流の過激派貴族の彼であるから……まさか、レベル上げ卿は一つじゃない?
私は追求の手を緩めず、隣の彼を問い詰める。
「貴方にも役職はありますよね?」
「……はい」
「何卿ですか?」
「それに何の関係が?」
「隠すあたり怪しいです。やっぱり貴方の役職も、レベル上げ卿なんですね?」
「ち、違います」
「レベルは幾つですか? レベル上げ卿だったら、毎日ダンジョンに潜ってレベル99にして当然ですからね!?」
ビンゴだ。やはり彼もレベル上げ卿だった。
どうしても彼が言わないというのなら、他の人に聞くまで。私は周りに数だけいる過激派貴族を見渡した。
がしかし、こちらをポカンと見上げていたはずの彼らは、私が顔を向けるやいなや凄い勢いで顔を逸らす。誰も目を合わせてくれない。
まさか、全員がレベル上げ卿だったのか? レベル上げ派貴族でつるんでおきながら、定例ダンジョン周回会をやっていなかったのか? あ、集団で行くと効率が落ちるから、ダンジョン情報交換会の方が建設的で良いと思います。
意図せずして、バルシャイン王国に蔓延っていた「闇」の部分を光で照らしてしまった。
これは過激派のみで収まる話ではないぞ。私は国王陛下に直訴する。
「国王陛下! 実態はレベル上げ卿でありながら、別の役職名を使い、役目を果たさぬ貴族が大勢います! バルシャイン王国の未来を憂う貴族として問いましょう! 陛下はこの状況を何とお思いか!」
私は陛下に聞いているのに、すぐ声を上げたのはやはりプライナン侯爵だった。
「国王陛下に何という口の聞き方を!」
怒り心頭の彼は、衛兵に目配せをする。
いや、近衛兵であろうと動くはずなかろうよ。
レベル上げ卿が、王国で一番大事な役職であるのは誰の目に見ても明らかだ。国や王に忠誠を誓った近衛兵だからこそ、相応しい人物が就任すべきと考えていている。
しかし、騎士団長ですらレベル60の王国においてレベル上げ卿を拝命できる人物なんて……私か? 私しかいないのか?
我が名はユミエラ。バルシャイン王国のレベル上げ卿、ユミエラ・ドルクネスなり!
役目を十全に果たすため、主君に反旗を翻す覚悟は当然している。
財務卿なる格下は無視して、強張った顔をした主君のみを目に収める。
「陛下、お答えを」
「護国卿は、良く考えてみればレベル上げ卿? だと、思うような、気が、する」
「では、レベル上げを標榜するレベル上げ卿ならばレベル上げをしてレベル99になるのも必然ですよね?」
「……そのような、考え方も、また一つの正解かも、しれない」
なんか陛下、歯切れが悪いな。
失言回避に専念しすぎるせいで滑らかに喋れてない感じだ。どうしてそんな、記者会見で偉い人が使う断言絶対回避術を……?
「まさか、国王陛下もレベル上げ卿ですか?」
「良く聞いてほしい。国王とレベル上げ卿は、違う」
国王は真剣な顔で断言した。城を落とされて下剋上される寸前なときくらいに真剣だった。
確かに違うか。私はレベル上げ卿の適正は高いけれど、国を治める資格はゼロどころかマイナスのはず。つまり二つは別物だ。
さすが国王陛下は比較が早いなと感心していると、彼は間髪を挟まずに続けた。
「レベル上げ卿でありながら職務を放棄している者が、王国貴族に紛れている可能性があるのは、まごうことなき真実だ」
「お分かりいただけましたか!」
良かった。分かる人には分かるよね。
国のトップに相応しい国王様は、ホッと表情を緩めた。まるで、王座から引きずり降ろされるところを間一髪で助かったかのような、安堵の様子だった。
レベル上げ卿が隠れているのは事実であると、王国の公式見解となったので、安心して話を進められる。
「では、レベル上げを標榜するレベル上げ卿ならばレベル上げをしてレベル99になるのも必然ですよね? その後は周りの人々のサポートに専念し、なるべく多くの人がレベルを上げられる環境を整えることこそが、レベル上げ卿の本懐であると考えます」
「ドルクネス伯爵、レベル上げ卿は……」
「はい。この会場に何人もいます」
私が広間を見渡すと、皆は一様に顔を伏せていた。誰もこちらを見ていない。嵐が過ぎ去るのを待つようにグッと目を瞑っている人もいた。よもや……全員が!?
レベル上げ卿の理念は、人が人を助け、助けられた人も別な人を助けるという、相互支援である。幸せの連鎖はまず私から。私は誰を助ければ……つまりはダンジョンに連れ込めばいいかな?
隣の人の肩をポンと叩く。
「ひっ!?」
「ドルクネス伯爵、待つように。レベル上げ卿の実態を解明するのが先だ」
国王からストップが入った。どうやら私は焦りすぎていた。反省だ。
そして、咳払いを挟んで、国王陛下の裁定が下される。
「護国卿以外の役職について。実態がレベル上げ卿のものが無いかはこちらで調査を進める。該当した場合、役職者への罰ではなく、役職の名称の変更などで対応するものとする」
確かに、アーキアム伯爵のように自分の仕事がレベル上げだと無自覚だった場合も多いだろう。故意でない怠慢を罰するのは……うーん、国王陛下はお優しい方だからな。
私が頷きながら聞いていると、国王様はホッとため息をついてから続けた。
「護国卿の後任については、来月へと持ち越すものとする。廃止、名称変更、名称変更時の役割などについても同様としよう」
素晴らしい判断だ。
膝を付き、頭を深く下げることで私は忠誠を示す。
「最後に。……プライナン侯爵、全てお前が持ち込んだことだ」
プライナン侯爵が王様から小言を貰い、御前会議は終了した。





