5-25 御前会議
◆5-25 御前会議
固唾を飲んで待っていると、予定通りプライナン侯爵が立ち上がる。
「はい。僭越ながら国王陛下に具申する許可を頂きたく存じます」
「許可する」
「ありがたき幸せ。今回申しますは、アーキアム護国卿についてであります。護国卿……国を守護すると謳いながら、それらしき活動をしている様子は皆無。王家より承った役目を果たさぬのであれば、名ばかり大仰な役職を取り上げるのが道理かと」
「……その通りだ。アーキアム護国卿、この場での申し開きは?」
プライナン侯爵の思い描く青写真では、ここで私が待ったをかけて伯爵を守り、過激派貴族が狂喜乱舞……となる。
しかし残念、私どころかアーキアム伯爵すらも、護国卿に興味は無い。建築家なお父さんは、膝を震わせながら立ち上がる。しかし、発言は堂々としたものだった。
「アーキアム伯爵家当主、ダーレン・アーキアムが申します。王家より拝命した護国卿の任、十分な働きが果たせておりませんでした。よって、護国卿の役職は本日を持って返上したく願います。役目を全う出来なかった事実を深く恥じ、これよりは領地運営に全力で当たり、バルシャイン王国がより豊かになる一助になれるよう精進いたします」
伯爵の言葉を聞いた国王様は、意外だと目を開く。そして口元を上げて、嬉しさを隠しきれない様子で言った。
「そうか。では、本日を持ってアーキアム伯爵を護国卿の任より外すことにしよう。領地運営に努めるように。……ダーレン、良い顔になったな。学園で後輩だった頃を思い出す」
いい感じの雰囲気だというのに、私の周りにいる過激派貴族たちは無遠慮にこちらを見る。いくら期待されても何も言わないよ。
プライナン侯爵も振り返り、やってくれたなと私を睨む。当初の目的は達成できたんだからいいよね?
あまり恨まないでねという意図を込めて、私は可愛らしく小首を傾げてみせる。すると彼の怒り顔は収まり、表情が消えた。前に向き直って再び発言する。
「陛下、もう一つ報告したいことがあります」
「発言を許可する」
「ドルクネス伯爵について。逆賊ヒルローズの娘エレノーラ、行方不明であった彼女を匿っています」
「……ドルクネス伯爵。それは本当か?」
プライナン侯爵にすげえ恨まれてた。まじかよ、ただの嫌がらせをしてきやがった。
国王は私に確認を取るが、エレノーラのことは委細承知している。というかヒルローズ公爵の存命も知っている。更に言えば、この場にいる全員がエレノーラのこと知ってます。
誰の利益にもならない、マジでただの嫌がらせだ。侯爵ともあろうお人が、みみっちい真似をする。
何も隠すことが無い。いや、何も隠せていない私は自信満々に言った。
「全くの無実です。当家で面倒を見ているエレノーラという名前の女性はいますが、エレノーラ・ヒルローズとは無関係の、私が橋の下で拾った少女です」
橋の下で拾った、の辺りで誰かが堪えきれずに吹き出した。
DNA鑑定も無い世界だから、水掛け論になるのは目に見えている。最終的にはエレノーラ本人がここに連れ出され「わたくしはエレノーラじゃありませんわ」と言うしかない。ちょっとおもしろい。
あー、侯爵様の怒りが燃え上がるんだろうな。輝く後頭部のみで確認できなかった彼の表情が、再度振り返ったことで分かる。
「橋の下? そのような虚言、誰が信じると? 一昨日ドルクネス伯爵が連れてきた彼女を、ワシはこの目で確認したぞ?」
「本当に拾ったのですから、他に言いようがありません。一昨日見たというのは勘違いではないですか? 彼女とは学園で毎日のように顔を合わせていたので、私は見分けが付きます。別人です」
最終的には国王陛下が私と侯爵、どちらの味方をするのかという話になってくる。この問題、私にとっては王国脱出がかかった死活問題で、侯爵にとってはただの嫌がらせでしかない。だからこそ、国王様はメリットが大きくデメリットが小さい方、つまりは私の味方をしてくれると思っている。
それでも、貴族同士を裁定するにあたって公平感は必要だ。王様がそれっぽい理由を付けられるように、私は学園で親しかったから見分けられる理論を展開した。
橋の下で拾ったとかふざけたことを言っちゃったのは、あの、すみませんでした。
「ふむ、学園で。卒業以降は会っていないと?」
「卒業してからまだ一年も経っていませんよ? それに何度かは会っていますので」
何とびっくり。まだ卒業してから一年も経過していない。領主になって、ヒルローズ公爵の野望に巻き込まれ、2号がやって来て神様とバトルして、隣国に墜落してパトリックの兄に会って……色々あったが全ては数ヶ月の出来事だ。学園の三年間も色々あったが密度が違う。
まだ公爵令嬢だった頃のエレノーラとは……うん、会ってる。
公爵家にも行ってるし、交流の実績としては十分だ。そんな公爵令嬢エレノーラは騒動以降音信不通で、丁度その辺りから橋の下エレノーラと暮らしている。
偶然にもほぼ同時期から両方のエレノーラと交流がある私が、別人だと言っているのだから絶対に別人だ。
見た目だけ強そうでハリボテは周知の事実な理屈で、論理武装で固めた私は手強いぞ。
プライナン侯爵は歯噛みしてから、不敵な笑みを浮かべる。
「学園にいた三年ほどしか付き合いが無かったと。小さい頃から行方知れずになる直前まで、ずっと家族ぐるみで親交がある方々に聞いた方が確実でしょう」
侯爵派の視線は、私から周囲にいる過激派貴族の面々に移っていた。標的を変えてきたか。
しかし、彼らは大嫌いな侯爵に有利な証言をするだろうか?
様子を窺うと、彼らはどうしようかと目配せしあっていた。私の視線に気づいた人は気まずそうに目をそらす。そうだね、君たち利益がありそうなら速攻で寝返るタイプだもんね。ここまで来ると逆に清々しく、愛嬌すら感じるような気がする。
彼らが寝返るのはマズイな。この場は収められても次回に持ち越しにでもなると、また王都に来るのが面倒くさい。
学園で友達だった私だから見分けられる理論は封殺されてしまった。別な方向で攻めないと……どんな屁理屈をこねくり回すか考えていると、私でも侯爵でも国王ですらない声が響いた。おじさん率多めのこの空間で、年若い青年の声色は際立っていた。
「エレノーラ・ヒルローズとの付き合いであれば、私が一番長いだろう。幼少の頃から、学園でも同級生だった」
「……殿下」
意識外からの言葉にプライナン侯爵は驚き、悔しげに声の主を見る。
エドウィン・バルシャイン第二王子殿下。ここにいる人の中で、エレノーラの顔を最も見てきた人物は、彼しか考えられなかった。
エレノーラをずっと見てきた、正確に言えば、ずっと本人に見させられてきた人物は確かな口調で言う。
「ドルクネス伯爵が世話をしている令嬢は把握している。彼女の名はエレノーラであるが、エレノーラ・ヒルローズとは全くの別人だった。この私が言うのだから間違いないだろう。第二王子として断言してもいい」
過激派筆頭の娘に慕われて、彼はエレノーラを煙たく思うこともあっただろう。学園でエドウィン王子に突撃した彼女があしらわれる光景は何度も目撃した。
それでも。そんな関係に落ち着くような幼少期であったとしても。二人なりに積み重ねてきたものは、たしかに存在したのだろう。
没落したエレノーラを彼は心配した。落ち込む王子をエレノーラは叱咤した。一方通行の恋などでは片付けられない、私が今まで無いと思っていたナニカは、二人にしか見えないのかもしれない。
しっかしエドウィン王子、エレノーラは間違いなく別人だって、すごい嘘つきだぞ……一番の嘘つきは私か。
しかし彼の嘘により、趨勢ははっきりとした。
侯爵は無言。そして国王陛下の判断が下る。
「……そこまで言うのであればエドウィンを信用しよう。ドルクネス伯爵が面倒を見ている令嬢はエレノーラ・ヒルローズとは無関係である。なお、将来的に虚偽の証言が判明した場合は……特に証言を採用されたエドウィンには厳罰を下す」
曖昧だったエレノーラの立場が国王のお墨付きになった。
エドウィン王子に対し、ありがたいと思ったのは初めてかも。自らの地位を危うくしてまで、エレノーラを庇ってくれたことに感激だ。
プライナン侯爵のくだらない嫌がらせは王子の助けもあり、何とか躱せた。
しかし、これで終わる侯爵ではなかった。彼は早速、目的を切り替える。
「流石国王陛下、見事な裁定でありました。幼馴染であるエドウィン殿下が言うのですから間違いはないでしょう。……して、アーキアム伯爵が返上した護国卿について、後任はお決まりでしょうか?」
「……相応しい人物がいるのであれば任命せねばなるまい」
「それでしたら、アルトン子爵を推薦いたします。王国北部の領地を立派に治める好人物でして。王国貴族並びに国民が、王国を内外から護る意欲を高めるという護国卿の意義に相応しいかと」
侯爵が口を開くたびに、また爆弾が放り込まれるのではないかとドキドキしてしまう。
ああ、なるほど。子分というか、明らかに子飼いの貴族を推薦するのは納得だ。元々はアーキアム伯爵から取り上げた役職を、彼に横流しするのが目的だったんだ。敵を減らしつつ、仲間を増やせる。
別に、何もしない卿が誰になったところで興味はない。プライナン侯爵が結局は得をするのは苛立たしいが、静観するほかない。
どちらに転ぶか先の見えぬ議題は、着地点が分かりきった平時のそれに移り変わった。
張り詰めていた空気が緩む。ホッと息をつく音が方々から聞こえ、私も同じ空気を吐き出す。一時はどうなるかと思った。
国王と侯爵の護国卿についてのやり取りはまだ続いている。国王様は無意味な役職を残したくない様子だけど、プライナン侯爵の反感を買いすぎないために最後は折れるんだろうな。
陛下の根拠に基づいた裁定を演出するため、見てくれだけの根拠を並べている最中だ。
そもそも何だよ、護国卿って。貴族並びに国民が、王国を内外から護る意欲を高める……軍権なしでやるって無理じゃんね。アーキアム伯爵と同様、その子爵とやらも役目を全うできるわけがなかった。
何なら私の方が、ずっと国外に対する抑止力として国の防衛に役立っているぞ。
例の子爵もレベルは大したことないだろうし、みんなレベルを上げよう! とキャンペーンをするわけでもあるまい。
……ん? あれ、ということは、もしかして……。
天啓を得て、思わず声が漏れた。
「護国卿は、つまり……」





