5-24 うゆゆ
◆5-24 うゆゆ
アーキアム伯爵とドロシアに「無駄な労力をかけさせてすまない」と散々謝られてから、御前会議の打ち合わせを済ます。
基本はパトリックの計画通りに。計画を警戒したプライナン侯爵が何も言わなければ、伯爵が進んで護国卿を返上すると宣言する。
これだけ事前に確認して別れ、私は王城へと向かった。
月に一度の定例会議は、謁見の間で開かれる。
臣下が案件を奏上し、国王陛下が判断を下す。おおよその議題は事前に根回し済みで素通り、揉める議題が上がるのは極少数らしい。そのように議論がぶつかっても、次回に持ち越しとなり、一ヶ月後までに水面下で決着するという。
裏工作ぜーんぶOKな裁判みたいなやつだ。裁判長役の王様も大変そう。国王陛下の決定は絶対だけど、理不尽がすぎれば臣下が離れるだろうし……。皇帝をやってる2号ちゃんが心配になってきた。
初参加となる私は、またドレスを着させられて登城する。
嫌いな馬車を降りると、更に嫌いな貴族たちが勢揃いしていた。過激派貴族は昨夜よりも増えているように見える。私に期待して、大人しくしていた人たちも出張ってきたようだ。
「ユミエラ様は今日もお美しい」
「我ら一同、ドルクネス伯爵のため集まりました。初めての催しで慣れない点もあるでしょうがお任せください」
我先にと、口々に取り繕った言葉を並べられる。
えへへ、お美しいだって。みたいにふざける気にもならない。あー、気に入られようとしているのが一杯いるなぁ以外の感想は抱かなかった。
近年下がり気味と言われる私のIQも、こういう場面では復活するのですよ。パトリックに見せてやりたい。
私が進むと、人混みが開かれて道ができる。
未だに一言も発さぬまま、謁見の間に向かう。過激派大移動は悪目立ちしており、王城勤務の役人などは眉をひそめて廊下の端に退く。何だあいつらは、という見方をされるが先頭を行く私を認識してからの反応は違った。
大きく目を開いて驚いたり、恐怖で肩を震わせたり。大勢を付き従えて進む私はやはり不安を煽るようだ。そりゃあ外から見れば、貴族を引き連れて我が物顔で王城を歩くユミエラ・ドルクネスだから、波乱を予期するのも無理はない。
道のりの途中、王城の廊下の脇にパトリックが立っていた。互いに目が合い、存在を認識する。
彼の方からも近づいてきたわけだが、二人の逢瀬は阻まれてしまった。背後の貴族たちが数人、私の前に躍り出てパトリックとの接触を邪魔する。
「御前会議は原則として貴族家の当主のみが参加を許される」
「貴様に出る幕は無い」
「ドルクネス伯爵、婚約者の言うことになど耳を傾ける必要はありません」
あー、昨日はパトリックがいいところを中断しちゃったからね。彼らが殺気立つはずだ。パーティーのときみたいに、彼に言われて私が帰っちゃうのは嫌だよね。
しかし、この状況、オンラインゲームの姫みたいだな。私も経験がある。
割とガチ攻略寄りのギルドで、ボス戦で変な動きをした仲間にチャットで「こうした方がいいかも」と最大限の気遣いを持ってアドバイスしたところ、他のメンバーから「○○姫に言いがかりをつけるとは何事だ」とすごい怒られた。そうです、姫は私じゃありませんでした。
しかし、今回は私が姫だ。「うゆゆ ケンカはダメなの(イラつく絵文字)」とか言う側になった。言いてえ、うゆゆって言ってみてぇ。
真面目な場面なのでうゆゆ欲をグッと堪え、人越しにパトリックとやり取りをする。
「うゆゆ……状況は知ってる?」
「変わったと聞いた」
じゃあ大丈夫か。伯爵という単語すら出なかったけれど、まずアーキアム伯爵のことで間違いない。パトリック不在の場所で変わったのは、彼の方針転換だけだ。
たぶん本人ではなく使いの人がパトリックにも知らせたのだろう。
やることは変わらないので、伯爵家の心変わりを彼が知らなくとも問題は無いが、裏での奔走が無駄になってしまう。今回の件で要らぬ労力を一番かけたのはパトリックだ。
彼の疲れた顔は、無駄骨を折ったからなのか、現在因縁を付けられている過激派のお歴々によるものなのか、変な鳴き声を発した私が原因なのか、判別がつかなかった。
パトリックが集団とすれ違うようにして消えたことで、私先頭の陣形に戻る。
そしてついに謁見の間に到着する。
これって席順というか、並ぶ順番どうなってるんだろう。毎回参加のメンツは固定ポジションがあるんだろうけど、私ってイレギュラー参加だし……。一応、全ての貴族が参加可能なので地方貴族にも場所は用意されているはずだ。
広間に入ってすぐ、控えていた役人に尋ねる。
「私はどこへ?」
「ドッ、ドルクネス伯爵は……あの……」
「ただの伯爵の位置を教えて下さい」
「役職なしの地方貴族……ですので、最後列に……あ、この会議に参加する面々ならばそうなるというだけのことでして、王城の事務官がドルクネス伯爵を軽く見ているというわけでは……う、上に掛け合って来ます!」
走り出しそうとした彼の肩を押さえて止める。
ただ、どこにいればいいのって聞いただけじゃんね。貴族って席順とかすごい気にするからなあ。結婚式の座席配置でデイモンもすごい悩んでいたのを思い出す。
「正規の位置で構いません。私が、良いと言っています」
「はいっ! 畏まりました」
これで一段落……とはならなかった。
ユミエラ派を自称する彼らは納得せずに役人に食ってかかる。
「ドルクネス伯爵が最後列だと!?」
「ただの地方貴族風情と一緒にする気か!?」
ホントやめてよ。こういうので私の評判まで下がっちゃうんだから。
やっと君たちと離れられるし、目立たないしで、最後列は最高なのだ。改めて彼らに向けて私は言った。
「やめてください。最後列で参加するのは今日だけですから」
今日だけ。最後列での参加は今日だけだ。次回以降はどの列だろうと参加しない。
私の嘘偽りない言葉を、次回以降は最前列だと受け取った彼らは、目をキラキラと輝かせて役人を解放する。君たち、本当に都合のいい性格してるね。これで君たちと離れられる。
そして、所定の位置に案内された。
前列から、まだ来ていないが侯爵を含めた国の重鎮が並び、まず欠席だが辺境伯、そこからは面倒で爵位順だったり重要な役職順だったりと入り乱れて中央貴族が並ぶ。最後に地方貴族が爵位順。というのが順番らしい。地方貴族はまず来ないので私は一番後ろというわけだ。
最後列で一息つきたいところだが、周りには騒がしい面々がまだいた。
「ユミエラ様を一介の地方貴族扱いとは許せん」
「次回の会議では、前後が丸々入れ替わっているやもしれませんな」
「おおっ、それは素晴らしい。我らと侯爵たちが入れ替わる様は圧巻でしょう」
……そういえば君たち、重要なポストにつけないから過激派やってるんだったね。そりゃあ後ろの方だよね。
前列の方が静かで良かったかもと後悔しつつ時間を潰す。椅子などは無く、突っ立ったままだ。陛下が来てからは、膝をついた姿勢になる。
前がガラガラなのを見るに、偉い人たちは控室とかにいてギリギリに来るのだろう。というか貴族は私たちくらいしかいない。君たち冷遇されてんね。
「前まではヒル……とある方と優雅に茶を楽しみながら待っていたのですが、最近ではそうもいかず」
この人たちの相手をしていたヒルローズ公爵かわいそう。
会話のキャッチボールが嫌だったので、ボールを受け取ったまま返さずに無言を貫く。
脳内で好きなシチューの具ランキングを開催しているうちに時間は過ぎる。八位の玉ねぎまで来たあたりで動きがあった。
続々と貴族が謁見の間に集結する。その中にはアーキアム伯爵の姿もあった。目線は合ったが言葉は交わさず、私の斜め前まで来る。あ、伯爵も後方よりのチームでしたね。
場の緊張も高まってきたあたりで、プライナン侯爵も満を持して登場する。彼は私を一瞥だけして視線を外した。
中央貴族が一同に会し、御前会議がスタートする。
「国王陛下のご来臨!」
周囲が一斉に膝をつき、臣下の礼を取る。
勝手が分からないので周りを見てから動いたが、遅れることはなかった。長い丈でボリュームのあるスカートが良いというのはこういうことかと考えつつ、私も膝をつき頭を下げる。
静まった謁見の間に、コツコツと靴の音が響き、良く通る低い声が聞こえた。
「良く集まってくれた。頭を上げよ」
頭を上げると、久しぶりに見る国王陛下とバッチリ目が合っていた。
やっぱりいるのかって感じでじっと見られる。いないものと扱って大丈夫なんだけど、伝わらないか。
伝わってないだろうけど会議は円滑に進めねばならない。陛下は気を取り直すように全体を見回す。違和感を覚えたのは目が合った私だけのはずだ。
そして、御前会議は進行する。ユミエラというイレギュラーは全員が感じているはずだが、王国の中枢たちは動じなかった。普段どおり……普段がどうか分からないけれど動揺した様子もなく政治に関わる報告などを上げていく。浮足立ってるのは例のみんなだけだ。
報告を承認、報告に質問と返答、上申に対しては後に出される書面を確認してから回答、前回の議題に対する意見を聞いて異議は次回に持ち越し……普通の、大人の、役所的大企業的な会議が粛々と進む。これが日本の悪しき風習、虚無会議ってやつか。
暇を持て余した私は、好きなシチューの具ランキングの続きを考えていた。七百三位の松ぼっくりまで来たとき、国王様は咳払いをしてから言った。
「して次は……プライナン財務卿か」
ここからが勝負だ。斜め前を見れば、緊張して手が震えているアーキアム伯爵の姿があった。
プライナン侯爵が何も言ってこなければ、伯爵から名乗り出て護国卿を返上しなければいけない。