14 隣国の諜報員と彼への気持ち
ドラゴンのリューが産まれて2週間、私はリュー特注の鞍を注文するため王都の職人街まで足を伸ばしていた。
リューは私が分け与えた魔力でグングンと成長し、今では家一軒ほどの大きさになっている。学園の端っこに寝床を用意してもらったリューは、今は王都を離れてどこかの森で遊んでいるだろう。
私が呼べばすぐに来るとは言え、親離れが早すぎるのではないだろうか。お母さん悲しいです。
生後1週間で人を乗せて飛べるほどになったリューの背に乗り、私は鞍など用意せずに乗り飛び回っていた。しかし、空を飛べてはしゃぎすぎた私はリューの背から落ちてしまったのだ。
不幸なことに地面に体を打ち付けた衝撃で、服がボロボロになってしまった。しかも学園の校庭にクレーターを作ってしまったので、パトリックに大目玉を食らってしまった。
そんなパトリックもリューの背に乗り空を飛べば機嫌を直してくれるだろう。しかしそれを提案した所、彼は体を固定できる鞍を作るよう言ってきた。しかも、鞍ができるまで私もリューと飛ぶことを禁止されてしまった。
パトリックには色々とお世話になっているので、私は強く言い返せない。結果私はこの1週間、彼に隠れて空の旅を楽しむこととなった。
合法的に空を飛ぶべく、すぐさま鞍を作ろうとも思ったのだがリューはどんどん大きくなっていく。体に合わせて鞍を作っても、それが完成する頃には体に合わなくなっているだろう。
成長期の子供の親と同じ悩みを抱えた私は、リューの成長が落ち着くまで待つこととなった。
職人街にて鞍の注文を終えた私は王都をブラついてから学園に帰ることにした。
私が食べ物屋などが並ぶ通りを歩いていると、1人の男が私と並んで歩きながら話しかけてきた。ナンパだろうか?
「このまま返事をしないで聞いてください、私はレムレスト王国の諜報員です。あなたにお話があります。
話を聞く気があるのでしたら、このまま進んで右側にあるレストランに入ってください。2階建てで赤い屋根の店です」
うん、ナンパじゃないってのは最初から知ってた。男は一方的にそう話し、私から離れていってしまう。
しかし、どうしようか? レムレスト王国とはこの国の隣国の名前だ。パトリックの故郷であるアッシュバトン辺境伯領と隣り合っている。
しかし、仮想敵国の諜報員が私に接触することは予想できたが、あまりに遅い気がする。何か事情ができたのか、もしくはただの引き抜きでは無いのか。
危険性より好奇心が勝ってしまった私は指定された店に入ることにした。
そのレストランは庶民街にあるにしては高級な店に見えた。貴族がお忍びで来ることもあるのかもしれない。
店に入ると店員に2階の奥の部屋に案内された。いかにも密談という場所に少しテンションが上がる。
部屋には1人の男が待ち構えていた。
「ユミエラさんですね。本日は来て頂きありがとうございます。私はレムレストの者です、ライナスとお呼びください」
ライナスはこれと言って外見に特徴の無い平凡な男だった。彼は私に席を勧め、何かを頼むように言う。
「どうぞ、メニュー表です。お好きなものを頼んでください」
奢りらしいので遠慮なく注文することにする。魔物の素材を売ったりでお金には困っていないが、大きな子供ができたので倹約するに越したことはないだろう。
「では、モツ煮込みを」
モツ煮込みなら作り置きをしてあるからすぐに出てくるだろう。パーフェクトなメニュー選びである。
「は、はい。では頼んできますね」
急に挙動不審になった彼は、部屋を出て店員に注文をしに行く。何だろう? お前のモツを食ってやるとか、そういう意味に取られたとかかな。
「普通、ケーキとかだろ」
扉の外で彼がそう呟いた。あ、そういうことか、これは全面的に私が悪いです。
「いただきます。あ、ちゃんと聞いてるのでお話を始めて構いませんよ」
モツ煮込みを食べながら、隣国の諜報員と密談をする私。実際にこうして見るとこれは無いと思う。
そんな気の抜けた雰囲気の中、ライナスの話が始まる。
「ええと、どこから話しましょうかね……
まず私はバルシャイン王国の王都に駐在している諜報員でした。ユミエラさんに声を掛けた者も含め、他にも何人かいます。
ユミエラさんのことは学園入学直後の時点で知っていました。私達はあなたの情報を集め、あなたの人物像を研究しました」
研究って新種の生き物じゃないんだから……
「結果、あなたを我が国に迎え入れるのは非常に難しいという結論に至りました。爵位や財産にも興味が無いようでしたし。
何かの事情でユミエラさんがこの国を出ようと思っても、すぐ近くのレムレストに来る理由がありません」
それで私に接触することが無かったのか。では、今になって行動を起こした理由は何だろう。
「しかしですね、本国の上司はそれに納得しませんでした。他の貴族も口を挟んでいるようでして。ドラゴンの件で私では抑えが効かなくなってしまいました。いつもいつも本国の連中は外から指図するだけで……」
ライナスの話の後半は仕事の愚痴のようになってしまった。
「ええと、お疲れ様です?」
私は何と言えば良いのか分からず、彼に労いの言葉を掛ける。
「一応、聞いておきます。レムレスト王国に来る気はありませんか? 我々に用意できる物は何でも用意します」
「その対価に私は何をさせられるのですか?」
「おそらくは軍属になるかと」
軍属になったら敵はこの国じゃないか。しかも、戦場はパトリックの故郷だ。
「お断りします」
「ですよねぇ」
彼は私の回答を予想していたようで気落ちした様子は一切無かった。
隣国の諜報員から何が飛び出すか身構えていた私だが、予想外れというか予想の斜め下を行く形となった。
何だかライナスの事が気の毒になったので、ある意味では彼の仕事は成功なのかもしれない。
「あの1つ聞きたいことが、私の興味本位なのですが」
ライナスの本題は終わったようだが他に話があるようだ。
「なんですか?」
「ユミエラさんがこの国に留まる理由です。私達は半年もしないうちに、どこか遠くへ高跳びすると予想していました。黒髪の差別もこの国は特別酷いですし」
確かに私は学園入学直後、遠くの国で身分を隠して生きるつもりであった。しかし、めぼしい国を探している最中に学園の野外実習があったのだ。
彼に、会ってしまったのだ。
たとえ、可哀相だからと話相手になってくれるだけでも、彼と出会ってしまった。
「この国に留まるのは魔王を倒すためです。世界の危機ですから」
嘘だ。彼を私が大事に思っていると知られると、彼が人質などになる可能性がある。
「え、魔王はこの国しか襲いませんよね?」
魔王の標的はバルシャイン王国だけ? そんな話は一切聞いたことがない。
国王陛下や学園長は魔王について何か知っているようだが、このことも知っているのだろうか? ライナスの話が間違っている可能性もあるが。
「それはどういう…… 時間切れみたいですね」
私はライナスを問いただそうとするが、それには時間が足りないようだ。
何者かがこの店に突入する準備をする音が聞こえた。バルシャイン王国の兵士だろう。予想はしていたが、この国も私に諜報員を付けていたようだ。
「時間切れ?」
「何者かがこの店に突入してきます。裏口も抑えられているようです。窓から屋根伝いになら逃げられると思いますよ」
それを聞いたライナスの行動は速かった。すぐさま私の言う通りに窓から飛び出していく。
「ありがとうございました。この御恩はいつか必ず」
魔王についての話は聞きたいが、もう彼とは会いたくないのだが……
しかし収穫もあった。ライナスの質問で彼への気持ちを自覚できた。
私は、パトリックの事が好きなのだろう。





